文化・芸術

2008年6月30日 (月)

ワークショップのお知らせ

『脚本家と監督が、ワークショップを開きます。

俳優のみなさま、ぜひ参加してください。』

きたる、2008726()27()82()3()の四日間、『即興とデバイジングによるシーン作り』をテーマにしたワークショップを開催します。

ワークショップリーダーは、脚本家、演出家の園田英樹がつとめます。

また脚本家、映画監督の大川俊道が特別講師として、自作の脚本を使って、映画における演技の指導も行います。

日程、2008726

27日、82日、3日。1時から6時まで。(2日のみ、130より)

場所は、新宿村スタジオ。(スタジオ番号はのちほどお知らせします)

参加費、一日につき千円。

できれば、四日間全部に参加していただきたいですが、お仕事などの都合で全日参加できなくても大丈夫です。

参加希望者は、簡単な自己紹介をつけて、メールか、ファックスで申し込んでください。

人数は20名までですので、お断りする場合もあります。

参加者には、こちらから連絡させていただきます。

締め切りは、7月18日です。

メールアドレス……hideking922@yahoo.co.jp

FAX番号……(03)34678864

主宰・プロジェクトNewOne

園田英樹(そのだひでき)プロフィール

  1957年生まれ。

佐賀県鳥栖市

出身 明治大学政治経済学部卒。

 在学中にテレビドラマで脚本家デヴューし、俳優兼脚本家として、数々の舞台に出演する。小説家としても、ジュブナイルを中心に二十数冊の著作がある。即興と、デバイジングによる脚本作りを劇団の作品作りに活かす方法を確立。2000年より、東放学園高等専修学校で演劇と脚本を教えるなかで、ドラマ教育の方法を模索しドラマケーション開発に参加している。東放学園高等専修学校の卒業公演のオリジナル舞台脚本も四年間にわかって書き続けている。NHK児童劇団のミュージカル脚本も三本執筆。現在、来年夏の劇場作品と、来年四月に公演予定の芝居の脚本を執筆中。

〔劇場脚本作品)劇場版ポケットモンスター3作目からの全作品。『翔べ、ペガサス』『アイシティ』『ゴッド・ブレス・ダンクーガ』『超音戦士ボーグマン・ラバーズレイン』『大阪の章二クン』(ベルリン映画祭、上海映画祭出品)『カメレオン』(96年日本映像)『セーラー服反逆同盟』『ハングマンGOGO』など、テレビ作品多数。

〔舞台脚本〕『天国の地図は誰ももたない』(日活芸術学園)『大冒険ラブソング』『さよならキャ盗ルパン』(NHK放送児童劇団)『ラストステージ』(川村真紀一人歌芝居)『赤い長ぐつ』(

川口市

ミュージカル団公演)『ファンタスト』『パノラマ幻象』『ファンタスティックリリー』(劇団帰燕風人舎)など多数。

大川俊道(おおかわ・しゅんどう)プロフィール

 1957年生まれ。

茨城県水戸市

出身。明治大学法学部卒。

 大学在学中より、脚本家デビュー、その後数々の作品にたずさわり、自ら監督もこなす。

 現在、次回作を執筆中。

〔脚本作品〕『太陽にほえろ!』『刑事貴族』『キャッツ・アイ』『あぶない刑事』『ハングマン』『ベイシティ刑事』『ルパン三世』『四姉妹物語』『セーラー服反逆同盟』『こち亀・ザ・ムービー』『甲虫王者ムシキング』『太陽の傷』『リリー・フランキーのおでんくん』他

〔監督作品〕『クライムハンター怒りの銃弾』(世良公則 原田芳雄)『NOBODY』(加藤雅也 竹内力 遠藤憲一 根津甚八)『サニー・ゲッツ・ブルー』(七瀬なつみ 又野誠治)『ダブル・デセプション 共犯者』(菊川怜 ウド・キアー ルイス・マンディーロ ジェームズ・ルッソ)『ワニ女の逆襲』(星野マヤ 中島宏海 菅田俊)他

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2007年3月16日 (金)

S-1グランプリ

昨日は、即興のショーに行ってきました。
面白かった。
笑った。

S-1グランプリ。
東京コメディストアJという即興劇団が年間を通して行っている、即興ショーです。
15名のプレイヤーが、ポイント制で、今年のチャンピョンを目指して戦います。
僕は、昨年から、その審査員の一人をやってます。
今年も、そのS-1がはしまりました。

原宿の老舗ライブハウス、クロコダイル。
毎月第三木曜日。
爆笑しながら、はげしく戦いが続きます。
今年は、誰がチャンピョンになるのか?

