日記・コラム・つぶやき

2007年12月28日 (金)

今年もいろいろありがとう

この体感脚本講座のブログも、もう何年かづづけてますが、このところ書きこみが少なくてすみません。

脚本家の人たちのためになるようにと始めたブログですが、自分の毎日の仕事や雑事に追われて、なかなか気が回りませんでした。

日記的なものは、ミクシィで書くようになったのも、このブログへの書きこみが減った理由かもしれませんけど。

それでも、このブログはつづけていくつもりです。

そんなこんななか、鳥栖市の図書館から依頼されて、そっちでは本とかについてのブログを書くことになりました。

こっちです。覗いてみてやってください。

http://librarytosu.sagafan.jp/

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2007年11月28日 (水)

過去からの電話

 高校時代の友人から、息子が役者志望で東京に行ったので、何か話をしてやってくれないかと電話があった。
 その友人は、高校で一年間同級生だった。
 もう何十年も会ってない。
 不思議な感覚だった。

 まさに時を超えた遭遇。
 僕のイメージの中には、高校時代のやんちゃだった16歳の彼の顔がある。
 しかし、まちがいなく電話の向こう側にいるのは、50歳も間近のおじさんなのだ。
 顔が見えないだけに、この感覚は新鮮だった。
 16歳の顔をした、50歳の男。

 彼は、なんだか変わっていた。
 そりゃ、そうだ。
 男が、何十年も年月を重ねたら、分別も良識もある。
 やんちゃで、トイレで煙草を吸っていた水泳部の少年が、息子の相談をしているのだ。

 16歳の顔をした、50歳の男は、今は三人の子供がいて、単身赴任で仕事をしていると言った。
 「息子が、役者になりたいというのを、やめろと言ったんだけど、息子がどうしても行くと言うので、出してやった。きみは、そっちの世界には詳しいと思うから、息子と会って、アドバイスをしてほしいのよ」
 あのやんちゃ小僧の口から、こんな言葉を聞くことになろうとは。
 人生は、なんて面白い。

 そこには息子のことを心底心配している親父がいた。
 大海に出て行こうとしている息子を、陰ながら応援している応援団長がいた。
 応援団長に頼まれたら、断るなんてできるわけない。
 僕も、応援団にくわわることにした。

 僕にできることなんて、ちょっとした水先案内くらいだけど、少しは役にたつかもしれない。
 あとは彼の息子が、自分で船を漕いでいくしかないのだ。
 それにしても、過去から電話がかかってきたような、不思議な感覚だった。

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2007年8月19日 (日)

内田善美の漫画キャラ

このブログを、すっかりさぼってました。
楽しみにしてくれてた人たち、ごめんなさい。
脚本家志望の人に、すこしでも参考になればと思って始めたんだけど、自分の仕事に追われて、気配りする余裕がなくなってます。

毎日の日記みたいなものは、ミクシィをはじめて、そっちで書いてます。
やってる人は、見つけてください。
同じ名前で書いてます。

このブログでは、ずっと以前に書いたけど、僕は伝説の漫画家・内田善美さんの大ファンです。
彼女のデビュー作から、ずっと読んでるから、もう三十五年くらいになるかも。
すごい時の流れ。
ここまで生きるとはね。
内田さんは、とっくに漫画界から、姿を消してしまったけど、僕はいまだに彼女の作品を愛してます。

ストーリーも、人物も、美しい。

で、昨日のことなんだけど、表参道のナチュラルフーズの店で、トマトを買ってたら、どこかで見たような人がレジの前に並んでました。
どこで見た人なんだろう……?

そうか、内田善美の漫画に出てきたキャラクターにそっくりなんだ!
いるんだね、現実に。美しい人が。
ボーッと見とれてしまいました。

そんな人を見てしまったので、また久しぶりに、内田作品を読みたくなったのでした。

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2007年6月26日 (火)

訃報・桶谷さん

友人の脚本家、桶谷顕さんの訃報がとどいた。

彼が最後の時を覚悟しながら、病気と戦っているのも知っていて、悩んだすえにお見舞いにも行った。

でも、やはりショックだ。

同年代。
駆け出しのころから一緒に仕事をやってきた。
同じ番組も書いた。
はなれていても、いつも気にしてた、仲間。

優しかった彼のことを想い、黙祷。

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2007年5月16日 (水)

地雷を踏んだ

地雷を踏んだ!

朝、木漏れ日をあびながら公園を散歩して、「なんて気持ちいい朝なんだぁ~」と思っていた。
次の瞬間、左足の下で、グニャッと何かがつぶれる感触。
ドカーン!
おれの左足は、吹っ飛ばされた。

それくらいのショック。
犬のウンチ、踏んじまった。

この爆弾をしかけたテロリストに対して、あらゆる憎悪の言葉があふれた。

しかし、憎しみからは何も生まれてこない。
このネガティブなできごとを、なんとかポジティブに考えることはできないか!?
インプロ修行中の身としては、なんとしてもこの出来事を、いい方向に向けたいと思った。

思いついたアイディア。
おれがウンチをつぶしたので、後の人が、その被害を受けずにすむ。つまり俺は、いいことをしたんだァ!
名も知らぬ人のために、影でいいことをしたんだァ!

そんなふうに思うことにした。
たしかに、少し憎しみは消えた。
おれにウンチふませてくれて、ありがとう。おれを、いい人にしてくれたんだね、テロリスト君。
公園をもう一周するころには、そんなふうにさえ思えるようになっていた。

おれは短い間にも成長をするのだよ。
そんなことを思いながら、おれは現場に戻った。

するとそこには、おれが踏んだことにより、さらに細かく分裂して、そこらじゅうに散らばったモノがあるではないか。
おれは、テロリストの一味にくわわり、さらに地雷源を広げていただけだったのだ!

「ウワー、このままじゃ、おれはテロリストだぁ! どうしたらいいんだぁ!」

結局、ちらばったウンチを、木の枝で道端に避けました。
地雷回収終了。
なんとかテロリストになることだけは、避けました。

こんな、いいブログを書くネタをもらったと思うことが、なによりのポジティブシンキングか。

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2007年5月14日 (月)

自問自答

昨日は、夕方から芝居を見に行った。

劇場に入ると、偶然隣に、大先輩の石森さんがいた。
びっくり。
おれの業界では、大巨匠である。
おれなんかにも、気安く接してくださる。
いつもお会いするのは劇場。
この巨匠にして、この機動力。

心の中で、弟子にしてもらいました。

親友のミズキングが遅れて到着。
そしてふと反対側の隣を見ると、そこにも知り合いの、モロー師。
なんてこったです。
気がついたら、両脇を知り合いにかこまれて、リラックスしながら芝居を見ることに。

芝居は、お客さんたちは、けっこう楽しんでるようだったけど、僕はちょっと入り込めなくて、退屈してしまった。

そうなっている原因が、わかりすぎるくらいわかる。
こっちは芝居を見る、プロなのさ。
言ってあげたいけど、そういう立場じゃないしなぁ。
そういうところもフラストレーションになってくる。

出演している俳優さんたちは、映像の仕事とかを主にやっている人たちのよう。
役作りをちゃんとしてるのはわかるんだけど、はっきり言って、そんな役作りの芝居は、おれは見たくない。

映像の現場では、オッケイでも、ここでは、まだまだのはず。
そこまで行ってほしいなぁ。

でも、本とか演出によって、そういうものも変わっていくのだろう。

ほんと人に見せるものを作るのって、大変。
人に言うと、自分に言ってるみたいになるなぁ。

終演後、中野坂上に行って、ルーマニア料理とうまいワインを楽しんだ。
なんか帳尻があった気がした。

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2007年5月 5日 (土)

緑の人

ゴールデンウィークだけど、旅行とか行く予定はまったくなし。
まぁ、こないだ行ってきたばっかりだしね。
家にこもって仕事です。

一日、誰とも口をきいてなかったなぁとふと思う。

コメディストアJの金曜ライブがあることを思いだして、そそくさと出かけた。
隣の駅なんで、でかけやすい。十分前に出ればいいから、気楽だよ。

連休中だから、客入りはどうなんだろうと、ちょっと心配してたけど、そんなの必要なかった。
大入り満員。
おめでとうございます。
おれの席が無かったので、舞台の袖の出演者が控えているところで見せてもらった。

金曜日は、S1グランプリとは、まったく違う構成になっている。
インプロゲームとかを面白く見せたり、役者がつくったキャラクターが出てきたり、シーンをつくったりする。

面白くて、お客さんたちも笑って、楽しんでいるんだけど、僕は少し考えこんでしまった。

たぶん、この場所が日本の即興コメディの歴史において、重要な意味を持つ場所になることは間違いない。
だからこそ、もっと、もっと考える必要があるのだろう。

もちろんプロデュースをしている今井さんは、もっと考えているんだろうと思う。

これでいいのかと。

変化をつづけ、成長をつづけていくこと。
それが面白い。

一人で考えたかったので、そうそうにクロコダイルを出て、タクシーに飛び乗って新宿に行った。
ゴールデンウィークにちなんで、ゴールデン街。

知り合いの店に入ったら、そこには緑の人がいた。
正確に言うと、顔面を緑色で、ど派手なコスプレをした人が二人も。
店員さんと、お客さんが、緑の日にちなんで、緑の人になっていたのだ。

あまりのおかしさに、俺の思考モードは一気に、どこかに吹っ飛んでしまう。

緑の人は、やたらと楽しそうだった。
おれも、かなり楽しくなった。

そこで、すぐに緑の人になれない自分は、まだまだだ。

修行中です。

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2007年4月21日 (土)

生きる喜び

なつかしい人に、たてつづけに二人、ばったり出会った。
人に会うと、うれしくなる。
生きている、よろこびだ。

いろんな話をした。
これがあるから、毎日、大事にしなきゃと思う。

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2007年4月12日 (木)

肉離れ

トランク帰ってきました。

ヒューストンで迷子してたみたい。お土産も無事帰国。

まだ時差ぼけ中ですが、野球やってきました。三年ぶり。そしたらさっそく太股の裏側を軽い肉離れ。やっぱりやってしまった。古傷なんだよねー。

こうなると、歩くことの幸せを痛感。痛めて、はじめて普通が最高っていうことを思う。

いまから、九州帰ってきまーす。

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2007年3月28日 (水)

取材に出発

いまから、取材旅行に出発します。

今回は、メキシコ。

むこうでつながったら、なんかレポートしますね。

それじゃ、行ってきまーす。

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無責任の人

植木等さんの主演している映画が大好きだった。
無責任シリーズ。
あんな映画は見たことなかった。
あんなキャラクター、衝撃だった。

脚本家は、松木ひろし、田波靖男。
監督は、古沢憲吾。
主演は、クレジーキャッツ。

僕の人間形勢に、この時代の東宝映画はすごく影響を与えていると思う。
高度成長時代。
すべてが明るかった。
昭和だった。

そんな昭和を代表するスターの一人、植木さんが亡くなった。
田波さんは、ずっと前に亡くなった。

脚本家の大先輩、田波さんとは、一度だけ一緒に仕事をさせてもらったことがある。
この温和な人が、あの無責任シリーズをつくった人なんだと思うと、ちょっと緊張した。

人と人とが、出会い。
何かを影響しあい、そんなふうにして時代は動いていく。
僕らは、前を歩いて人たちから、たくさんのものを受けとっている。

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2007年3月25日 (日)

逃避でエリアス

仕事からの逃避行動で、DVDの一気見をしてしまいました。
ALIAS
ファーストシーズンのボックスを友達から借りていたので、それを一気に十五話まで見てしまった。
後遺症で、目はいたいし、肩はいたい。
けっきょく体がボロボロになりました。

エリアス二重スパイの女。
つづけて見ると、けっこう面白かった。
主人公が、毎回コスプレアクションをしてみせる。
おじさんむけのアメリカンテレビアクションドラマです。
24と同じで、毎回、ラストで次回への引きをつくるので、ついつい連続で見させられてしまいました。

さぁ、仕事するぞーっ。

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2007年3月22日 (木)

ちょっと花見

昨日は、ちょっと風邪っぽかったけど、知り合いの飲み屋の花見に顔を出した。

桜がきれいに咲いていた。
花見は、マンウォッチングが楽しい。
おもしろい人たちをたくさん目撃。
自分のほうは、面白いんだろうかと思う。
あんまり面白い人物ではなさそうだ。

帰って仕事しようとしたら、頭痛に襲われる。
飲んだアルコールのせいか、それとも風邪のせいか。
ソファでぶったおれてたら、朝になっていた。
頭痛と風邪も治ってた。

自分の治癒力に感謝。

韓国映画『マイボスマイヒーロー』を見た。
日本で去年、テレビドラマ化されてたやつ。
なんだか雰囲気はちがったんじゃないかなぁ。
テレビの方は、ちらっと見ただけだったけど。

映画の方は、暴力シーンが続くので、コメディとしては、あんまり笑えなかった。
韓国の高校ってあんな雰囲気がリアルなんだろうか?
そのあたりのところを聞いてみたい。

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2007年3月20日 (火)

野球、映画、再会

Photo_2 18日、19日と、野球部の合宿で千葉県の白子町に行ってきた。
ひさしぶりに野球をやったので、体が痛い。
怪我なく練習できたので、よかったぁ。

白子町は、特急で一時間くらいで、九十九里浜がきれいだった。
砂風呂にも入ったぞ。
いい汗かいた。

帰ってきて、さっそく打ち合わせ。
取材旅行の資料をもらう。
今年も、映画が走り出しました。

渋谷で、デイゼル・ワシントン主演の『デジャブ』を観る。
ちょっと変わり種のタイムマシン物だった。
これは意外。
難しいネタを、アクションで押し切っていたけど、お客はみんなついていけたのか心配。

映画館から出てきたら、交差点の真ん中で、脚本家の大先輩、石森史郎先生を発見。
4、5年ぶりくらいの再会。しばらく立ち話。あいかわらずの早口がうれしい。
先生も別の映画館から出てきたところだった。自分の見てきた映画をぜひ観るようにと勧められた。ねっからの映画人なんだなぁ。
先輩に敬意を表して、井の頭線の入り口までお見送りした。

偶然の再会にうれしくなって、そのまま新宿に出て、ビールで一人乾杯した。

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2007年3月18日 (日)

また芝居とライブ

昨日は、友人に誘われて、予定外の芝居を観に行くことになった。
誘ってくれたのは、某有名声優さん。
その人の知り合いが出ているので、見てやって欲しいということだった。

ちょっと期待していたが、見事に裏切られた。
劇団名とタイトルは書きません。
批判めいたことは書きたくないもんね。
でも、面白くなかったものを、面白かったというわけにはいかないので、連れていってくれた人にどう言ったものかと迷ってたら、その人も同じ感想だったらしく、ちょっとホッとした。
終演後、そうそうに劇場をあとにしたのだった。

芝居をやっている人たちの情熱はわかりすぎるくらいわかるんだけどね。
やはり脚本が大事です。
人間がちゃんと描かれているかどうかが、肝心。

それでもお客さんはたくさん入っていて、けっこう楽しんでいる人たちもいるようだった。
ファンの人たちって感じ。

僕は二時間が、たいくつだった。

つづいて渋谷に移動して、オンエアウェストでEMさんのソロライブを見た。
これは面白かった。

僕を連れていってくれた某声優さんとは、新しい企画を今年中にやろうということになった。
ちょっと面白くなりそう。

今日はこれから、野球部の合宿。怪我しないようにがんばるぞ。

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2007年3月17日 (土)

無敵の拍手マン

昨日は、またまた忙しかった。
まずは芝居を教えてる高校の卒業式。
三年前に入学したときは、幼かった子たちが、すっかり大人びて卒業していく。
いつも感慨深い。
旅立ちを祝福して、全力で拍手をしつづけた。

卒業生を送る会は、毎年面白い出し物があるんだけど、ちょっとだけ見ただけで、会場を飛びだして五反田に向かう。

おととい見たハイバイの昼公演をもう一回見た。
作家の岩井くんが、主役の登美男をやるのをどうしても観たかったのだ。
おとといの猛くんがやったのとは、またちがう雰囲気。
やっぱ書いて演出しているだけに、なんか独特のものが出る。
他の役者たちも、初日よりは余裕が出ていて、いろいろと変わったところとかも出ていて、さらに面白くなっていた。
ほんとにこの劇団は、いい。
みんなに知ってもらいたい。
称賛を気持ちで、拍手した。

アトリエを出て、駅に急いで、今度は川崎に向かう。
クラブチッタで、ザバダックのライブ。
二時間ちょっと、ザバダックの音楽を浴びた。
いやされた。
一曲終わるごとに拍手した。

一日中、拍手をしていた感じ。
オールデイ、クラッパーだぜ。

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2007年3月12日 (月)

テンションあがった

昨日は、動き回った。
まずは、今度高校を卒業する生徒がつくった劇団の旗揚げ公演を見に行った。
コントの三本立て。
あえて笑いに挑戦しようとするその姿勢に好感度アップ。

おつぎは、アニメ監督の結婚を祝う会。
声優さんやらスタッフさんやら、大勢集まった。
目黒はっぽうえんに始めていった。
いい庭があった。
脚本家の仲間たちも来てた。
それほど仲良しではなかったので、この機会に仲良しになろうとテンションがあがる。

っていう上がりすぎた。
「落ちついてください」って、脚本家の女性に言われてしまった。
で思い出した。
幼いころから言われ続けてたこの言葉。
「落ちつきなさい!」
そう、おれは落ち着きのなさ過ぎる子供だった。
これって軽い障害だったと思う。
アスペルガーっぽいやつ。
幼稚園の椅子にしばられたりしてたもんなぁ。
ちょっとトラウマ残ってる。
ま、そんなこんなものりこえて今があるわけですがね。

つづいて、脚本家仲間での飲み会に突入。
渋谷でもりあがる。
シモネタも爆発。
かなり仲良しになった。

つづいて新宿に移動。
三原塾の公演打ち上げに参加。
挨拶させられました。
応援演説ぶちかます。
これからの劇団に期待しますなんて偉そうに言ってしまう。
本気で思ってんだけどね。

宴会には、かつての芝居仲間の先輩も来ていた。
病気で半身マヒになった先輩。
言葉もうまくでない。
それでもそういう場所に来てくれてることに感動。
先輩を送って、地下鉄の駅まで行った。
階段の昇り降りも大変そうだった。
なんか涙がこみあげた。

打ち上げ会場に戻ったら、もう一人の酔っぱらい先輩がくだまいて倒れた。
もーしょうがない。
ちょっと怒ったふりをしてみたけど、覚えちゃいないんだろうなぁ。

帰って、女子高生バンド『オレスカ』のDVD観て寝た。

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2007年3月11日 (日)

劇場で激情

今週は、芝居三昧。
また昨日も、芝居を観てきました。
って言っても、知り合いが出演してたり、主宰しているところの劇団を見に行ってるわけなんですけど。
どうもこの時期、重なってるんです。

劇団ポツドールの『激情』という芝居を下北沢の本多劇場で観ました。
出演者の井上くんから、メールで見に来てくれと言ってきたんで、タイトルも知らずに行ったんだけど、実はすごく売れてきている劇団で、お客さんも満員。すごい人気。正直驚きました。

で芝居のほうは、すごく面白かったです。
若い作家らしいけど、すごく脚本を書く力がある人だと思ったなぁ。
演出力も高く、役者に要求していることの質の高さが、よく見えた。

おれに用意されていた席が、なんと最前列のどセンターだったので、小劇場感覚で芝居を観ることができました。
本多劇場って、けっこう大きなところだから、後ろの方で見るのとは、かなり違った印象になったかもしれません。

終わって、出演してる役者と飲んだら、みんな若くていい奴ばっかで、またうれしくなりました。
演劇都市東京のど真ん中で、芝居観て、うまいビール飲んで、ああ極楽。

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2007年3月 8日 (木)

ちょっと傲慢

昨日の出来事。
締め切りのない生活も、たったの三日で終わった。
子供のための芝居の台本に、大きな直しをしなきゃならなくなってしまいました。
自分では傑作書いたつもりだったけど、読み直してみると、たしかに演出家さんの言う通り、わかりずらいところが見えてきた。
こりゃ、直さないといけません。

また、書いては書き直しの日々の始まりです。

でも、ここでどれだけ粘れるかに、芝居の出来がかかってきます。
出演者たちは、稽古期間にみんなで、がんばらなければなりませんが、脚本家は稽古が始まる前に一人でがんばるのです。

でも、締め切りって、必要なんだよね。
期限があるからこそ、そこに向かっていく集中力も出てくるんです。

初稿よりも、さらに台本をみがきあげて、傑作に近づくために、また書き直すチャンスをもらったと思ってがんばるぞー。
脚本家は、つねに前向きでなければやっていけないのだ。

夜は、若手の劇団の芝居の公演を見に行った。

物語は、閉塞感のなかでしだいに狂っていく日本人たちの姿を描いたもの。
口語体のたんたんとした一幕物。

やりたいことはわかるけど、はっきりいって、ちょっと退屈だった。
そこにはドラマ的なものがあるんだけど、それがうまく伝わってこない。
もったいなかったなぁ。

芝居、演劇という、『言葉』で、お客とどうつきあおうとしているのかを、僕らは明確にする必要がある。
それはどんな表現をしている人にとっても通じることだろう。
見に来るお客との関係性なんか、どうでもいいと考える人もいるかもしれない。
でも、きっとそこを一度考えてみることは、僕らにとって大事なことなんだ。

僕は、お客さんと、一瞬でもいいからつながりたい。
同じ思いを抱いて欲しい。
傲慢かなぁ。
脚本家なんて、自分の思い描いた映像を、人に見せたいと思ったときから、すこし傲慢なんだ。

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2007年3月 7日 (水)

ム●キング

昨日は、春休みの映画『ム●キング』の初号試写会があった。
去年書いてた仕事だけど、連絡が来たのが前日!
脚本家は、よくおいてきぼりになる。
あやうく試写を見逃すところだったぜ。

そりゃ、脚本出来てしまえば、作家はもう用なしですけどね。
ちょっと寂しい思いをしたよ。

でも、映画の出来は上々。
ム●キング劇場版。面白かった!
脚本のイメージ通りの出来で、監督やスタッフのがんばりが画面から伝わってきました。

声優さんも豪華。
ドランクドラゴンの塚地さんも、クワガタの役で出てくれてるんだけど、いい味だしてくれてます。はまってるって感じ。
メインのゲストキャラクターのリッキーが、小山力也さんで、ジャック・バウワー(24の主役)な感じで、燃えます。
24を、シリーズ5まで見ている僕としても、楽しかったなぁ。

