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2007年4月 1日 (日)

ソカロの夜

『これが広場だ』

 昨日、メトロに乗ったことに自信を深めて、旧市街まで、今度はメトロの乗り換えに挑戦してみた。
 午後一時過ぎ。昨夜の喧騒が嘘のように、地下鉄の駅は静かだった。
  すんなり2ペソのチケットを買って、メトロに乗る。
 なんとなく駅の表示とかも、システムが理解できるようになってきた。

 地下鉄のなかは、いかにも労働者階級の人たちといった雰囲気の人たちで、八割方満員。そのなかに、いきなり物売りの女の人が乗りこんできた。
 体にスピーカーをしょって音楽を鳴らしながら、CDを売っている。
 これと同じような光景を、韓国でもバンコクでも見た。
 日本でも、かなり昔は、そういうことをやっていたと聞いたことがあるが、今は想像だにつかない。
 どんなことをしてでも働かなければならない人たちがたくさんいる国では、こういう電車内での行商とかがまだ行われている。
 目の前に座っていたふとったおねぇえさんが、そのCDを買った。そのスムースなやりとりに、一瞬、目を奪われる。
 やっぱ、買う人いるんだ!
 行商のおばさんは、電車が次の駅に止まると、すばやくホームに出て、隣の扉に移っていった。
 するとまた別の行商のおばさんが入ってきて、今度はガムを売る。
 みんななかなかいい声の出し方をしているので感心。

 五つか六つ駅をすぎて、一本ラインを乗り換えた。
 簡単な乗り換えも、けっこう冒険に思えるから、旅は楽しい。
 何をやっても脳が活性化する気がする。

 ソカロ。
 たぶん広場っていう意味なんだろうと思う。
 メトロの駅をでたら、そこにははデーンとでっかいカテドラルがあり、その前に広大な広場がひろがっていた。
 これはまさにヨーロッパの大都市のスタイルそのもの。
 しかもこの広場が、半端なくでかい。ゆうに百メートル四方はある。

 この下には、でっかいアステカの神殿があったらしい。
 それをぶっこわして、スペインの征服軍がキリスト教的世界を、その上につくりあげたのだ。
 カテドラルの横に、テンプロ・マヨールという遺跡があり、そこにはアステカの壮大な神殿が発掘されている。
 侵略してきたスペイン人が、すこしでも以前の文明に敬意を持ってくれていたら、もっとたくさんの遺物を見ることができたんだろう。

 しかし、そんな歴史的な遺物よりも、僕を驚かし、感動させたのは、このソカロに集まっている人たちだった。
 このソカロの周囲には、ものすごい数の人が集まっていた。
 メキシコシティじゅうの人が、ここに集まったんじゃないかと思うくらいの人出。
 人、人、人、人人人……人の波。
 道路の両側は、自分の売り物を一メートル四方のふろしきの上に広げた行商の人が、びっしりと埋めつくされている。
 せまくなった道を歩く人たちは、肩をぶつけあいながら、まるで明治神宮の初詣状態。
 それがえんえんと続いている。
 なんだか町中が、巨大なフリーマーケットになった感じ。
 あちこちでタコスや、ピザみたいなもの(なんがよくわからない食い物)を売っている屋台もあり、ここはアメ横か!
 しかも半端なくでかい、アメ横だ。

 僕の受けた感じでは、旅行者相手というより、地元の人向けの市場だ。
 いろんな物が売られていたけど、価格は、すごく安かった。
 あんまり上等な品ではなさそうだったけど。
 写真もとったけど、この雰囲気はなかなか伝えられそうもない。
 なんか写真を撮ってると、すりに狙われそうな気がしたから、もう写真は隠し撮り状態。
 僕は、できるだけ気配をけして、町に溶け込もうとした。
 まったくできないんだけど、そんなことは。
 東洋人は、ほとんど歩いてなくて、みんな僕のことじろじろみるんだよね。

