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2006年10月17日 (火)

いじめ問題

いじめが原因での小学生や中学生の自殺が、また増えてきてしまった。
マスコミでは、その原因追求がつづいている。
そんなニュースを見るたびに、やりきれない思いになっているのは、僕だけじゃないだろう。
ほとんどの人が、同じように感じているはずだ。
たぶんいま加害者扱いをされている、子供や大人たちもふくめて。

文部科学省や教育委員会は、口をそろえて『すぐに調査し、対処する』っていうけど、実際問題どんな対策がとられているのだろうか。
学校は、きわめて閉鎖されている場所だ。
外側にいる人間には、中のようすはとてもわかりずらい。

子供たちが、いじめにあったとき、一人でもその心をわかってくれる友達が側にいたら、自殺なんていう最悪の事態は避けられるのではないか。
彼らが、ちょっとでも避難できる場所があれば……
これなら絶対効くなっていう方法は、たぶんないだろう。
そんな方法があるのなら、とっくにどこかで誰かがやってるにちがいない。

こんなのは、どうだろうか?

○担任教師のローテーション制。
その学校が一学年に4クラスあったとしたら、四人の担任教師がいるわけで、それらの先生たちが一月ごとに各クラスの担任を交代していくというシステム。
つまり四人の教師が、一学年全員の担任となるというわけ。
一人の教師では目がとどかないところも、全員でフォローしていけば、広くなっていくのではないか。

○一月ごとにクラス替え
一月ごとに、クラス替えを行うというもの。
あるクラスで、いじめにあったとしても、しばらくがまんしてれば、月代わりにクラス替えがあるので、次の月にはまた新たなメンバーになり、気分一新できるだろう。
各クラスで、授業の進行度合いが違っていたりすると、問題はあるかもしれないがやってみる価値はあるんじゃなかろうか。

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コメント

ジャッキーさんならではのユニークな発想!八方塞の現状では、思い切った方向転換、若しくは、逆もまた真なりの発想が必要なのかもしれませんね!。まず、やってみよう!!ですよね!

今までは、知識優先で、心の教育を置き忘れてきたのかもしれません・・・。

三つ子の魂百まで・・・まだまだ柔軟なこの時期に、ポケモンをカリキュラムに取り入れる!良質な情報をインプットする意味でも、教育はここまで遡らなければ変わらないと思います。

全てのこども達にポケモンの感動を!!!

投稿: ゆみりん | 2006年10月17日 (火) 16時26分

いじめ問題は、後日ブログで取り上げてこちらにトラックバックさせていただきたいと思います。
いじめられた経験があるのですが、死にたいほどではなかったので今の子供たちとは比較ができませんが、両者とも心が弱っているのでは、と思います。

ゆみりんさんが書いていた『ポケモン』ですが、家人の意見で、「子供が大人になるのは進化じゃないだろう?ポケモンも言うならば変化?」「自分で戦わないなんて卑怯だろう」「ポケモンを戦わせて傷つけてかわいそうじゃないのか」というのがあります。

初期の設定を知らない大人にとっては理解しがたい部分もあるのかなと思います。

友情とか努力という素敵な物語がそれをカバーしているのでそれでもよいと、私は思っていますが。

投稿: なるみ | 2006年10月18日 (水) 09時46分

なるみさんの言われているように、進化や戦いの場面だけを捉えればそう見えるかもしれませんが、「お互いを信じきる深い友情」「誰かを守るために、全力を尽くす姿勢」そして何よりも、「自分の夢・目標をしっかりと持ち、努力し続けることの意義」を感じ取ってくれたらという願いで書きました。

こどもが陸上の全国大会に出場したとき、指導者と選手の関係って、ポケモンの世界と同じだなって思えたのです。厚い信頼関係の下に、指導を受けながらどんどん強くなり成長して行く・・・

全ては、より良き指導者に出会えるかどうかにかかってはいますが・・・

我が家の勝手な解釈ではありますが、高校生の三女も、『感動した~』って涙を流しています。
小さなこどもには、感動を感じてもらえるのはまだ早すぎるのでしょうか・・・

投稿: ゆみりん | 2006年10月18日 (水) 11時15分

批判に読めて不快に思われたのでしたらごめんなさい。ただ、そういう捉え方をする人もいるという話です。

感動、伝わると思います。
大人のようにじ~んとするかどうかは謎ですが。
ポケモンのかわいらしさや種類ばかりに目を取られるのではなく、努力や友情がすばらしいな、という面もわかっていて欲しいものだと思っています。

