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2007年3月31日 (土)

ルチャドール

  ちょっと長文です。僕と一緒に旅をしてるつもりで読んでね。写真があれば、もっとよかったのになぁ。

『博物館からルチャリブレ』

  今日の予定は、国立博物館で歴史的な遺物を見ること。
 遺跡から出土した、いろんなものがあるらしい。そりゃ、見とかなきゃね。

 実は、睡眠がうまくとれてない。
 三時間寝ては、六時間起きて、また三時間寝るみたいな感じ。
 けっきょく明け方まで、なんだかんだと作業してた。
 こういうときは体の本能のおもむくままにまかせるにしてる。
 眠たくなれば、寝る。それまでは何か書いたり、読んだりする。
 締め切り前と同じ。
 こういう不規則生活には慣れてるのが、ヘッポコ脚本家のいいところ。(本当は体にはあんまりよくないんだろうけどね)

 ガイドさんとの待ち合わせの時間まで、少しあると思ってホテルを出て、近場をブラブラ。
 このあたりはオフィス街。スーツ姿のビジネスマンやウーマンが足早に歩いている。
 近代的なビルと整備された歩道と並木道。
 でも、一歩路地に入ると、老朽化したビルとふぞろいな歩道。
 ここも格差が多いにある。
 家の軒先につくった小さな店がつづく。昼時が近いので、屋台やワゴンも角ごとに出ている。法律的には屋台は禁じられているらしいが、彼らの仕事を奪うわけにはいかないので、黙認されているという。

 ときどきギョッとするのは、物乞いの人が歩道に座ってたりすること。
 いきなり手のひらを差し出されるので、びっくりしてしまう。だいたい年取った女の人が多い。子ずれの人もいる。
 これも一つの労働なんだろうと思う。

 焼きたてパン屋みたいなので、菓子パンと水買って、食いながら歩く。ちょっと日本のディニッシュよりは、少し大きめだった。味はまずまず。

 失敗その一。
 ガイドさんとの待ち合わせの時間を一時間勘違いしてた。
 けっきょく一時間、またブラブラ。
 東京という名前の、日本食屋があったのでふらふらと入った。
 居酒屋風の作り。メキシカンの女子店員が居酒屋の制服で注文をとりにくる。
 なんか言ってる。
 雰囲気で飲み物はどうする?
 って聞かれてるんだと思った。
 『すうどん』を注文。だって、メニューにそう書いてあったんだもん。
 薄い醤油味のうどんが出てきた。肉団子みたいな、厚揚げらしきものが浮いている。
 うん、たしかに、うどんだ。
 だしは取ってないかんじだったけど、麺は、ちゃんとうどんだったよ。

 メキシコ国立人類学博物館。
 アメリカの起源から、ティオティワカン、アステカ、マヤなどの遺跡から発掘されたものや、それらを再現したものが展示されてた。
 どれも見どころたっぷり。
 ここで一つ一つ書いてたらきりがないので、省略します。
 全体として印象に残ったのは、
 『仮面』
 メキシコのルーツには、仮面がある。
 仮面が象徴するものを、もっと考えてみようと思った。

 マヤの人たちが、自分たちが崇拝する者(蛇神)に近づきたくて、頭蓋骨を変形させたり、目つきや、鼻を整形していたということを、はじめて知った。
 人は、昔から、何かになるためには、エネルギーを惜しまなかった。

 みんな、何かになろうとしていた。
 それが人類の歴史なのか。

 この博物館では、鉄の文明に滅ぼされる前の石の文明が、そのなごりを見せてくれている。
 石を刻んだ人たち。
 きっと素朴な人たちだったにちがいない。

  博物館を歩くのは、なぜだかものすごく疲れる。
 立ち止まっていることは、それだけで重労働なんだと思う。
 歩き続けているほうが、よっぽど楽な気がする。
 重力をもろに足腰に受けるか、歩いて地面に流しこむか。

 そういや遺物には、羽のはえたとか、風の神とか、そんなのがずいぶんあった気がする。古代人たちも、重力から解放されたがってたんだと思う。

 アステカの太陽の石の前で、秋葉原からまっすぐやってきたって感じの、リュックをしょった小太りのメガネの男が声をかけてきた。手には『地球の歩き方』
 バックパッカーのM森君。
 なんだか同じ匂いを感じた。
 こいつはプロレス好きにちがいない。
 彼は電話のかけかたを、ガイドさんに聞いてきたのだったが、僕はすかさずたずねた。
「今夜、ルチャリブレ見に行きますか?」
「ええ、そのつもりですけど?」
「じゃあ、一緒にいきませんか?」
 というわけで、僕とM森君ははルチャリブレの会場である、アレナ・メヒコで待ち合わせることになったのだった。
 プロレスは、一人で見るより、仲間と一緒に盛り上がったほうがテンションがあがる。

『燃えるアレナ・メヒコ』

  見知らぬ町では、電車に乗るという、きわめて日常の行為でさえ、冒険に感じられる。
 これは子供の感覚だ。
 子供のときは、何もかもがはじめてすることなので、毎日が冒険だった。
 小学生のとき、はじめて博多の町に電車で行った時のことは今でも覚えている。
 切符を買うのにも、どきどきしたものだ。
 そんな感覚がよみがえっている。

 僕は、地下鉄に乗りたかった。
 メキシコシティでは、地下鉄の料金はオリンピックの時から、四十年以上変わっていないらしい。どこまで乗っても2ペソだ。日本円で約22円。信じられない安さ。一度、値上げをしようとしたら暴動が起きて、大統領はそれを断念したらしい。
 民衆のパワーも象徴している、地下鉄料金。