即興(インプロ)のおもしろさを、たくさんの人にもわかってもらいたいという、主宰の今井純さんの思いが、このS-1にはこもってます。
興味のあるかたは、ぜひご覧になって欲しいです。
食事やお酒を飲みながら、笑えるショーを堪能できます。
僕も、S-1では、審査員として、毎回ポケをかましてます。

あとこのショーのいいところは、お客さんに可愛い美女が多いということ。
審査員席からは客席も見わたせるのです。
桜を愛でる日本人のこころで、美女も堪能してきました。

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2007年3月15日 (木)

またハイバイ観たぞ

劇団ハイバイの初日を観に行ってきた。
『ヒッキー・カンクーントルネード』と『おねがい放課後』の二本立て。
作・演出、岩井秀人。アトリエ・ヘリコプター。

今回も面白かった。

ハイバイは、今、もっとも最先端の芝居をやっている集団だ。
主宰の岩井秀人はほんとにすばらしい。
彼のエンゲキは、ちょこっと時代よりも先に行ってる。
もうしばらくしたら、まわりがついてくるだろう。

現代人の残酷さや優しさや切なさを、独特の笑いで切り取ってみせる。
ものすごい才能である。
彼のまわりに集まっている役者たちも、かなりの曲者たちばかり。
いい味だしてます。

五反田のデニーズで、役者さんたちにご飯おごって、ご機嫌で帰ってきた。

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2007年3月14日 (水)

ブルーストッキング

劇作家の宮本研。
彼は昭和を代表する劇作家の一人だ。
1988年に亡くなった。

代表作の一つ、『ブルーストッキングの女たち』を観て来た。
地人会公演、木村光一演出。紀伊国屋ホール。

大正時代に、女性のための雑誌『青鞜』をつくった平塚らいてうや、伊藤野枝、神近市子などを中心に、大杉栄や荒畑寒村などをからめて、時代とそこに生きた人たちを描いた傑作だ。

どうしても観たかったので、当日券で劇場に飛びこんだ。
ついこないだも最前列だったけど、今回もなぜか最前列の右端の席があいてて、そこから舞台を見上げた。
なんかすきま風が吹き込んで、すごく寒かったけど、芝居はよかった。

主演の純名りさは、美しく、内なる炎を見せて、伊藤野枝を演じていた。
他の共演者の役者さんたちも、すばらしかった。

僕はこの芝居を二十年前(1987年)にも観ている。
約二十年ぶりに同じ芝居を見たわけだ。
もちろんキャストはまったく違う。

その時もいい芝居だと思ったが、今回は、前とは違う視点で芝居を観たような気がする。
書き手の視線。
宮本研が、この台本を書くとき、どんなことを思っていたのか。
そこに、僕の思いは向かっていた。

舞台の上から、宮本さんが、僕に語りかけてくれてるような気分。
主役の登場は、こうするんだよ。
虚実皮膜が面白いんだ。
この芝居の構成は、こうなってるんだよ、わかるかい。
ちょっと長いけど、十分もつだろ。
って。
まさに体感脚本講座だ。

勉強になりました。

僕は、一度だけ宮本研さんに会っている。
たぶんあれは、二十五、六年前だったと思う。
僕は二十歳そこそこの駆け出しで、演劇界の末端にしがみついていた。
新宿歌舞伎町の飲み屋だった。
僕の芝居の師匠、三原四郎に連れて行ってもらった会に、宮本さんも来ていた。

僕は、宮本さんの向かいで、作家の言葉を一言も聞き逃すまいと緊張して座っていた。
宮本さんは、静かにグラスを傾けていて、あんまり言葉は聞けなかったけど。

一度会っただけでも、忘れられない人もいる。
僕の中では、この人もそんな人の一人だった。

この『ブルーストッキングの女たち』には、九州の女たちが出てくる。
伊藤野枝と神近市子。
まだ女性が差別されていた明治時代に生まれて、大正時代に、燃えるような青春を送った女たち。
たぶん、僕のおばあちゃんの世代(ちょっと上だけど)。

宮本さんは、九州の女を描きたかったんじゃないかなぁ。
女性への尊敬と、愛情のこもった芝居だった。

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2007年3月 9日 (金)

