日記・コラム・つぶやき

2007年12月28日 (金)

今年もいろいろありがとう

この体感脚本講座のブログも、もう何年かづづけてますが、このところ書きこみが少なくてすみません。

脚本家の人たちのためになるようにと始めたブログですが、自分の毎日の仕事や雑事に追われて、なかなか気が回りませんでした。

日記的なものは、ミクシィで書くようになったのも、このブログへの書きこみが減った理由かもしれませんけど。

それでも、このブログはつづけていくつもりです。

そんなこんななか、鳥栖市の図書館から依頼されて、そっちでは本とかについてのブログを書くことになりました。

こっちです。覗いてみてやってください。

http://librarytosu.sagafan.jp/

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2007年11月28日 (水)

過去からの電話

 高校時代の友人から、息子が役者志望で東京に行ったので、何か話をしてやってくれないかと電話があった。
 その友人は、高校で一年間同級生だった。
 もう何十年も会ってない。
 不思議な感覚だった。

 まさに時を超えた遭遇。
 僕のイメージの中には、高校時代のやんちゃだった16歳の彼の顔がある。
 しかし、まちがいなく電話の向こう側にいるのは、50歳も間近のおじさんなのだ。
 顔が見えないだけに、この感覚は新鮮だった。
 16歳の顔をした、50歳の男。

 彼は、なんだか変わっていた。
 そりゃ、そうだ。
 男が、何十年も年月を重ねたら、分別も良識もある。
 やんちゃで、トイレで煙草を吸っていた水泳部の少年が、息子の相談をしているのだ。

 16歳の顔をした、50歳の男は、今は三人の子供がいて、単身赴任で仕事をしていると言った。
 「息子が、役者になりたいというのを、やめろと言ったんだけど、息子がどうしても行くと言うので、出してやった。きみは、そっちの世界には詳しいと思うから、息子と会って、アドバイスをしてほしいのよ」
 あのやんちゃ小僧の口から、こんな言葉を聞くことになろうとは。
 人生は、なんて面白い。

 そこには息子のことを心底心配している親父がいた。
 大海に出て行こうとしている息子を、陰ながら応援している応援団長がいた。
 応援団長に頼まれたら、断るなんてできるわけない。
 僕も、応援団にくわわることにした。

 僕にできることなんて、ちょっとした水先案内くらいだけど、少しは役にたつかもしれない。
 あとは彼の息子が、自分で船を漕いでいくしかないのだ。
 それにしても、過去から電話がかかってきたような、不思議な感覚だった。

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2007年8月19日 (日)

内田善美の漫画キャラ

このブログを、すっかりさぼってました。
楽しみにしてくれてた人たち、ごめんなさい。
脚本家志望の人に、すこしでも参考になればと思って始めたんだけど、自分の仕事に追われて、気配りする余裕がなくなってます。

毎日の日記みたいなものは、ミクシィをはじめて、そっちで書いてます。
やってる人は、見つけてください。
同じ名前で書いてます。

このブログでは、ずっと以前に書いたけど、僕は伝説の漫画家・内田善美さんの大ファンです。
彼女のデビュー作から、ずっと読んでるから、もう三十五年くらいになるかも。
すごい時の流れ。
ここまで生きるとはね。
内田さんは、とっくに漫画界から、姿を消してしまったけど、僕はいまだに彼女の作品を愛してます。

ストーリーも、人物も、美しい。

で、昨日のことなんだけど、表参道のナチュラルフーズの店で、トマトを買ってたら、どこかで見たような人がレジの前に並んでました。
どこで見た人なんだろう……?

そうか、内田善美の漫画に出てきたキャラクターにそっくりなんだ!
いるんだね、現実に。美しい人が。
ボーッと見とれてしまいました。

そんな人を見てしまったので、また久しぶりに、内田作品を読みたくなったのでした。

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2007年6月26日 (火)

訃報・桶谷さん

友人の脚本家、桶谷顕さんの訃報がとどいた。

彼が最後の時を覚悟しながら、病気と戦っているのも知っていて、悩んだすえにお見舞いにも行った。

でも、やはりショックだ。

同年代。
駆け出しのころから一緒に仕事をやってきた。
同じ番組も書いた。
はなれていても、いつも気にしてた、仲間。

優しかった彼のことを想い、黙祷。

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2007年5月16日 (水)

地雷を踏んだ

地雷を踏んだ!