 地下鉄の駅は、ホテルからソナ・ロッサを抜けて、少し行ったところにある。
 インスルヘンテス駅。
 ソナ・ロッサを抜けていくのは、スペイン風になった渋谷のセンター街を行く感じ。
 ところが駅の手前が、ものすごい人ごみになっている。
 週末のソナ・ロッサは、若者たちの集う場所なのだ。
 台湾の夜市を思い出した。とにかく駅がすごいことになっていた。人、人、人。チケット売り場は、長蛇の列。それなのに二カ所しか売り場がない。
 ラーメン屋でも並んだことがないのに、2ペソのチケットのために時間を使いたくない僕は、アレナ・メヒコまで歩いて行ってみようと思った。
 そして迷わず歩きだす。

 地図で見ると、すぐにつきそうな気がしたけど、歩きだしたら想像したよりは長い道のりだった。
 しかも駅からちょっと離れると、ほとんど人が歩いてなくて、暗いし、ちょっとビビる。 こんなところで屈強なギャングに路地裏に引きづりこまれたら、もうアウトだ。
 そんな妄想が浮かんだけど、そんなギャングが現れるわけなかった。
 三十分ほど歩くと、アリナ・メヒコについた。

 アリナ・メヒコは、そっけのない四角い建物だった。だが、そのまわりが大変なことになっていた。
 ここもまた、人、人、人。人、人、人、人人人人人……って感じ。
 会場に入場しようとする人で、ごったがえしていた。
 建物のまわりには、マスクや人形やTシャツを売る、夜店が出ているので、歩道はよけいに狭くなり、そんな状態を作り出している。
 この人ごみのなかで、まちあわせたM森君を見つけなければならないのかと、一瞬絶望感に襲われた。

 だが電話が通じて、M森君は以外と簡単に見つかった。
 彼もこの押し寄せた人たちには圧倒されているようだ。
 彼の持っていたガイドブックには、ルチャは下火で閑古鳥が鳴いていると書かれていたらしいが、そんなのは大間違い。
 今日に限っては、もう祭り状態だ。
 ダフ屋のおっさんも沢山いたけど、言葉がわからないし、なんだか怪しいチケットをつかまされたら困るので、正式なチケット売り場に行った。でも、そこはガラガラ。
 もしかしたら、みんなダフ屋で買ってるのかも……
 ありえるな、それは。
 そういうとこなのかもしれない、この町は。
 チケットは、三階席しかあいてなくて、80ペソだった。

 入り口で入念な荷物検査があり、カメラとペットボトルははとりあげらた。
 あとで返してくれると言うけど、なんだか不安になる。でもしかたがないので、会場内の写真撮影はあきらめるしかなかった。

 会場内には、家族連れもいっぱいいた。小さい子供連れで、みんなで週末を楽しみに来てる雰囲気。
 試合開始前、五分はまだ空席がかなりあるように思えたが、開始時点ではほぼ満員になった。
 一万五千人は入っている。
 この夜の主催は、CMLLというメジャー団体で、アメリカンプロレスの演出を取り入れているところだ。
 会場の一角に、巨大なステージと花道がつくられていて、ど派手な火花やスモークの中をレスラーが登場する。
 その前をもりあげるために、水着姿のナイスバディの美女たちが、しなをつくりダンスをする。
 この美女たちの姿が、リングの上の大型スクリーンに映し出される。
 どうやらテレビ放映もあるらしく、多くのカメラクルーも動きまわっている。

 第一試合は女子プロの六人タッグマッチ。
 ルチャでは、善玉悪玉がはっきりしていて、観客の反応ですぐにわかる。
 善玉が出てくると、大歓声。悪玉が出てくるとブーイング。
 でも、女子プロの登場では、観客は両方に歓声をあげていたように聞こえた。
 たぶんどっちがどっちなのか、よくわかっていない観客がたくさんいるらしい。

 僕と、M森くんは、四人目の選手が現れた時点で、いきなり盛り上がってしまった。
 リングアナが、スペイン語で「ハポン……シマダ」と言ったのが聞き取れたのだ。
『シモダって……あの下田美馬じゃない!?』
 二人は顔を見合わせる。
 M森君が、ぽつりとつぶやいた。
「メキシコに渡ったっては聞いていたんですけど、こんなところでやってたんですね……」
 なんだよ、その情報力。やっぱりこいつはオタクだ。
 M森くんは、さりげなくバッグからルチャの情報誌を取り出した。ここに来る前に、どこかで買いこんできたらしい。その雑誌には、今日の試合のプログラムが書かれていた。そこにはちゃんと英語で、下田の名前とタッグパートナーの日本人の女の子の名前(ユイカとかなんとか)が書かれていた。

 下田美馬は、まだ全日本女子プロレスが人気をほこっていた時代に、アイドルレスラーとして写真集とかまで出したことのある、実力派の選手だった。
 その後、全女をやめてからは、いろんな団体を転々としていたようだが、昨年からメキシコに活動の場を移したらしかった。これはM森君からの情報。
 日本の女子プロの中でも、超ベテランの部類に入るレスラーで、もう三十代半ばだと思う。
 そんな彼女が、ここでは全盛期の輝きを放っていた。

 いきなり相手のメキシコ人レスラーに奇襲攻撃をしかけていき、自分たちがヒールであることを、観客にしらしめると、そこからは見事な技の連続。
 鮮やかに一本目を先取しました。
 もう観客は一気にヒートアップ。
 女子の三本勝負というのは、珍しいらしい。
 二本目と三本目は、善玉チームに取られて、下田選手たちは足をひきずりながらの退場だったけど、お客さんたちは大満足。

 僕は、なんだか感動していた。
 女子プロの試合の展開ではなく、日本では活躍の場をなくした一人のプロが、自分の場所を見つけて、たくましく活躍していることに、心を動かされていたのだ。
 これこそプロだと思った。
 ヨーロッパのサッカー選手や、メジャーの野球選手とはちがって、ギャラだってそんなにいいはずはない。
 きっと過酷な状況のなかで闘っているにちがいない。
 それでもプロとしての自分の表現の場所を、どこまでももとめて、それを現実につかんでいる姿。
 それはすごいことだ。