 このソカロの、巨大アメ横では、メキシコのバイタリティを感じた。
 誰もが、ひたすら商売してた。
 なんでもやって生きるんだという、気合が伝わった。
 しかし、どうしようもなく、まったくうれそうもない、おじさんとかもいた。
 両手に、なんかパンみたいなものを持って、売り歩いているんだけど、あまりにもシンプルすぎて、誰も見向きもしない。
 それでもおっさんは、声をだしながら歩き回っている。

 やっぱ仕事が、あんまりないんだろうなぁ。
 仕事があれば、そこまですることないだろうし。それとも、ふだんは何かやってて、休みの時はこういう行商とかするんだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていたら、やっぱり隙ができたんだろう。
 靴磨きのおっさんにつかまった。
 断ったけど、立ち止まった隙に、靴にクリームつけられてしまった。
 しょうがねぇ、これも経験だと思い、言われるままに、靴を磨かれた。
 やっぱり最後に、かなりの値段をふっかけてくる。
 半分くらいだろうと思って値切ったら、その中間で、折り合った。
 それでも、たぶん普通の値段よりは、かなり高めなんだろうと思う。

 それにしても、靴磨きの人も、たくさんいる。
 空港とか、駅とか、あちこちで見る。
 たしかにメキシコ人は、みんなピカピカの革靴をはいている気がする。
 靴磨きは、元でもほとんどかかんないし、いい仕事なのかもしれない。

 あとで空港の靴磨きの値段を見たら、やはり僕がソカロで払った金額は、その倍以上だった。
 あの靴磨きのおっさんは、観光客の靴を磨いて、ぼろ儲けしてんだろうなぁ。
 ほとんどの人が英語しゃべれないんだけど、その靴磨きのおっさんは、けっこううまく喋ってた。
 靴磨きも、英語力がものをいうのだ。

『二階建てバスの孝行娘』

 ソカロを歩き疲れたら、ちょうど二階建ての観光バスが止まってた。
 それに乗れば、ちょっと観光して、自分の泊まってるホテルの近くまで行ける。
 迷わず飛び乗った。

 バスの中でチケットを買う。おねぇさんが、手首にバンドを巻いてくれる。それをつけていれば乗り降り自由なのだ。英語は大丈夫かと聞かれて、イアフォンをくれた。それで町の解説を聞きながら観光ができるのだ。こいつはいい。
 で、席に座ったら、日本語の解説もあるじゃないか。
 じゃあ、さっきのおねぇさんは、僕のことを何人だと思ったのだろう?
 たいていのところでは「ハポネス」とすぐに気づかれてたんだけどなぁ。

 ホテルの近くのレストランに入って食事。
 けっきょくシティにはいって、この店で食べるのは三度目。
 同じ店にばっかり入ってしまうのは、東京で暮らしているときと同じだ。
 これは僕の癖。
 基本的に、あまり冒険できないたちなんだよね。

 ホテルの一階にスターバックスがあり、そこでも毎日、おなじものを買ってしまう。
 グランデラテ。これも東京でやってることと同じ。
 安心感があるんだよね。
 スタバのラテには。

 八時からソカロでメシキコフェスィバルのイベントで、モダンダンスがあると書いてあったから、それを見に行くことにした。
 手首には乗り降り自由のバンドがある。
 もう一度、二階建てバスに飛び乗った。

 二階には、空いている席は一つしかなかった。それに座ると、前の席から日本語が聞こえてくる。女性の二人連れが話しているのだ。
「こんにちは」
 と、つい声をかけていた。
 二人はすぐに母娘だとわかった。二十代の娘のほうはメガネをかけているが、ほんとに雰囲気が似ている。
 ぼくはつい、ひさしぶりに日本語を聞いたなどと、いいかげんなことを言ってしまった。実は、昨日はガイドさんに案内されていたので、別に久しぶりの日本語じゃなかったんだけど、昼間ものすごい群衆のなかで、珍しい東洋人として孤独感を味わっていたので、本当に日本語が懐かしくかんじていたのだ。
 ほんとに言葉でコミュニケーションするのに、ストレスを感じないことの、なんとすばらしいことか。