打ち上げが、試写のあとあったんだけど、一緒にいった大川が体調が悪いというので、僕もつきあってビール一杯で帰りました。
もっといろんな人たちと交流したかったけど、出会う間もありませんでした。残念。

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2007年2月20日 (火)

公演終了しました

公演終了いたしました。
見に来ていただいたかたたちに感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。

アクシデントも起きることなく、無事に千秋楽を迎えることができました。
高校生の場合、精神も体調も不安定な時期なんで、アクシデントが起きるのが一番心配なんですよね。
芝居の出来が良くなるのはもちろんですけど、まずは怪我しないことが一番です。

今回、『いいだせなくて』を自分の演出で、舞台に乗せたのは始めてでした。
この作品は、六年ほど前に書き下ろしたものだったんですが、今回、もう一度見直すことができて、本当に良かったと思っています。

ブロードウェイの大先輩ニール・サイモンも自伝の中で言っています。
『脚本は、毎回、書いては、書き直しだ』と。
今回この作品をやってみて、それをまさに実感しました。
書いている時は、作家の立場ですが、演出をしていると、この脚本が客観的に見えてきて、いろいろといらないところや、もっと書きこまなければならないところとかが、見えてくるのです。
もう二十五年くらいプロの脚本家をやっているくせに、こんなあたりまえのことに、いまさらながらに気づいているのですから、しかたがないですね。
いままでいったい何をやってきたんだって。
まぁ、いいほうに考えて、今でもまだまだ進歩する余地がたくさんあると思うことにしました。

この台本は、いずれまた大幅に書き直して、どこかで上演したいと思います。
十年後、今回のキャストのなかで、まだ役者をつづけている子がいたら、その子たちを使って、やってみるのも面白いかも。

心機一転、お仕事がんばります。

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2007年2月16日 (金)

稽古場終了

『いいだせなくて』の公演に向けての稽古も、最終日。
稽古場にセットを組んで本番通りにやった。
高校生の卒業公演というのは、高校生活の集大成であると同時に、未来の演劇人のスタートでもある。
未来といっても、かなり近い未来。
ここにいる彼らのなかから、素晴らしい演劇人が生まれるといいと願う。

かなり面白い内容になっていると思います。

本番は、光が丘のIMAホールにて、
17日(土曜)17時半開演。
18日(日曜)14時開演。

入場料無料です。

お暇でしたら、見に来てやってください。

今日から小屋入り。
がんばりまーす。

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2007年2月15日 (木)

星山博之さん

脚本家の大先輩で、もっとも尊敬していた人、星山博之さんが亡くなって、一週間がたった。
享年62歳。
あまりにも早すぎる。

星山さんとの思い出は、数えきれないくらいたくさんある。
ライターズという草野球のチームに、僕が入れてもらったとき、監督をやっていたのが星山さんだった。
それから公私にわたってのつきあいは、約二十四年。
いっぱい遊んでもらった。

アニメの脚本に、きちんと作家性を刻むことのできる希有な人だった。
数々の名作を生み出した。
僕の目標でもあった。

優しい人だった。
気配りの人だった。
誰にでも分け隔てなく接してくれた。
なんだか会いたくなる人だった。
ときどきふっと寂しがりやの一面も見せてくれた。

もっと一緒に仕事したかった。
一緒に、遊んだり、旅行にいったりしたかった。
もっといろいろ話を聞きたかった。
大事な人が、遠くにいってしまった。

これから星山さんに会いたくなったら、星山さんの作品を見ることにします。
そのなかから、星山さんの声を、聞き取ります。
ゆっくりあちらで、待っててください。
そのうち、またチームに入れてもらいますから。
それまで、僕はまだ当分、こっちでがんばります。

東放学園高等専修学校の四期生とつくっている芝居『いいだせなくて』の稽古も、今日でお終い。
彼らが三年間、稽古をしてきた稽古場とも、今日でお別れ。
人生には、いろんな別れがある。

別れがあれば、また新たな出会いもある。
稽古場との別れは、本番の舞台との出会につながっている。
舞台では、見に来てくれるお客との出会いがある。
その出会いは、一期一会。

つまり毎日が、出会いと別れの連続だ。
ようは、その一瞬、どうつかめるか。
それが大事。
彼らが、いい出会いをしてくれることを、心から祈る。

星山さんは、僕に、いい出会いをくれた。
感謝の気持ちで一杯だ。

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2007年2月 8日 (木)

公演情報

稽古に行くまえに、身体のこりをとりに、マッサージに行った。
いつもやってくれる人が、いなくて始めての人に、やってもらうことに。
マッサージって、はじめての人に身体をさわられるの、なんか抵抗があるんだよねー。
でも、睡眠不足で、気絶してました。

公演まで、あとわずか。
17日は、五時半開演。
18日は、二時開演。
場所は、光が丘IMAホールです。(大江戸線の光が丘の駅のすぐそば)
新宿から、二十五分くらいですので、ぜひ見に来てやってください。
タイトルは『いいだせなくて』

まだまだつたない高校生たちですが、精一杯演じます。

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

あけまして、おめでとうございます。
今年もやっぱり年越しは仕事しながらでした。
新年にやる高校生の芝居のための脚本を書いてます。
今年も、おかげさまで脚本家をつづけられそうです。
日々、進化するよう努力しつづけたいと思います。
すこしでもいい物語に近づきたいですね。
よろしくお願いします。

ちょっと実家に帰ってきまーす。

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2006年11月28日 (火)

エイズデイ

レントのDVDを買ってしまいました。
クリス・コロンバスが監督して、初演のキャストが何人も出演しているというもの。
初演の雰囲気を知りたかったのもあるけど、歌を聞きながら仕事しようとのもくろみ。
でも、やっぱり仕事してるときは、DVDかけたりしてると、ついつい見いってしまうので、だめですね。

特典映像のジョナサン・ラーソンのドキュメンタリーが、すごくよくて感動的でした。
明け方に見てたんだけど、涙してしまった。
おなじように物づくりをしているものとして、『わかるぜジョナサン!』って感じ。

世界中に、名も無く、金もなく、しかしありあまるほどの夢と情熱で、創作をしている者たちがいる。
たぶんみんな共感するはずだ。

ただ、やりたいことを、今やっているだけ。
自分が目指すもののために、全身全霊でぶつかっている、いまこそが大事。
そういうふうに考えられるかどうかで、幸せか、そうでないか分かれる気がする。

D1000010 『レント』といえば、大きなテーマの一つに、エイズがあるけど、散歩してたら面白い宣伝用の自転車を見た。
12月1日は、世界エイズテイ。

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2006年11月22日 (水)

ボーッとした

『ボーッとしとるから』
子供のころから、よくこう言われた。
九州弁で、ぼんやりしてるからという意味。

いい歳になってしまったが、いまだに僕は、ボーッとしてます。
仕事してるときはもちろん、一段落したときも。
仕事のときは、物語の世界に入りこんでしまうので、現実の生活ではボーッ。
一段落してるときは、集中力がなくて、ボーッ。
だから、だいたいいつも、ボーッ、ボーッです。

昨日は、とくにそんな日でした。
徹夜で仕事して、昼にはボーッ。
会議があることを思い出し、あわてて飛びだす。
すると会議の時間を間違えた。しかも四時間。
電車に乗ったら、急行で、降りる駅を三つも通過した。
とりあえず家に帰ろうとしたら、コートに鍵を入れたままなのに気づいた。
コートは、会議の場所に置き忘れ。
とほうにくれた僕は、テクテクと町をさまようことになった。
でも、きれいな夕日を見ることができたので、よしとした。
おまえけに会議は、三時間以上も続き、ヘトヘトに。

こんなかんじで、ボーッとした日常はつづくのでした。

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2006年11月11日 (土)

出張

岩国に出張いってきまーす。

今日は、向こうでワークショップ。

仕事で追いつめられてるので、新幹線内で書きまくります。

できるのか!?

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2006年11月10日 (金)

駅のできごと

しゃべりつづける人を見た。
その人は、相手が聞いていないことも、まわりの人がびっくりしていることも、何も気にせず、ひたすら自分が被害にあっているんだと訴え続けていた。

JRのみどりの窓口に新幹線の問い合わせに行った。
僕の前に二人の人が並んでいた。
最前列は、スーツ姿の女性、二人目はホスト風の若者。
しゃべりつづけていたのは、そのスーツの女性だった。

彼女の異常には、すぐに気づいた。
その口調、スピード、駅員の困惑した表情。
聞こえてくる話は、彼女が仕事で不当に解雇されたということ、どうも何者かが自分の邪魔をしているということ、ネットで自分の中傷が流されていることなど。
JRやみどりの窓口とはいっさい関係のないことばかりだ。
駅員が当惑するのもあたりまえ。

彼女が精神的バランスを崩しているのはあきらかだった。
そういう人を目の当たりにしたとき、一般人なら避ければいいことだが、駅員としてはむげにするわけにはいかないらしかった。
駅員は、必死に対応しようとしていた。少なくとも話は聞いてやろうとしていた。
だが、彼女の勢いは止まらず、どんどん暴走パワーはすさまじくなっていく。

僕とホストも、しばし凍りついたように動けないでいた。
ホストは僕のほうをふりむき、なぜか笑った。
僕も笑い返すしかなかった。

クレームを言い続ける彼女は、全身から助けてくれとのサインを出していた。
だが、僕たちは、何もしてあげられなかった。
僕らはすぐ側に立っていたかもしれないが、僕らの声は、彼女にはどうやっても届かないのだ。

駅員は、先輩駅員を呼びに行き、今度は、このおじさん駅員が、このクレーマー彼女の言葉の嵐をまともにうけることになった。
彼が凍りついたのは言うまでもない。

「ご家族に電話してあげた方がいいんじゃないですか。」
と、僕はこのおじさん駅員の耳元で、そっとささやいて、その場をあとにした。
その後、どうなったかわからない。

劇団ハイバイの岩井秀人が、かつて書いた台本のことを思い出した。
喫茶店で言い争う恋人たちの会話を、まわりの客が聞いているくせに、聞いていないふりをするシーン。
稽古場で見た、そのシーンは、とてもおかしかった。
今日の駅のシーンは、残酷で、ちょっと悲しかった。

何もしてないのに、わずかな罪悪感が残った。

地下鉄の駅に向かおうとしていたら、足の悪い老婦人が、重い荷物を持って階段を一歩一歩あがっていた。
僕は、老婦人に声をかけて、荷物を持って上まであがった。
老婦人は、ありがとうと言ってくれた……
でも、どこかで罪滅ぼしがしたかっただけなんです。

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2006年11月 5日 (日)

笑うしかない

ぼくは、わりといつもニコニコしているつもり。
でも、いいときばかりじゃないのさ。

顔ではニコニコしていても、とてもひどい目にあっていることもある。
おととい昨日と、二日連続して、そんな日だった。

楽しそうにしていても、とても傷ついていたりする。
でも笑ってしまうのだ最後は。

ひどいときにこそ笑ってしまうってなんでだろう。
もう笑うしかないってことか。

また今日も、ひどい目にあいそうな気がする。
でも、それを自分で選んでいるんだよなぁ。

なんかただの愚痴になってしまいました。
脚本の参考にはなりません。ごめんなさーい。

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2006年11月 2日 (木)

外出

友人の役者が出演している舞台を見に行った。
人込みに出るのは、なんだか本当に久しぶり。

ひきこもりの人が、久しぶりに外に出たときの感覚ってこんなかんじなのかなぁ。
なんかちょっとドキドキ。

劇場は、満員。
しかし時代錯誤的な古い芝居で、なんの感動もおきなかった。
うまい役者さんたちが出ていて、技術も高いのに、これでいいのかと思ってしまう。
でも観客は楽しんでいるようで、終われば拍手喝采。
いろんな楽しみ方があって当然で、エンターテイメントなんてそういうもんなんだけど、僕はどうしても心を動かして欲しい。

心を動かしたいのに、心が動かないとき、なんだか他のものに転換したくなる。
めずらしく酒場に足が向いてしまった。

心を動かすものを作りたい。
作ろう。
少しでも、近づこう。

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2006年11月 1日 (水)

笑おう

ちかごろ楽しい話題がないので、ちょっと書きます。

実はほとんど外に出ていない不健康きわまりない生活をつづけているので、ネタは少ないです。
食べてるもんか、テレビで見たことくらいしかないなぁ。

こないだみたテレビドラマの『のだめカンタービラ』は、おかしかった。
マンガの実写化なんだけど、キャラがたってるし、マンガチックな誇張した映像表現とかも笑えます。
(感覚的にこういうのが笑えない人はもちろんいるとは思うけど)
ぼくは、馬鹿笑いしてしまいました。

あと、いいなぁと思うのは、悪人が出てこないってところかなぁ。
なんか平和な感じが、画面から出てます。
クラシック音楽をギャグで表現するという試みも新しいし、超秀才の堅物が、ダメ人間たちに出会うことで、物事の本質に気づいていくという構成も、いいんじゃないかと思う。

原作のマンガも読んでみたいと思わせるドラマの出来でした。
テレビドラマって、こういう軽いノリのやつもいいですね。

楽しいことを書こうとして、テレビドラマの話題とは、われながらちょっと情けなかった……
今日は、短くてもいいから時間をつくって、楽しいことや、美しいものを見つけてこようと思います。
イェーイ。

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2006年10月31日 (火)

緊急対策をしてほしい

いじめによる自殺の連鎖が起きてます。
すぐに何か緊急手当てをしないと、この連鎖はつづいてしまいそうです。

なんかいいアイディアはないかなぁ。
いますぐに出来ること。
いじめを感じて、息苦しくなって、自殺まで考えてしまった子供を、なんとか思い止まらせる方法。

今をなんとか乗り切る方法。
ほんのちょっとしたことが、彼らにストップをかけられるはずなんだけどなぁ。

こないだテレビで、ヤンキー先生がラジオのパーソナリティをやってるところを放送してました。
ラジオを聞いて、ヤンキー先生に相談の電話をすることで、相談者が少しだけ落ちついたりする様子がありました。
「顔が見えないから、声だけだから、相談することができる」なんてことも相談者である、子供は言ってました。
たしかにそういうことあると思った。
いじめ問題とか、ほんとに隠しておきたいことだからこそ、おおっぴらには相談できないわけで。
そんなふうに匿名で、誰にも知られずに相談できる人や場所がもっとあれば、緊急事態の心を休ませたりすることもできるのかもしれません。

ヤンキー先生だけに仕事を押しつけるわけにはいかないけど、もっとこういうラジオ番組があればいいと思います。
ラジオだけじゃなく、テレビとかでも、子供たちが匿名で自分の悩みとか、身の回りで起きているトラブルを相談できる場所があれば。

各テレビ局は、深夜枠でいいから、そういう番組をつくってくれないかなぁ。
この問題にかんしては、国が予算を出してくれてもいいと思う。
若い命を守るのは、国の使命でもあるわけだし。

視聴率とか取れないかもしれないけど、危機的状況にある子供たち向けの、相談番組が作れないかテレビ、ラジオ関係者は検討して欲しいもんです。

みのもんたさんも、おばさんの相談ばっかりじゃなく、子供の相談にものってあげて欲しい。
ジャニーズ事務所、ロックスターも相談に乗ってほしい。
総理大臣も直接子供の相談に乗ってほしい。
このさい偽善でもなんでもかまいません。
命が救えればそれでいい。
直接、ピンチの子供と話をしてほしい。

僕も、何かやれることを、やろうと思います。

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2006年10月23日 (月)

ぎりぎり

体力、気力、かなりギリギリな感じです。

でも、なんとかがんばってます。

プログ書く余裕がなくて、すんません。

それなのに今日は、高校生に芝居の授業に行かねばならない。

みんなに、こんな状態の自分を見せるのは嫌だけど、できるだけつっぱるぞー。

では、いってきまーす。

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2006年10月19日 (木)

いじめ問題2

いじめ問題について、ここで書いたら、いろんなコメントをもらいました。
ありがとうございます。
いろいろとまた考えさせられました。

こんな記事が、オーマイニュースにありました。
http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000001427
とても興味深く読みました。
親のありかた。
教師のありかた。
ここに手がかりがあるような気がします。

それにしても学校というのは、外に開いていない社会だなと痛感します。
管理のことを考えると、今の学校のスタイルを変えていくのは、とても難しいのだろうけど、できるだけ外に開いていくといいなと思います。

昨日も、九州の母校に、特別講師のような形で招かれて授業のようなことをやってきたんですが、そこでも学校のこと、教師のことなど、いろんなことを考えさせられました。
外部の講師がきても、内部の教師の人との交流さえままなりません。
そういうところで意見交換とか、いろいろできたらいいのになぁと思います。

ともあれ、この体感脚本講座では、これからも『物語』をいかに面白くしていくかを考えていきたいもんです。
その物語が、きっとどこかで、誰かにとどくと信じて。

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2006年10月17日 (火)

いじめ問題

いじめが原因での小学生や中学生の自殺が、また増えてきてしまった。
マスコミでは、その原因追求がつづいている。
そんなニュースを見るたびに、やりきれない思いになっているのは、僕だけじゃないだろう。
ほとんどの人が、同じように感じているはずだ。
たぶんいま加害者扱いをされている、子供や大人たちもふくめて。

文部科学省や教育委員会は、口をそろえて『すぐに調査し、対処する』っていうけど、実際問題どんな対策がとられているのだろうか。
学校は、きわめて閉鎖されている場所だ。
外側にいる人間には、中のようすはとてもわかりずらい。

子供たちが、いじめにあったとき、一人でもその心をわかってくれる友達が側にいたら、自殺なんていう最悪の事態は避けられるのではないか。
彼らが、ちょっとでも避難できる場所があれば……
これなら絶対効くなっていう方法は、たぶんないだろう。
そんな方法があるのなら、とっくにどこかで誰かがやってるにちがいない。

こんなのは、どうだろうか?

○担任教師のローテーション制。
その学校が一学年に4クラスあったとしたら、四人の担任教師がいるわけで、それらの先生たちが一月ごとに各クラスの担任を交代していくというシステム。
つまり四人の教師が、一学年全員の担任となるというわけ。
一人の教師では目がとどかないところも、全員でフォローしていけば、広くなっていくのではないか。

○一月ごとにクラス替え
一月ごとに、クラス替えを行うというもの。
あるクラスで、いじめにあったとしても、しばらくがまんしてれば、月代わりにクラス替えがあるので、次の月にはまた新たなメンバーになり、気分一新できるだろう。
各クラスで、授業の進行度合いが違っていたりすると、問題はあるかもしれないがやってみる価値はあるんじゃなかろうか。

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2006年10月15日 (日)

美しい国

焦りと、体力の消費が一緒になって、肉体的にも精神的にもかなりおいつめられてるのがわかる。
そんななか、録画していた、『男はつらいよ』を見た。
そこには美しい日本と、優しい日本人が映っていた。
もう無くなってしまったかもしれない、かつての日本。
もう亡くなってしまった人たち。
でも、彼らはそこにいた。
まちがいなく、そこにいた。
そして、きっといまも、そこにはある。

少し、勇気が出た。

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2006年9月28日 (木)

目撃情報

有名人を目撃。 おとといは、新宿で、キム兄を、昨日は、浅草で会川翔兄を見た。 両方とも、なんでアニィ系なのさ。 僕としては、オネェチャン系の有名人を見たいものだ。 こういうとき、自分のオヤジ化が顕著なことに気づかされる。

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2006年9月24日 (日)

いい季節

Imgp3589 取材旅行から帰ってきて、ようやく体調が元にもどりつつあります。
時差の影響で、このところ明け方まで夜更かししてしまい、午前中になかなか起きられないというパターンに陥っていたんですが、ようやくもとの朝方生活にもどりました。

やっぱり脳は、朝の方が活発に働きます。
ぼくはものを書くのは、もっぱら午前中なんです。

スペインでは、思うように芝居とか映画を見ることができなかったので、帰って来てからは見まくりました。
演劇は青年座『夫婦レコード』とサスペンデッズ『CLEARLY』

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ダンスパフォーマンス『JOUと貞太の稽古場カフェ』
映画『Xメン』『マイアミバイス』『タイヨウのうた』
DVDでは、『コーチ・カーター』『荒野の用心棒』

いったいいつ仕事してるんだよって感じですが、ちゃんとやってます。

いい季節になりました。
窓を開けると、ほのかに金木犀の香りがしてきます。
この香りを感じると、いろんな記憶がよみがえってきます。
香りが記憶をよびさますってこと、たしかにありますよね。

ぼくは、高校時代の古い校舎を思い出します。
あれからずいぶんたったけど、僕の内側にあるものは、ほとんど変わっていない気もする。

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2006年9月13日 (水)

帰国しました

Imgp3566 Imgp3547 あっというまに帰国の日がきた。
バロセロナの三日間は、ずっと街が休み状態だったので、ウィークデイの街を見るのは今日しかない。
しかし、出発は十時二十分。
店が開くのは十時。
僕に残された買い物時間は二十分だけだ。

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Imgp3550 Imgp3553 Imgp3556 Imgp3557 Imgp3559 Imgp3561 Imgp3563

早めにチェックアウトして、ホテルの近くの市場を見に行く。
するといきなりすごい雨が降ってきた。
ドカーンと、すぐ近くに雷も落ちる。
さすがに市場で働く人たちも、びっくりしたように天井を見上げていた。

市場は生活の匂いがたっぷりあって、本当に面白い。
きれいな果物や野菜、魚や肉。
ちょっとギョッするようなものもあって、楽しい。
でもなんだかカメラで写真撮ってばっかりいるのも悪い気がして、ハムを買いました。

4_006

空港行きのバスに乗り込む前の二十分で、近くのカンペールにいって大好きな靴を二足買いました。
自分へのご褒美。
カンペールは好きな靴のメーカーなんだけど、スペインが本拠地。
原宿でも買えるけど、なんとなくここで買って帰りたかったんだよね。

バロセロナ空港では、ブリティッシュエアラインのチェックイン待ちの人の行列がえんえんと続いてました。
こりゃ、だめだ。
と、なかばあきらめながら並ぶしかありません。なんだかモタモタ作業してます。
これがこれからの悲惨の辞退の前触れでした。
バロセロナからロンドン経由で、東京に向かうわけなんですけど、まずはこの便が遅れました。
機内持ち込み荷物のチェックにまたえんえん時間がかかります。
たぶん二時間近く遅れたんじゃないかなぁ。