朝、木漏れ日をあびながら公園を散歩して、「なんて気持ちいい朝なんだぁ~」と思っていた。
次の瞬間、左足の下で、グニャッと何かがつぶれる感触。
ドカーン!
おれの左足は、吹っ飛ばされた。

それくらいのショック。
犬のウンチ、踏んじまった。

この爆弾をしかけたテロリストに対して、あらゆる憎悪の言葉があふれた。

しかし、憎しみからは何も生まれてこない。
このネガティブなできごとを、なんとかポジティブに考えることはできないか!?
インプロ修行中の身としては、なんとしてもこの出来事を、いい方向に向けたいと思った。

思いついたアイディア。
おれがウンチをつぶしたので、後の人が、その被害を受けずにすむ。つまり俺は、いいことをしたんだァ!
名も知らぬ人のために、影でいいことをしたんだァ!

そんなふうに思うことにした。
たしかに、少し憎しみは消えた。
おれにウンチふませてくれて、ありがとう。おれを、いい人にしてくれたんだね、テロリスト君。
公園をもう一周するころには、そんなふうにさえ思えるようになっていた。

おれは短い間にも成長をするのだよ。
そんなことを思いながら、おれは現場に戻った。

するとそこには、おれが踏んだことにより、さらに細かく分裂して、そこらじゅうに散らばったモノがあるではないか。
おれは、テロリストの一味にくわわり、さらに地雷源を広げていただけだったのだ!

「ウワー、このままじゃ、おれはテロリストだぁ! どうしたらいいんだぁ!」

結局、ちらばったウンチを、木の枝で道端に避けました。
地雷回収終了。
なんとかテロリストになることだけは、避けました。

こんな、いいブログを書くネタをもらったと思うことが、なによりのポジティブシンキングか。

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2007年5月14日 (月)

自問自答

昨日は、夕方から芝居を見に行った。

劇場に入ると、偶然隣に、大先輩の石森さんがいた。
びっくり。
おれの業界では、大巨匠である。
おれなんかにも、気安く接してくださる。
いつもお会いするのは劇場。
この巨匠にして、この機動力。

心の中で、弟子にしてもらいました。

親友のミズキングが遅れて到着。
そしてふと反対側の隣を見ると、そこにも知り合いの、モロー師。
なんてこったです。
気がついたら、両脇を知り合いにかこまれて、リラックスしながら芝居を見ることに。

芝居は、お客さんたちは、けっこう楽しんでるようだったけど、僕はちょっと入り込めなくて、退屈してしまった。

そうなっている原因が、わかりすぎるくらいわかる。
こっちは芝居を見る、プロなのさ。
言ってあげたいけど、そういう立場じゃないしなぁ。
そういうところもフラストレーションになってくる。

出演している俳優さんたちは、映像の仕事とかを主にやっている人たちのよう。
役作りをちゃんとしてるのはわかるんだけど、はっきり言って、そんな役作りの芝居は、おれは見たくない。

映像の現場では、オッケイでも、ここでは、まだまだのはず。
そこまで行ってほしいなぁ。

でも、本とか演出によって、そういうものも変わっていくのだろう。

ほんと人に見せるものを作るのって、大変。
人に言うと、自分に言ってるみたいになるなぁ。

終演後、中野坂上に行って、ルーマニア料理とうまいワインを楽しんだ。
なんか帳尻があった気がした。

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2007年5月 5日 (土)

緑の人

ゴールデンウィークだけど、旅行とか行く予定はまったくなし。
まぁ、こないだ行ってきたばっかりだしね。
家にこもって仕事です。

一日、誰とも口をきいてなかったなぁとふと思う。

コメディストアJの金曜ライブがあることを思いだして、そそくさと出かけた。
隣の駅なんで、でかけやすい。十分前に出ればいいから、気楽だよ。

連休中だから、客入りはどうなんだろうと、ちょっと心配してたけど、そんなの必要なかった。
大入り満員。
おめでとうございます。
おれの席が無かったので、舞台の袖の出演者が控えているところで見せてもらった。