 この親子は、二人でメキシコ旅行にきたのだという。
 女性の二人連れなので、なかなか夜は出歩いたことがないらしい。
 ちょうど自分たちの泊まっているホテルに帰る途中だったのだが、僕がソカロでイベントがこれから始まるといって誘ったら、「じゃあ、一緒行こうかしら」ということになった。
 旅はみちづれ、世は情け。
 まさに、寅さん的な流れだ。
 日常では、なかなかこうはいかない。
 今年に入って、男はつらいよシリーズをたくさん見て、寅さん感覚を身につけていたからこそ、こういう流れがやってくる。

 Oさん親子は、品川から来ていた。
 僕とはちがって、二人は日本人観光客がたくさん宿泊している小さなホテルにいて、いろんな人に会えて楽しいと言う。
 うん、これこそ正しい個人旅行だと思った。
 豪華なホテルにとまるよりも、日本人経営のホテルの安心感と、そこでの出会いを楽しむ。
 そのホテルには、修行中の若いプロレスラーも泊まっているとのこと。
 面白そうじゃないですか。

 二人は、メキシコシティに来てから、まだ一度も夜の町には出たことがないと言う。
 なんだか怖かったらしい。
 毎晩、夜の町を徘徊している僕とは大違い。
 僕と一緒に、夜の町を歩けるのをとても喜んでくれた。

 僕らがソカロについたのは、開演時間の十分前くらい。すでに広場は、何千人もの人で埋めつくされていた。
 さらにどこからともなく、どんどん人が集まってきている。
 下手よりの端っこに、座ろうとしたら、そこにいた人が身振り手振りで椅子を自分で持ってこいと言っている。
 たしかに前のぼうに、バイプ椅子が山積みされている。
 その椅子を勝手に持ってきて、そこに座席をつくった。
 あとから来た人たちも、それにならってどんどん座席が広がっていく。
 みんなこういう時の対処のしかたを心得ているらしく、ほとんど混乱もなく、すんなり座席が出来ていく。
 会場整理の人などいないのに、数千人もの人が、まったく混乱しないで自分たちの座席を確保していく。
 これはすごかった。

 プロレスの会場でも思ったのだが、ものすごい数の観客にくらべて、場内整理の人員は極端に少ない。
 それでもここの人たちは、ほとんど混乱することなく、いつのまにか自分の居場所をつくっている。
 これはおおらかな国民性こそがなせる技なのかもしれない。
 日本では、こうはいかないだろう。

 なにが違うんだろうと思った。
 チケット売り場とかで、多くの人がならんでいる。
 日本だと、なんかイライラ感が伝わってくるのだが、ここではそれがないのだ。
 最初からあきらめてるのか、それとも、そういうことを気にしないのか。
 ここの人たちは、並んだり、混乱している中にいても、あまりストレスを感じていないような気がする。
 やっぱり陽気なメキシカンなのね。

 イベントは、アメリカのダンスカンパニー、シュン・ウェイ・ダンスアーツの公演だった。
 モダンダンスカンパニーだ。
 ピアノの音にあわせて、ダンサーたちがゆったりと、ときには素早く動きだす。
 広場にあつまった民衆は、無駄話もしない。
 こんなにも大人数が、モダンダンスのパフォーマンスを見るのは、きわめてまれなことだろう。
 みんなほとんど咳もしないで、じっとダンスの公演を見つめている。
 そこらへんに普通に生活しているおっさんや、おばさんが、難解な動きのダンスを見つめているのだ。
 彼らの、芸術家に対するレスペクトが伝わってきた。
 終わると、潮が引くように、彼はどこかへと帰っていった。

 僕とOさん親子は、ソカロに近い評判のレストランで、マリアッチにかこまれて軽く食事をした。
 マリアッチが見たと言っていた、Oサン親子は、大満足。
 店にタクシーを呼んでくれと言ってら、待っていたのは白タクだった。
 ガイドブックには白タクはやめておけと書いてあったらしく、Oさん親子は、ちょっとビビる。
 僕は、親孝行するつもりで、この親子をホテルまで送って帰った。

 こうして僕の、メキシコシティの最後の夜は終わったのだった。

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