大先輩たち

世界最大の演劇都市は、東京だと思います。
まいにちものすごい数のお芝居が上演されてます。
伝統的な歌舞伎から、ブロードウェイのミュージカル、さまざまな小劇場では実験的なまで、それこそ何百というカンパニーが毎日新作の芝居を舞台にあげているのです。
こんな街は、世界広しといえども他にはないはずです。

演劇の質も、そうとう高いと思います。
東京における演劇というコンテンツは、もっと世界的にも認められていいはずなんですけどね。

この演劇ブームのもとをたどっていくと必ずいきつくところがあります。
小山内薫がつくった築地小劇場や、岸田国士がつくった文学座などです。
二人とも明治生まれの文学者で劇作家で演出家。
小山内薫はロシアの演劇を、岸田国士はフランスの演劇を日本に導入して、いわゆる新劇と呼ばれるブームをつくった人たちです。
いまや新劇という言葉は、ほとんど死語みたいになってしまいましたが、明治の終わりから大正時代にかけて、ロシアやフランスの演劇に刺激を受けて、日本でも新しい演劇をつくろうと、必死になってがんばった劇作家や俳優たちがいたんです。
彼らは、その代表的な作者たちです。
とにかく、この人たちがいたからこそ、今の演劇都市東京ができたわけです。

ここまでは、昨日見てきた芝居のことを書くための前ふりです。
ちょっと長かったですけど。
でもこれを書いておかないと、わかってもらえないから。

で、昨日観てきたのは、TAC三原塾という劇団の、『日本近現代戯曲への挑戦 Vol.4』と銘打った公演。
岸田国士の『屋上庭園』小山内薫の『亭主』田中澄江の『ほたるの歌』の三本立て。

脚本家という仕事をやっていても、なかなか岸田国士や小山内薫たちが書いた作品を読む機会はありません。
本当は、こういう人たちの仕事もちゃんと勉強しておかなきゃいけないんですけどね。
勉強ばっかりしてたら、自分の作品を書く暇がなくなってしまいますから。

でも、やっぱりチャンスがあったら観ておきたいもの。
といっても、いまではこういう人たちの作品を上演してくれるところは少なくなってしまいました。
そんな機会をくれて、ありがとう三原塾の人たち。

それぞれ大正14年、大正15年、昭和24年の作品でしたが、今の僕にとっても、すごく参考になる脚本でした。
当時の日本人が、どんな感覚で生きていたのか、戯曲は時代を知るうえでも、とても大事な資料だと思います。
なんか、いい気分で帰ってきました。
オールウェイズって感じです。

脚本家の大先輩たちに、僕も少しでも近づけるように、がんばろうって気になりました。

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2007年3月 2日 (金)

ストーリーは止めない

 このブログは脚本家志望者のために書き始めたものでした。
 思い出したわけじゃないけど、ひさしぶりに脚本家として参考になるような記事を見つけたので、書き留めておきます。
 ドリームガールズの脚本監督のビル・コンドンのインタヴューが、プログラムに載ってて、その一節です。

『大切なことは、歌の間もストーリーは止めないということ。映画を止めて、出演者に歌だけ歌わせてしまってはいけない。観客は、その曲が気にいらなかったら、歌が終わるのを待たされることになるからね。そのためには、歌の最初と最後で、何かが変わっていなければならない』

 たしかに、その通り。
 あたりまえのことだけど、ついつい忘れがち。
 ミュージカルの台本を書くときには、この言葉を思い出そう。

 脚本の最初と最後では、主人公(登場キャラクター)が何か変わっていなければならない。
 変化のない物語ほど、つまらないものはない。

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2006年11月23日 (木)

レント

Rent1 ミュージカル、『レント』を見てきた。
チケットがばか高いにもかかわらず、満員。
会場に入っていく観客たちの顔は、みんな期待感でいっぱい。
これから楽しむぞっていう、ウキウキ感があふれている。

僕は、こんな劇場にいるのが大好きだ。
もちろんそんな劇場でやっているのが、自分の芝居だったら最高なんだけど。
でも人の芝居でも、こんな劇場で時間を過ごすのは本当に幸せな気分だ。

そして、芝居もよかった。
歌もいい。
曲もいい。
過剰にならない演出もいい。

僕が書きたかったものが、ここにあった。
僕が見たかったものが、ここにあった。
シンプルなロックミュージカル。
人物がリアルな群像劇。
僕が、芝居をはじめたころ目指していたもの。
フィクションとリアルが、舞台上で交錯するもの。
それに多くの人の手がくわわり洗練されたもの。