金曜日は、S1グランプリとは、まったく違う構成になっている。
インプロゲームとかを面白く見せたり、役者がつくったキャラクターが出てきたり、シーンをつくったりする。

面白くて、お客さんたちも笑って、楽しんでいるんだけど、僕は少し考えこんでしまった。

たぶん、この場所が日本の即興コメディの歴史において、重要な意味を持つ場所になることは間違いない。
だからこそ、もっと、もっと考える必要があるのだろう。

もちろんプロデュースをしている今井さんは、もっと考えているんだろうと思う。

これでいいのかと。

変化をつづけ、成長をつづけていくこと。
それが面白い。

一人で考えたかったので、そうそうにクロコダイルを出て、タクシーに飛び乗って新宿に行った。
ゴールデンウィークにちなんで、ゴールデン街。

知り合いの店に入ったら、そこには緑の人がいた。
正確に言うと、顔面を緑色で、ど派手なコスプレをした人が二人も。
店員さんと、お客さんが、緑の日にちなんで、緑の人になっていたのだ。

あまりのおかしさに、俺の思考モードは一気に、どこかに吹っ飛んでしまう。

緑の人は、やたらと楽しそうだった。
おれも、かなり楽しくなった。

そこで、すぐに緑の人になれない自分は、まだまだだ。

修行中です。

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2007年4月21日 (土)

生きる喜び

なつかしい人に、たてつづけに二人、ばったり出会った。
人に会うと、うれしくなる。
生きている、よろこびだ。

いろんな話をした。
これがあるから、毎日、大事にしなきゃと思う。

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2007年4月12日 (木)

肉離れ

トランク帰ってきました。

ヒューストンで迷子してたみたい。お土産も無事帰国。

まだ時差ぼけ中ですが、野球やってきました。三年ぶり。そしたらさっそく太股の裏側を軽い肉離れ。やっぱりやってしまった。古傷なんだよねー。

こうなると、歩くことの幸せを痛感。痛めて、はじめて普通が最高っていうことを思う。

いまから、九州帰ってきまーす。

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2007年3月28日 (水)

取材に出発

いまから、取材旅行に出発します。

今回は、メキシコ。

むこうでつながったら、なんかレポートしますね。

それじゃ、行ってきまーす。

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無責任の人

植木等さんの主演している映画が大好きだった。
無責任シリーズ。
あんな映画は見たことなかった。
あんなキャラクター、衝撃だった。

脚本家は、松木ひろし、田波靖男。
監督は、古沢憲吾。
主演は、クレジーキャッツ。

僕の人間形勢に、この時代の東宝映画はすごく影響を与えていると思う。
高度成長時代。
すべてが明るかった。
昭和だった。

そんな昭和を代表するスターの一人、植木さんが亡くなった。
田波さんは、ずっと前に亡くなった。

脚本家の大先輩、田波さんとは、一度だけ一緒に仕事をさせてもらったことがある。
この温和な人が、あの無責任シリーズをつくった人なんだと思うと、ちょっと緊張した。

人と人とが、出会い。
何かを影響しあい、そんなふうにして時代は動いていく。
僕らは、前を歩いて人たちから、たくさんのものを受けとっている。

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2007年3月25日 (日)

逃避でエリアス

仕事からの逃避行動で、DVDの一気見をしてしまいました。
ALIAS
ファーストシーズンのボックスを友達から借りていたので、それを一気に十五話まで見てしまった。
後遺症で、目はいたいし、肩はいたい。
けっきょく体がボロボロになりました。

エリアス二重スパイの女。
つづけて見ると、けっこう面白かった。
主人公が、毎回コスプレアクションをしてみせる。
おじさんむけのアメリカンテレビアクションドラマです。
24と同じで、毎回、ラストで次回への引きをつくるので、ついつい連続で見させられてしまいました。

さぁ、仕事するぞーっ。

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2007年3月22日 (木)

ちょっと花見

昨日は、ちょっと風邪っぽかったけど、知り合いの飲み屋の花見に顔を出した。

桜がきれいに咲いていた。
花見は、マンウォッチングが楽しい。
おもしろい人たちをたくさん目撃。
自分のほうは、面白いんだろうかと思う。
あんまり面白い人物ではなさそうだ。