 やめてしまうことは簡単なこと。
 つづけることは、ものすごい努力と、心の力が必要にちがいない。
 自分の肉体しかたよることができないプロスポーツの世界だと、それはさらに過酷になるだろう。

 僕は下田選手の輝く姿を見て、自分も自分の仕事の場所を、どこまでも追い続けるプロでありたいと強く思った。

 男子のルチャは、そりゃあもう、すさまじい盛り上がりだった。
 これぞ、本場のルチャ・リブレかと感激。
 観客とレスラーが一体になって、まるでロックコンサートのような熱狂がつづく。
 観客席にもレスラーと同じようなマスクをかぶったのが、いっぱいいるのだから、それはもう異様な雰囲気。
 ふと気づくと、僕のとなりに座っていた小学生たちも、マスク姿になっていた。
 マスクをかぶると、子供なのか、大人なのかもわからなくなる。
 マスクマンに囲まれての熱狂。
 僕もマスクをかぶっていたかった。
 というより、ここはマスクをかぶって一緒にのらなきゃ嘘だ。

 ルチャ・リブレは、メキシコの人たちにとっては、水戸黄門みたいな勧善懲悪のエンターテイメントだ。
 出場してくるルチャドールたちも、わかりやすくできている。かっこいいマスクをかぶっているのはヒーロー。悪役は、顔にペイントとかして、憎々しそうにしている。
 展開されるプロレスは、きわめて高度な技を次々と繰り出して、お客をあきさせないものだった。
 僕らは、セミファイナルまで見たんだけど、ドスカラスJrとか、ミステリオとか、僕でも聞いたことがあるようなレスラーがでてきて、楽しめた。

 メキシコの古代遺跡から出土した遺物には、たくさんのマスク類があった。
 デスマスクなのもあるらしいが、僕には、彼らが超自然の能力を身につけたくて、つくったマスク類もあるような気がした。
 アステカ人たちは、戦いのためには、ジャガーや、イーグルなどの扮装をしていたらしい。
 思えば、それはルチャドール、そのものではないか。
 華麗なマスクを身につけ、日常の自分ではない何者か(ヒーロー)になり、戦い、悪を倒す。
 彼らは古代の戦士たち(神)の遺伝子を受け継ぐ者たちなのだ。

 メキシコで、これだけルチャ・リブレが民衆の中に溶け込んでいるには、それなりの理由があるのだと思う。
 古代から脈々とメキシコ人たちの血の中に流れるDNAが、彼らにマスクをかぶらせるのだ。

 帰りの混雑が予想できたので、メインの前に会場の外に出た。それでももう十二時近くくになっている。
 もちろんマスクを買った。
 ぼくは、メキシコの歴史が生んだマスクを大事に抱えて、地下鉄で帰路についた。
 

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2007年3月30日 (金)

ティオティワカンで人気者

  メキシコ取材の初日は、メキシコシティから50キロほど離れたところにあるティオティワカン遺跡。
 日本人のガイドさんがついてくれたので、順調にまわれた。

 ああ、写真が見せられないのが残念。
 せっかくデジカメ、新しいのを買ってきたのに、その大容量のSDカードをノートパソコンが読み込んでくれない。こんなことになるんだったら、まえのデジカメも持ってきとくんだった。なんか、アクシデントがあるような予感はしてたんだけどね。やはり、予感がしたときは、それにしたがっておかなきゃならないという教訓です。

 ここのピラミッドをつくった文明は、紀元前2世紀頃から八世紀にわたって繁栄したのち、忽然と消えてしまったらしい。
 掘り出されたピラミッドなどから想像するに、この都市は二十万人以上の人口をかかえた、極彩色の巨大な都市だったようだ。
 世界各地に、ピラミッドは存在する。
 世界各地の古代人にピラミッドを作らせたのは、なんだったのだろう。

 ケツアルコルトルと呼ばれる、羽毛の生えた蛇のレリーフを見たけど、僕にはどうみてもライオンかシーサーにしか見えなかった。その横にある、雨の神様のレリーフは、ロボットみたいだし、この二つのレリーフの様式がまったくちがっているのが興味深い。

 ティオティワカンの名前は、神話などは、その後やってきたアステカ人たちが作ったものらしく、この巨大都市を作り、また去っていった人たちが何者だったのかは、謎のままだ。これらの謎は、ストーリー作りをするものとしては、すごく刺激を受ける。
 歴史のミステリーは、僕らの想像力のエンジンになる。

 この遺跡は、メキシコの小学生や中学生たちの修学旅行のポイントらしく、ものすごい数の団体が来ていた。
 その小学生たちが、なぜか僕のほうを、チラチラ見てる。
 そしてその一人が、一緒に写真を撮ってくれと言ってきた。
 どういうこと!?
 僕をジャッキー・チェンだと見間違ってるの!?
 と、一瞬思った。
 どうやら彼らにとっては日本人が珍しいらしい。
 外人(僕)が珍しいので、一緒に写真をとってみたい。
 それが本当の理由らしかった。
 たぶんメキシコの地方都市じゃ、外国人は珍しい。
 田舎に住んでんだよ、この子たちは。

 ポケモンのことを聞いてみたら、みんな知ってた。日本のアニメは、すごいぜまったく。おれが脚本書いてるって言ったら、サインをせがまれた。
 メキシコの地方都市の小学生で、ピンク色のリュックにおれの名前を書いた女の子がいる。
 名も知らぬその子の未来が、幸せでありますように。

 メキシコシティの外側には、貧困層が居住する山が広がっている。
 山全体にびっしりと立てられたモルタル住宅は、まさにカオス。
 なんだかすごいぞ。
 しかしカオスのなかにも、秩序があるかんじ。
 ここにシティの富裕層の生活をささえている労働者の層が暮らしているのだ。
 シティのお金持ちは、週末はクエルナバカという常春の別荘の町で暮らしているらしい。
 階級社会である、メキシコの一端を見た気がした。

 午後は、昼寝。シエスタ。
 長距離移動の疲れが出たのか、高度のせいか、ちょっと頭痛。
 三時間くらい寝たら、すっきりした。

 ソナ・ロッサという、繁華街を探索。
 規模は小さいけど、原宿とセンター街をスペイン風にした感じ。
 なぜかゲイのカップルが十メートルおきくらいにイチャイチャしてた。
 このあたりはメキシコの二丁目か?