ロンドンヒースーロー空港では、またえんえん手荷物チェック。
もちろん靴も脱がなきゃならないし、ベルトもはずさなゃなりません。
成田行きの便の離陸時間ギリギリだったので連絡通路を走ったにもかかわらず、飛行機は飛び立ったあとでした。
乗り遅れ決定。

Imgp3575

結局、五時間後に飛ぶANA便に振りかえてもらったんですが、五時間空港内で待つのはけっこう大変。
それでもポジティブに考えて、この間に監督と打ち合わせしたり、原稿を書いたりしてたら、あっというまに離陸時間になっちゃいました。

飛行機のなかでも、食事したり、原稿書いたり、映画見たりして、ちょっと寝てたら、わりとすんなり成田につきました。
ところがスーツケースが到着してない。
ロストバゲッジ!
乗り継ぎの時に荷物はついてこなかったみたい。
そんなこんなでパソコンだけ持って帰ってきたのでした。

取材日記終了でーす。

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2006年9月12日 (火)

ホテルで仕事

4_043 サクラダファミリアを見たあと、僕は一人だけホテルに戻って仕事。
とにかくストーリーを前にすすめる。
スペインに来て、体験して、見たことが自然とストーリーに現れてくる。
不思議だ。
やはり体と脳はつながっているんだね。
外側からの刺激で、脳のなかのストーリーが自動的に出来上がって行く。
乗ってきたって感じ。

監督が取材から帰ってくるまでに打ち合わせができるように仕上げようとがんばった。

できあがったストーリーは、監督もかなり気にいってくれた。
なんとかなりそうな気がしてくる。
まだまだ完璧というわけではないが、方向性はまとまってきた感じ。

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食事の時間まで、小一時間あったので散歩に出る。
ホテルの近場を探索することにした。
いきなりデモ隊に遭遇。
なにを訴えてるかはわからなかったが、デモをしている人たちの雰囲気から、なんかかなり過激派っぽい感じ。
ちょっと離れて観察することにした。
デモ隊は、警官隊にかこまれて整然とデモをつづけていたけど、太鼓と笛で拍子を取る姿は、なんとなくサッカーのサポーターを連想させた。
ラテンだ。あくらかにラテンだ。

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少し歩くと、これもガウディの建築物としては有名なバトリョ邸の前に出た。
仮面をおもわせる窓が印象的な建物だ。
建物の中が見学できるようになっていた。閉館時間が近かったけど、運良く入ることができた。
どれもこれも素晴らしいデザイン。
解説を聞くと、ジューヌ・ベヌルの『海底二万マイル』に触発されたんだって。
百年ちょっと前のパリ万国博覧会の頃のヨーロッパって面白かったんだろうなぁ。

晩御飯は、また肉を食ってしまった。4_039

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迷路探検

3_132 3_136 3_145 たっぷりサクラダファミリアの内部を探索。

3_158 3_159 3_166 3_168 3_182

まるでガウディがつくった迷路を探検している気分になった。

迷路って、どうして面白いんだろう。
なんだかワクワクする。
メイズ。
迷路の意味を、いろいろ考えてみたくなる。

脳の中も、体内も、町も、世界も、宇宙も、きっと迷路でつながっている。
つながっている。

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ガウディ

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朝からガウディ。
バロセロナに来たからには、やっぱりガウディの作品を見なきゃね。
昨日は、ちょっとだけ公園を見せてもらったけど、きょうはメインイベントのサクラダファミリア、聖家族教会に行きます。
その前に散歩がてら、ガウディのデザインしたアパートを二つ見に行きます。
月曜日だけど、お祭りで休日になってるので、町は静か。
車も人も少ないので、歩きやすいです。

デザインのすばらしさに感動。
写真で見ては知ってたけど、実際に見たら、その質感とか町との関係性とかを感じます。やっぱり、いいですわ。

3_112 地下鉄に乗って、二駅でサクラダファミリア。

サクラダファミリアは、世界的に有名な建築物だ。
ひとえにガウディの独創的なデザインが、それを支えてます。
説明は不要だね。
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2006年9月11日 (月)

バロセロナ1

3_001 3_003 朝から監督たちは、山のほうに取材に行くことになったが、俺はホテルに残ってストーリーのプロットを書くことにした。
なんたって、この旅の間にストーリーを一つ、完成させなければならない。
じつは相当追いつめられている状況なのだった。
スケジュール的に、かなりきつくなってきていると、プロデューサーはプレッシャーをかけてくる。
ここを切り抜けなければ映画へはたどりつけないのだ。

なんでバロセロナまできて、ホテルにこもらなきゃならないのと思いつつ、俺の頭のなかではストーリーがぐるぐる動いている。なんか書けそうな気が、おとといあたりからムクムクともりあがってきている。山岳地方の取材もしたかったけど、ストーリーにもっと寄り添いたかった。3_005

同行のスタッフが乗り込んだバスを見送ったあと、ホテルの近辺を一人でちょっと散歩。
朝は、昨夜の大騒ぎとはうってかわって人通りもまばらで、空気もさわやか、気分爽快。
ホテルは、カタルーニャ広場のすぐ近くだった。
僕は一人で散歩が大好きだ。

通りを、ぐんぐん歩いていくと、いろんなものが見えてくる。町の風景が、心に飛びこんでくる。
コロンブスさんが、通りのはずれに立っていた。

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その向こうには地中海。彼が指さす先には、きっと新大陸があるんだろう。
海辺にはボードウォークがあって、水族館につづいてた。
水は、想像以上にきれい。東京湾の汚い水を見なれてるせいか。ぜんぜん泳げます、この海なら。
でっかい魚が、すぐそこを泳いでました。

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3_074 山から帰ってきたスタッフと合流して、郊外にある公園に行く。
ここはガウディがデザインした場所。
すばらしい。
ガウディが、大きな共同体を夢想していたらしいが、その断片でも十分、美しい。
この庭に、ずっと座っていたかった。
今度の映画では、美しい庭を大きな要素としてあつかうつもり。

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バロセロナ2

3_082

すごい人だかり。
朝はまばらだった通りも、昼前からぞくぞく人が出てくる。
歩行者用の通りが、道の中央に広くとってあるので、観光客向けの土産屋がいっぱいたっている。
ストリートパフォーマーたちも、ふつうにいっぱいいる。
スリもいっぱいいるらしいから、気をつけなきゃならないけどね。
朝にあたりをつけておいたので、スタッフたちを案内して、しばし散歩。
ちょっとしたガイド気分。

3_078 路地をまがって広場に出ると、そこではなぜか民族舞踊の音楽が鳴り輪になって踊っている老人たちがいる。
観光客もその輪にくわわって踊ってたりする。
このあたりの人たちの踊りらしい。
自然発生的にいくつもの話ができて、手をつないで陽気に踊ってる。
僕も参加したかったけど、ちょっと恥ずかしくてでそびれる。

歩いている人のほとんどが観光客だと思うと、歴史が町にもたらす経済効果の大きさにあらためて感心。
見るもの(ソフト)があるから、人はやってくる。
ガウディがつくった物(ソフト)を見るためになら、人は遠くからでもやってくる。
そして、僕も、ここに来たってわけだ。
いいものをつくることが大事だと、あらためて思う。

3_087 夕食は、バロセロナオリンピックのときに選手村があったあたりにあるシーフードレストランに行く。
港町だけあって、シーフードは新鮮でおいしい。

近代的デザインの建物が海辺に建っている。
港は豪華なヨットでいっぱい。
ヨットの市場みたい。

このあたりはナイトスポットでもある。
ダンスミュージックが聞こえ、ポールダンサーが踊るのが見えた。いかなかったけどね。

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2006年9月10日 (日)

スペイン2

2_024 取材の旅は、気になる場所があったら、そこに向かうという方針。
二日目は、マラガからグラナダに向かう途中にある、イスナハールという小さな町に立ち寄った。
湖に囲まれた山城が、そのまま町になったようなところ。

2_019 細い坂道にそって白い家が、えんえんと続いている。階段状になった道を、老婆が、これもかなり老いた息子に手を引かれてウォーキング中。暇そうな小犬が尻尾をふって近寄ってくる。こんな町にくる東洋人の観光客なんて、よほど珍しいんだろうね。

2_025 それにしても人気がほとんどない。土曜日だから、みんな休みってことか。店も、まったく開いてなかったよ。
村祭りにやってくる闘牛のポスターが、風にはためいていた。
強烈な日差しのなか、白い町はどこまでも静かだ。

2_045 アルハンブラ宮殿に行く。
世界遺産の一つ。
イスラム文化が残した美しい建物と庭を堪能。
オリジナルは、現在の五倍以上の大きさがあり、極彩色で彩られていたという。
いまは色がほとんどなくなっているが、それを想像するのが楽しい。

2_102 宮殿内にある元修道院のホテルのレストランで昼食。
今日はチキンにしました。
ターメリックな味付けで、美味しかったよ。

グラナダ空港で、バロセロナ行きの飛行機を待っていると、にわかに空がかき曇り、雷と豪雨がはじまった。
こんなのめったにないとのこと。
雷のせいか、停電までおきてしまう。すぐに復旧したけど、なんだか雲行きがあやしくなってきた。
あんのじょう飛行機が給油できなくて、出発できないという。
バロセロナに早くつけば、カンプノウでバルサの試合が見れるかもしれないというかすかな望みは、その時点で消えたのだった。

2_120 飛行場の待合室の固い椅子でうつらうつらしながら、二時間ちょっと。
ようやく飛行機が飛び立てるという。
雨があがって、やたらとさわやかな空気のなかを、飛行機のタラップまで走った。

とにかく今回の旅は、待ち時間がやたらと長い。
僕の場合、頭のなかでいくつものストーリーをぐるぐる回しているから、暇つぶしの必要はないんだけどね。

バロセロナのホテルは中心街にあった。深夜だというのに、まるでお祭り状態。
暇な人たちが、ウロウロ、ワサワサ。土曜日は、たいていこんなんだって。そこで衝撃の事実が判明、日曜日と月曜日は休日なので店はほとんど開いてないんだって。お土産とか買いたかったのになぁ。
晩御飯を食べにでる気力もなく、ベッドに倒れこむのだった。

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2006年9月 9日 (土)

アンダルシア1

1_002 スペインに来てます。
ほぼ丸一日をかけての空の移動は、ちょっと疲れましたけど、無事にマラガ空港を経てトレモリーノスというところに着きました。
同行している人の撮影機材が空港にとどいていなかったり、ハプニングはあったけどね。ロンドン経由の便では、荷物がとどかないことがよくあるとのこと。マラガの空港はいたってのんびりムードで処理してます。日本じゃ考えられません。その開き直ったともいえる雰囲気に、初スペインを感じたのでした。

1_008 トレモリーノスは、地中海沿岸にあるリゾート地。ホテルのすぐ向かい側にビーチがあって、水着の人たちがうろうろしてます。(着いたのは夜だったから、ほとんど人はいなかったけど)今年はまだ夏が続いてるみたいで、昼間のビーチには人があふれてます。そんな光景を横目で見ながら、僕たち一行はアンダルシア地方の取材に向かうのでした。

1_014 1_024

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1_037 1_054 1_048 アンダルシアの空中散歩。

熱気球で約一時間の空の散歩を楽しみました。
広大なオリーブ畑の上を、ゆったりと風まかせの旅。
距離感がつかめなくて、不思議な感じ。
まさにバードビュー。鳥気分を味あわせてもらいましたよ。
でも高所恐怖症の人には、ちょっとつらかったようです。
僕は全然平気ですけどね。どっちかというと高所快楽症かもね。

1_064 空中散歩を案内してくれたペペさんたちと、この地方流の軽い朝食。
トーストしたパンに、トマトソースとオリーブオイルをつけて食べます。生ハムをのっけたら、もう上等です。ミルクコーヒーも美味しかったよ。
荒野の中にポツンとあるカフェ。
食事中にやたらとハエがたかってくるんだけど、十五分で慣れました。

日差しが強いなかを、バス移動。

1_088 1_094 ロンダ、ロンダ、ロンダ。(ブルーハーツ調で)
たどりついたのは、絶壁の場所に町があるロンダ。
ほんとオリーブ畑と、枯れたひまわり畑ばかりを見ながら荒野を進むと、そこに山里が現れました。そこがロンダの町。
よくぞこんなところに町をつくったと思わせる、断崖の上。でも、すごくいい景色。まるで一枚の風景画のなかに入り込んだ気がします。
崖にそって、迷路のように入り組んだ道がつづいています。
この地に住んできた人々の長い歴史がつくった町なのよね。さまざまな文化の痕跡が見て取れます。

1_079 1_075 ちょうど闘牛祭りが開かれていて、すごい人出。なぜか老人と子供が多く目につきます。でもしばらくすると、おそろいのTシャツや、ドレスに着飾った若者たちが続々と広場に集まってきてます。
みんな踊ってる踊ってる。オーフラメンコ。フラメンコドレスが、なんだか浴衣に見えてきました。
夏祭の雰囲気って、どこの国でも似てる気がします。
そんな楽しそうな人たちを横目に、僕たちはひたすら歩き、ひたすらカメラのシャッターを押すのでした。

1_127 取材の楽しみの一つは、その地方の美味しいものを食べること。
闘牛祭りにちなんでミートを食ったよ。やわらかくて美味しかった。
野菜もうまい。トマトの実がしっかりつまってて甘くてグッド。

夕方になっても、まだまだ強烈な日差しのなかをバスでトレモリ ーノスに戻りました。
ビーチ沿いの道は、水着の人でウヨウヨ。しかしまぁよくぞここまでというくらい、メタボリックな人たちが目につきます。
そして老人と子供。
この時期、バカンスをつづけられるのは引退した人たちと、学校にまだ行ってない子供たちだよなぁ。と納得。

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2006年9月 7日 (木)

いってきます。

先日、即興で劇づくりのワークショップ、無事終了しました。
五年ぶりに再会した役者さんや、まったくはじめての役者さんたちと一緒に、デバイジングのやりかたでシーンを作っていき、最終日には簡単な発表をするところまで行きました。
よかったぁ。
みなさん、お疲れさまでした。
いろんなことが見えてきました。
このことに関しては、またじっくり書かせていただきます。

それでは今から取材旅行に出発してきます。
旅先からブログ書けたら書きますね。
いってきまーす。

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2006年9月 6日 (水)

パンプキン

Imgp3052 パンプキンスープ作ってみました。
タマネギとパンプキンをコンソメで煮て、ミキサーにかけました。
けっこううまかったよ。

ちかごろ太り気味なので、ダイエットしなきゃならないと思いつつ、毎日、食事量を落とせない僕です。
お付き合いで外食が多いうえに、甘いものとかも好きだし、運動不足だし、だめだめです。
日常を正さなきゃだめです。
ここで宣言して、有言実行、がんばります。

Imgp3046 日曜日、ひさしぶりに新宿に行ったら、伊勢丹前の歩行者天国でストリートパフォーマーがやってました。
すごいひとだかり。乗ってるなって感じです。
僕は、最後の十五分くらい見てたんだけど、ジャグリングと一輪車でお客さんをすっかりつかんでました。
若い日本人の大道芸人です。(名前はわかんない)
ラストは、帽子を取り出して、そのなかにお客さんたちからお金を入れてもらうわけなんだけど、これがマジですごかった。
僕は、世界各地で大道芸をけっこう見てきてるはずなんですけど、今まで見たなかでもっとも儲かってました。
帽子の中は、ふつう小銭ばっかりっていうのがほとんどなんだけど、今回のこの若手芸人さんの帽子には、お札がバンバン投げこまれてました。そのなかには万札もまじってた。
いやー、こんなに儲かった大道芸人を見たのは、はじめてでしたよ。
ちょっとうらやましくなったくらいです。
太っ腹なお客さんが多かった。
新宿ってすごいよ。

Imgp3050 その大盛り上がりの横で、上半身裸の舞踏家が一人で、なんかやってました。
こっちのほうは、まったく人がよりつかず、なんだか寂しそう。
うん、きみ、それじゃ人はあつまんないよ。
ついつい演出家的な気持ちになってしまう僕でした。

で、なんで新宿に行ったかというと、『イキウメ』という妙な名前の小劇団の芝居を見てきました。
作演出をしている前川知大君は、一度、うちの脚本講座にも来てくれました。
前川知大、いい脚本家です。
いろんなタイプの脚本を書ける、才能豊かな人。注目株ですよ。
今回の芝居は、ちょっとブラックなSFホラーって感じ。
ふつうの人が、異世界に引き込まれていく恐怖を、観客も味わうことになります。そしていつしか異世界が、本当にあるのではないかとさえ思うようになる。
ミステリー的な味付けで、芝居通も、楽しめる作りになってました。

劇場では、演劇関係の昔からの知り合いに偶然あって、旧交をあたためました。
彼女は、一昨年大病をして、少し元気がなさそうでした。
やっぱり、そういう年齢になったのかなぁって、ちょっとしみじみ。

まだまだやりたいことがあるなら、健康でいることは、本当に大事。
スープ食って、おれも元気になるぞっ!

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2006年9月 4日 (月)

北海道に行きたい

2 青春映画の『シムソンズ』をDVDで見ました。
トリノオリンピックのときは、ちょっとしたカーリングブームが起きましたよね。そのカーリングを題材にとった青春美少女ムービーです。
なんとなく借りて、何となく見たんですけど、よかったです。
正直言うと、泣いてしまいました。
うわー、恥ずかしいィィィ。

実在のカーリングチームをモデルにした、映画なんですけど、そこは映画的な脚色がなされていて、いろいろとドラマチックな展開になっているわけなんですけど、青春映画のツボをおさえた展開で、すごく好感の持てる映画にしあがっています。
僕が一番気にいったのは、北海道常呂町の風景。
ほんとうに美しい海や浜辺、草原、道、見えない風までが、そこに映し出されています。見事な撮影だと思います。

主人公の女の子たちも、それぞれ可愛く、美しい撮られていて、スタッフの愛情を感じます。
日本映画、なかなかやります。

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2006年9月 3日 (日)

挨拶は大事

このところ、たてつづけに、見知らぬ人(覚えてない人)に、挨拶をされました。
見知らぬ人に挨拶されたときの心理状況。
『えっ!?  僕!?  だれ!?  えっ、覚えてないんだけど……でも、挨拶してくれるってことは、知り合いなんだろう……とりあえず挨拶しとこう……』

で、とりあえず、こっちも頭を下げて、すっと通りすぎるわけなんですけど、心のなかではしばらく葛藤がつづきます。
『おれが忘れてたのか……それとも、向こうが間違ったのか……それとも、おれ、そっくりの人物が、ウロウロしているのか……???」
そんなことかたてつづけに起きると、だんだん、『自分そっくりの人物がウロウロしている』という結論に達していくわけです。

そんな思いで、一昨日も歩いていたら、電車のホームで、僕にむかってニッコリ頭を下げる女の人がいました。
やはり、まったく見覚えがありません。でも、たしかに彼女は、僕のほうにむかって頭を下げているのです。
『うわー、まただよ……』
ちょっと距離が離れていたので、気がつかないふりをして、無視してしまいました。
知り合いに会っても、気がつかないってこと、よくあるし相手も、そう思うだろう……
そう油断してたら、その女性は、同じ駅で降りるじゃないですか。
しかも、同じ方向に歩いてくる。
ついに交差点で一緒になってしまいました。

さっきは挨拶してくれたのに、こんどはまったく見知らぬ他人って感じ。
やっぱりさっき無視したからか……
いや、向こうももしかしたら、まちがって挨拶してしまったのかもしれない。
そんなことを思いながら歩きだしました。

するとその女性も、また同じ方向に歩いていくではありませんか。
えっ!?  どういうこと!?
そう思っていると、僕の目的地の稽古場に入っていくのです。
そう僕と彼女は、同じ場所に向かっていたわけ。

僕はそこで『即興を使ってのストーリー作り』というワークショップをやっていて、彼女は、それを見学に来た人だったんです。
「駅のホームで、さっき僕に挨拶してくれましたよね?」
と、僕が訊くと、彼女はポカンとした顔で、
「音楽聞いていて、リズムとっちゃっただけなんですけど……」
ガーン!
フライパンで思いっきりひっぱたかれたようなショックを受けました。

たとえ間違いだったとしても、これからも挨拶はちゃんとしようと思ったのでした。

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2006年9月 1日 (金)

ジンマシン

ジンマシンが出てしまいましたぁー! 明け方、なんだか寝苦しくて目をさますと、右膝のあたりに違和感があります。おきて水でも飲もうとしたら、みるみる赤くはれてきて、ジンマシンが。つづいておしりのまわりとか、腕とかにも、みるみる広がり、あっというまに、ジンマシンマンの出来上がり。

こんなことになったのは二度目だったので、さわがずじっとしてたら、数時間で引きました。ほっとしたよ。

しかし、いったい何が原因だったのか。悪夢を見てたのはたしか。寝る前に、焼きカシューナッツを大量に食ってしまったからか。うーん、どんなんでしょう。

ちなみに、ぼくの代表作は、マシンロボ。大好きな主人公の名前は、ジン。

二つをあわせたら……

しかたないか。

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2006年8月30日 (水)

アニソンと出会い

博多に行ってきました。
ふだんとはまったく違う仕事。
公共機関からの依頼で、なんとか委員みたいなものをやることになったわけ。
着慣れないスーツを着ての会議です。
いやー、疲れました。

でも、そのまえに、ちょっと嬉しいできごとがあったんです。
羽田で、飛行機に乗ろうとしていたとき、目の前に知り合いの顔がありました。
ショッカーO野。D1000006
プロデューサーであり、司会から、番組の企画、ライダーショーの構成、出演など、マルチにこなす、まさにショッカーの怪人さま。
彼とはもう二十数年来の友人です。
なんと同じ飛行機で、博多に向かっているとのこと。彼のまわりには、一見して芸能人とわかる人たちが数人います。
いまから博多で、『アニメジャパンフェス2006』のライブがあるんですって。
どういライブかというと、有名なアニメ主題歌を歌っている歌手のみなさんが、その持ち歌を生で歌ってくれるという豪華なもの。
「ここで会ったのも、やっぱ縁だよね。時間あったら、見に来てよ」
ショッカーにそう言われたら、行かないわけにはいきません。
行ってきました。親不孝通りのライブハウスへ。

Photo いやー、予想以上に面白かったし、もりあがってしまいました、アニソンライブ。
知ってる曲が何曲もあるし、みんな歌唱力のある本格派の歌手のみなさんばかりだし、みんなトークもうまい。
会場全体が一体となってもりあがるさまは、ロックコンサートの乗りでした。
今回の博多ライブの出演者のみなさんは、以下の人たち。
串田アキラ・影山ヒロノブ・山田信夫・遠藤正明・米倉千尋・きただにひろし・三重野瞳・森口博子。
アニソンってやぱっり体に染みついてるものなんですね。
あっというまの二時間でした。ラストは、串田さんの『筋肉マン』。ついつい口ずさんでいる自分がいましたよ。
お客さんたちの多くは、アニソン好きの人たちだったと思いますが、これはもっと広いお客層にも通じるものだと思いました。

D1000005 帰りに、福岡の地下鉄に乗ったんですけど、車内に蚊が飛んでました。緑の足の下の黒い点が蚊君です。
やっぱり東京とちがって、のんびりしてるんです。
電車も混んでないしね。
ビバ博多!