投稿: なるみ | 2006年10月18日 (水) 14時20分

いじめの問題は、いつになっても絶えない
大きな社会問題なのかもしれませんね…。
ジャッキーさんが提案したようなことが実現すれば、
きっと解決に向かってくれると思います。

…実は、自分もあまり良くない過去を
背負って生きている人間のひとりです。

自分は何も悪いことをした覚えはないのに周りのみんなが自分から遠ざかっていく日常が、嫌気がさすほど続いていました。
時には一生消えることのない心の傷を負わされ、生きていくのが嫌になったこともありました…。
それは、自分が小学4年生の頃です。
けれどその苦しみは次第に薄れていき、今に至るまでは平穏な日常を送ることができました。

…上手く言えませんが、そのような苦しみを知っているからこそ「"いじめられる側"の気持ちを知る心」、「相手の立場になって考える心」を手に入れられるのだと思います。
たとえ今辛い毎日が続いていたとしても必ず出口が見つかるということ、"いじめている側"の人たちにいじめられた時の辛さなどをそれぞれに知ってもらいたいと思っています。

皆さんのコメントにポケモンの話題がちらほらと出ていましたが、思い起こしてみれば自分は今まで意外なところでポケモンと向き合ってきました。そして小学生の頃、唯一友達をつくるきっかけを作ってくれたのはポケモンでした。

…昨年、とある衝撃的な事件が起こってしまい世の中や将来に自信が持てなくなり自暴自棄になってしまったことがありました。
けれど、その後の旅行の時に行ったポケパークで、自分は数多くのポケモンたちや大勢のお客さんの笑顔にたくさんの元気をもらいました。
その瞬間から、ポケモンのことを今までとは違った視点で見つめるようになりました。

自分は、失いかけた笑顔と生きる勇気を与えてくれたポケモンのことが大好きです!!

現在は、いつかポケモンに恩返しをするため、ひたすら絵を描く練習に励んでいます。

※長くて暗いうえに、大げさな文ですみません;

投稿: Taka☆ | 2006年10月18日 (水) 23時15分

私も、いじめや青少年の犯罪の問題について、力になれることはないかというのを、課題としてずっと持ちつづけているんだけど、やっぱりどこかに「アース」(避雷針)が必要なんだと思うんだよね…。

加害者になっちゃう子どもには何らかの不満があるわけで、そのはけ口を「他人をないがしろにする」という形ではなく発散できる「何か」。
被害者の子が逃げ込むことのできる「どこか」。
そして、その子たちが社会とつながる形で、自分の存在を確かめることができる方法…。

それをうまく導いて、子どもが向かいたい自分の未来の理想像を描かせるのが大人の役割だと思うんだけど…。
自分も、できるところから少しずつ、そのお手伝いをしているつもりなんだけどね…。
…むずかしいなあ…。

投稿: キクチ・サワコ | 2006年10月18日 (水) 23時32分

ジャッキーさんのアイデアはいじめによる自殺を防ぐのには大変効果的だと思います。大賛成です。
私は物心ついた頃からずっといじめや無視にあっており、未だに引きずっております(積極的ないじめより、無視のほうが何倍もきつい仕打ちです)。それでも今まで生きてこられたのも、親の都合で何度も引っ越し・転校をしていたからでしょう。転校が決まるごとに嬉しくて仕方ありませんでした。ただ、社会に出てからも、あまり一つ所に長い間いられません。深く付き合える友人もできません。コミュニケーションの取り方が判らないのです。
いじめをなくすことはできないと思います。弱い個体は淘汰するという生物的な本能なのでしょう。
なぜいじめは楽しいのか、いじめをすると「加害者側」にどんなデメリットがあるのかが議論されるようになれば、解決に至らないまでも何か変えられそうな気がします。
いじめや無視に長いこと晒されると、ストレスをためやすい性格を作ります。私は40代ですが、ストレスによる体調不全で結局子供はできませんでした。淘汰された、と考えております。

投稿: りえこ | 2006年10月25日 (水) 13時12分

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