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2007年3月29日 (木)

メキシコ取材旅行1

メキシコシティにつきました。なんとか。ヒューストン経由で、約15時間くらい。疲れた。一人なんで、ちょっとこころぼそいけどね。

とにかくホテルにたどりつくことで、精一杯で、まだなんにもみてません。飛行機はコンチネンタルだったよ。ヒューストンから、メキシコシティまでは小型ジェットで、横に三席とか四席しかないやつ。日本人は、僕一人しか乗ってなかったよ。やっぱ、アメリカのトランジットは、セキュリティチェックが厳しかった。ぼくは荷物が少なかったからよかったけどね。飛行機のなかでは、鼻水ずるずる。こういうときアレルギー鼻炎はこまります。ティッシュは大量にもっていかなきゃね。

取材旅行は、明日から。きょうは、とりあえず休みます。

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2007年3月28日 (水)

取材に出発

いまから、取材旅行に出発します。

今回は、メキシコ。

むこうでつながったら、なんかレポートしますね。

それじゃ、行ってきまーす。

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無責任の人

植木等さんの主演している映画が大好きだった。
無責任シリーズ。
あんな映画は見たことなかった。
あんなキャラクター、衝撃だった。

脚本家は、松木ひろし、田波靖男。
監督は、古沢憲吾。
主演は、クレジーキャッツ。

僕の人間形勢に、この時代の東宝映画はすごく影響を与えていると思う。
高度成長時代。
すべてが明るかった。
昭和だった。

そんな昭和を代表するスターの一人、植木さんが亡くなった。
田波さんは、ずっと前に亡くなった。

脚本家の大先輩、田波さんとは、一度だけ一緒に仕事をさせてもらったことがある。
この温和な人が、あの無責任シリーズをつくった人なんだと思うと、ちょっと緊張した。

人と人とが、出会い。
何かを影響しあい、そんなふうにして時代は動いていく。
僕らは、前を歩いて人たちから、たくさんのものを受けとっている。

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2007年3月25日 (日)

シナリオ虎の巻

 このブログは、脚本家志望の人に、なにかの参考になればと思って書いてるものですが、僕のブログなんかよりも、ずっと役に立つ本を発見しました。

『目からウロコの、シナリオ虎の巻』(彩流社)
  脚本家の新井一さんのお書きになったものをまとめた本です。

 新井一さんは、すでに亡くなっているんですが、二十数年にわたりシナリオセンターというところで、作家志望の人たちに脚本の書き方を教えていらっしゃた方です。
 さすがに多くの脚本家を育てた方の言葉には、いちいちうなずくことばかり。

 プロの脚本家として、二十年以上も飯を食ってきて、自分なりには脚本とは何かがわかってるつもりでも、あらためて先輩の言葉を読むと、また自分のなかで脚本というものが再確認されます。
 いろんな脚本術の本を読みましたが、読みやすさや、内容の点で、この本はとてもいいと思います。
 脚本家志望の人には、おすすめです。

 もちろん虎の巻を読んだからと言って、脚本が書けるわけではありません。
 あとは、パソコンの前に座って、ひたすらキーボードと格闘するのみ。
 これは、誰よりも自分に言ってます。

 みんな、がんばろう!

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逃避でエリアス

仕事からの逃避行動で、DVDの一気見をしてしまいました。
ALIAS
ファーストシーズンのボックスを友達から借りていたので、それを一気に十五話まで見てしまった。
後遺症で、目はいたいし、肩はいたい。
けっきょく体がボロボロになりました。

エリアス二重スパイの女。
つづけて見ると、けっこう面白かった。
主人公が、毎回コスプレアクションをしてみせる。
おじさんむけのアメリカンテレビアクションドラマです。
24と同じで、毎回、ラストで次回への引きをつくるので、ついつい連続で見させられてしまいました。

さぁ、仕事するぞーっ。

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2007年3月22日 (木)

ちょっと花見

昨日は、ちょっと風邪っぽかったけど、知り合いの飲み屋の花見に顔を出した。

桜がきれいに咲いていた。
花見は、マンウォッチングが楽しい。
おもしろい人たちをたくさん目撃。
自分のほうは、面白いんだろうかと思う。
あんまり面白い人物ではなさそうだ。

帰って仕事しようとしたら、頭痛に襲われる。
飲んだアルコールのせいか、それとも風邪のせいか。
ソファでぶったおれてたら、朝になっていた。
頭痛と風邪も治ってた。

自分の治癒力に感謝。

韓国映画『マイボスマイヒーロー』を見た。
日本で去年、テレビドラマ化されてたやつ。
なんだか雰囲気はちがったんじゃないかなぁ。
テレビの方は、ちらっと見ただけだったけど。

映画の方は、暴力シーンが続くので、コメディとしては、あんまり笑えなかった。
韓国の高校ってあんな雰囲気がリアルなんだろうか?
そのあたりのところを聞いてみたい。

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2007年3月20日 (火)

野球、映画、再会

Photo_2 18日、19日と、野球部の合宿で千葉県の白子町に行ってきた。
ひさしぶりに野球をやったので、体が痛い。
怪我なく練習できたので、よかったぁ。

白子町は、特急で一時間くらいで、九十九里浜がきれいだった。
砂風呂にも入ったぞ。
いい汗かいた。

帰ってきて、さっそく打ち合わせ。
取材旅行の資料をもらう。
今年も、映画が走り出しました。

渋谷で、デイゼル・ワシントン主演の『デジャブ』を観る。
ちょっと変わり種のタイムマシン物だった。
これは意外。
難しいネタを、アクションで押し切っていたけど、お客はみんなついていけたのか心配。