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2006年8月21日 (月)

スーパーな夜

Sup06b スーパーな夜
急にスーパーマンが見たくなって、六本木ヒルズの映画館に行ってきました。
ここだと八時からの上映開始で、間に合いそうだったから。
でもお盆の日曜日の夜に六本木にいくなんて、自分の常識の無さに気づいたのは着いてからでした。
盆踊りかなかんが開催されてたらしく、浴衣のおねぇちゃんたちと、やる気マンマンの外人さんたちが、ウヨウヨガヤガヤ。
映画館からは、ドドーッと人が吐き出されてくる。
あちゃー、とんでもないところに来ちまった。席ないかもしれない。ここまできてから、それに気づくのって、ほんとにおとぼけ君です。
ちょっと焦り気味でケチットカウンターに行くと、案の定、残りの席はあとわずか。でも、さいわい一人だったので、壁際の席が残ってました。

僕にとってスーパーマンは、幼い時に白黒テレビで見た、元祖ヒーローともいうべき存在です。
ゴジラやアトムや鉄人やウルトラマンなどよりも先でした。
みんなマントをつけるだけで、スーパーマンになって、空を飛んだ気になったもんです。

なんといってもスーパーマンの魅力は、空を自由に飛べること。
空を飛ぶ快楽を最初に具現化したのはスーパーマンでしょう。

宮崎駿監督のアニメの魅力の一つは、映像を見ること(体験すること)で空を飛ぶ快感を味あうことができるということだと、僕は思っています。
このスーパーマンの映画でも、空を飛ぶ快感をたっぷりと味わうことができました。

神話の時代から、『空を飛ぶ』ということは、人類の憧れであり、夢でもあったわけで、映画が、それを取り入れてきたのは、当然のことだったのかもしれません。

おもしろいフライングシーンを見たい僕としては、楽しめる作品にしあがっていました。
ドラマは、スーパーマンの愛の苦悩と成長を描いてるんですけど、そのあたりもウェルメイドな脚本でした。
無責任な観客の立場で勝手なことをいわせてもらえば、もっと原作からはみ出すようなスーパーマンも見てみたい気もするんだけど、オリジナルを尊重しなければならないという制約のなかでつくるとしたら、こういうふうになっていくのも仕方がないと思ってしまいます。
内情がわかってしまうというのは、脚本家の病かもしれません。
でも、その制約から、すこしでもはみ出して作り手のパーソナルをいかに作品に混入していくかが、大事なんだよね。

で、スーパーな夜は、まだまだつづきます。
映画を見終わって、劇場を出て、駅に向かう通路の先には、あまり人が乗らないエスカレーターがありました。ちょうどそこは人通りのあるところから死角になっているんです。
そこに十人ほどの人だかりができていて、真ん中に浴衣を着た女の子が仰向けに倒れてる。
女の子は意識がないらしくピクリともしていない。
ただごとじゃないということが、すぐわかった。しかし周りの人たちも、どうすることもできずにオロオロしているだけ。救急車への連絡は誰かがしたらしく、それを待つしかないという雰囲気。
僕もただ見守るだけしかできない。そこにどこからか「この人、医者なんです」という女の子の声。そして若い白人の男が女の子のそばにひざまずき、まるでERのドクターがするように、瞳孔と脈拍を見はじめました。
一瞬にして空気が変わるのがわかった。危機感のなかに、すっと一瞬安堵感が流れたんです。
ほんと命がかかわったとき医者というものの存在が威力を発揮するかを、体感しました。そのときサイレンの音が聞こえてきて、救急車が接近してくるのがわかりました。少し離れたところに救急車が止まると、その場にいた若いサラリーマンが駆けて行き現場に誘導してきます。名も知らぬ見知らぬ人たちが、連携プレーをしています。それはちょっといい光景でした。そのとき浴衣の女の子の意識が戻ったようだった。僕にはもう何もできそうなことはないと思ったので、女の子の無事を祈りつつ、その場をそっと離れました。

ほんのちょっと前まで、スーパーマンのファンタジー世界に行ってたはずなのに、いきなり現実のサスペンスが割り込んできて、僕は不思議な感覚のまま、駅へと歩きました。現実が、みょうに現実的に感じられないまま。どこかでまだ映画が続いているかのような感じなんです。

「ノミホウダイ、ノミホウダイ、ノミホウダイ」
いきなり肩ごしに若い黒人が話しかけてきた。
ふいをつかれて、僕はドッキリ。
相手が何を言っているのか頭では理解してるんだけど、体が反応しない。
外国人に話しかけられたという意識があるので、体は英語を話そうとしてるんだけど、聞こえてきている言葉が日本語なので、心と体が混乱して、言葉が出てこないのだ。頭では日本語で答えようとしているのに、体は英語を使おうとしているわけ。
これまた奇妙な感覚を味わってしまいました。
外国人の多い六本木ならではの感覚かもね。

メトロの乃木坂駅のトイレに入ろうとすると、その前で白人男性と浴衣の日本人の女の子のカップルがなにかいちゃついている。
二人は、そのまま女子トイレの中に消えて行ってしまいました。
おいおい、おまえら何するつもりなんだよ。
心でつっこみながら、走り込んでくる地下鉄に飛び乗るのだった。

Photo_1 自宅のある駅で降りて、ちょっと水でも買って帰ろうとコンビニに向かいました。
するとコンビニの前のタバコの自動販売機の前で、喪服に身をつつんだ年配の女性が二人、タバコが買えずにモタモタしてました。お通夜か葬式の帰りに一服したかったんでしょう。でもとっくに十一時は過ぎてるので自販機は販売中止になってます。それに気づかずに彼女たちはコインを投入し、『いったい、どうなってるのよ?』状態になっているのが、みえみえです。

自分で言うのも変ですけど、僕は田舎育ちで、お年寄りには親切にするというのが、子供のときから体に染みついてます。
それで瞬間的に、その喪服のコンビに声をかけていました。
「もー遅いんで、それ販売中止になってるんですよ。たばこなら店の中で買えますよ」
僕としてはしごく普通に言ったつもりだったんですけど、おばさんはなぜか、『ギャーッ』って悲鳴をあげて飛び上がってしまいました。
そんな脅かすつもりはまったくなかったんですけど。
僕はすっかり気まずくなって、コソコソとコンビニに入っていきました。もちろんおばさんたちも気まずかったらしく、「もー、自動販売機でタバコ買えないんだもん」となぜか声高に宣言しながらコンビニに入ってくるのでした。
いったい誰に言ってんだよ。

深夜のコンビニでは、消費期限になったパンを半額セールしてました。床近くに置かれたワゴンのなかには、売れ残りの菓子パンが山盛り。
そのワゴンの前に、ペタンと座り込んだ一人の少女がいた。
僕は見てはいけないものを見てしまった気がしました。彼女は、あきらかにやせすぎで、骨が浮きだした背中をまるめて座りこんでいる。両手でいくつもの菓子パンを抱え、一心不乱にパンを選んでいます。それは鬼気せまる光景です。
摂食障害。
僕の目のなかに、そんなテロップが流れます。

おばさんたちには親切に声をかけることができても、この女の人には何もしてあげられません。
目の前で気絶し倒れている人には、無償のボランティア精神で手当てをしてくれる人たちが、たくさんいます。親切な人は、実際けっこういるんです。
しかし、困ったり、苦しんだりしている人には、声をかけることも難しいのが、この都会です。
まったく不思議なところです。僕たちが暮らしている世界は。

映画館から家まで帰ってくるまでの、ほんの30分くらいの出来事でしたけど、いくつもの人生を切り取って見た気がしました。
それぞれの断片をうまく表現できたら、けっこう面白い映画ができるんじゃないかと思いつつ、僕のスーパーな夜は終わったのだった。

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2006年8月19日 (土)

親指シフト

Imgp3034 携帯につづいて、買ってしまいました。
新しいノートパソコン!
九月の取材旅行にそなえて新型投入でございます。
これからは、こついとともに世界を旅するのだ。
こいつの名はフジツーライフブック。

僕は、ずっと富士通さんのワープロからパソコンを使ってます。
どうしてそうなのかというと、このキーボードに注目してください。
今ではほとんどの人が目にしたことのないキー配列だと思います。
Imgp3035 これが伝説のキーボード、『親指シフト』だ!

JIS配列とはまったく違うコンセプトでつくられたこの日本語キー配列は、日本語を打つには、本当に使いやすいんです。
しかし、もともと富士通独自のキーボードであったがために、全国的に普及せず、今では日本全国に約20万人くらいの親指シフターだけが残っているものと思われます。
ずっとこのキーボードを使っている僕は、もうこれ以外のキーボードを使う気はさらさらありません。
ですから、こういうノートパソコンが出たとなると、ぜがひでも買っておかねばという気持ちになってしまうというわけ。

Imgp3036 いったいどこまで生き残ることができるのか、親指シフトキーボードを愛する者たちは。
でも、本当に使いやすいんですよ、このキーボードは。

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2006年8月18日 (金)

機種変更

Imgp3032 一年十カ月つかっていたMOVAの携帯を、ついにFOMAに機種変更してしまいました。
ジョグダイヤルのやつを使っていたので、どうしてもそれと同じタイプのやつが欲しかったんで、これにしました。
名前はスピードセレクターに変わってるけど、こいつはまちがいなくジョグダイヤルだ。
S社から、D社に変わってるけど、まちがいなく後継機種だぞ、こいつは。

Imgp3033 まえのはシャキーンって、文字盤が回転して、ボタンが現れるやつだったけど、今度のは、チャリーンって、スライドしてボタンが出てくる。

昨日は、新しい機種の機能とかを知りたくて、いろいろいじってたけど、今日になってなんだか前の機種がなつかしくなってしまった。
まだ使えたし、ずっと一緒にいてかわいがっていたのに、なんで僕は新しいのに変えてしまったんだろう。
古い機種が、なんだか悲しそうにしてるような気さえしてきます。
やっぱり前のやつのほうが手になじんでいるんだよなぁ。
新しいやつは、まだよそよそしい感じがします。
そりゃ、機能とかは、すごく進化してるし、画面も大きいし、カメラの画素数なんてデジカメなみだし、もうしぶんないんだけどね。
でも、もうあともどりできないので、この新人と一緒に歩いていくことにします。

ストラップだけは、十年前から同じものを、ずっと使ってます。もうピカチュウの色がはげちゃってるけど、なんだか捨てられないんだよねぇ。

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2006年8月16日 (水)

喉を痛める

喉をやられました。
冷房つけて寝てたのが、よくなかった。てきめんです。
今回の喉は、いままでに体験したことがないくらい痛いです。
ご飯を飲みこむのも痛いので、よく噛んで食べてます。
これをつづけるとかえって健康になるかもね。
ちかごろ太りすぎなので、食欲が押さえられていいかもしれません。
転んでも、ただでは起きないぞッ!Imgp3019

昨日は、盆休みから東京に帰ってきて、そのままローリングドラマツアーをやりました。
今回の参加者は、ちょっと少なく、岩井、金子、JOUさんと、僕の四人。
岩井くんが、次回作の構想を書いてきたのと、金子くんが出来上がっていたプロットのオープニングシーンだけを書いてきたので、それを全員で読むことに。
JOUさんは、ダンス雑誌に書いた記事を持ってきてくれました。
コンテンポラリーダンサーとして活躍するJOUさんは、ちかごろライターとしても仕事の幅を広げてるようです。なんにでも挑戦するその姿勢やよし。それにこの人、演劇や脚本についての鑑賞眼もしっかりしているので、あなどれん。アドレナリン。

しかし今回は、ちょっと雑談が多くなってしまった体感脚本講座でした。でも、ときにはこういう回も必要。雑談のなかから、いろんなアイディアも出てくるというもんです。
それぞれ、これから年末に向かっての計画やスケジュールなどを確認して、またそれぞれの場に向かっていくのでした。
みんな、がんばれッ!

写真は、ふるさとの実家から十分くらい車で走ったところにある、お気に入りの森。朝日をあびてます。

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2006年8月10日 (木)

ドラマツアー

ローリングドラマツアー再開Imgp3002

  ハイバイの公演もおわって、僕のほうもちょっと落ちついたので、ローリングドラマツアーを再開しました。
  舞台系の作家が集まってるんだけど、映像の脚本でもきちんと金のとれるものを書けるようになろうっていうのが、今回のツアーの目的。
 まずは、短編シナリオを書いてます。
 このなかからも、きっといい作家が誕生することでしょう。

 来年のポケモン映画のストーリーも、だんだんかたまってきました。
 お盆休みが終わるまでにはなんとかかためて、脚本を書き始めます。

 ちょっとお盆休みにはいります。お盆あけに、またお会いしましょう。

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2006年8月 8日 (火)

デバイジング

三日間。『デバイジング』のワークショップに参加してきました。
これは何かというと、演劇の脚本の集団創作のやりかたについての、体験講習会です。
脚本の集団創作なんて言っても、演劇に無関係の人には、なんのことやらだと思います。Imgp2997

divide
ディバイドには、わけるとか、分類するとか、賛否を採決させるとかの意味があります。
つまり、みんなでわけて、決めていこうって感じです。

脚本は、一人で書くものなんじゃないの?
そう思われている人がほとんどだと思います。
そのとおり、普通はだいたい一人で書くわけなんですけど、このデバイジングでは、それを参加者(役者やスタッフ)が全員で作っていくというやりかたで作り上げていくんです。
ロンドンに、このやりかたで何年もやっている劇団があって、そのメンバーの一人(ドリュー)が、日本に教えにきてくれました。

僕も、この何年か、芝居の集団創作について興味があって、自分でもいろいろとチャレンジをしていたので、他の人がどんな方法でやっているのか知りたくて、このワークショップに参加したわけ。

結論からいえば、僕が考えていた方法を、合理的に整理してもらったって感じで、すごく楽しく、有益でした。
ストーリーが出来上がっていく過程という点では、一人でやるのも、集団でやるのも、実は同じなのだということが、あらためてわかりました。
集団でやることの利点は、作品に客観性が持てるということと、孤独にならないということ、そして、その過程で即興を楽しめるということなど、いくつもあるような気がします。
ただ、一つの作品をつくりあげるのに、かなりの時間とエネルギーが必要なので、それを同時にやっていける、仲間の構築が大事ですね。
これは、何をやるときも同じか。

デバイジングのやり方について、ここでは詳しく書きませんが、どこかでやってみたいと思います。

それにしても夏の真っ盛り、朝の十時から夕方六時まで、稽古場にこもった三日間は、けっこう充実でした。
『物語作り』は、ほんとに面白い。

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2006年8月 4日 (金)

サラダにこる

いろいろみなさんに心配かけてたみたいで、すみません。コメントくれた方々、ありがとうございます。はげまされました。ちょっと落ち込み気味で、人に発信できる感じじゃなかったんですけど、かなり復活してきました。

で、サラダ作りに、ちかごろこってます。いままで料理などしたこと、まったくなかった男が、サラダつくって野菜食べるようになりました。緑と赤と黄色の野菜を主に食ってます。大量に。Imgp2996 これは昨日の作品。どうですか。

昨日は、一つ、仕事のめどが立ち、気分はじょうじょうでした。やはり創作は、人に認められてなんぼですなぁ。

あと、劇団員だった佐藤大介が自分の小説が本になったと送ってきてくれました。タイトルは『サルト』岩槻大介の名前で、新風舎から出版されてます。定価は1300円。

うちの劇団出身には作家になったやつがけっこういて、直木賞とかとっちまったやつもいるんだけど、自分の本を、僕にこうして送ってきたくれたのは、岡崎純子と佐藤大介だけ。涙が出たよ。うれしくて。読んだら、ちゃんと感想書かなきゃ。

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2006年8月 3日 (木)

親友・俳優・中村

盟友で、盟友の、中村和三郎が出演している舞台を見に行った。

『広島の姉妹』、(スタジオバリオ)。オフィスサエが、毎年この時期、やっている広島シリーズの一本。原作は、作家・山本真理子(岩崎書店)。広島で被爆した少女のモノローグで、平和だった日常が、一瞬にして壊れてしまうさま、そこに生きていた人たちの生々しい現実が語られる。

Kodomo8

いろんなことを考えた。高校生くらいに、見せたい芝居だと思ったのは、おれが大人になったってことなのか。

いまも中東では、戦争のまっただなかだ。悲劇はつづいている。それから目をそむけてはならないと思う。

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2006年8月 2日 (水)

今年もポケモン映画公開中

今年も、ポケモン映画が、全国公開中です。

1 初日の舞台挨拶の楽屋訪問。これもこうれい行事にしちまった。

ちょっとブログさぽってましたけど、ボチボチ再開します。

脚本講座も、まだまだつづけるよ。

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2006年5月 4日 (木)

キャラ募集

Imgp2898 しばらくブログさぼってました。
ブログさぼってるときは、仕事してるときなのね。
ほんと、一つのことに集中してしまうと、他が手がつかなくなるタチです。
または、一つのことが気になると、他がおろそかになる。

このところヤカンをコンロにかけておいて、それを忘れることが多々あります。
仕事しながら、コーヒーいれようと思って、コンロに火をつけるんだけど、ハッと気づくと水はとっくになくなってます。水蒸気となって。
朝、コーヒーを飲みたいなと思ってたのに、昼過ぎまで、これを三回くりかえし、とうとうその日は、コーヒー飲めませんでした。
そんときは、まじでちょっとボケはじめたかと思ったよ。
いいほうにとれば、集中力があるってこと?
でも、これは危険だと思ったので、お湯わかすときは、じっと見張っていることにしました。

で、ここから本来の脚本講座。

キャラクターの作り方について。

脚本家は、ストーリー、ドラマをつくるのに、登場人物、つまりキャラクターが絶対必要になります。
映像で、それを表現するわけだから、できるだけ一目でわかるようなキャラクターを作りだすことができれば、それはベストなわけ。
もちろん、そういうことをしなければならないってことじゃないから、いまから書くことは、一つの例だと思ってください。

一目でわかるキャラクターってなんだろうって考えながら、昨日は散歩してました。
これが結構むずかしい。

そんなとき目についたのが、よく公園で見かける一人のおじさん(60代)。
この人、いつも小型のラジオを手に持って、歩いてます。
しかもそのラジオは、汗で濡れないようにビニールに包まれてます。
耳元でラジオを聞きながら、ひたすら歩きつづける初老のおじさん。
名づけて、『ラジおやじ』

『ラジおやじ』と名づけた瞬間、キャラクターがたってきたような気がしました。
独り暮らしだけど、さみしくてもそれをあまり感じさせないで、マイペースで生きている。人に迷惑をかけないようにこころがけているけど、ついつい迷惑をかけてしまう、そんなお邪魔な人生を送ってきた。ラジオを毎日聞いているので、世間のニュースには、やたら詳しい。几帳面で、けっこう潔癖症。好きな番組は、落語。

どこにでもいるおじさんに、一つ、ラジオというアイテムをつけただけで、キャラクターのイメージがふくらんできました。
この方法は、つかえるかもしれません。

キャラクターにアイテムを持たせてみる。
アイテムへのこだわりから、観客に性格や生活感を想像させることができる。

あとネーミングね。
『名前』から、ふくらむイメージってとても大事だし、使い道があります。

自分自身をふりかえったとき、あなたは、どんなアイテムを持って生活してますか?
そして、どんな名前で生きていますか?
知りたいなぁ。

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2006年4月26日 (水)

ローリング・ドラマ・ツアー4

ローリング・ドラマ・ツアー4回目

今回は、短い作品のプロットを全員が出し合って、それについて考えるというエクササイズをやった。
タイトルは『家族』
家族についての、十分間のミニフィルムを作るとして、そのストーリー案を書いてくること。
というのが、課題。

プロット創作の一回目に『家族』を選んだのは、一番身近で、誰にも身近にあるテーマだから。
参加した7人のメンバーが、それぞれ家族についてのプロットを作ってきてくれた。
人に個性があるのと同じで、おなじテーマについてでも、出来上がってきたのは、それぞれ個性あふれるストーリーばかりだった。

それらのストーリーの良いところはどこか。問題点があるとしたら、どこかを、全員で検討していく。
脚本が共同作業でつくられるということを、こういう話し合いをすることで、体感してもらう。
自分が気づかないことを、他の人は気づいていたり、新しい視点をくれたりすることがある。
脚本家は、それらの総合力を一つにしていく仕事なのだ。

次は、このストーリー案を、シナリオの前段階の、『ハコ』にしていく。
だんだんシナリオに近づいていくのだ。
ここで出来上がるであろう脚本の使い道を、ちょっと考えた。
やはり脚本ができたら、それを映像化したいものだ。
そのためには、何をしたらいいのかも考えていきたいと思う。
脚本を欲しがっている、映像作家とかもいるだろうしね。

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2006年4月25日 (火)

応援します

がんばっている人を応援したい。
心から、応援したい。
ましてや、そのがんばっている人が、身内や知り合いだったらなおさらだ。

応援することで、自分も元気づけられる。
同じ気持ちを共有できる。

きっと誰しもが、この気持ちはわかってもらえるだろう。

これは人が持っている、善なる部分だと思う。
そして、この『共感』効果を、最大限に使うのが、演劇や音楽、エンターテイメントの世界だ。
つまりエンターテイメントは、人間のもっとも善なる部分の集大成ということになる。

僕のまわりには、それを信じて、がんばっている人たちがたくさんいる。
僕は、みんなを応援したい。

忙しいなか、一人でがんばってる人、がんばれ!