帰って仕事しようとしたら、頭痛に襲われる。
飲んだアルコールのせいか、それとも風邪のせいか。
ソファでぶったおれてたら、朝になっていた。
頭痛と風邪も治ってた。

自分の治癒力に感謝。

韓国映画『マイボスマイヒーロー』を見た。
日本で去年、テレビドラマ化されてたやつ。
なんだか雰囲気はちがったんじゃないかなぁ。
テレビの方は、ちらっと見ただけだったけど。

映画の方は、暴力シーンが続くので、コメディとしては、あんまり笑えなかった。
韓国の高校ってあんな雰囲気がリアルなんだろうか?
そのあたりのところを聞いてみたい。

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2007年3月20日 (火)

野球、映画、再会

Photo_2 18日、19日と、野球部の合宿で千葉県の白子町に行ってきた。
ひさしぶりに野球をやったので、体が痛い。
怪我なく練習できたので、よかったぁ。

白子町は、特急で一時間くらいで、九十九里浜がきれいだった。
砂風呂にも入ったぞ。
いい汗かいた。

帰ってきて、さっそく打ち合わせ。
取材旅行の資料をもらう。
今年も、映画が走り出しました。

渋谷で、デイゼル・ワシントン主演の『デジャブ』を観る。
ちょっと変わり種のタイムマシン物だった。
これは意外。
難しいネタを、アクションで押し切っていたけど、お客はみんなついていけたのか心配。

映画館から出てきたら、交差点の真ん中で、脚本家の大先輩、石森史郎先生を発見。
4、5年ぶりくらいの再会。しばらく立ち話。あいかわらずの早口がうれしい。
先生も別の映画館から出てきたところだった。自分の見てきた映画をぜひ観るようにと勧められた。ねっからの映画人なんだなぁ。
先輩に敬意を表して、井の頭線の入り口までお見送りした。

偶然の再会にうれしくなって、そのまま新宿に出て、ビールで一人乾杯した。

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2007年3月18日 (日)

また芝居とライブ

昨日は、友人に誘われて、予定外の芝居を観に行くことになった。
誘ってくれたのは、某有名声優さん。
その人の知り合いが出ているので、見てやって欲しいということだった。

ちょっと期待していたが、見事に裏切られた。
劇団名とタイトルは書きません。
批判めいたことは書きたくないもんね。
でも、面白くなかったものを、面白かったというわけにはいかないので、連れていってくれた人にどう言ったものかと迷ってたら、その人も同じ感想だったらしく、ちょっとホッとした。
終演後、そうそうに劇場をあとにしたのだった。

芝居をやっている人たちの情熱はわかりすぎるくらいわかるんだけどね。
やはり脚本が大事です。
人間がちゃんと描かれているかどうかが、肝心。

それでもお客さんはたくさん入っていて、けっこう楽しんでいる人たちもいるようだった。
ファンの人たちって感じ。

僕は二時間が、たいくつだった。

つづいて渋谷に移動して、オンエアウェストでEMさんのソロライブを見た。
これは面白かった。

僕を連れていってくれた某声優さんとは、新しい企画を今年中にやろうということになった。
ちょっと面白くなりそう。

今日はこれから、野球部の合宿。怪我しないようにがんばるぞ。

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2007年3月17日 (土)

無敵の拍手マン

昨日は、またまた忙しかった。
まずは芝居を教えてる高校の卒業式。
三年前に入学したときは、幼かった子たちが、すっかり大人びて卒業していく。
いつも感慨深い。
旅立ちを祝福して、全力で拍手をしつづけた。

卒業生を送る会は、毎年面白い出し物があるんだけど、ちょっとだけ見ただけで、会場を飛びだして五反田に向かう。

おととい見たハイバイの昼公演をもう一回見た。
作家の岩井くんが、主役の登美男をやるのをどうしても観たかったのだ。
おとといの猛くんがやったのとは、またちがう雰囲気。
やっぱ書いて演出しているだけに、なんか独特のものが出る。
他の役者たちも、初日よりは余裕が出ていて、いろいろと変わったところとかも出ていて、さらに面白くなっていた。
ほんとにこの劇団は、いい。
みんなに知ってもらいたい。
称賛を気持ちで、拍手した。