映画館から出てきたら、交差点の真ん中で、脚本家の大先輩、石森史郎先生を発見。
4、5年ぶりくらいの再会。しばらく立ち話。あいかわらずの早口がうれしい。
先生も別の映画館から出てきたところだった。自分の見てきた映画をぜひ観るようにと勧められた。ねっからの映画人なんだなぁ。
先輩に敬意を表して、井の頭線の入り口までお見送りした。

偶然の再会にうれしくなって、そのまま新宿に出て、ビールで一人乾杯した。

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2007年3月18日 (日)

また芝居とライブ

昨日は、友人に誘われて、予定外の芝居を観に行くことになった。
誘ってくれたのは、某有名声優さん。
その人の知り合いが出ているので、見てやって欲しいということだった。

ちょっと期待していたが、見事に裏切られた。
劇団名とタイトルは書きません。
批判めいたことは書きたくないもんね。
でも、面白くなかったものを、面白かったというわけにはいかないので、連れていってくれた人にどう言ったものかと迷ってたら、その人も同じ感想だったらしく、ちょっとホッとした。
終演後、そうそうに劇場をあとにしたのだった。

芝居をやっている人たちの情熱はわかりすぎるくらいわかるんだけどね。
やはり脚本が大事です。
人間がちゃんと描かれているかどうかが、肝心。

それでもお客さんはたくさん入っていて、けっこう楽しんでいる人たちもいるようだった。
ファンの人たちって感じ。

僕は二時間が、たいくつだった。

つづいて渋谷に移動して、オンエアウェストでEMさんのソロライブを見た。
これは面白かった。

僕を連れていってくれた某声優さんとは、新しい企画を今年中にやろうということになった。
ちょっと面白くなりそう。

今日はこれから、野球部の合宿。怪我しないようにがんばるぞ。

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2007年3月17日 (土)

無敵の拍手マン

昨日は、またまた忙しかった。
まずは芝居を教えてる高校の卒業式。
三年前に入学したときは、幼かった子たちが、すっかり大人びて卒業していく。
いつも感慨深い。
旅立ちを祝福して、全力で拍手をしつづけた。

卒業生を送る会は、毎年面白い出し物があるんだけど、ちょっとだけ見ただけで、会場を飛びだして五反田に向かう。

おととい見たハイバイの昼公演をもう一回見た。
作家の岩井くんが、主役の登美男をやるのをどうしても観たかったのだ。
おとといの猛くんがやったのとは、またちがう雰囲気。
やっぱ書いて演出しているだけに、なんか独特のものが出る。
他の役者たちも、初日よりは余裕が出ていて、いろいろと変わったところとかも出ていて、さらに面白くなっていた。
ほんとにこの劇団は、いい。
みんなに知ってもらいたい。
称賛を気持ちで、拍手した。

アトリエを出て、駅に急いで、今度は川崎に向かう。
クラブチッタで、ザバダックのライブ。
二時間ちょっと、ザバダックの音楽を浴びた。
いやされた。
一曲終わるごとに拍手した。

一日中、拍手をしていた感じ。
オールデイ、クラッパーだぜ。

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2007年3月16日 (金)

S-1グランプリ

昨日は、即興のショーに行ってきました。
面白かった。
笑った。

S-1グランプリ。
東京コメディストアJという即興劇団が年間を通して行っている、即興ショーです。
15名のプレイヤーが、ポイント制で、今年のチャンピョンを目指して戦います。
僕は、昨年から、その審査員の一人をやってます。
今年も、そのS-1がはしまりました。

原宿の老舗ライブハウス、クロコダイル。
毎月第三木曜日。
爆笑しながら、はげしく戦いが続きます。
今年は、誰がチャンピョンになるのか?

即興(インプロ)のおもしろさを、たくさんの人にもわかってもらいたいという、主宰の今井純さんの思いが、このS-1にはこもってます。
興味のあるかたは、ぜひご覧になって欲しいです。
食事やお酒を飲みながら、笑えるショーを堪能できます。
僕も、S-1では、審査員として、毎回ポケをかましてます。

あとこのショーのいいところは、お客さんに可愛い美女が多いということ。
審査員席からは客席も見わたせるのです。
桜を愛でる日本人のこころで、美女も堪能してきました。

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2007年3月15日 (木)

またハイバイ観たぞ

劇団ハイバイの初日を観に行ってきた。
『ヒッキー・カンクーントルネード』と『おねがい放課後』の二本立て。
作・演出、岩井秀人。アトリエ・ヘリコプター。

今回も面白かった。

ハイバイは、今、もっとも最先端の芝居をやっている集団だ。
主宰の岩井秀人はほんとにすばらしい。
彼のエンゲキは、ちょこっと時代よりも先に行ってる。
もうしばらくしたら、まわりがついてくるだろう。

現代人の残酷さや優しさや切なさを、独特の笑いで切り取ってみせる。
ものすごい才能である。
彼のまわりに集まっている役者たちも、かなりの曲者たちばかり。
いい味だしてます。

五反田のデニーズで、役者さんたちにご飯おごって、ご機嫌で帰ってきた。

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2007年3月14日 (水)

ブルーストッキング

劇作家の宮本研。
彼は昭和を代表する劇作家の一人だ。
1988年に亡くなった。

代表作の一つ、『ブルーストッキングの女たち』を観て来た。
地人会公演、木村光一演出。紀伊国屋ホール。

大正時代に、女性のための雑誌『青鞜』をつくった平塚らいてうや、伊藤野枝、神近市子などを中心に、大杉栄や荒畑寒村などをからめて、時代とそこに生きた人たちを描いた傑作だ。

どうしても観たかったので、当日券で劇場に飛びこんだ。
ついこないだも最前列だったけど、今回もなぜか最前列の右端の席があいてて、そこから舞台を見上げた。
なんかすきま風が吹き込んで、すごく寒かったけど、芝居はよかった。

