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2011年10月18日 (火)

脚本は読みづらいので

雑誌『演劇と教育』10月号に記事「高校生と芝居を作る方法」と、その高校生と作った芝居の脚本「ミナカミ」を掲載していただいた関係で、編集部での読書会に参加してきた。
これは編集者の人たちとの、今回の雑誌の記事についての意見交換会のようなものだ。
さまざまな意見を頂いて、とても参考になると同時に、考えることがあったので、メモとして残しておこうと思う。

本に掲載される『戯曲・脚本』についてである。
今回の十月号の冒頭のエッセイで、演出家であり脚本家のマキノノゾミさんが、「戯曲というのは読むのが難しく、誤読が多い」ということを書いていた。
たしかにその通りだと思う。
僕も映像や舞台の脚本を書くことを職業としているくせに、他の人の書いた脚本を読むのは、実はあまり好きではない。
脚本を読んだだけでは、舞台でおきることを明確にイメージすることは、きわめて難しいからだ。
小説とちがって、脚本や戯曲には、こまかい状況や設定の描写や、内面心理の描写はほとんどない。
会話と簡潔なト書きだけで、イメージするしかない。
これは俳優やスタッフでも、簡単なことではない。
かなりの熟練の技術がいる。

その理由は、もともと脚本・戯曲は一般の人が読むためには書かれていないメディアだということにあると思う。
その作品にかかわる、俳優とスタッフにわかればいいもので、おおやけに公表するものとして、存在していないものなのだ。
スタッフワークのための指示書であるから、それは現場でより詳しく説明したり、変えていったりすることを前提にしている。
したがってあまりにも、きっちりとイメージが書かれていると、逆に困ってしまうこともあるのである。
変わることが当然のメディアなのだ。
当然、読みやすさなどが考慮に入れられているはずもなく、そのフォーマットが、いままで伝わってきているのである。

今回、雑誌に掲載されている自分の脚本を見て、「これを誰が読むのだろう?」と想像して見た。
雑誌の性質上、中学生や高校生に演劇の指導をなさっている学校の先生たちが、読者のほとんどだろうと思われた。
先生たちは、演劇のプロではない。もちろん俳優やスタッフをやったことがある人は、ほとんどいないだろう。
その人たちにとって、自分の脚本は読みやすいものだったろうかと自問した。
もっと読みやすい、イメージしやすい脚本にしておけばよかったと思った。
たとえば、舞台の設定や人物にしても、簡単なイラストがあるだけで、脚本は数段に読みやすいものになるだろう。

世の中には、戯曲集やシナリオ集が出版されているが、ほとんどはその作品を見たことがある人たちが、あとから追体験したりするのに読まれているのではないだろうか。

これからの時代、戯曲や脚本が一般の人にも読まれるメディアにするためには、よりイメージしやすい形というものを、新たに作っていくことも必要なのではないか。
漫画やアニメ、ゲームなど、視覚的刺激が多いメディア群と同列に、戯曲や脚本がならぶとしたら、それくらいのことは考えていかなければならない。
映像、舞台の設計図としてだけではなく、一つの読めるメディアにしてみたい。
そんなことを今回思ったのだった。

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コメント

はじめまして!週末に予定している群読の脚本を編集するのに縦書きは読みにくい感じがするな~と、ダメもとで検索してこちらにヒットしました!大変参考になりました。幾つか読ませていただきましたが、面白く素敵なお話ばかりでした。時々覗かせてくださいね~
ありがとうございました!

投稿: Hiroko Fukuhara | 2012年1月11日 (水) 22時23分

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