アトリエを出て、駅に急いで、今度は川崎に向かう。
クラブチッタで、ザバダックのライブ。
二時間ちょっと、ザバダックの音楽を浴びた。
いやされた。
一曲終わるごとに拍手した。

一日中、拍手をしていた感じ。
オールデイ、クラッパーだぜ。

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2007年3月12日 (月)

テンションあがった

昨日は、動き回った。
まずは、今度高校を卒業する生徒がつくった劇団の旗揚げ公演を見に行った。
コントの三本立て。
あえて笑いに挑戦しようとするその姿勢に好感度アップ。

おつぎは、アニメ監督の結婚を祝う会。
声優さんやらスタッフさんやら、大勢集まった。
目黒はっぽうえんに始めていった。
いい庭があった。
脚本家の仲間たちも来てた。
それほど仲良しではなかったので、この機会に仲良しになろうとテンションがあがる。

っていう上がりすぎた。
「落ちついてください」って、脚本家の女性に言われてしまった。
で思い出した。
幼いころから言われ続けてたこの言葉。
「落ちつきなさい!」
そう、おれは落ち着きのなさ過ぎる子供だった。
これって軽い障害だったと思う。
アスペルガーっぽいやつ。
幼稚園の椅子にしばられたりしてたもんなぁ。
ちょっとトラウマ残ってる。
ま、そんなこんなものりこえて今があるわけですがね。

つづいて、脚本家仲間での飲み会に突入。
渋谷でもりあがる。
シモネタも爆発。
かなり仲良しになった。

つづいて新宿に移動。
三原塾の公演打ち上げに参加。
挨拶させられました。
応援演説ぶちかます。
これからの劇団に期待しますなんて偉そうに言ってしまう。
本気で思ってんだけどね。

宴会には、かつての芝居仲間の先輩も来ていた。
病気で半身マヒになった先輩。
言葉もうまくでない。
それでもそういう場所に来てくれてることに感動。
先輩を送って、地下鉄の駅まで行った。
階段の昇り降りも大変そうだった。
なんか涙がこみあげた。

打ち上げ会場に戻ったら、もう一人の酔っぱらい先輩がくだまいて倒れた。
もーしょうがない。
ちょっと怒ったふりをしてみたけど、覚えちゃいないんだろうなぁ。

帰って、女子高生バンド『オレスカ』のDVD観て寝た。

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2007年3月11日 (日)

劇場で激情

今週は、芝居三昧。
また昨日も、芝居を観てきました。
って言っても、知り合いが出演してたり、主宰しているところの劇団を見に行ってるわけなんですけど。
どうもこの時期、重なってるんです。

劇団ポツドールの『激情』という芝居を下北沢の本多劇場で観ました。
出演者の井上くんから、メールで見に来てくれと言ってきたんで、タイトルも知らずに行ったんだけど、実はすごく売れてきている劇団で、お客さんも満員。すごい人気。正直驚きました。

で芝居のほうは、すごく面白かったです。
若い作家らしいけど、すごく脚本を書く力がある人だと思ったなぁ。
演出力も高く、役者に要求していることの質の高さが、よく見えた。

おれに用意されていた席が、なんと最前列のどセンターだったので、小劇場感覚で芝居を観ることができました。
本多劇場って、けっこう大きなところだから、後ろの方で見るのとは、かなり違った印象になったかもしれません。

終わって、出演してる役者と飲んだら、みんな若くていい奴ばっかで、またうれしくなりました。
演劇都市東京のど真ん中で、芝居観て、うまいビール飲んで、ああ極楽。

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2007年3月 8日 (木)

ちょっと傲慢

昨日の出来事。
締め切りのない生活も、たったの三日で終わった。
子供のための芝居の台本に、大きな直しをしなきゃならなくなってしまいました。
自分では傑作書いたつもりだったけど、読み直してみると、たしかに演出家さんの言う通り、わかりずらいところが見えてきた。
こりゃ、直さないといけません。

また、書いては書き直しの日々の始まりです。

でも、ここでどれだけ粘れるかに、芝居の出来がかかってきます。
出演者たちは、稽古期間にみんなで、がんばらなければなりませんが、脚本家は稽古が始まる前に一人でがんばるのです。

