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2005年5月 8日 (日)

仮面のすすめ

 土曜日の原宿を、少し歩いた。
 明治神宮の前の橋のうえに、コスプレした少女たちがたくさんいる。
 フリル系や、きぐるみ系など、衣装はさまざまだったが、みんなメイクが、ゾンビだった。
 目の周りや、ほっぺとか、黒々と縁取りみたいなをしていて、それはまさに死霊、ゾンビそのもの。
 どうやら、死霊メイクが流行ってるらしい。
 これって、いつから?

 彼女たちは、じつに楽しそうに、それぞれかってきままに地べたに座りこんで、歩道を占拠しつづけている。
 コスプレゾンビに、明治神宮は占拠されているのである。

 これってじつに象徴的だなと思った。
 もとより神社は、霊的なものが集まる場所。
 地脈にくわしい人の話では、明治神宮あたりは、エネルギーの出る場所があるらしい。
 そこに死霊たちが集まるのも、当然のことか。

 現代の巫女たちは、わざと死霊の格好をして、生きていることを忘れがちな日本人たちに、生きる実感とはなにかを教えようとしているのかもしれない。(ちょっと持ち上げすぎかヌーン?)

 奇抜なメイクで、素顔がわからないようにしてしまうと、とたんに少女たちは、大胆になる。
 ふだんの日常ではおさえつけている、感情や、本来もっている傾向を、あらわにして動きはじめたりする。
 彼女たちは、メイクをしているから、地べたを占拠することができるし、じろじろみられてもへいちゃらでポーズをとったりできるのだ。
 日常(現実)の自分は、けっして危険にはさらされないと、どこかで思っているから。

 これって演劇で、仮面をつけるのと同じ効果なんですね。
 役者は、役柄という仮面をつけたとたんに、舞台のうえでなんでもできるようになります。
 モラルに反することも、犯罪さえも、役でやるのならば、平気でできるわけです。
 そこでおこなわれるのは、フィクションで、現実の自分はけっして危うくなることはないとわかっているから。

 自分を虚構化してしまう、装置がここにあります。
 フィクションに同化することが、仮面(役柄)だけで簡単にできるのです。

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 脚本家や作家の場合においても、同じような効果を発揮するものがあります。
 それはペンネーム。
 ペンネームをつかえば、日常の自分とはちがう者に、簡単になることができます。

 作品を書くんだというモチベーションをあげるためにも、自分にペンネームをつけるというのは、けっこういい効果をもたらしてくれます。
 あなたも、ひとつペンネームをつくってみませんか。

 かくいうぼくも、このブログをつくるにあたり、ジャッキーという、名前を使ってみました。
 とたんにジャッキーというキャラクターが、ぼくのなかで立ち上がり、一人で動きだしています。
 もうジャッキー、大活躍です。
 ジャッキー・チェンの腹違いの弟の、ジャッキー・そのだは、日本で脚本家をやってます。

 ジャッキーは、ふだんのぼくよりも、かなり元気なようです。
 ブログ作りにかんしても、エネルギーをおしんでません。
 もうしばらくジャッキーには働いてもらうつもりです。

(写真は、この話とは、まったく関係ありません。)

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