主演の純名りさは、美しく、内なる炎を見せて、伊藤野枝を演じていた。
他の共演者の役者さんたちも、すばらしかった。

僕はこの芝居を二十年前(1987年)にも観ている。
約二十年ぶりに同じ芝居を見たわけだ。
もちろんキャストはまったく違う。

その時もいい芝居だと思ったが、今回は、前とは違う視点で芝居を観たような気がする。
書き手の視線。
宮本研が、この台本を書くとき、どんなことを思っていたのか。
そこに、僕の思いは向かっていた。

舞台の上から、宮本さんが、僕に語りかけてくれてるような気分。
主役の登場は、こうするんだよ。
虚実皮膜が面白いんだ。
この芝居の構成は、こうなってるんだよ、わかるかい。
ちょっと長いけど、十分もつだろ。
って。
まさに体感脚本講座だ。

勉強になりました。

僕は、一度だけ宮本研さんに会っている。
たぶんあれは、二十五、六年前だったと思う。
僕は二十歳そこそこの駆け出しで、演劇界の末端にしがみついていた。
新宿歌舞伎町の飲み屋だった。
僕の芝居の師匠、三原四郎に連れて行ってもらった会に、宮本さんも来ていた。

僕は、宮本さんの向かいで、作家の言葉を一言も聞き逃すまいと緊張して座っていた。
宮本さんは、静かにグラスを傾けていて、あんまり言葉は聞けなかったけど。

一度会っただけでも、忘れられない人もいる。
僕の中では、この人もそんな人の一人だった。

この『ブルーストッキングの女たち』には、九州の女たちが出てくる。
伊藤野枝と神近市子。
まだ女性が差別されていた明治時代に生まれて、大正時代に、燃えるような青春を送った女たち。
たぶん、僕のおばあちゃんの世代(ちょっと上だけど)。

宮本さんは、九州の女を描きたかったんじゃないかなぁ。
女性への尊敬と、愛情のこもった芝居だった。

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2007年3月13日 (火)

タイムマシン

昨日は、映画を見た。
『バブルへGO』
新宿バルト。

バブル時代の雰囲気はよく再現してて、現代から過去にもどった女の子とバブル男のギャップコメディは面白かった。
ただ元SF研究会の僕としては、タイムパラドクスの問題とかどう解決するのかと期待していたんだけど、そのあたりはあっさりしていて、ちょっと食い足りなかった。

主演の広末涼子は、よかったなぁ。きれいだし、ダンスも見せてくれる。
その他のキャスティングもいい。
面白くなる要素はたっぷりなのに、もう一つヒットしてない雰囲気なのは、なぜなんだろう。(ヒットしてたらごめんなさい)

タイムマシン物は、大好きなんだよね。
やっぱり時間を越えて、別の時代に行くって、永遠のロマンだし。
大好きなネタだから、応援したいんだけど、好きだからこそ、あらも気になったりして。

脚本家としては、そこを考えてていくと、今度は自分で書くときのヒントになります。
作品を観て、不満に思ったところは、その作品からの貴重なアトバイスだと思って、きっちり覚えておきたいもんです。
この作品からも、いただくところはたくさんありました。
サンキュー。

追加。
DVDで、かつて岡本喜八が日本テレビで作った戦争アクションドラマの『遊撃戦』を見た。
日本軍のはぐれ者部隊が、中国で大暴れするというもの。
今じゃなかなかこういう作品は作れないかも……。
でも、面白かった。
脚本も、意図がはっきりしていて、しぶいっす。

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2007年3月12日 (月)

テンションあがった

昨日は、動き回った。
まずは、今度高校を卒業する生徒がつくった劇団の旗揚げ公演を見に行った。
コントの三本立て。
あえて笑いに挑戦しようとするその姿勢に好感度アップ。

おつぎは、アニメ監督の結婚を祝う会。
声優さんやらスタッフさんやら、大勢集まった。
目黒はっぽうえんに始めていった。
いい庭があった。
脚本家の仲間たちも来てた。
それほど仲良しではなかったので、この機会に仲良しになろうとテンションがあがる。

っていう上がりすぎた。
「落ちついてください」って、脚本家の女性に言われてしまった。
で思い出した。
幼いころから言われ続けてたこの言葉。
「落ちつきなさい!」
そう、おれは落ち着きのなさ過ぎる子供だった。
これって軽い障害だったと思う。
アスペルガーっぽいやつ。
幼稚園の椅子にしばられたりしてたもんなぁ。
ちょっとトラウマ残ってる。
ま、そんなこんなものりこえて今があるわけですがね。

つづいて、脚本家仲間での飲み会に突入。
渋谷でもりあがる。
シモネタも爆発。
かなり仲良しになった。

つづいて新宿に移動。
三原塾の公演打ち上げに参加。
挨拶させられました。
応援演説ぶちかます。
これからの劇団に期待しますなんて偉そうに言ってしまう。
本気で思ってんだけどね。

宴会には、かつての芝居仲間の先輩も来ていた。
病気で半身マヒになった先輩。
言葉もうまくでない。
それでもそういう場所に来てくれてることに感動。
先輩を送って、地下鉄の駅まで行った。
階段の昇り降りも大変そうだった。
なんか涙がこみあげた。

打ち上げ会場に戻ったら、もう一人の酔っぱらい先輩がくだまいて倒れた。
もーしょうがない。
ちょっと怒ったふりをしてみたけど、覚えちゃいないんだろうなぁ。

帰って、女子高生バンド『オレスカ』のDVD観て寝た。

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2007年3月11日 (日)

劇場で激情

今週は、芝居三昧。
また昨日も、芝居を観てきました。
って言っても、知り合いが出演してたり、主宰しているところの劇団を見に行ってるわけなんですけど。
どうもこの時期、重なってるんです。