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2006年4月23日 (日)

思えば会える

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                                              アースデイ
という名前のイベントを、代々木公園でやってました。

あっ、これのことか。
前日、友人のブログを読んでいたら、『明日、代々木に行く』って書いてあったので、代々木で何かあるのかなって思ってました。
僕の頭で、それがつながったってわけ。
たぶん、友人は、このイベントに行くつもりなんじゃなかろうかと。

次に、僕の頭に浮かんだのは、『ここを歩いていれば、きっと彼に会える』でした。
でも実際には、その可能性はものすごく低いんですよね。
きっと何万人単位の人が、このイベントにはくるわけで、いつ彼らがくるかもわからないわけだから。

で、結論を言うと。
会えました。
彼の方が、僕を発見して、声をかけてくれたのです。
「なんで、ここにいるんですか?」
「いやー、ブログに代々木に行くって書いてあったから、もしかしたら会えるかもしれないって思ってたんだ」
「えー……でも、すごい偶然ですよね、こんなところで会うなんて」
「うん、でも、きっと会えるって思ってたよ」
 彼の息子にも、ひさしぶりに会えて、よかったです。

会いたい人には、会いたいって念じていると、会える確率が高くなる。
これは間違いない!

代々木公園のチューリップが、きれいに咲きました。
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2006年4月22日 (土)

プレゼント

Imgp2897 これは先月、出席した結婚式の引き出物。
ちょっと不思議なボトル。
入っていた解説書によると、このボトルに水を入れておいて24時間すると、まろやかになるという。
まろやか。
なんかいい響き。

飲んだ水がまろやかなのか、そうじゃないのか、それは飲む人の主観しだい。
まろやかだと思えば、誰がなんといおうとまろやかなのだ。
自由だと思えば、自由なのだ。

僕にはこのボトルが、すばらしく演劇的な装置に見えてくる。
水が変化するのだ。
見た目は何も変わっていないのだが、このボトルの中にちょっといただけで、中身が変わる(まろやかになる)のである。
演劇は、このボトルのようにありたい。

水変身ボトル。
これを僕にくれたEY君と、昨日話していて、ちょっと感動した。
ぼくは、結婚式の引き出物は、出席者はみんなおなじものをもらっているのだと思いこんでいた。
しかし、それは大きな間違いだった。
引き出物は、渡す相手ごとに、まったく違うものだったのだ。

つまりこのボトルは、僕のためにと彼らが考えて贈ってくれたものだった。
そうか、そうだったのか。
じんわりとしたうれしさが、こみあげてきた。
すまん、かってにみんなおなじだと思い込んでいて。
僕は、自分の無神経を反省したよ。

このボトルは、水をまろやかにしてくれると同時に、僕の心もまろやかにしてくれた。

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2006年4月19日 (水)

ローリング・ドラマ・ツアー3

ローリング・ドラマ・ツアー3回目

 我が家で再開した、ローリング・ドラマ・ツアーも三回目。
 今回は、また新顔登場。
 役者と劇作をやってる4郎と、笑顔のテロリスト脚本家のKキングだ。
 EY君、マリ王、A美、K猫と、今回は総勢7人。椅子が足りなくなったので、一つ買ってきてもらった。

 初対面の人もあったので、雑談しながら自己紹介してもらったあと、今回は僕が考えたプログラムをやってもらう。
 今日は、ストーリーを発想するための、ちょっとしたウォーミングアップをかねたエクササイズ。

○主人公になりそうもない人物を、三人考えてみよう。

 これを五分間考えてもらう。(あまり考えこまないことが大事。頭の中に浮かんでくる人物を書いていくこと)
 出席したメンバーが一人につき三人ずつ書くわけだから、僕のをいれて合計21人の人物が設定されることになる。
 そこには、さまざまなものが書かれていた。
 例えば、寝たきりの老人、死人、なんにも興味を持たない人、バナナしか興味がない男、うちのオヤジ、ナルシストの殺人鬼、二重人格の内側の人、レジーうちのおばちゃん、などなど。

 ここで気づくのは、主人公になりそうもない人物というのは、実はもうその時点でものすごいトラブルを抱えた存在が多いということ。
 そして、あまり考えずに書いた、これらのキャラクターのなかに、それぞれの作家が抱える潜在的な興味が浮き彫りにされてしまうということ。
 やはり作家は、知らず知らずのうちに自分を表現してしまうものらしい。

○次に、今書いた人物の中から一人を選んで、その人物を観客が好きになるためには、どういうことをさせたらいいかを三つ考える。

 これも五分間。
 これもいろんな方法が考え出された。
 ちなみに僕が選んだのは、寝たきりの老人。
 この人物に観客を感情移入させるためには、どんな方法が考えられるか。

1、寝たきりだけど、起き上がろうとがんばってるところを見せる。(ベッドから落ちてしまう)
2、いじわるな看護士にいじめられる。(同情を引く)
3、だめな息子に保険金をかけられて邪魔者扱いされる。(やはりこれも同情を引く手だね)

 もっと他にもいい方法は、いろいろ考えられると思うけど、とりあえずこの三つが頭に浮かんだ。

 それぞれの参加者たちの、メモにも、それぞれ三つずつの方法が書かれた。
 これは、どれが正解で、どれが不正解ということはない。
 それらのことを検討していくなかで、いくつものドラマの可能性が浮かび上がってくることに、最大の目的があるわけだ。

 フィールドワークとしては、各参加者に、21人キャラクターのなかで、どれが一番、気を引かれたかをアンケートしたら、まったくちがう結果が出た。参加者7人が、ほとんどがバラバラの結果。
 つまり観客としては、主人公の好みは、バラバラであるということがわかった。

○次に、どんなドラマが生まれそうかを、全員で話し合う。
 いろんな意見が出て、いくつものドラマのタネが生まれた。

 体感脚本講座の特別バージョン、ローリング・ドラマ・ツアー3はこうして今日ももりあがったのだった。
 また来週もやるぞ!

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2006年4月15日 (土)

事件と風邪

Dsc00570 治ってたと思っていた風邪がまた、ぶりかえしてしまった。
鼻水たれるし、体はいたいし、頭はいたいし、だめだぁ。

水曜日、いつも散歩している代々木公園で殺人事件がおきていた。
うちから二百メートルくらいしかはなれてないところで、とんでもないことが起きていたのだ。
それも真昼に。
なんてこった。

しかし、公園は、何事もなかったように遊ぶ人たちであふれているのだった。

具合が悪いので、もう寝ます。
なんか、いいことないなぁ……。

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コンタクト

ブログのレイアウトの編集がうまくできなくて、メールの宛て先をどうやって入れていいのかわかりません。

体感脚本講座の主宰の僕にコンタクトしたくても、メールも出せないんじゃこまりますよね。

ぼくへのコンタクトは、こちらへどうぞ。

hideking922@yahoo.co.jp

いたずらメールはやめてね。

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気分を直してね

あっ、おれったらネガティブ!?

昨日のブログを書いて、それを読み直してたら、すごく落ちこんでる自分に気づいた。
これって、すげーネガティブな状態ですね。
いかん、いかん。
というわけで、ポジティブな自分を取り戻すためにも、これを読んでくれている、脚本家志望の人や、さまよえる脚本家の観察を面白がっている人たちのためにも、気分直しを書きます。

前の文章、そうとう自分に酔ってますよね。
怒りとか、寂しさとか、そういうものって自己陶酔に近いものかもしれませんね。
やっぱ、エゴ強すぎです。
僕のエゴが、文章書かせてます。

すんません。

高校生に演劇を体験してもらうなんて、だいそれたことをするためには、まずはエゴを捨てなきゃならないのに、エゴ丸出しじゃあ、いかんですよね。
反省、反省。

エゴを捨てるって、そりゃあ難しいっス。

でも、人の力になりたいなんて思ったら、まずは、そこを捨てなきゃなぁ。
相手の立場に立つためには、まずそこからね。
ニュートラルにならなきゃ。
昨日のおれじゃ、だめだってことを教えられました。

おれのせいで不快になった人もいただろうなぁ。
すみません。あやまりまーす。

今回のことは、いろんなことを、僕に教えようと誰かさんが企画してくれたことだと理解しました。
サンキュー!

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人気のない僕

14日は、週に一回だけ、演劇を教えに行く高校での初授業の日。
はじめて出会う若者たちのことを思い、若干、興奮気味で早朝六時に起床。
今日のプログラムを考えて、一時間も前に、学校に行き、体操服に着替えて、その時を待った。
彼らが僕の前に現れる、その時を。

しかし、その時は、こなかった。
誰も授業に出てこなかったのだ。
えっ、うそだろ、どういうこと!?

僕は、この三年間、この学校の卒業公演を担当してきた。
この授業は、卒業公演のための準備の授業なのだ。
それなのに誰もこない。
何かの連絡ミスなのか!?
それとも卒業公演をやる気がないということか!?

わけがわからず、僕は、こみあげてくる怒りと寂しさを飲みこんだ。

事情はなんであれ、僕と出会おうと思っている生徒がいないということなのだ。

いつも劇場は、人と人とが出会う場所だということを言い続けてきた。
芝居は、人と人とをつなぐと言い続けてきた。
それを信じてきた。
だから、高校生たちとの芝居作りをやってきたはずだった。

しかし、出会う人がいないということは、こんなに寂しいことはない。
自分は、ここでいったい何をしているんだろうと、空虚になった。

僕にとって、この場所での出会いは、もうなくなったということなのだろうか?
そんなことを自問した。

それとも、ベケットの芝居の登場人物のように、僕は、待ち続けなければならないのか?

待ち続けるということは、すごく傷つき、疲れることだということを実感した。
ベケットへの理解は、すこし深まった。
それは一つ、得した。

午後の授業は、新一年生と二年生の子たち相手。
二年生は、たった三人だったので、あとは一年生。二十人以上。
ほんと、まだまだ子供。
この子たちに、一つでも二つでも、演劇の面白さと、感動を伝えてあげられたらと思う。
でも、それぞれの意識の差が大きいのが見えて、どうしていいのか、ちょっと迷った。
その迷いは、すぐに生徒たちに伝わるもの。
それをごまかそうとして、すこし焦った。

子供たちの前にたつと、人として、いつも何かを試されているような気になる。

気がつけば、もう俺も48歳。
いま目の前にいる彼らとおなじ歳のころは、二十歳まで生きることは想像できていなかった。
ましてや、三十歳や四十歳など。

16歳の時に、中学の時の同級生がバイクの事故で死んだ。
そのときから、何人もの人を、見送ってきた。
人は、すぐにあの世に行く。
しかし、自分はまだ生き残っている。

寺山修司が、亡くなったのは、彼が47歳の時だった。
まさか自分が寺山さんよりも年上になろうとは、思いもよらなかった。
一度も会うことはなかったが、いつもすごく意識していた。
あこがれだったのかもしれない。

友人は、寺山さんの弟子だった。知り合いの女の子は、寺山さんと付き合っていたりした。
あんな大人になりたかった。
あんな作家になりたかった。
ときどき、あの人が生きていたら、どんなことをしただろうかと思う時がある。

寺山さんが編纂した、『ハイティーン詩集』は素晴らしい詩ばかりだった。
それらの詩が、好きだった。
そんな詩を書きたいと思った。
あの人は、十代の素晴らしさを知っていた。
若さが、未来だということを知っていた。

僕が、高校生と芝居をしようと思ったとき、頭のすみに、ちらっと寺山さんがよぎっていた。
あの人が、高校生と芝居をやるとしたら、どんなことをするだろう。
そんなことを思った。

僕は、いま、あの人が生きなかった時間を生きている。

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2006年4月12日 (水)

ツアー2回目

ローリング・ドラマ・ツアーの第二回を昨日やった。
今回から、またすごいやつが現れた。
シェフの資格を持ち、趣味は寺回りという変わり種の作家で演出家のM皮君と、二枚目だけど、職人かたぎのK猫がくわわった。
まずは自己紹介というなの雑談から。
それが延々と二時間もつづく。
ただだべっているだけにはたからは見えるかもしれない。
しかしこれも実は、脚本講座の一部なのだ。
人物の造形。
ドラマにもっとも大事なのは、それだといっても過言ではない。
話しながら、ひとを洞察すること。それも大事な脚本修行なのですよ。

観察しているようで、実は観察されている。
その奇妙な感覚。
それが楽しくてしかたがない。
ついついテンションはあがってしまう。

今回は、それぞれが自由に書いて持ち寄った、ストーリーの原型(プロットとかシノプシスとも呼ぶことがある)を、それぞれ読んで、それに感想をのべあうということをやった。

それぞれこの一週間で、勝ってに書いてきたものなのだが、みんな個性豊かで、才気を感じさせるものばかり。
みんなオッケイ!
これ脚本にしてって言いたかったけど、それじゃ脚本教室にはならない。

さまざまな意見がとびかい、実に面白かった。
このとき大事なことは、人のアイディアを、極力否定しないこと。
そのアイディアを出した理由は、かならず出した人のなかにあるはずなんだから、それをいきなり否定してしまうと、その人の人格さへ否定したように受けとられてしまうことがある。

これは、どんな場合にも、同じことが言えると思う。
ましてやクリエイティブになっている人の気持ちをなえさせてはいけません。

そして意見を聞くほうも、素直になって、他人の意見に耳をかすこと。
相手はけっして、自分を傷つけようなどとは思っていないのだから。
そして意見を聞いたうえで、自分でよりよくするための可能性をさぐっていくのです。
どうしても描きたいものが、そこにあるとしたら、かならずたどりつく道は見つかるはずなのだ。

今回は、ツアーがもりあがって、とうとう7時間くらいぶっつづけてやってしまった。
みなさん、おつかれさまでした。

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2006年4月10日 (月)

オーッ! ルーシー

仕事すすまず。
ちょっとおいつめられた感じになってきました。
ちょっと余裕かましすぎてたら、あっというまに、おいつめられてた。
急激に精神的に追いつめられるので、肉体的にもきつくなります。

脚本家の生活は、この連続なんですけどね。
いぜんに録画してた『アイ・ラブ・ルーシー』の特番を、気分転換にちょっとだけ見ようと思たら、最後まで見ちゃった。
時間ないっていうのに、こういうことしちゃうんですよ。

それにしても、『アイ・ラブ・ルーシー』はシチュエーションコメディを、僕に教えてくれた作品だったんだなぁと、あらためて実感。
『ルーシー・ショウ』としての方が、僕は覚えてますけど。

ダイジェストを、今見てたら、ほんとにギャグのツボを押さえてます。
役者さんたちも、すっごくうまい。
本物のプロとは、こういうものなのだということを、教えてくれます。

ルシル・ボールのそばに、笑いの神様(クラウンという呼び方を覚えた)が、いつもいるのが、はっきりと見えた。
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2006年4月 9日 (日)

妖怪、出現!

幼い子供は、自分の世界と、他人の世界がちがうということを知らない。
自分が体験していることは、すべからく他人も体験していると思いこんでいる。

自我が発達する前の、わがままほうだいの子供の無意識は、平気で他人を傷つけたりしても何らそのことに気づかなかったりする。

僕のなかには、そんな子供の感覚がのこっていて、ときおり顔を出す。

簡単に言うと、『妖怪・無邪気』になって、まわりの人たちに迷惑をかけてしまうのである。

今日も、またやっちまった。

ある芝居を友人たちと見に行ったのだが、僕には、その脚本の面白さがあまり伝わってこなかった。
いや、もしかしたら、僕がどこを面白がればいいのか、わからなかったのかもしれない。
どんなゲームでも、ルールを知らなければ、そのゲームが面白くないのとおなじで、その種の芝居にたいする観劇のルールを僕が理解していなかったのかもしれない。

その瞬間、僕は『野球のルールを知らずに、野球場に連れてこられた子供』とおなじになってしまっていた。
妖怪・無邪気、あらわるだ!

この妖怪は、観客席でムズムズ動いて、まわりの観客を不快にする癖がある。
そして、劇場から外に出ると、自分のなかにたまった毒を、まわりの人にむかって吐きかけてしまうのだ。

迷惑なのは、一緒に行った心優しい友人たちである。
妖怪の毒をあびてしまうことになる。
飲み会の場の雰囲気を、かなりこわしてしまいました。
ほんと、ごめんなさいね。

妖怪を手なづける方法は、たった一つ。
面白いものを与え続けることしかない。
けっして、飽きさせないように。
そりゃ、自分でやるしかないんだよね。
他人に求めちゃだめなのよ。
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前列、右から二人目の白いジャケットの男が妖怪と化したジャッキーです。

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2006年4月 7日 (金)

ローリング・ドラマ・ツアーだ

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桜ももうおわりだね。

ブログ書こうと思ってたら、あっというまに三日たっちまった。

夢に小学校の時の友人たちが出てきた。
何十年も会ったこともない、小学生の友人の顔がはっきり夢にあらわれた。
スゲーぞ、脳!
どっからそのイメージ映像を取り出してきたんだよ?

なぜか夢の中の小学生のおれたちは、みんなで並んで立ち小便していた。
で、俺は起きて、すぐにトイレに駆け込んだ。
すっきりした。
でも、なんで小学生のイメージ?

そんな、なさけない夢の話しはさておいて、火曜日は記念すべき日になった。
あの伝説のローリング・ドラマ・ツアーが、再出発したのである。
なに!? 『ローリング・ドラマ・ツアー』なんじゃそれ?

そうその通り、これは一部の人しか知らない、ジャッキー園田がかつてやっていた脚本私塾のことです。
第一期が、十数年前。劇団に集まったメンバーに対して開いた脚本教室。
そして第二期が、十年くらいほどまえ。脚本家志望の人たち数名に対してやった脚本教室。
そのメンバーからは、プロの脚本家や小説家、ジャーナリストたちが誕生しました。

あの直木賞候補作家も、あの有名映画の脚本家も、あの記事を書いてるジャアナリストも、ローリングドラマツアーを通って世の中に出ていったのさ。(ちょっと自慢)
ほんと、みんな師匠のおれを軽々と追い越して、大活躍してます。
盆暮れのつけとどけくらいしろよ!(冗談だからね)

ここで、すばらしいプロを生み出す秘訣を教えましょう。
それは教える側が、教えようなんてあんまり思わないこと。
あいての才能を信じて、彼らが自分で自分のなかにもともとある物に気づくように、ヒントを与えること。
たぶん彼らは、ぼくのローリングドラマツアーに出なくても、自然と世に出た人たちだったと思います。
僕がやったのは、少しだけ背中を押してやったってことかなぁ。

いまなら、そうだったんだとわかります。
当時は、教えてやる気まんまんでやってたけどね。
だからちょっと強引なところもあったような気がする。
それで相手に、ずいぶん嫌な思いとかさせてしまったかもしれないと。
ちょっと反省モードに入ってしまいました。

そして、今回の第は3次ローリング・ドラマ・ツアーは、EY君の要請により開かれることになりました。
Ey君をはじめ、すごく才能あるメンバーたちが集まった。
もうこれは成功したも同然。
ほっといても彼らは、すばらしい作家として羽ばたいて行くにちがいない。
僕は、その彼らの羽ばたきの瞬間に立ち会えるという幸運を与えられたわけです。
ついてますね、本当に。

初回のメンバーは、EY君、M王、M松、A美の四人。次回からは、また新たなる才能が加わる予定。
今回のメインは、EY君たちが前回やった芝居の脚本についての分析。
どうやったら、脚本をうまく分析できるのか?
脚本にまよったときに、それを客観的に見るいい方法があるんだよね。
このドラマツアーではいろんな雑談形式で、それを解説していくわけなんだけど、ここではちょっとその要点を教えちゃおう。

脚本を読んだら、次のポイントをチェックします。
1、主人公は誰か?(ヒーロー)
2、主人公と対立するのは誰か?(敵、ライバル)
3、彼らは何について争ってるの?(地球の運命とか、宇宙の平和とか?)
4、主人公は、どんな行動をおこすか?(そりゃ戦うよね)
5、主人公の前に、どんなトラブルが立ちふさがるか?(おー、怪獣、怪人があらわれた!)
6、クライマックスは?(あと三分しかないぞ!)
7、ドラマの始まりとあとで、主人公は、どう変わったか?(仲間ができたよォ)

この七つのポイントで脚本を読めば、構成がだいたいつかめちゃうわけ。
( )内は、ヒーロー物を例にとって書いてみました。
わかりやすいっしょ。

物語(ドラマ)の骨格は、もう数千年前に出来上がっていて、僕らはそれをコネコネいじくりまわしているだけなんだ。
人の気持ちを動かすための機関として、『物語』をとらえたとき、それが効率的に動く方法は、だいたい決まってるわけ。
だから『物語』がうまく動いているかどうかを、チェックする方法も編み出されてるわけっすよ。

今回は、素材にした舞台の出演者と、演出家がメンバーにいて、他のメンバーたちもその芝居を見ていたので、とってもスムースに分析ができました。
どこが弱くて、どこが改善の余地があったのか。
他にどんなやりようがあったのか、いろんなアイディアも生まれた。

この新しいアイディアが生まれてくるというのが、とっても大事なこと。
ローリング・ドラマ・ツアーの真の目的はここにあるのです。
みんなで話し合っているうちに、新しい物が生まれてくること。
お互いが刺激し合って、成長がうながされること。
新しいエネルギーが充填されること。
そして、みんながハッピーになれたら最高!

そんなローリング・ドラマ・ツアーのようすを、このブログでも、ときどき報告していきますね。
みんなも、一緒にロックンロールだ!

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2006年4月 2日 (日)

マヨ!?

Top_portrait マヨ!?

東京電力のCMに、いきなり美輪明宏さんが現れた。
鈴木京香がドアを開ける、そこにキンキラの美輪さんが立っている。
『見に来たまよ』
なんとも強烈なインパクト。
日常が、いきなり非日常にかわってしまう。

でも、でも……
『マヨ』って言ってますよね。
マヨって。
見に来たマヨって。

マヨってなんすか?

きっと美輪さんならではの、メッセージがここにふくまれているのではないかと、僕はふかーく考えこんだりしてしまうのだった。
なんかの呪文か!?

で、僕は、一人ひそかに言ってみる。
『見に来たマヨッ!』
すると、僕をかこんでいた日常が、いきなり非日常の不思議ワーダーランドに変わっていくではないか。
オオッ、そうだったのか。
これだったのか。
『マヨ』って一言で、空気を変えてしまう、やっぱり美輪さんはスゲーッぜ!