でも、締め切りって、必要なんだよね。
期限があるからこそ、そこに向かっていく集中力も出てくるんです。

初稿よりも、さらに台本をみがきあげて、傑作に近づくために、また書き直すチャンスをもらったと思ってがんばるぞー。
脚本家は、つねに前向きでなければやっていけないのだ。

夜は、若手の劇団の芝居の公演を見に行った。

物語は、閉塞感のなかでしだいに狂っていく日本人たちの姿を描いたもの。
口語体のたんたんとした一幕物。

やりたいことはわかるけど、はっきりいって、ちょっと退屈だった。
そこにはドラマ的なものがあるんだけど、それがうまく伝わってこない。
もったいなかったなぁ。

芝居、演劇という、『言葉』で、お客とどうつきあおうとしているのかを、僕らは明確にする必要がある。
それはどんな表現をしている人にとっても通じることだろう。
見に来るお客との関係性なんか、どうでもいいと考える人もいるかもしれない。
でも、きっとそこを一度考えてみることは、僕らにとって大事なことなんだ。

僕は、お客さんと、一瞬でもいいからつながりたい。
同じ思いを抱いて欲しい。
傲慢かなぁ。
脚本家なんて、自分の思い描いた映像を、人に見せたいと思ったときから、すこし傲慢なんだ。

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2007年3月 7日 (水)

ム●キング

昨日は、春休みの映画『ム●キング』の初号試写会があった。
去年書いてた仕事だけど、連絡が来たのが前日!
脚本家は、よくおいてきぼりになる。
あやうく試写を見逃すところだったぜ。

そりゃ、脚本出来てしまえば、作家はもう用なしですけどね。
ちょっと寂しい思いをしたよ。

でも、映画の出来は上々。
ム●キング劇場版。面白かった!
脚本のイメージ通りの出来で、監督やスタッフのがんばりが画面から伝わってきました。

声優さんも豪華。
ドランクドラゴンの塚地さんも、クワガタの役で出てくれてるんだけど、いい味だしてくれてます。はまってるって感じ。
メインのゲストキャラクターのリッキーが、小山力也さんで、ジャック・バウワー(24の主役)な感じで、燃えます。
24を、シリーズ5まで見ている僕としても、楽しかったなぁ。

打ち上げが、試写のあとあったんだけど、一緒にいった大川が体調が悪いというので、僕もつきあってビール一杯で帰りました。
もっといろんな人たちと交流したかったけど、出会う間もありませんでした。残念。

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2007年2月20日 (火)

公演終了しました

公演終了いたしました。
見に来ていただいたかたたちに感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。

アクシデントも起きることなく、無事に千秋楽を迎えることができました。
高校生の場合、精神も体調も不安定な時期なんで、アクシデントが起きるのが一番心配なんですよね。
芝居の出来が良くなるのはもちろんですけど、まずは怪我しないことが一番です。

今回、『いいだせなくて』を自分の演出で、舞台に乗せたのは始めてでした。
この作品は、六年ほど前に書き下ろしたものだったんですが、今回、もう一度見直すことができて、本当に良かったと思っています。

ブロードウェイの大先輩ニール・サイモンも自伝の中で言っています。
『脚本は、毎回、書いては、書き直しだ』と。
今回この作品をやってみて、それをまさに実感しました。
書いている時は、作家の立場ですが、演出をしていると、この脚本が客観的に見えてきて、いろいろといらないところや、もっと書きこまなければならないところとかが、見えてくるのです。
もう二十五年くらいプロの脚本家をやっているくせに、こんなあたりまえのことに、いまさらながらに気づいているのですから、しかたがないですね。
いままでいったい何をやってきたんだって。
まぁ、いいほうに考えて、今でもまだまだ進歩する余地がたくさんあると思うことにしました。

この台本は、いずれまた大幅に書き直して、どこかで上演したいと思います。
十年後、今回のキャストのなかで、まだ役者をつづけている子がいたら、その子たちを使って、やってみるのも面白いかも。

心機一転、お仕事がんばります。

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2007年2月16日 (金)