劇団ポツドールの『激情』という芝居を下北沢の本多劇場で観ました。
出演者の井上くんから、メールで見に来てくれと言ってきたんで、タイトルも知らずに行ったんだけど、実はすごく売れてきている劇団で、お客さんも満員。すごい人気。正直驚きました。

で芝居のほうは、すごく面白かったです。
若い作家らしいけど、すごく脚本を書く力がある人だと思ったなぁ。
演出力も高く、役者に要求していることの質の高さが、よく見えた。

おれに用意されていた席が、なんと最前列のどセンターだったので、小劇場感覚で芝居を観ることができました。
本多劇場って、けっこう大きなところだから、後ろの方で見るのとは、かなり違った印象になったかもしれません。

終わって、出演してる役者と飲んだら、みんな若くていい奴ばっかで、またうれしくなりました。
演劇都市東京のど真ん中で、芝居観て、うまいビール飲んで、ああ極楽。

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2007年3月 9日 (金)

大先輩たち

世界最大の演劇都市は、東京だと思います。
まいにちものすごい数のお芝居が上演されてます。
伝統的な歌舞伎から、ブロードウェイのミュージカル、さまざまな小劇場では実験的なまで、それこそ何百というカンパニーが毎日新作の芝居を舞台にあげているのです。
こんな街は、世界広しといえども他にはないはずです。

演劇の質も、そうとう高いと思います。
東京における演劇というコンテンツは、もっと世界的にも認められていいはずなんですけどね。

この演劇ブームのもとをたどっていくと必ずいきつくところがあります。
小山内薫がつくった築地小劇場や、岸田国士がつくった文学座などです。
二人とも明治生まれの文学者で劇作家で演出家。
小山内薫はロシアの演劇を、岸田国士はフランスの演劇を日本に導入して、いわゆる新劇と呼ばれるブームをつくった人たちです。
いまや新劇という言葉は、ほとんど死語みたいになってしまいましたが、明治の終わりから大正時代にかけて、ロシアやフランスの演劇に刺激を受けて、日本でも新しい演劇をつくろうと、必死になってがんばった劇作家や俳優たちがいたんです。
彼らは、その代表的な作者たちです。
とにかく、この人たちがいたからこそ、今の演劇都市東京ができたわけです。

ここまでは、昨日見てきた芝居のことを書くための前ふりです。
ちょっと長かったですけど。
でもこれを書いておかないと、わかってもらえないから。

で、昨日観てきたのは、TAC三原塾という劇団の、『日本近現代戯曲への挑戦 Vol.4』と銘打った公演。
岸田国士の『屋上庭園』小山内薫の『亭主』田中澄江の『ほたるの歌』の三本立て。

脚本家という仕事をやっていても、なかなか岸田国士や小山内薫たちが書いた作品を読む機会はありません。
本当は、こういう人たちの仕事もちゃんと勉強しておかなきゃいけないんですけどね。
勉強ばっかりしてたら、自分の作品を書く暇がなくなってしまいますから。

でも、やっぱりチャンスがあったら観ておきたいもの。
といっても、いまではこういう人たちの作品を上演してくれるところは少なくなってしまいました。
そんな機会をくれて、ありがとう三原塾の人たち。

それぞれ大正14年、大正15年、昭和24年の作品でしたが、今の僕にとっても、すごく参考になる脚本でした。
当時の日本人が、どんな感覚で生きていたのか、戯曲は時代を知るうえでも、とても大事な資料だと思います。
なんか、いい気分で帰ってきました。
オールウェイズって感じです。

脚本家の大先輩たちに、僕も少しでも近づけるように、がんばろうって気になりました。

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2007年3月 8日 (木)

ちょっと傲慢

昨日の出来事。
締め切りのない生活も、たったの三日で終わった。
子供のための芝居の台本に、大きな直しをしなきゃならなくなってしまいました。
自分では傑作書いたつもりだったけど、読み直してみると、たしかに演出家さんの言う通り、わかりずらいところが見えてきた。
こりゃ、直さないといけません。

また、書いては書き直しの日々の始まりです。

でも、ここでどれだけ粘れるかに、芝居の出来がかかってきます。
出演者たちは、稽古期間にみんなで、がんばらなければなりませんが、脚本家は稽古が始まる前に一人でがんばるのです。

でも、締め切りって、必要なんだよね。
期限があるからこそ、そこに向かっていく集中力も出てくるんです。

初稿よりも、さらに台本をみがきあげて、傑作に近づくために、また書き直すチャンスをもらったと思ってがんばるぞー。
脚本家は、つねに前向きでなければやっていけないのだ。

夜は、若手の劇団の芝居の公演を見に行った。

物語は、閉塞感のなかでしだいに狂っていく日本人たちの姿を描いたもの。
口語体のたんたんとした一幕物。

やりたいことはわかるけど、はっきりいって、ちょっと退屈だった。
そこにはドラマ的なものがあるんだけど、それがうまく伝わってこない。
もったいなかったなぁ。

芝居、演劇という、『言葉』で、お客とどうつきあおうとしているのかを、僕らは明確にする必要がある。
それはどんな表現をしている人にとっても通じることだろう。
見に来るお客との関係性なんか、どうでもいいと考える人もいるかもしれない。
でも、きっとそこを一度考えてみることは、僕らにとって大事なことなんだ。

僕は、お客さんと、一瞬でもいいからつながりたい。
同じ思いを抱いて欲しい。
傲慢かなぁ。
脚本家なんて、自分の思い描いた映像を、人に見せたいと思ったときから、すこし傲慢なんだ。

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2007年3月 7日 (水)

ム●キング

昨日は、春休みの映画『ム●キング』の初号試写会があった。
去年書いてた仕事だけど、連絡が来たのが前日!
脚本家は、よくおいてきぼりになる。
あやうく試写を見逃すところだったぜ。