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2006年4月 1日 (土)

僕の望み

Imgp2876 アユリテアトルのワークショップ発表会を見てきました。
この写真は、ゾンビの襲来のシーンではありません。
キャラクターつくりのためのウォーミングアップの風景です。

前にも書いたけど、このカンパニーはルコック演劇学校出身の若い役者さんたちがつくったもの。
当然のごとくウォーミングアップをふくめて、トレーニングはルコック式と言ってもいいかもしれない。
僕はルコックの書いた本は読んでいたけど、実際にトレーニングを受けたことはない。

彼らのトレーニングは、実は僕がいろんなところでやっていたトレーニングにすごく近いものだった。
だから僕にとっては、とりたてて目新しいものはほとんどなかったんだけど、ワークショップを受けにきている若い俳優志望の人たちにとっては、刺激的なものに映っているようだった。

はじめて演劇をやる人も、経験者も一緒になってゾンビ歩き。

このシステムは、体を動かすことで、心も動いてくるという考えかたからできている。
たしかにその通りのところはある。
心が動くということは、どういうことなのかというのを体に覚えさせていくのだ。

創造的な役者や作家や演出家を育てていくとき、こういうやりかたがきわめて効果的であることを、僕は知っている。
だから、このブログも体感脚本講座なのだ。

脚本作りという、きわめて脳内作業に思えるものを、体を動かすことで感じていく。
そんなシステムを考えている。

いずれ日本にも、このようなワークショップとか、演劇教育機関がしっかり確率されて、すぐれた役者や作家が生まれることを期待したい。
時代は、そういう方向に向かっていると感じている。

僕が、今回このワークショップの発表会を見に行きたかった理由の一つは、参加者のにまったく演劇経験のない中年男性が二人いたからだ。
前回、覗きにいったときに、この二人を見て、僕は『おもしろいなぁ』と感じていた。

なんでこの人たちが、ここにいるんだ?
まずそう思った。
この人たちは、いったい何者なんだ?
どこからみても中年のおっさん二人が、若い学生たちにまじって、体を動かし、照れ笑いしながら見当ちがいのインプロをやっている。
彼らが真面目にやっているだけに、それがおかしくてしかたがないのだ。

ここに、僕はコメディの原点を見た気がした。
意識せずにコメディの神様を呼び寄せた二人が、ここにいた。
ルコック風にいうならば、彼らの側にはクラウンがきていた。

彼らは、実に楽しそうにやっていた。
それがまた、おかしくてしかたがない。

ところがだ、帰り際にスーツ姿になった二人を見て、僕はまた驚くことになる。
さっきまでの『アホヅラ』はどこへやら。キリリとした有能そうなビジスネマンが、そこにいた。
えっ、これがさっきのあの人?
僕には、まるで別人みたいに見えた。
いまやコメディの神様も、クラウンも近くにはいない。

いったい、どっちが本当の彼なんだろう?

もしかしたら、さっきのワークショップで『なにもできない自分をさらけ出しアホヅラをさらしていた彼』が、本当の彼であり。彼が本当の自分をさらけ出すことができていたから、面白かったのではなかろうか。
今の常識人でビジネスマンの彼こそ、長年の人生で彼が『演じて』きたキャラクターなのではないか。

いろんなところに、いろんな芝居を見に行くのが僕の日常なのだが、いつもつまらない演技をする役者によく遭遇する。
演技しているのが、観客にわかってしまう瞬間、観客は冷めてしまう。
もちろんお芝居なのだから、演技しているのは、わかりきっていることなのだが、観客は、そこに『本当』を見たいのだ。

『本当』とは何なのか。
それをなんなくやってのけることができる役者こそ、いい役者なんだよなぁ。

そんないい役者たちと、一緒に仕事をしたいと思う今日このごろだ。
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そんな思いを胸に、桜の下散歩しつづける。

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2006年3月31日 (金)

職人監督

Akunok 鈴木英夫監督特集

BS2で、鈴木英夫監督特集をやっている。
映画ファンを自称し、脚本家なんて仕事をしながら、正直言って鈴木英夫監督を意識したことはほとんどありませんでした。
この特集で、二本の作品を見させてもらったんですが、その面白さと技術の高さに驚きながら、楽しませていただきました。
すばらしい監督です!  職人芸!
すっかりファンです。

見たのは、『奴彼を逃すな』『非情都市』
両方とも、たぶん50~60年代の東宝映画。白黒映画です。
いい役者も出ていて、二本映画全盛期の充実を感じます。
大作じゃないんだけど、すごく丁寧につくってあって、キレを感じます。
たしかな技術力を感じさせる作品。

この鈴木監督、70年代からはテレビドラマをたくさんとっていて、作品には僕もずいぶんふれていたんだと思います。
当時のテレビドラマが面白かったのは、映画全盛期に実力をつけた監督たちが、テレビドラマに流れてきて、その技術力をふるっていたからなんだと、納得しました。
今みたいにビデオじゃなく、フィルムで撮影しているドラマが多かったしね。

エンターテイメント作品というのは、たしかな技術に裏づけられているんです。

で、この鈴木監督作品なんだけど、エンターテイメント作品をきちんと作りながら、そのなかに自分のタッチをきちんと出しているあたりがいいんです。
この人は、この絵を撮りたかったんだなぁ。
そういうところが、よく見えます。
マニアックな感じがステキです。

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2006年3月30日 (木)

ワークショップとタイ式と脚本技術

ワークショップとタイ式マッサージと脚本

アユリテアトルというカンパニーのワークショップに招かれていたので、行ってきた。
このカンパニーは、以前にも書いたけど、フランスのルコック演劇学校の卒業生たちがつくったもの。
いろんな国の若者が参加している。
今回は、カナダとスウェーデンと日本のコラボ。

ルコックさんは、もう亡くなってしまってるけど、その遺志は演劇学校という形でつづいている。
世界各地から集まった演劇青年たちが一緒に育つ場というのは、いい場所だ。
ナショナリティは、とても大切だが、それらを越えて、一つにつながっていくことに、演劇の役割の一つがあると思う。
そこには平和の芽がたしかにあるはず。
エンターテイメントの力は、宗教や民族をかならず越えられるはず。
そう信じている。

戦争してる国とか、民族とかは、ぜひ一緒に芝居をやってもらいたい。
そりゃ、いろいろぶつかることはあると思うけど、きっと面白いものがつくれて、仲良くなれるはずなんだけどなぁ。
政治は、まつりごと。
まつりごとは、祭りごと。
祭りは、人があつまる。そして、そこには歌や芝居がある。
家族があり、笑いがある。

アニメや演劇で、僕は世界とつながろうとしている。
つながることで、きっとみんなが笑顔になれると思うから。

そういう思いもあって、ぼくはこのアユリの若者たちを応援しているわけ。

ワークショップでは、ウォーミングアップしたあとに、即興をやった。
ぼくも久しぶりの即興を楽しんだ。
はじめての相手と、けっこういいシーンがつくれたような気がした。
それにしても感心したのは、いまの若い役者さんは、即興がうまい。
感心することばかり。

間に、タイ式マッサージをはさんで、友人I井の出演している芝居を見に行った。
今回、ふらりと入ったタイ式マッサージ屋さんには、まじびっくり。
ノックして、部屋にはいると、そこにはいくつかふとんがしいてあって、子供とおばさんがそのふとんの上でテレビを見ていた。
「いらっしゃい」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです……」
  このおばさんは、日本語ができるみたいだけど、子供はあきらかにタイの人。
「お客さんよ~~」
おばさんがキッチンに向かって声をかけると、その子供の母親らしいタイ人のおばさんが、口をモゴモゴさせながら現れた。どうやら食事中だったらしい。
  なんだかドア一つで、違う世界に迷いこんだような気分になる。
 こりゃ、芝居より面白いかも。
 で、マッサージを受けることに。
 このおばさん、背中をゴリゴリしながら、なんだかおれにタイ語で話しかけてくる。
「おれ、タイ語はわかんないっす」と、焦ってると、おばさんは携帯で誰かとはなしてるのだった。
 おいおい、そりゃないぜー。
 こりを、バキバキほぐされちゃいました。
 ちょっと痛かった。
 ていうか、かなり痛かった。
 しばらくすると、子供が「お母さん、19分だよ」と報せにきた。
 20分までに出してくれと言っておいたのだ。
 だが、お母さんは、それを無視して、背中をゴリゴリしづづける。
 おれは芝居に行かなきゃならないんだよー。
 焦ってると、首もボキボキッてやられた。
 この超家庭的タイ式マッサージ、面白かったけど、たぶんもう二度といかん。

 で、今回の芝居。
 いい芝居の時は、がんがん宣伝するんだけど、あんまりできがよくないときはコメントを書くはつらい。
 やっている人たちを傷つけるようなことも書きたくないしね。
 友人のEY君が出演しているので、見に行ったわけだけど、脚本と構成に面白みが少ないので、やはりそれ以上にはなっていなかった。

 脚本の技術は、芝居をやる人、見る人、すべての幸せのために必要だ。
 僕が今までやってきたことは、この技術をたくさんの人たちにひろめるためにあったのかもしれないと思う。

 ここに書きたい人がいる。
 その書きたいことは、とてもピュアで、芸術的な野心に満ちている。
 しかし、その美しい野心を表現するための、技術力がわずかに足りない。
 そのために、多くの人が幸せになれないでいる。
 あとちょっと技術があれば、それは大逆転。
 称賛と、幸せが、そこに満ちるだろう。

 「ああ、この作家に、いろいろ教えてやりたい」
 そんなことを思いながら、芝居を見つめていた。
 大きなおせっかいと言われるかもしれない。
 自分はそういうものをやりたいんじゃないんだと、言われるかもしれない。
 でも、僕は、技術はないより、あったほうがいいと思う。

 で、果たして自分にそんな技術があるのかといえば、それは自分でもはっきりとはわからない。
 技術らしきものがあるとしか言えない。
 面白くなるかもしれない技術。
 それでなんとか三十年近く生活してこられた技術。
 そしてパッション。

 見せたい情熱。
 面白がりたい情熱。

 こんなチマチマしたことが、僕にとってはすごく面白いと感じられるんですよ。
 超家庭的タイ式マッサージも面白かったけど。

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満開に思う

Dsc00529 満開です。
代々木公園の桜、満開。
もう、散り始めるなぁ。
みんな写真取ってる。これは、桜に対するレスペクトなのだ。

書かなければならないものがあるのだが、締め切りなんだが、まだ手をつけられてない。
準備が足りない感じ。
たくさんの人を幸せにするための脚本。
それをつくるためには、ちょっとだけ僕は、あせったりする。
早く、これを幸せに、楽しむ感じで、ぐんぐんやれるようになりたいもんだ。
もう二十年以上書き続けてきて、いまだにこんなこと言ってます。
いや、そろそろ三十年か……
進歩が遅いっす。

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2006年3月28日 (火)

ツアーガイド

Imgp2839 台湾からのお客様を案内して、明治神宮と表参道を案内した。
中国語ができるわけじゃないので、めちくゃちゃブロークンな英語でのツアーガイド。
彼女たちは、台湾の製作会社のスタッフたち。
台湾と日本で合作したアニメ作品が、中国大陸で放送されているのだ。

中国国内の情報はあまり伝わってこないけど、中国の子供たちが、自分のつくったアニメを楽しんでくれていると思うと、なんだかうれしくなってくる。
いずれは中国と日本の子供たちが、おなじアニメの話題で盛り上がれるようになるといいなと夢想する。

台湾のほうには、日本のアニメも漫画も自由に入っていっているので、サブカルチャーでは日本と台湾にはほとんど壁がない。
この台湾のスタッフたちのほうが、ぼくより日本の漫画やアニメについては詳しいくらい。
まだまだクリエイトの部分では日本のほうが一歩先を行っているが、いずれは追いついてくるかもしれないと思う。

ただ中国大陸のほうは、まだまだ著作権とかにかんして、かなりルーズらしいので、そのあたりが改善されていかなければならない。
われわれ作家にとっては、死活問題だもんね。
そういうものがクリアになれば、中国13億は、すごいマーケットだ。
日本のアニメと漫画が、世界をつないで、一つにしていくことを想像してみる。

漫画とアニメが、子供たちの心をつないで、世界が平和になっていければなぁ。

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2006年3月27日 (月)

奥歯不調

DSC00484 DSC00483

                                                    かぶせものをしている奥歯の調子が悪くて、気になって気になって、調子崩してます。
口の中というのは、実に大切な場所なんだなぁと、いまさらながらに歯医者を尊敬。
早く行かなきゃ。

そう思いながらも、仕事のことが気になって、外の桜も気になって、ソワソワしてます。
仕事はもちろんすすまないし、もうっ感じ。

昨日の桜は、こんな感じ。
花見でいっぱいでやんした。

一つ、いい感じの花見客を発見。
桜の木の下の、音楽家。
ミニコンサートが聞きたかったよ。

一句思いおもいたった。
『桜風  散らないように  そっと吹け』

家に帰ったら、TSUTAYAからレンタルDVDが宅配されていた。
教え子の東放学園高等専修学校の一期生が出演していた、『バトルロアイヤル2』を、いまさら見る。
僕の教え子二人は、映画がはじまって早々に殺されてしまうのだが、どこで殺されたのかわからなかった。
そりゃあないだろーと思いつつ、とうとう最後まで見てしまう。
もしや生きているのではと、探しつつ。
残虐なシーンがたくさんあるので、そういうのが苦手な人は見ない方がいいです。

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2006年3月26日 (日)

八王子脚本教室5回

八王子脚本教室5回目(最終日)

ちょっとレポート遅くなっちゃったけど、八王子脚本教室の最終日、無事終了しました。
今までやってきたウォーミングアップをじゅうぶんやって、参加者の人たちが書いてきてくれた脚本の本読みをたっぷりやりました。

たくさんの笑顔と、たくさんの緊張の中、発表も無事終了。
(時間の関係で、何人かやれない人がでるほどの盛況でした)

以前に書いたこともある人も、初めて書いた人も、他人の前で自分の作品を発表できたというのは、ファシリテーターとしての僕にとっても大成功。
恥ずかしさの壁を乗り越えて、人前で表現できるようになれて、その作品を人が受け入れてくれるということを体で感じれば、もうしめたもの。
あとはほっといても、きっと彼らは書き続けてくれることでしょう。
脚本も、スポーツとおなじで、やはりつづけることが、うまくなるための最大の秘訣ですからね。
ワクワク楽しむ気持ちを胸に、彼らがつづけてくれることを祈るのみです。

今回の参加者のみなさんは、本当にバラエティにとんでいて、ユニークな個性の持ち主ばかりでした。
脚本家としての僕が、『本当にごちそうさま』と言いたいくらいキャラクターの宝庫。
たくさん、いただかせていただきました。

またきっとどこかで会えることを楽しみに、みなさんさようなら。

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2006年3月23日 (木)

宝隠し

『樹とか花とかに興味が行くようになったってことは、歳取ったということなんだよ』
  と、友人のOに言われた。
 桜の蕾がふくらんだのや、もくれんの花がきれいに咲いている写真を見せた時だ。
 ちょっとムッとしたけど、たしかに歳は取ったことにはちがいない。
 もう若いとは思ってないけど、俺は、昔から公園が大好きで、ずっとこのスタイルは変えてないつもり。

 今日も、公園の桜の開花情報を書きます。
 公園にある、気の早い桜じゃなくて、大半の桜の樹は、花の蕾を枝に抱えて、もうすぐ、もうすぐって感じです。
 舞台の袖で、出を待ってる役者さんみたい。 DSC00440

 

   

 

  木蓮は、満開。
 早く見に行かないと、これはすぐに散ってしまいますよ。
 ほんとに、このモクレンという樹はゴージャスです。
 真っ白のスーツで決めた伊達男って感じ。
 女性なら、ウェディングトレスかなぁ。DSC00450

DSC00454 

DSC00447
                                                                                                                        気持ちよく歩いていたら、こんなボールが落ちてました。
 「なんじゃ、こりゃ?」
 もしかしたら、足で蹴り会うバレーみたいなスポーツ用のやつ?
 ちょっと蹴ってみたら、とたんに面白くなり、作家の妄想が広がりだしました。
 「これは宝物なんだ、海賊に見つからないように、どこかに隠さなければ!」

 宝のボールを隠す場所を探して、代々木公園を歩き回りました。
 いざ隠し場所を探すとなると、けっこう見つからないもんですね。
 誰も知らない場所に、この宝のボールを隠すんだ。
 少年のころ、家の庭で、おんなじように宝物を隠したことを思い出しました。
 あの僕の宝物は、いまでも昔の家の庭に埋まっているんでしょうか。

 代々木公園には、ジャッキーが隠した宝のボールがあります。
 それを見つけた人には、きっと幸運が訪れることでしょう。
 なんの根拠もありませんが、僕が保証します。

DSC00461
 歩いていると、面白いものをいろいろ発見します。
 グラマーな樹を発見。
 なんだかセクシーでしょ。

 いろんなものが、語りかけてきます。
 世界は、僕らに一人じゃないって言ってます。

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2006年3月21日 (火)

春トウライ

もうすぐ桜です。
その前に、代々木公園の桜の状態をレポートしますね。
携帯画像ですが、お楽しみください。
春の訪れとともに気持ちもポジティブでいきましょう。
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2006年3月20日 (月)

春の青空に

五年生が、首吊り自殺。
そんな記事が目に飛びこんできた。
しかもその記事には、担任教師とのトラブルが、自殺の引き金になったというようなことが書かれている。
この記事だけでは、真相はわからないが、いったいなんでという思いがつのる。

なんとかこの少年を救えなかったものか。
自殺の被害者は、その当人だけではない。
家族。そして、死の要因になった人すべてが被害者になる。
みんな心に深い傷を負うことになる。
深すぎる傷を。

われわれが住むこの国では、一年間で三万人以上の自殺者が出ている。
つまりその何倍もの被害者が、毎年生まれているということだ。
これは戦争とおなじくらいひどい現実だ。

今日は、一人でも、その被害者が少なくなることを、春の青空に祈る。

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2006年3月18日 (土)

八王子脚本教室4回目

八王子脚本教室4回目

八王子に特急券買って、あずさで行くなんて、ありえない!
との友人の助言にしたがって、今回は、はじめての京王線に乗ってみることにした。
新宿発の準特急ってやつに、ワクワクして乗ってみる。
すると、なんじゃこりゃ~~。
満員ギュウギュウの通勤列車じゃー!

なんせ毎日が夏休みの、おきらく脚本家は、通勤列車には慣れておりません。
まわりを見わたせば、コート姿の中年サラリーマンたちが、防音ヘッドオンと文庫小説で武装し、いたって快適そうにこのギュウギュウすし詰め状態を、楽しむ余裕すらみせているではないですか。
また、勉強させていただきました。

途中からは空いてきて、残りの八王子までの二十分くらいは座って行くことができたのだった。
なるほど、JRより早かったような気がする。
しかし、今度は京王八王子駅前からの道順がわからん!
けっきょくJR八王子駅まで出てから、知ってる道をたどることに。
結局、いままでで一番時間がかかってしまったのでした。
約一時間半。家を出てからは二時間近くかかってしまった。
こういう通勤を毎日しているサラリマンの人たちがいるんだなと思い、尊敬の念にひたるのだった。

ついに、八王子脚本教室も4回目。残すところ、今回を入れて、あと2回です。
だんだん親しくなってきたので、このメンバーの顔を見るのも、あと2回。
人生、一期一会。
がんばるぞっと気合を入れてワークショップを始めるのだった。

○ウォーミングアップ
  きょうは名前覚えるゲームの一つで、『ヒットマン』というのからはじめる。
 これは説明するのがめんどくさいので省略。

 これをやりながら、今日はゲームという感覚について、参加者にわかってもらおうと、自分なりにテーマを設定した。
 ゲームって、いろいろな意味があるとは思うけど、脚本(プレイ)を書くためには、この『ゲーム』というのもキーワードになる。

  いつもゲームをしている気持ち。
 ワクワクするような緊張感を楽しむ感覚。
 それを維持しながらストーリーをつくっていくこと。
 まず、これが大事です。

 そこで『だるまさんが転んだ』を、全員でやることにする。
 中学生から、六十代までが一緒になってやる、だるまさんが転んだ。
 部屋の隅からスタートとして、反対側の鬼にタッチするまで。
 こんな光景、見たことない。
 六十代の人にとって、だるまさんが転んだをやることなんて、たぶん何十年ぶりかだったろうと思う。
「みなさん、鬼にむかって止まってるときに、少しでも前に進もうとする、ワクワク感を大事にしてくださいね」
 そう声をかけながらやる。
 鬼に名前を言われた人は、もとの場所にもどって何回でもチャレンジするというルール。
 人は止まっている時も、内側では激しく気持ちが動いているんだということを、また解説。
 ドラマでも、大事なことは、人間の内側の気持ちが動くこと。

 次にもう一回、途中に障害物を置いて、おなじゲームをやってみる。
 すると、さらに面白くなる。
「ここで、一回目の講義を思い出してくださいね。ドラマも、トラブル(障害)が多ければ多いほど面白くなるんだって行ったでしょう。これがゲームなんですよ。お芝居も、同じなんです!」
 と、解説。
 みなさん、納得。

○書いてきたストーリーを、演じてみる。
 前回出した課題の短いシーンを何人かの人が書いてきたので、それをさっそくやってみることにする。
 なかなかいいシーンがいくつかできていた。
 そのシーンを、作家が指名した人に演じてもらうのである。
「だれか、これを演じてくれる人いませんか?」
 そう声をかけてみるが、なかなか手をあげてくれる人はいない。
 そりゃそうだよね。この講座は脚本講座で、人前で何かやらされるなんて思いもよらないことだろうし。
 でも、戯曲を書くということは、それを他人に読んでもらうということである。
 他人に、そういう緊張を強いるということなのだ。
 自分で、それを読んでみたり、自分の書いたセリフを人が声に出して読んでいるのを聞くのは、とても大事なエクササイズなのである。

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2006年3月10日 (金)

八王子脚本教室3回目

八王子脚本教室3回目

  今回も、特急列車指定席で八王子に向かう。
 特急券は、千円十円。
 でも、前日、ほとんど睡眠が取れてなかったので、座って眠りたかったんだ。
 それで寝れたかというと、そうじゃないから、なかなかうまくいかないもんだ。
 生徒さんを前にして、講義をやるっていうのは、一人芝居をするくらいの気合とエネルギーがいる。
 体調不十分じゃ、満足なパフォーマンスができるわけないから、電車のなかでなんとか体調を良くしようと呼吸をととのえた。
 それでも、会場に向かう途中で、栄養ドリンクとか買って飲んじゃったよ。

