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2005年5月29日 (日)

ダンスイベント

タップをはじめてから、ダンサーの知り合いがふえた。
  踊る人たち。
 実は、ずっとこの踊る人たちの気持ちが、わからずにいたんだ。

 子供のときから、踊るのは苦手だった。
 幼稚園のお遊戯会では、蜜蜂のダンスをやらされた。
 ベアの踊りだったのに、おれの相手役だけ、男の子だった。

 町の盆踊りでは、はなれて見ているばかりだった。
 おふくろが踊るのを、照れながら見ていた。

 中学の時のフォークダンスは、好きな子と手をつなげず、がっかりだった。

 高校、大学と、ディスコブーム真っ只中の時代だったにもかかわらず、自分はその輪の中に入っていけなかった。
 ディスコにいく友達を横目で見ながら、ダンスよりも、ナンパが目的なんだろうと、冷やかな態度をしていた。

 今思えば、本当は、自分も踊りたい、輪のなかに入っていきたと心の奥では思っていても、それを表に出すのが恥ずかしくて、わざとみないふりをしていたんだと気づく。

 自我がじゃまして、自分の心の欲求のままに、踊るのを止めていた。
 自分は、本当はずっと踊りたかったんだと、今なら言える。

 最近になってわかったことがある。
 ぼくは、多動症の子供だった。
 程度の差はあるだろうが、あきらかにADHDってやつだ。
 知的障害はともなっていないので、わかりずらいADHDだっただろうと思う。

 幼稚園のときに、あまりにも動きすぎるということで、椅子に足をしばられてご飯を食べていたという、悲惨な思い出がある。
 いまでも、それをはっきりと覚えているということは、よほどの心的ストレスをそのとき感じたにちがいない。
 幼児体験とは、なかなか根深いものである。
 おそらくそのころからの深い抑制意識が、踊りの楽しさに、身をまかせることに対しての恐怖を抱かせたにちがいない。

 ぼくは、踊るのが、怖かったのだ。
 本来の自分が解放されるのを、ためらっていたのだ。
 それに気づくのに四十年かかった。

 いまなら踊る人の気持ちが、少しはわかる。
 踊りは楽しい。
 体のなかには、リズムがあり、それが命とつながっているのがわかる。
 リズムが命だ。
 それを表に出したとき、人は真に解放される。

 タップ仲間の誘いで、ダンスのクラブイベントに行ってきた。
 こういうイベントにいくのは、生まれてはじめて。
 ディスコブームのときに、青春まっさかりを過ごしていたにもかかわらず、ディスコには2回しかいったことがなかったんだから。
 ましてやヒップホップダンサーが、ステージで踊るイベントなんて、自分の生活の範疇にはなかった。
 でも、誘われたときが、その殻を破るチャンスと思い、いそいそと出かけたよ。

 ついつい脚本家家業にしみついた癖で、やはりここでも人間観察。
 いやー、面白かったなぁ。
 いろんな人がいるもんです。

 今回は、たっぷりとダンサー人種を見させていただきました。
 写真をとりたかったけど、撮影機材持ち込み禁止だったので、断念。
 みなさんも、ぜひ普段自分のいかない場所にいってみてください。
 海外旅行の時みたいに、新鮮な気持ちになれますよ。

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