そりゃ、脚本出来てしまえば、作家はもう用なしですけどね。
ちょっと寂しい思いをしたよ。

でも、映画の出来は上々。
ム●キング劇場版。面白かった!
脚本のイメージ通りの出来で、監督やスタッフのがんばりが画面から伝わってきました。

声優さんも豪華。
ドランクドラゴンの塚地さんも、クワガタの役で出てくれてるんだけど、いい味だしてくれてます。はまってるって感じ。
メインのゲストキャラクターのリッキーが、小山力也さんで、ジャック・バウワー(24の主役)な感じで、燃えます。
24を、シリーズ5まで見ている僕としても、楽しかったなぁ。

打ち上げが、試写のあとあったんだけど、一緒にいった大川が体調が悪いというので、僕もつきあってビール一杯で帰りました。
もっといろんな人たちと交流したかったけど、出会う間もありませんでした。残念。

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2007年3月 6日 (火)

物語のラストについて

ひさしぶりに映画館のはしごをした。
新宿に新しくできたバルト9というシネコンで、ケビン・コスナーの『守護神』
つづいて、歌舞伎町に移動して、アンディ・ラウの『墨攻』。
両方のタイトルあわせて、漢字五文字。
漢字つながりの、映画鑑賞でした。

両方とも、けっこう面白かったなぁ。

で、今日は、この二本を題材にして、映画の終わり方について書いてみたいと思います。

『守護神』の脚本は、ハリウッド式(そんなものがあるとしたらだけど)の典型的な構成法にもとづいています。
観客の期待を裏切らないのが、この法則にもとづいた脚本のいいところなんだけど、逆にいえば、ちょっと映画を見慣れた客には、先が読まれてしまうというのが、弱点です。
 まぁ、王道といえばそうなんですけど。先を読まれても、それがどうしたっていうくらいの、迫力と勢いで乗り切るのが、ハリウッド映画です。
 物語は、これしかないだろうという形のラストを迎えることになります。(見てない人のために、詳しくは書きませんけど)
 たぶん脚本家は、この脚本を書き始めたときに、このラストを想定していたはずです。
 そこに向かっていく構成になってます。
 しかし、そのラストが観客にできるだけバレないように書き進めるわけです。
 そうはならないよ、ならないよって、観客にささやきながら。
 で、見終わったときに、やっぱそうなったかァ、って思われるのは、オッケーなわけ。

 そこで、今回の覚書。
『王道のラストに向かうときは、そうならないよっていうふりを、直前まではしておかなけれならない』
 うん、これは覚えておいて損はないぞ。

 で『墨攻』の方は、脚本家がラストをかなり悩んだんじゃないかなと思う終わり方をしています。
 この作品は、原作があるので、それがどうなっているのかを僕は知らないので、あくまでもこれは僕の推測ですけど。
 観客の立場からすると、いまひとつスカッとしない終わりかたなんですよ。(詳しくかきませんけど。見てもらえばわかります)
 純粋のこの映画が伝えようとしているテーマを押し出すためには、この終わり方は、正しい終わり方だとは思うんですけど、エンターテイメントとしての終わり方は、もう一つの終わり方をしてもよかったのではと考えました。
 脚本家も演出家も、ここにはかなり悩んだんじゃないでしょうか。
 いち観客としての僕は、もう一つの終わり方をして欲しかった。もしくは、観客にゆだねる終わり方もあったのではと思いました。
 はっきり書いてないので、なんだかよくわからないかたもいらっしゃるとは思いますが、ごめんなさい。

 とにかく物語は、ラストが大事です。
 ラストしだいで、お客が気分よく劇場を出れるかどうかが変わります。
 脚本書くときは、このことを覚えておきましょう。

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2007年3月 2日 (金)

ストーリーは止めない

 このブログは脚本家志望者のために書き始めたものでした。
 思い出したわけじゃないけど、ひさしぶりに脚本家として参考になるような記事を見つけたので、書き留めておきます。
 ドリームガールズの脚本監督のビル・コンドンのインタヴューが、プログラムに載ってて、その一節です。

『大切なことは、歌の間もストーリーは止めないということ。映画を止めて、出演者に歌だけ歌わせてしまってはいけない。観客は、その曲が気にいらなかったら、歌が終わるのを待たされることになるからね。そのためには、歌の最初と最後で、何かが変わっていなければならない』

 たしかに、その通り。
 あたりまえのことだけど、ついつい忘れがち。
 ミュージカルの台本を書くときには、この言葉を思い出そう。

 脚本の最初と最後では、主人公(登場キャラクター)が何か変わっていなければならない。
 変化のない物語ほど、つまらないものはない。

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ドリームガールズ

映画『ドリームガールズ』を見てきたぞ。
60年代のモータウンレコードやシュープリームスを題材にした、ミュージカル舞台の映画化。
ミュージカル好きとしては、行くしかありません。

ショービジネスの舞台裏と、歌にかける人間たちを、うまく脚本におりこんでいて、ちょっとやられたって感じ。
そしていまさらながらに、ボーカルの力を感じました。
とくにアカデミー助演女優賞をとった新人のジェニファー・ハドソンの歌唱力はすごかった。
圧倒されました。

脚本の視点から見ると、うまく歌を構成しているのに感心。
孤独を歌いあげているシーンのあとに、ちゃんと拍手が聞こえても自然なように構成してたりするところも、小技きかせてるな、にくいよって感じ。

エディ・マーフィが、ソウルスターを演じてるんだけど、彼だけがスター過ぎて、映画の登場の中の登場人物というより、エディがパロディでやっている風に見えてしまったのは、僕だけでしょうか。

映画の前に、去年高校で卒業公演を一緒にやって、専門学校にすすんだ子が出演している、発表会を見に行ってきた。
芝居自体は、ちょっと難しい脚本だったので楽しめなかったけど、教え子たちはこの一年で成長している姿を見せてました。
あの子が、ここまでできるようになったかぁ。
感慨を胸に芝居を見てました。
まるで親の気分です。

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