 今日のワークショップも、心と身体のウォーミングアップから。

 輪になってすわりリラックス。三回目の名前クラップ。それぞれお互いの名前を覚えて、みんな親しくなってきました。

 できるだけ早く反応する力をあげるために『アイウエオサークル』ゲーム。
 真ん中に立った人から、指さされたら、すぐに何か声を出すというウォーミングアップ。

 次に、ちょっと前回までの復習の意味もこめて、いくつか物語作りの要点を解説。
 それを意識しての、『ワンワード昔話作りゲーム』
 みんなかなり慣れてきたので、すんなり作れるようになってきました。

○舞台で、役者が持つ感覚とはどういうものなのかということの説明。
 輪になった状態から、一人ずつ前に出て中央に立ってもらう。
 そして、人に見られて、その前に立つということは、肉体的に精神的にどういうことが自分の中に起きるかということを感じてもらう。
 これこそが舞台に立つときに、役者たちが感じる雰囲気なんだということを、舞台経験のない人たちに感じてもらいたかった。
 そういう状態になる人たちのための言葉を、われわれ脚本家は書くんだということ。

 次に、一回目に書いてきてくれるように頼んでいた、自己紹介文を使うことにする。
 その場に立ってもらって、その自己紹介文を読んでもらった。
 なかには、文を持ってくるのを忘れた人もいて、自分の言葉で『自己紹介』をしてくれた。

○いまこの瞬間、われわれは上質な演劇的なシーンを目撃していたんです。
自己紹介パフォーマンスのあとに、ちょいと解説。
いまわれわれは、すごく面白い演劇的シーンを見ていたんだということ。
リアルな登場人物が、自分の本当の言葉でしゃべっている状態が、いかに面白いかということを体感していたんだということを。
「十八人の人が、一人何分かずつ喋っていたんだけど、聞いていてちっとも飽きなかったでしょ。いまのは、とても上質な芝居を見ているのと、すごく近いものだったんですよ」
 もちろん、この自己紹介は、芝居ではなくまさにリアルなんだけど。
 参加者の人たちには、リアルの面白さがわかってもらえたと思います。
 人物がリアルに心を動かして話すという状態が、面白いんです。

○参加者が書いてきたものを、声に出して読んでみる。
 さて、いよいよ参加者の人が、書いてきてくれました。
 一人(ヨコチャン)が書いてきたのは、近所のおばさんの会話のスケッチ。
 参加者の人たちのなかから演じてくれる人に出てもらって、それを読んでもらいます。
 自分の書いた言葉を、役者が演じてくれることの、喜びを味わってもらいます。
 そして、演じる側は、作家にそういう喜びを与えているんだということを理解してもらいます。
 芝居は、書く人間と演じる人間の共同作業がうまくいってこと、おもしろくなるんだということを、ここでもまた解説。
 なぜ芝居を書きたいのか、それを上演するときの喜びとはなんなのか。
 そういうものを体感して、理解していくことで、実際自分が書くときに、それが上演されるときのイメージをつくりやすくなるはずなんです。

○すごいものを中学生が書いてきた。
「あたしも書いてきたんです」
 そう言ったのは、中学生(リリコ)。彼女は、男の子一人と女の子二人が教室でなにげない日常の会話をするシーンを書いてきていた。
 それを彼女と僕と、もう一人の参加者で読んだんだけど、そのセリフは、まさに今の中学生たちの生の会話。
 いま、その現場にいないと、けっして表現ができないニュアンスをもったものばかり。ぼくなんかは、正確に読むことすらできないものだった。なんとか喋ろうとするんだけど、実際は、こうじゃないんだろうなぁという思いの発声ばかり。もちろん大人たちには、聞いていても理解できない言葉が次々に出てくる。
 しかし、これこそまさにリアルなセリフをスケッチしてきたものだった。
 しかも、受験という問題をかかえる自分たちの気持ちを、さりげないやりとりのなかにうまくいれこんでいて、ちゃんとシーンとしてなりたっているものだった。
 正直、おどろいたし、感心!
 絶対に、僕には書けないセリフばかり。
 うまく指導してあげれば、とんでもなく面白いものが作れるかもしれないという予感さえしてくるのでした。
 彼女の今後に期待です!

○さてあと二回で、なんとかみなさん脚本を書いてみましょうよ。
 ってわけで、課題を出しました。
 短い芝居のアイディア。
 それを来週と再来週の二回で、書き上げて発表してみます。

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2006年3月 3日 (金)

脚本教室2回目

八王子脚本教室2回目レポート

先週はおくれたあずさ29号が、今回は定刻に発車してくれた。
おかげで八王子には時間通りについたのだが、今回は雨が降っている。
傘がなかったし、時間もあんまりなかったので、タクシーで行く。

今回は、名前クラップで開幕。
お互いの名前と顔をおぼえてこそ、リラックスしてその場にいられる。
そういう意味でも、このウォーミングアップは大切だと思う。
簡単なゲームをやりながら、失敗して笑うことで緊張がほぐれていく。
とてもいい雰囲気だ。

次に、昔話作り。
輪になったメンバー全員で、一言ずつをつなげて、昔話をつくっていく。
ときに、とんでもない展開となっていくことを楽しみながら、自由に発言することへの壁を取っていく。
順番がきたら、前の人の言葉につなげて、何かを言わなければならないので、あまり考えずに言葉を発するということのウォーミングアップになる。
このゲームには、一つの物語を全員でつくることでの、共感と、物語作りを楽しむという根本の心を呼び覚ます効果があると僕は思っている。

ウォーミングアップで、みんながほぐれたところで、本題に入る。
今回は、主人公の作り方を話す。
主人公が、なぜ大事なのか。
どうやったらお客さんの共感を得ることのできる主人公にすることができるのか。
そういうことを、みんなで考えながら答えを考えていく。

みんな、たくさんのドラマや映画、芝居を見てきているので、言語化していなくても、主人公作りの要点はわかっている。
ぼくは、それを言語化して、再確認させてやる。
それだけのことで、ドラマ作りの、第一段階がはっきりと見えてくる。

前回、主人公のキャラクターについて、好きな物とか、嫌いなものとかを考えるエクササイズをやったのだが、そういうことがここで活きてくることがわかってもらえたようだった。
どんなストーリーであろうと、登場人物が活き活きとしていなければ、面白くない。
ドラマの中で、人物が生きていることが、大事なのだ。

さまざまなドラマや映画の例を出して、主人公のキャラクターが大事であることを説明した。
その話のなかで、主人公以外のサブキャラクターの大事さにも言及。
とくに、最大の障害(トラブル)となる、適役、またはライバルの存在も。
たまには、主人公自体がトラブルメーカーの場合もあるが、多くの場合は、主人公に立ちふさがる存在として、敵役やライバルがあらわれてくる。
これが魅力的でないと、ドラマは面白くなっていかない。

次に、短い脚本をつかって、芝居の面白さは、舞台上で立ち上がる空気感を役者と観客が共有することであるということの話をする。
使ったのは、この体感脚本講座にもたびたび登場する劇団ハイバイの岩井秀人氏のワークショップ用のもの。
参加者に脚本を配ったあと、参加者の二人に協力してもらって、実演をした。
いわゆる『本読み』である。

これから脚本を書いていくうえで、役者による本読みは、脚本家にとって、とても刺激的な作業場になるということを実感してもらいたかった。
書いた脚本は、声に出して演じることで、はじめて立ち上がってくるのである。

参加者たちも、文字で読むのと、実際に演じてもらうのとでは、空気感が全然かわってくることに気づいてくれたようだった。

最後に、前回、脚本を提出してくれた、関口氏の『時代劇』についての講評をした。
関口氏は、自ら殺陣をやっている人で、自分の面白いと思う殺陣を表現したいために脚本を書いたらしかった。
そういう意味では、脚本を書くモチベーションがはっきりしているだけに好感が持てる脚本だった。
脚本のなかから、小難しいテーマや主張を書きたいのではなく、自分は殺陣をやりたいんだという気持ちが伝わってきていた。
しかし、やたらと説明のセリフが多く、観客を置き去りにして、ドラマがはじまっている印象があったので、そこを指摘した。
やりたいことを観客に見せるためには、まず観客を自分の土俵に連れてくる必要があるのである。
それが成功すれば、あとはなんでも好きなことがやれるのだ。
脚本家は、まず観客を味方につけることに努力しなければならない。

脚本教室の時間内では、関口氏へのアドバイスが終わらなかったので、駅前の喫茶店に移動して約一時間の講義となった。
なんでここまでと自分でも思うのだが、若くて自分の可能性を伸ばそうとしている人を前にすると応援したくなってしまう。
彼は、自分の作品をなんとか舞台化したいという夢を持っていた。
約二時間にもなるであろうという台本を書き上げることの大変さは、誰よりも僕は知っている。
彼の夢がいつか実現することを祈って別れた。
若い殺陣野郎は、自転車で雨の町へと帰っていった。
そして、僕は終電間近の各駅停車で新宿へと向かったのだった。

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2006年2月22日 (水)

脚本教室再開

八王子脚本教室1

八王子の脚本教室を目指して、新宿駅で電車を待っていた。
楽して行こうと思って、特急あずさの指定券を買った。そしてたら人身事故とかで電車が遅れて、けっきょく30分以上も待つはめに。
ふつうの快速でいったほうが、よっぽど早く着いたよ。結局、開始時間に遅刻してしまうことになってしまった。
絶対に遅れまいと思ったときから、なんだか遅れるような気がしていたんだよねー。
やはり、予感はあたった。
わりとこんなことがある。おきることがわかってるくせに、あえてそれをしてしまうこと。
でも、それには、なにかの意味がかならずある。

シーンには、かならず意味をつけること。
これは脚本においても、絶対に必要なことだ。
意味のないシーンを書いてはいけない。
脚本家は、どのシーンの意味を問われても、答えることができなければならない。

今回の八王子市脚本教室は、年配の人から中学生まで、幅広い人たちが集まっていた。
けっこう経験者が来ているのかと思っていたら、はじめて脚本を書くという人が半数以上。脚本を見たこともないという人も、何人かいた。
それがわかった時点で、方針転換。
初心者向けのトレーニングに切り換える。

今回のメニュー。
まずはミーティング・アンド・グリーティング。(みんなでご挨拶)
次に名前クラップ。(名前をみんなで覚えるゲーム)
ちょっとほぐれたところで、脚本というものが目指すものは何かという説明を入れる。

『出会い』
脚本とは、作家と役者、役者と役者、役者と観客、劇場に集まって一つの芝居を見る人たち全員の出会いをつくるための、設計図なのだということ。
その出会いを、できるだけ幸せなものとするために、脚本は存在する。

物語作りのウォーミングアップは、まだまだ続きます。
全員で、ワンワードでの昔話作り。
おまけにラブストーリー。

このあと、簡単に物語がつくれる方法をレクチャー。
全員で、一人の登場人物を決めて、その人におきるトラブルを考える。それをつなげるだけで、物語のイメージがぐんぐん広がっていくことを体感してもらう。

さぁ、いよいよ自分の物語を書いてもらう、実習。
まずは、主人公の名前を三十秒で決める。
つぎに、その人物の好きなこと、嫌いなことを、それぞれ二分で考えてもらいます。
そこで、ふと新しいことを思いつきました。
主人公におきるトラブルを、23人の参加者が、一つずつ書きこんだらどうなるのか。
いままでは、その本人に思いつくかぎりのことを考えてくれと言っていたんですけど、本人だとどうしても発想の飛躍が制限されてしまいます。
他人の物になら、無責任に思いつくことが書けるのではないか。
それで、それぞれの用紙を、順番に回して、一つずつトラブルを書きこんでいくことにしました。

ここで不思議なことに、参加者の中から笑い声がおきはじめました。
自分が思いつくトラブルに、思わず一人笑いをしているのです。
彼らが、ちょっとしたいたずら心を楽しんでいるのがわかりました。
『そう、その楽しむ心が大事なんですよ!』『物語作りを楽しんでください』そう声をかける。

用紙が一周して自分のところに戻ってくると、この笑顔はさらに広がりました。
自分のキャラクターが思いもしなかったトラブルに巻きこまれることを想像したのです。
そう思いもしない展開が起きること。
これこそ優れたストーリーに必要なことなのですから。

次にシーンの会話を書いてもらうことにしました。
トラブルの中から一つを選んで、登場人物が誰かと話をしているシーンを五分間で書きます。
みんな夢中になって、この五分間を楽しんでいるのがわかりました。
中学生から、六十代まで、ふだんは会うこともない人たちが、一つの机をわけあって、それぞれの物語作りに取り組んでいる姿は、なんだか幸せな光景です。
ストーリー作りの神様、サンキューって感じで、ぼくはその光景をながめさせてもらいました。

最後に、希望者に、つくったシーンを披露してもらいます。
僕が相手役になって、セリフを読みました。
そこには、いくつものいきいきとした会話が生み出されているのでした。

ほんと初日にしては、いいんじゃないの。
しかし、二時間以上もハイテンションで語り続けた僕は、けっこうヘロヘロになって帰りの特急電車に乗ったのでした。

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2006年2月20日 (月)

公演終了しました

『J14~おぼえているから~』
公演、無事終了しました。
ありがとうございました。

今回は、高校生による裁判劇という、いままで書いたことのないジャンルの芝居に挑戦しました。
脚本的には、ちょっと説明がおおくなっちゃったと思っていたのですが、それはこれからの課題として、最大の目的は、ただ一つでした。

『共感』
今回集まった高校生たちが、閉じた心を開いて、お互い一つになること。
そして、言葉を、ちゃんと自分の心からの言葉として、言えるようになること。
それこそが、今回の芝居の最大のテーマでした。

なんども壊れそうになりながらも、なんとか最終公演までにこぎつけた結果、僕のひそかなテーマは、見事に結実しました。
十月の稽古開始の時点で、まったくつながることのなかった彼らが、芝居をつくりあげることで一つになって、お互いに心を開くことができたのです。

この高校は、普通の高校とは、ちょっとちがったところです。
入学試験がなく、面接オーディションで合格ができる専修学校なので、中学時代に不登校の子もたくさんいます。
いじめとかも経験していたりして心が傷つき、それまでは自分の居場所がなかった子が、自分のいられる場所を探して集まってきていたりします。
一般的な高校生もそうかもしれませんが、彼らは群れをつくりたがり、その群れでかたまる傾向があります。
群れのなかだけのつながりを大事にしようとして、それ以外の人には、なかなか心を開こうとしません。

そんなバラバラの子供たちが、29人集まりました。
小さな群れが、いくつもあって、それは互いにあいいれようとしません。
孤立している子もいました。

そんな彼らが、きっと最後には、お互い心を開いて、おたがいのつながりの大事さを感じてくれるようになるはずだ。
芝居には、それを可能にする力があるはず。
ぼくは、それを信じて、彼らの前に立ちました。

芝居の神様は、やはり見てくれてましたよ。
いくつもの困難をなんとかみんなで乗り越えていくことで、見事に彼らは一つになり、お互いを理解し、共感を持ってくれました。
その共感は、舞台を通じて、お客さんたちにもきっと伝わったと思います。

本当に人間ってすごい。すばらしい。
若者のもっている力は無限だと、あたらめて気づかされました。

この芝居のラストでは、裁判所で出会って、お互いを知り合い友人となり、そして別れていく子供たちのシーンがあるんですが、終演後の楽屋で、もう一つのラストシーンがはじまりました。

出演者全員が顔をあわせて、一人一人が、ぽつぽつと今までの思いを語り始めたのです。
いままで心のなかでおさえていて気持ち、はじめて人とつながった喜び、そんなものがあふれだしました。
みんな、泣いていました。
人が本当に心を開いたときにしかおとずれない、あたたかい安心感が、そこはありました。
どんな素晴らしい芝居のラストシーンよりも、すばらしいラストシーンでした。
このシーンを見ることができたのは僕と演出助手の二人。たった三人だけの観客でした。
幸せでした。
こんな素晴らしい瞬間を味合わせてくれた芝居の神様に、感謝しました。

さて、大きなミッションがおわりました。
また次の仕事がはじまります。
ラストシーンは、ファーストシーンに続くのです。

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2006年2月19日 (日)

あと一日です

初日、無事終了。

IMAホールでの『J14~おぼえているから~』の初日、無事終了しました。
見に来ていただい観客のみなさま、ありがとうございました。

ここまで全力で走ってきた高校生たちが、充実しきった顔で楽屋に帰ってくるのを見ていたら、いままでの疲れがスーッと取れていくような気がしました。
それからロビーで、お客さんたちが笑顔で帰っていくのを見送らせていただきました。

書き下ろしの新作戯曲を上演までにこぎつけるのは、本当にたいへんなエネルギーと熱意が必要です。
それにつきあってくれた、役者、スタッフ、そしてそれを完成させてくれた観客のみなさん全員に、感謝の気持ちでいっぱいです。

いままで同じように卒業公演を経て、次のステージに出ていった卒業生たちも何人もきてくれていて、ひさしぶりの笑顔を見せてくれました。
こういう出会いと、つながりをつくってくれるから、演劇って素晴らしい。

今回の脚本は、そんなぼくの、演劇に対する『感謝状』でもあります。

あっというまに駆け抜けた、今回の卒業公演も、今日で終わりです。
リハーサルが、10時半から、そして本番が3時から。
あと二回、見ることができます。

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2006年2月18日 (土)

本番です。

キターッ!
高校生たちとつくってきた、新作書き下ろしの舞台が、ついに初日です。

昨日も、ギリギリまで開幕のための準備をやっていました。
今日も本番まで、もう一回最後の稽古をします。

きっとすごくいい舞台になるはずです。
面白さ、百パーセント。
ぜひこの舞台は、みんなに見てもらいたいなぁ。

本日、光が丘のIMAホールにて、五時会場、五時半開演です。
明日は、三時開演。

お時間あるかた、近くに住んでいるかた、ぜひいらしてください。
会場で待ってます。

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2006年2月13日 (月)

本番まであと五日。

本番まであと五日。
とうとうここまできてしまった。
東放学園高等専修学校の三期生の卒業公演。
ようやく通し稽古までたどりついた。
まだまだ修正していかなければならないところは、たくさんあるけど、芝居の全体像がようやく見えた。

役者たちの顔が、かがやいて見えた。
みんなテンションがあがっている。
稽古がおわっても、そのテンションの高さが持続している感じだった。
いい傾向だ。

この芝居、そうとう面白くなると確信した。
ぜひ多くの人に見てもらいたい。
そして、これからの人生に歩きだしていく彼らの目撃者になってもらいたい。

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2006年2月 4日 (土)

コミュニケーション不足

いま、演劇専攻の高校生のための卒業公演の稽古中だ。
新作書き下ろし、二時間の長編。
たいへんな作品に挑戦しているのだが、稽古時間は限られている。

そんななかで高校生たちは、懸命にがんばってくれている。
僕も、全力投球。
脚本も稽古をしながら直していき、4稿までになりました。
ミュージカルシーンは、全面的に書き直して、作曲家に依頼していて曲のあがりまち。
かなり切迫してます。

そんななか、毎日、反省の連続です。
ぼくは、コミュニケーション能力をアップするために、インプロの技術とかつかってトレーニングをしてきたつもりなんですけど、僕自身のコミュニケーション能力にかなり問題があることを再発見してしまったのです。

高校生たちと、なかなかコミュニケーションがとれないなぁ、苦手だなぁと、心のなかで思っていたことが、感受性の鋭い彼らには、ちゃんとわかっていたんですね。
そのために、いろんな誤解が生まれていて、さらにコミュニケーションは難しくなっていく。
そういう悪循環に陥っていました。
稽古が思うようにすすまないことで、彼らの一部に不満がうずまき、ところどころで吹き出してしまいました。

芝居は、コミュニケーションのための道具なのに、こういう状態がおきてしまうということは、とてもいけないことです。
でも、トラブルが起きたときこそ、チャンスなんだ。
と、自分に言い聞かせました。
摩擦をおそれずに、その摩擦をなんとか溶いていくことが大事なんだと。

いま、高校生と年齢の近い役者さんたちにきてもらって、芝居への取り組み方とか、つくりかたとかをふくめて、彼らによりそってもらうようにしました。

せっかちな僕が、高校生にかみ砕いて話してやれなかったことを、彼らは丁寧に彼らに伝えようとしてくれます。
高校生のほうも、新たな刺激として、それを受け入れてくれたようです。

理解できれば、能力のたかい若者たちは、ぐんぐん伸びてくれるはずです。
稽古時間は限られているけど、きっといい舞台になるはず。
期待感は、ぐんぐん増していきます。

そんな稽古場に、いまから出発してきます。

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2006年1月30日 (月)

書いては書き直し

書いては書き直し
これはニール・サイモンの自伝のタイトルだけど、脚本家なら、みんな『そうだよなぁ』とうなづいてしまう。
脚本が初稿でオーケイになることは、ほとんどない。
まさに、書いては書き直しの連続。
それが脚本を書くという『表現方法』なのです。

高校生のための芝居、なんとか三稿にこぎつけました。
初稿はかなり長かったので、10ページ分くらいカットしました。
それでもまだ通して稽古していないので、上演時間がどれくらいになるのか、はっきりとはわかっていません。

今回の芝居の最大のテーマは、できるだけ多くの人物を登場させて、彼ら全員にスポットライトがあたる芝居場をつくってやると同時に、お話としても、笑えて感動できるような物語をつくること。
すごくハードルの高いテーマを選んでしまったと、書き始めたときに気づいたのですが、なんとかその第一段階をクリアしたと確信しています。

つぎは、この台本に書いたことを、高校生の役者たちと協力して、実体化すること。
まだまださまざまな困難が待ち構えているんじゃないかと思いますが、ゴールめざして、全速力で走っていくつもりです。
ぜひ、お時間のあるかたは、見に来ていただけるとうれしいです。
上演日は、二月の十八、十九日。(時間は、後日に書きます)
場所は、光が丘のIMAホール。
タイトルは『J14』
サブタイトルは、いま考え中です。
ぜひ、よろしくお願いします。

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2006年1月28日 (土)

復活です。

ブログをずいぶん書いてませんでした。
いつも読んでくれていた方たちにはもうしわけありません。
心配をかけてしまったかもしれませんね。
何をしていたのかというと、『あっちの世界』に行ってました。

ぼくにとっての『あっちの世界』とは、物語の世界のこと。
昨年内に仕上げるつもりだった、高校生の卒業公演のための脚本が、どうにもすすまなくなってしまって、あっちの世界でうろうろとさまようことになってしまっていたんです。

