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2007年11月29日 (木)

青年が会いに来た

  先日、電話で話をした同級生の息子が、僕に会いに来た。
 19歳、役者志望。
 四月に上京してきて、現在、タレント事務所の養成所で、週に9時間のレッスンを受けていると言う。
 外見は、高校生の時の彼の父親によく似てる。
 まだどこかに少年のおもかげをのこした、どこにでもいる普通の青年だ。
 中学卒業まで野球部にいて、高校では何もしてなかった。
 テレビドラマの俳優にあこがれて、役者の道を志したのだ。

 こんな青年を前にして、僕はいったい何を言えるのだろう……
 会うとは言ったものの、実際、僕はどうしていいかわからずにいた。

「きみ、東京に来て、なにかお芝居とか見た?」
「いえ……」
「じゃあ、いままで芝居を見たことは?」
「テレビとか映画でなら」
「そっか……」

 僕は、ひとしきり彼に語りかけた。
 東京が世界でも有数の演劇都市であること。
 役者になるためには、たくさん芝居を見ることが大事だということ。

「野球をやるためにも、まずはキャッチボールのしかたと、バットの振り方を覚えるだろ。それに、ランニングするために足腰も強くなくちゃならない。そして、ルールを覚えて、はじめて試合ができる。芝居も、野球も、おんなじだよ」

「じゃあ、映画は、何本くらい見た?」
「五本くらいです」
「四月から、5本?」
「はい……」
「そっか……」

 僕は、さっきよりも、少し熱っぽく語りかけた。
 映画もたくさん見たほうがいいということを。
 養成所での発声練習や、歌の練習も、必要なことではあるけど、その前にやってなきゃならないことがたくさんあるということ。
 そして、19歳なら、まだまだ遅くはないということ。

 養成所には、一年で百万円くらいの授業料を払うと言う。
 百万円あったら、2500円の芝居が、400本見られる。
 一本300円のレンタルDVDが、3333本借りれるのだ。

「今の君には、まず役者としての、基礎体力をつけることが大事だと思う。19歳でしょ。『東京』という大学に入ったと思って、勉強してください。まずは、一月に最低20本の芝居を見てください。そして、映画を、毎日見てください。そして、ノートに、感想を書いて。芝居や映画を見て、自分が何を感じたか。そしたら、一年で芝居を240本、映画を365本見たことになる。感想のノートは、たぶん5冊くらいになるから。それ、やってみて。そしたら、絶対、なにかが見えてくるし、自分に自信もつくから」

 芝居と映画を見て、それについての記録と感想のノートを作ること。
 これは僕が十代の終わりからやっていたことだ。
 一月に20本の芝居を見ることは、さすがにハードルが高いと思うが、モチベーションを持っていけば、無理なことではないはずだ。
 映画に関しては、楽勝だと思う。

 二十歳で、一年に240本芝居を見た男がいたら、その青年はきっと日本一芝居に詳しい二十歳になれるはずだ。
 そんな一年を過ごすことができたとしたら、すこしは役者について語り合えるようになるだろう。
 そこが彼にとってのスタートラインになる。

 人は何かになりたいと思ったときから、もう何かになりはじめている。

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2007年11月28日 (水)

過去からの電話

 高校時代の友人から、息子が役者志望で東京に行ったので、何か話をしてやってくれないかと電話があった。
 その友人は、高校で一年間同級生だった。
 もう何十年も会ってない。
 不思議な感覚だった。

 まさに時を超えた遭遇。
 僕のイメージの中には、高校時代のやんちゃだった16歳の彼の顔がある。
 しかし、まちがいなく電話の向こう側にいるのは、50歳も間近のおじさんなのだ。
 顔が見えないだけに、この感覚は新鮮だった。
 16歳の顔をした、50歳の男。

 彼は、なんだか変わっていた。
 そりゃ、そうだ。
 男が、何十年も年月を重ねたら、分別も良識もある。
 やんちゃで、トイレで煙草を吸っていた水泳部の少年が、息子の相談をしているのだ。

 16歳の顔をした、50歳の男は、今は三人の子供がいて、単身赴任で仕事をしていると言った。
 「息子が、役者になりたいというのを、やめろと言ったんだけど、息子がどうしても行くと言うので、出してやった。きみは、そっちの世界には詳しいと思うから、息子と会って、アドバイスをしてほしいのよ」
 あのやんちゃ小僧の口から、こんな言葉を聞くことになろうとは。
 人生は、なんて面白い。

 そこには息子のことを心底心配している親父がいた。
 大海に出て行こうとしている息子を、陰ながら応援している応援団長がいた。
 応援団長に頼まれたら、断るなんてできるわけない。
 僕も、応援団にくわわることにした。

 僕にできることなんて、ちょっとした水先案内くらいだけど、少しは役にたつかもしれない。
 あとは彼の息子が、自分で船を漕いでいくしかないのだ。
 それにしても、過去から電話がかかってきたような、不思議な感覚だった。

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