終わった時には、チケットの高さも忘れていた。
いいものにはそれだけの価値がある。
それでもやっぱり、ちょっと高すぎるとは思うけどね。

もちろん安ければ、もっといい。
いいものは多くの人に見てもらいたいから。

それにつけても、十年前のオリジナルキャストによる初演を見たかった。
現場に立ち会いたかったなぁ。
十年前のニューヨーク。
十年前なんて、あっというまだ。
そういや、おれのやってる夏の映画も、来年で十年かぁ……

この『レント』の作家であり、作曲家であるジョナサン・ラーソンは、僕と同世代の人間。
だから彼の書いた世界は、「わかる、わかるよ。きみも、ぼくも同じ時代を生きてきたんだね」的な共感を感じられる。
ただ、彼は約十年前に、このミュージカルの初日前日、リハーサルのあとに急死した。享年、三十五歳。
自分の作りだした作品が、世界中で上演される大ヒット作になるということも知らないまま。

P200303

もし彼が生き続けていたら……
どこかで会ったら……
いい友達になれたかもしれない。
いや、なれた。
僕らは会わなくても、友達だ。

ジョナサン。
僕はきみがうらやましい。
こんないい作品をつくりあげることができて。
でも、きみは僕をうらやましがってるかもね。
いまだに『これから』を夢見ていられるんだから。

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2006年11月17日 (金)

即興コメディ

東京コメディストアJという、インプロ集団がある。
今井純率いる、若手パフォーマーたちだ。
彼らは、原宿クロコダイルで、月に2回インプロショーをやっていて、第三木曜日は『S1グランプリ』といって一年間に渡って即興芝居によるバトルを繰り広げるというもの。
昨日は、そのライブの日だった。
一年間に渡る戦いも、昨日をふくめて、十二月のラスト一回を残すのみ。
その日に、優勝者が決まる。

この即興バトルに、審査員として参加することになり、約一年間、彼らのパフォーマンスを見続けてきた。
15人のプレーヤーが参加しているのだが、彼らがこの一年で、すごく成長していく姿を見続けることができて、とても幸せな体験ができたと思っている。
昨日は、その中でも傑出した日だった。

いやぁー、面白かった。
そして、エネルギーにあふれていた。
即興コメディをやるときにもっとも大事なことは、ポジティブなエネルギーであるということを、あらためて実感させられた。
もちろんこれは芝居をやるときだけではない。
生きている瞬間、すべてにいえること。
わかっていても、なかなかできることじゃないんだけどね。
昨日のショーには、それが満ちた。
幸せな瞬間が、何度も訪れた。
そして、それを観客と、プレーヤーが共有できた。
一年間、つきあってきて、本当によかったと思ったよ。
こんな瞬間を感じることができて。
知らない人にも、ぜひ体験させてあげたい。本当に、そう思いました。

そんな奇跡の瞬間を呼びこんだ、昨日の最大の功労者は、プレーヤーのナオコだった。
ナオコは、この十カ月間、ポイント制のS1グランプリにおいて、1点しか取れていないという最低得点者でした。
このグランプリのルールとして、最低得点者から順番に出場するというものがあり、彼女はこのところ毎回、最初の登場となっていました。りきめばりきむほど、いいシーンからは遠くなり、さらに悪循環を繰り返すということになっていて、彼女のトーンも下がり気味。

即興芝居(インプロ)で、もっとも大事なことであり、忘れてはいけないことは、芝居(シーン)は一人ではできないこと。(一人芝居という例外はありますけど)
共演者の協力があってこそ、いい芝居(シーン)ができあがるということ。
自分ががんばるより、相手役を引き立てるという気持ちがあってこそのものだということ。
相手が輝けば、すなわち、それは自分も輝くということ。

このS1では、相手役を選んでから、芝居を始めることになっている。
トップバッターのナオコは、なんと相手役に女子全員を呼び込んだのだ。(一人、男子のユタカも呼んだけど)
インプロのシーンでは珍しく、舞台上に十人近くの登場人物が立つことになってしまった。
しかもシーンの形式はミュージカル。
歌でシーンをつないでいくというもの。

こうなってしまうと、個人ではシーンのコントロールは無理。
とにかく相手が出してくるものに乗っかっていくしかない。
他の出演者のやることにだけ集中して、そこでなんとか『生きる』ことしかなくなってしまう。