僕なりに新しいチャレンジをした脚本なんですが、いろいろとやりたいことがありすぎて、迷ってしまいました。
毎日、その物語のことばかりを考えて、日常はすっかりおろそかになっていました。
実は、いまだに年賀状も読んでません。
今年、年賀状をおくっていただいたかたたちには、本当にもうしわけなかったんですが、どうにもそういう日常的なことをする精神状態になかったんです。

それでも、毎日すこしずつ前進していき、ようやく第一稿があがりました。
本番まで一月をきって、脚本の第一稿の完成というのは、役者さんたちにとっても負担をかけることになってしまいました。

お稽古のほうは、脚本があがった分からやってもらっていたのですが、やはり最後が見えていないと、役者さんたちは不安みたいで、本当にもうしわけなかったです。
自分たちが、どこにむかっているのかわからずに、進んでいかなければならないわけですもんね。
逆の立場になったら、本当に迷惑です。

このプロジェクトにかかった時点では、こんなに大変なことになるとは思ってもいませんでした。
いままで書いた芝居の脚本のなかで、もっとも苦労したかもしれません。
どうしてそんなに大変になってしまったかの分析は、あとでやることにして、いまはとにかくこの芝居を成功させるために、全力投球です。

今度は、脚本家から演出家の心にかわって、自分の脚本をできるだけ客観的な目線で、読み直します。
必ずしも必要ではないと思われるところをカットして、足りないところをフォローしていく。
そうして、完成台本へと近づいていきます。
本当の脚本完成への道のりは、ホントにながいんです。

ブログ復活の報告でした。

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2005年12月22日 (木)

納豆キムチ

このところなんだか体調が悪い。
  すぐに疲れてしまうのだ。
 運動不足で体力が落ちているのかもしれない。
 集中力もとぎれがちで、仕事も思うようにすすんでいない。
 こんなんじゃいかんと思うのが、おもうように上向いていかない。
 どうしたらいいんでしょ。

 高校生のための台本も、すすみが悪く、締め切りもまもれなかった。
 どうも思ったような展開になっていかない。
 ここはふんばりどころ。

 悪いときには、悪いことがかさなるもので、テレビの方の仕事も急がされてしまい、よけいに焦ってしまう。
 胃がキューンと痛くなってくる。

 ちょっと愚痴ばっかりになってしまいました。
 こんなの、脚本のなんの参考にもなりませんね。
 体感脚本講座じゃなくて、体感ボヤキ講座になってしまいました。

 昨日は、東放学園高等専修学校で、文化庁関係の演劇授業のDVD制作のための撮影をした。
 ぼくの担当は3時間くらいで撮影終了したんだけど、ものすごく疲労している自分がいるのに気がついた。
 終了後、まるで老人のように、椅子を探して座っていた。

 夜、知り合いの出演している芝居を見に行かなければならなかったのだが、行けなくなってしまった。
 なんとか体力を取り戻さねば。

 何かはじめようと思う。
 うーん、まずは、納豆キムチご飯かな。

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2005年12月16日 (金)

仰木さん

プロ野球の監督、仰木さんが亡くなった。
さいごまでプロの監督をやりぬいたその姿には、胸をうたれた。
あのダンディな姿が、もうグラウンドで見られないと思うとさみしい。

人の死は、避けられないもので、誰にもいつかは来る。
その日がくるまでは、生きることに集中していかねばならない。
いま、この瞬間を大事にすること。

言葉にすると、じつにシンプルなことなんだけど、これが実はすごく難しい。
われわれは、つい今を忘れてしまう。
とっくに過ぎ去ったものにこだわったり、まだ姿も見せていない未来ばかりを見つめてしまったりする。
そして、今この瞬間をついつい見逃したりしてしまうのだ。

今日は、やるべきことに手をつけられないまま、町に出て散歩した。
歩きながら、死んでいった人たちのことを思った。
お世話になった演出家、小学校の時の友人たち、祖母、大学の友人……
彼らの死が、僕に今を問いかける。

人は、その死によって、生きている人に、大きなメッセージを贈ってくれている。

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2005年12月13日 (火)

4アウト

たまたまつけたテレビで、身体に障害を持ってしまった人たちの野球チームのドキュメントをやっていた。
21歳の時に脳梗塞で倒れて、半身マヒになってしまった人が、十年以上もかけてリハビリしてピッチャーとしてもう一度マウンドにあがる姿を見た。
彼は、ものすごく気迫のこもった球を、キャッチャーめがけて投げこんだ。
すばらしい投球だった。
うつくしかった。

たんたんと投球をふりかえる彼の姿を見ていて、涙がこみあげてきた。
感動した。

人間の魂の力を見せてもらった気がした。
自分も、魂をこめて毎日を生きていかねばと思った。

自分にとって、なにが大事なのか。
大事なものに向かって、自分はまっすぐでいられているか。
そんなことを考えた。

この障害者野球チームのドキュメンタリーが『4アウト』というタイトルで出版されているらしい。

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ギャグの夢

ギャグの夢を見た。
おおすじは忘れてしまったのだが、クライマックスは、ものすごくたくさんの人たちに囲まれた、伸介が『ギャンポシュー』という一発ギャグを連呼するというもの。
なん百人もの観客も、一斉に『ギャンポシュー』と叫ぶ。

いったい『ギャンポシュー』ってなんだ!?

夢見てる俺にも理解不能。

ギャンポシューとは、いったいなんなんだ。
そんなに面白いギャグだとは思わなかったんだけど。

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2005年12月12日 (月)

思い出ベンチ

DSC00392 最愛の代々木公園に、ベンチが増えていた。
二人がけの、品のいい木のベンチ。
噴水のまわりにズラリとならんでいる。
いぜんは、五つか六つが並んでいただけだったのだが、それが一気に増えていた。
かなり前に増えていたらしいが、いつも目にふれているからこそ、気づかなかったようだ。

増えたベンチには、小さな金属のプレートが張りつけてあり、『思い出ベンチ』というタイトルがあり、それぞれにメッセージが書かれている。

DSC00393 それを一つ一つ読んでいく。
故人の思い出もあれば、全世界へのメッセージもある、百年以上も前の人物に捧げたものもあった。
いくつもの物語が、一つのベンチから想像できた。

これはすごくいい企画だ。
たぶんこれは個人が、公園に寄贈したベンチなのだと思う。
寄贈したい人にとっては、自分の思いのこもったベンチが公園にあって、それで憩う人がいると思うだけで、なんだか心があったかくなれる。
公園にとっても、ボランティアで公園の備品が補えるのだから、こんなにいいことはないだろう。

以前、他の公園でも、このようなベンチに座ったことがあった。
日比谷公園だったっけ。
たしか、カナダの公園でも、同じようにメッセージのプレートが張ってあるベンチに座った記憶がある。
ベンチを公園に贈るということが、いろんなところで行われているのかもしれない。

これはただベンチを贈るということではないような気がする。
一つ一つのベンチには、物語があるからだ。

ベンチを贈る人は、物語を贈っているのだ。
われわれは、ベンチに座るたびに、その物語をお尻と背中で感じることになる。
これぞ体で感じる物語だ。

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2005年12月11日 (日)

人物作りのヒント

今日は、ひさびさに脚本講座らしいことを書きます。
作家は、どのようにして登場人物をつくり出すか。

その前に、ちょっと芝居の話。
知り合いの役者さんが出演している舞台を見に行きました。
テアトル・エコー公演『暗くなったら帰っておいで』
作・ジミー・チン、演出・酒井洋子

イギリスの劇作家であるジミー・チンの自伝的な作品で、ランカシャー地方の綿工場で栄える町を舞台に、私生児を持った女性イディと、その家族と周辺の人たちの物語。
時代は第二次世界大戦直後から、18年間。
物語がはじめまってすぐに、この作品は、劇作家が自分のお母さんに捧げた物語なんだなぁって、気がつきました。

僕も、一応劇作家のはしくれなので、こういうタイプの作品を書きたくなる息子(作家)の気持ちというのが、すごくわかるわけです。

われわれ脚本家が物語を書く時、一番大事なことは、活き活きとした人物を描くことができるかどうかです。
頭のなかに、どれだけ具体的な人物を作り上げることができるかにかかっています。
まるっきり想像上の人物で、この作業をするには、かなりの想像力を必要とします。
想像力というよりは、幻視力とでもいうべきかもしれません。
幻を見る力が必要となるわけです。

でも、もっと簡単な方法があります。
自分の知っている人を思い浮かべるのです。
作家にとって、この人のことならば、なんでも手にとるようにわかるという人物ならば、かならず活き活きと描くことができます。

自分の一番身近にいる人や、もちろん自分のことならば、作家は熟知しているわけですから、活き活きと描くことができるわけです。

それに『この人を描いてみたい!』というモチベーションも大事です。
自分の身近に、描きたくなるようにユニークな人物がいて、その人物を描くことが、自分にとっても、観客にとっても、きっといい結果になるであろうと、作家が思ったときは、もう傑作ができたも同然なのです。

今回エコー劇場で観た、ジミー・チンの作品は、あきらかに作家が自分のお母さんのことを書いておきたいというモチベーションで書き上げた作品でした。
主人公の母親に対する、深い愛情がこもっているのを、僕は感じました。

脚本家は、自分の作品に、何をこめられるのか。
愛をこめられたら、これ以上のことはないですよね。

僕も、一脚本家として、観客に愛を感じとってもらえるような作品を目指したいと思うのでした。
なー、なんか書いてて、ちょっと恥ずかしくなってきちゃったなぁ。

身近な人たちに、愛情を持って接すること。
彼らのことを愛すること。
自意識の強すぎるわれわれには、なかなかできないことですけと、これのつみかささねしか、作品をよくする方法ってないのかもしれません。

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2005年12月 7日 (水)

苦戦中

いま、高校生のための芝居の脚本を執筆中です。
予定では、とっくに上がっていなければならないのですが……
思ったよりも執筆に時間がかかり、台本を待っている高校生たちには迷惑をかけてしまっています。

発想の元は、『12人の怒れる男』。
名称シドニー・ルメット監督の、あの名作です。
脚本は、レジナルド・ローズ。
もともとはテレビドラマだったのを、ルメット監督が映画にして、大ヒットした作品です。
陪審員制度のあるアメリカならではのドラマですが、日本でも、裁判員制度がまもなく採用されるようになるようですね。
三谷さんの舞台脚本で『12人の優しい日本人』というのもあり、映画にもなってます。
一幕劇としては、かなり魅力的な素材です。

これを高校生でやってしまおうというのが発想のもとです。
今回、卒業公演ということで、できるだけ出演者たちに出番をふやしてあげたいというのが、このスタイルで芝居を書いてみようと思ったきっかけでした。
今回は、ダブルキャストで、メインの14人を描きわけるということにチャレンジしてます。
出演者たちの特徴や、性格などをつかむのに、半年以上もかけてワークショップをやってきました。

どうやったら彼らが魅力的に見えるようになるか。
それが最大のテーマです。

この学校(芸術系)で、彼らが3年間学んできたこと、成長してきたことなどを、この芝居のなかにこめられたらと思って、かなり欲張り気味です。

さぁ、これからぐんぐん書いていきます。
公演は2月なので、みなさんぜひ見て欲しいなぁ。

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2005年12月 2日 (金)

ホラーな夢

また床で寝た。

台本を書かなければならないと追いつめられていても、打ち合わせは容赦なく襲ってくる。
打ち合わせにいかなければ、仕事にはならないし、しかしいったん家を出てしまうと、集中力とか勢いとか切れてしまい、また作品世界に戻るのには、相当のエネルギーと時間をようすることになる。

つまり、物語の世界にはいるのには、それそうとうの儀式が必要というわけです。
ぼくの場合は、ある程度、眠ることが必要なんですけど、時間に切迫されていると、ゆっくり眠りにつくという気分になれません。
そういうわけで、床で倒れてるという事態がつづくことになってます。

また床で倒れてました。
気づいたら、三時間くらいたってるって感じ。
あわてて屈伸とかして、パソコンに向かいます。

しかし、それでも書き始められるわけではなく、お茶飲んだり、コーヒーのんだり、テレビを眺めたりして、しばらくすごさないと、書き始められません。
きっと、多くの脚本家が、おなじようなことをしてると思うなぁ。

今回は、短い眠りのなかで、すごい夢を見ていました。
ホラーです。

若い男が、年上のおばあさんと恋愛をしているんだけど、自分が若いということを隠すために、老人に変装して彼女とつきあっています。
しかし、そのおばあさんに、彼が特殊メイクをしているということがばれてしまうんです。
メイクをしている現場に、おばあさんが踏み込むと、動転した男は、メイクを覗いたおばあさんを殺そうとおいかけます。
そして、なぜか火をつけようとした男は、自分の特殊メイクに引火して爆発してしまうのです。
無残に砕ける男の体。
やけただれた男の顔は、目が吹っ飛び、老人ともなんともつかないものになってしまいます。

こんなホラーな夢を見てしまいました。

若い男と、老女の恋愛というのは、ドラマにしたら面白そうと思って書き留めました。
それがホラーになってしまうのは、どうかと思うけどね。

追いつめられた夢の中にも、なにかドラマなヒントを見つけようとする、悲しい性を持つのが脚本家です。

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2005年12月 1日 (木)

脚本家とアフレコ

昨日は、いま僕と一緒に仕事をしている脚本家、岩井秀人くんのテレビアニメでのデヴュー作品のアフレコだった。
劇団ハイバイでは脚本演出をこなして、次世代の日本の演劇を背負うべき人材である岩井氏も、テレビの世界ではまだまだ新人。
いまは、僕とみっちり修行中。
脚本書きのノウハウを、惜しみなく伝授してます。

その岩井君がはじめてとりくんだアニメ作品のアフレコが、昨日ありました。
自分で書いたセリフが、絵になって、それに声優さんが声を入れていくわけです。
岩井氏も、めずらしく緊張気味。
ちょっとしたセリフのニュアンスとかにも神経質になってました。

それで自分の初体験のときを思い出しました。
あれはもう二十年以上も前のこと。
まぼろしのアニメ作品、手塚治虫原作の『ドン・ドラキョラ』第8話。
はじめて書いた脚本が採用されて、アテレコの現場が見れるというので、かなり興奮して東北新社にでかけました。
当時は、まだフィルムでアテレコをやってて、そうそうたる声優さんがいらっしゃったのを覚えてます。

ところがその作品は、どういう事情か知らされぬまま、4話で放送終了。
ぼくの書いた8話は、幻となってしまったわけです。
そのころの僕は、いまの岩井くんと同じように劇団を主宰しながら、役者やったり、脚本書いたりしていました。

それからかなりの時間が流れて、たぶん何百という脚本を書いてきたせいで、アフレコに立ち会う時の緊張感を無くしている自分に気づかされました。
作品にかかわるうえで、脚本家がギリギリかかわれるのは、アフレコの時までです。
自分の書いたセリフとかが、どうなるのかは、ここで最終判断をしなければなりません。
この先は、もうどうあがこうと変えるわけにはいかなくなるわけですから。

アフレコが終わって、緊張が解けてホッとしている岩井氏と一緒に昼ご飯を食べながら、僕ももう一度初心にかえって、作品と向かい合っていかなければと思ったのでした。

それにしても、昨日の回は、ちゃんと絵が入っていたなぁ。

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2005年11月30日 (水)

脚本の共同作業の形

もう三日、まもとに寝てません。
ベッドがこいしいです。
仕事しながら、そのまま床でころがって、数時間気絶したように眠るという感じ。
これは、体によくないっス。

体はあちこち痛くなるし、寒いし、いいことなんてちっともない。
昨日は、学校のメイクの講師の人に、一目で体調が悪いのを見抜かれてしまいました。
頭皮の状態がよくないよって。
さすが目をつけるところがちがうなぁって感心してしまう。
ふつう、頭皮なんて目がいかないもんね。

よっぽどひどかったんだと思います。
シャンプーしたのに、やたらと細かいフケが出てたしね。

やはり、人間、ちゃんと眠らんといかんです。
骨髄は、横にならないと活動しはじめないっていう話しもきいてことあるしね。
横になることで、骨髄は血液をつくりはじめるんだって。

なんでこんな状態になってしまったかというと、いろいろあるんだけど、アニメの仕事と高校生の芝居の台本がかさなってしまったこと。
アニメの方は、なんとかかたずけたので、これからはしばらく芝居に集中します。

昨日は、やっと冒頭の十ページを書いて高校生たちに読んでもらいました。
読んでもらいながら、いろいろとイメージをふくらませていきます。
彼らの肉声をできるだけ台本に反映できるようにしたいんです。

これぞまさに脚本作りの共同作業なんだけど、彼らにどれだけわかってもらえているかは、なんともはかりかねます。
わかってくれてると思いたい。
ただ、思春期まっただなかの彼らの心のうちはなかなかはかりがたいもの。

短いシーンを何回も、読ませたので、最後はちょっと疲れて、あきちゃったようなところがあったなぁ。
これは僕も反省。
ちゃんと本読みをしてもらうことで、作家の僕が、それを台本にいかそうとしているということを、ちゃんと説明しておくべきだったです。
あと、彼らのテンションを考慮して、それなりのウォーミングアップを何回かやるべきだった。

彼らとの作業は、毎回、いろいろ考えさせられます。
自分のスキルと、人間力を試されているような気さえしてきます。
次回の稽古までには、もっと台本すすむぞー。

DSC00369 こないだ散歩をしていて、クラウンのパフォーマンスをしているのにでくわした。
百円で、30秒、あてぶりで動いてくれました。
思いっきり沈んでいた気持ちが、すこしだけ明るくなりました。
笑顔の力って偉大です。

ちかごろ僕も、そんなふうに人を笑顔にできる生き方をしたいと心から思います。

すばらしい紅葉を見たので、おすそわけです。

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2005年11月25日 (金)

落書き続報

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前々回に報告した、代々木公園のグラフティですが、続報です。
あのグラフティの上にも、ありました。

これって、上空から見なきゃ、全体像は見えないんだよね。
これを見るには、ヘリに乗ってこの上から見るしかありません。
それにしても、どうやって描いたのか……

DSC00353

昨日は、仕事で、ちょっと嫌な思いをするはめになりました。
二十年以上脚本家やってきて、今回のような思いをするのは、はじめての体験。

何がおきたのかは、ここでは書けません。
恥ずかしいので。
それでも、この体験を糧にして、次につなげていきたいと思います。
反省、反省。

ちょっとへこんだのは、たしかだけどね。
ヘコむってことは、ふくらんでたわけだもんね。
いい方に考えます。

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2005年11月23日 (水)

若い友人たち

昨日は、友の死をひきずっていて、どうしようもなかった。
本来ならば、彼のお葬式に出席すべきかと思ったが、僕には芝居の練習をしに集まっている生徒さんたちがいる。
去っていく友は、心で見送ることにした。

僕の内側で起きていることを、みんなには黙って稽古をしようと思っていたのだが、どうしても胸につかえるものがあって、みんなに全てを話した。
なんだか、そうしたほうがいいような気がしたのだ。
こういうとき、ぼくはその内側からの声にしたがうことにしている。

きっと、目の前のハイティーンの子たちに、助けてもらいたかったのかもしれない。
そのありあまる生命力をわけてもらいたかったのだ。

ありがとう、わけてもらいました。

稽古といえば、ちょっと歯車があわずに話し合いになってしまった。
いろいろ不満を抱えている人たちもいるということもわかっていたし、その不満と不安に対しては、たしかに僕の説明も不足していたように思う。

もちろん30人もいれば、発言できる人と、発言できない人もいる。
ただし、ものすごくリアリティのある会話や、発言の空気がここにはあった。

こういうことができるようになった、彼ら、彼女たちは、きっといい芝居をつくってくれるだろう。
それは、僕のなかで確信にかわりつつある。

僕は、この新しく、若い友人たちと、一本の芝居をつくることに全力投球します。
それが、いま僕にできること。

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2005年11月22日 (火)

友の訃報

親友のK君が、亡くなったとの報せ。
彼とは小学校、中学校、高校とずっと同じ学校に通った。
12年間を共に過ごした友は、数少ない。

彼が死んだ理由はわからない。
この報せも、ほとんど偶然に近いかたちで、ぼくのところにとどいた。

いったい彼になにが起きたんだろう。
いまは、冥福を祈るだけだ。

昨夜は、さまざまなことを思い出した。
教室での彼。水泳大会でヒーローだった彼。一緒に山に登った彼。
文化祭で一緒にライブをやった彼。

彼が京都の大学に入学がきまり田舎の町を旅立つ時に、駅で彼を見送った。
小さな田舎の駅。
なぜか見送りは、僕一人。
僕は、オイルライターをプレゼントした。そのライターを、彼はずっと大事に持っていてくれた。
浪人していた僕が、京都に遊びにいったとき、バス停で彼に偶然再会した。
彼の下宿に、何日か泊めてもらった。
彼が就職したとき、いきなり彼の仕事場を訪ねた。やりがいのある仕事だと言って燃えていた。
彼が結婚したとき、新居をたずねた。幸せそうだった。
彼に子供ができたとき、お祝いをもっていった。幸せそうだった。
サッカースタジアムで偶然に再会したとき、息子がサッカーをやっているんだと自慢していた。幸せそうだった。
フラッグを振る君は、幸せそうだった。
君にあったのは、それが最後だった。

僕は、君の幸せな顔しか思い出せないよ。

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2005年11月21日 (月)

代々木公園の落書き

すごい落書きを発見。
これです。DSC00331

朝、代々木公園を散歩してて、発見しました。
昨日も歩いたはずなのに、見逃してました。
渋谷門の外、公園からNHK方面に向かうための陸橋に登るための階段と、その両脇にこのグラフティはあります。

もちろんこれは違法落書きなんだろうけど、その迫力と芸術性に思わず息を飲んでしまった。
これを描くために、費やしたエネルギーにも驚かされます。DSC00334
昼間は人目があるし、通行人とかもあるので、これを描くのは絶対に無理。
たぶん深夜にやったんだと思います。
誰が描いたか知らないけど、すごいよ、まったく。

こういう落書きは、どうなるんだろう。
これには、いろんなことを考えさせられます。
道で歌ったりパフォーマンスをしたりするのは、もしかしたら違法かもしれないけど、通行人を楽しませたり、癒したりするものもあります。
しかし、それをただのノイズとしか感じられない人には、迷惑千万なことになるわけです。
このグラフティも、すごいアートと感じる人もいれば、ただの落書きにしか見えない人もいるわけだもんなぁ。DSC00333

僕が毎日、観察をつづけている代々木公園で、ちかごろ気づいた変化があります。
ホームレスの人のブルーシートハウスが、減ってきてるんです。