短いシーンのなかで、プレーヤーたちは、みんなそこで『生きよう』としていた。
ただ、懸命に。
一体感が生まれた。
ナオコが、みんなの力を借りたいと思い、女子みんなを呼び込んだことが、みんなを一つにした。
それが大きなエネルギーを生み出した。
シーンのタイトルは『家庭訪問』。
女子ばかりの家に、一人の男性教師が訪問することで、家族のそれぞれの思いがはじけて、また一つになるという爆笑のミュージカルが生まれた。

このミュージカルは、その場にいるみんなにもエネルギーを与えてくれた。
一発目にこのエネルギーが生まれたことで、この日のショーは、最後までエネルギーに満ちたものになった。

そしてあらためて、現実の世界でも、一人ではなにもできない。
人との関係のなかでこそ、生きられるのだということを思い出させてくれた。
いい夜だった。

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2006年11月13日 (月)

岩国

報告が遅くなってしまいましたが、岩国でのワークショップは大成功でした。
参加者の人たちにも、たぶん喜んでもらえたんじゃないでしょうか。
僕も、演劇教育にたずさわる多くの人たちに出会えてよかったです。

岩国市は、錦帯橋で有名な古都で、美しい町でした。
また行ってみたいなぁ。
旅館でいただいたご飯も、とてもおいしかった。

仕事のほうは、なかなか進みが遅かったけど、すこしずつ前に進んでます。
まだ今月は、やらなきゃならなことがたくさんあるので、もうひとがんばりです。

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2005年11月 6日 (日)

ヴェニスの商人

ちょっと自慢話し。
僕は、ヴェニスに行ったことがある。
そりゃあもう、すばらしい町だった。
歴史が、そのままフリーズされてるような美しさ。
かなり感激したうえに、同じホテルで、なぜかレポーターの梨本さんを目撃。
ちょっと笑った。(梨本さん、すんません)
ヴェニスまできて、日本のテレビの登場人物を見るという、違和感が僕を笑わせたのだ。


映画『ヴェニスの商人』を見てきました。venice
この三百年間の間、世界でも最も人気のある脚本家、ウィリアム・シェイクスピアの代表作の一つ。
今回は、実際のヴェニスでロケをしてます。

お客も、かなり入ってました。新宿の単館上映ってこともあるけど。
年齢層は高かったんじゃないかなぁ。
ぼくは、この映画を、かなり楽しめました。
でも、高校生の時のぼくが、この映画を見たとしたら、どう思っただろうか。
そんなことを考えてみました。
(あんまり意味はないのかもしれないけど。)

やっぱり、シェイクスピアのこととか、彼の作品のこととかを、あらかじめ知っているからこそ、僕はこの映画を楽しめたんでしょう。
知らないときに、この映画を見たらどう感じたかを知るすべはないんだけど。

原作者のシェイクスピアが、もし自分の作品の映画を見たら、どのような感想を持つのかを知りたいです。
プロットは主要なセリフは、彼が書いたものと同じなんだけど、意味や、狙いは、まったく違うものになっていることに気づいて、びっくりするかもしれません。

この現代の映画は、ユダヤ人の差別や、同性愛的な感情などもふくめて、いろんな人間が描かれていて、とても深い味わいを持ったものにしあがっています。
でも、これは想像ですが、シェイクスピアの時代には、そんな深い意味合いのところにまでは、芝居をつくっていくことはしていなかったはずです。

ああ、こんな雑感を書きながら、夢を見るのは、シェイクスピア時代の人間味あふれる劇場の雰囲気。
さまざまな人たちが、劇場にあつまり、歓声をあげながら芝居を見ていた時代の風景。

ぼくは、シェイクスピアが好きなのではなく、たくさんの人があつまった劇場が好きなんだということに、いまさらながらに気づきました。
そんな活気ある劇場の中心にいた、シェイクスピアにあこがれているのだと。

ヴェニスの商人を見に行った話を書いていて、自分の好みの話しになってしまいました。

僕が、『恋に落ちたシェイクスピア』という映画が大好きだったのは、この劇場をちゃんと描いてくれた映画だったからなんですね。

僕は、劇場が大好きです。
そこに集まる人たちが、いとおしいんです。
何か面白いものを体験しようと、ワクワクしながら集まってきて、しばらく現実を忘れて物語の世界を生きたのち、芝居が終われば、芝居を見るまえよりも、少しだけふえた勇気を手にして現実に向き合っていく。

劇場って、そういう場所ですよね。

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