稽古場終了

『いいだせなくて』の公演に向けての稽古も、最終日。
稽古場にセットを組んで本番通りにやった。
高校生の卒業公演というのは、高校生活の集大成であると同時に、未来の演劇人のスタートでもある。
未来といっても、かなり近い未来。
ここにいる彼らのなかから、素晴らしい演劇人が生まれるといいと願う。

かなり面白い内容になっていると思います。

本番は、光が丘のIMAホールにて、
17日(土曜)17時半開演。
18日(日曜)14時開演。

入場料無料です。

お暇でしたら、見に来てやってください。

今日から小屋入り。
がんばりまーす。

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2007年2月15日 (木)

星山博之さん

脚本家の大先輩で、もっとも尊敬していた人、星山博之さんが亡くなって、一週間がたった。
享年62歳。
あまりにも早すぎる。

星山さんとの思い出は、数えきれないくらいたくさんある。
ライターズという草野球のチームに、僕が入れてもらったとき、監督をやっていたのが星山さんだった。
それから公私にわたってのつきあいは、約二十四年。
いっぱい遊んでもらった。

アニメの脚本に、きちんと作家性を刻むことのできる希有な人だった。
数々の名作を生み出した。
僕の目標でもあった。

優しい人だった。
気配りの人だった。
誰にでも分け隔てなく接してくれた。
なんだか会いたくなる人だった。
ときどきふっと寂しがりやの一面も見せてくれた。

もっと一緒に仕事したかった。
一緒に、遊んだり、旅行にいったりしたかった。
もっといろいろ話を聞きたかった。
大事な人が、遠くにいってしまった。

これから星山さんに会いたくなったら、星山さんの作品を見ることにします。
そのなかから、星山さんの声を、聞き取ります。
ゆっくりあちらで、待っててください。
そのうち、またチームに入れてもらいますから。
それまで、僕はまだ当分、こっちでがんばります。

東放学園高等専修学校の四期生とつくっている芝居『いいだせなくて』の稽古も、今日でお終い。
彼らが三年間、稽古をしてきた稽古場とも、今日でお別れ。
人生には、いろんな別れがある。

別れがあれば、また新たな出会いもある。
稽古場との別れは、本番の舞台との出会につながっている。
舞台では、見に来てくれるお客との出会いがある。
その出会いは、一期一会。

つまり毎日が、出会いと別れの連続だ。
ようは、その一瞬、どうつかめるか。
それが大事。
彼らが、いい出会いをしてくれることを、心から祈る。

星山さんは、僕に、いい出会いをくれた。
感謝の気持ちで一杯だ。

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2007年2月 8日 (木)

公演情報

稽古に行くまえに、身体のこりをとりに、マッサージに行った。
いつもやってくれる人が、いなくて始めての人に、やってもらうことに。
マッサージって、はじめての人に身体をさわられるの、なんか抵抗があるんだよねー。
でも、睡眠不足で、気絶してました。

公演まで、あとわずか。
17日は、五時半開演。
18日は、二時開演。
場所は、光が丘IMAホールです。(大江戸線の光が丘の駅のすぐそば)
新宿から、二十五分くらいですので、ぜひ見に来てやってください。
タイトルは『いいだせなくて』

まだまだつたない高校生たちですが、精一杯演じます。

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

あけまして、おめでとうございます。
今年もやっぱり年越しは仕事しながらでした。
新年にやる高校生の芝居のための脚本を書いてます。
今年も、おかげさまで脚本家をつづけられそうです。
日々、進化するよう努力しつづけたいと思います。
すこしでもいい物語に近づきたいですね。
よろしくお願いします。

ちょっと実家に帰ってきまーす。

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2006年11月28日 (火)

エイズデイ

レントのDVDを買ってしまいました。
クリス・コロンバスが監督して、初演のキャストが何人も出演しているというもの。
初演の雰囲気を知りたかったのもあるけど、歌を聞きながら仕事しようとのもくろみ。
でも、やっぱり仕事してるときは、DVDかけたりしてると、ついつい見いってしまうので、だめですね。

特典映像のジョナサン・ラーソンのドキュメンタリーが、すごくよくて感動的でした。
明け方に見てたんだけど、涙してしまった。
おなじように物づくりをしているものとして、『わかるぜジョナサン!』って感じ。

世界中に、名も無く、金もなく、しかしありあまるほどの夢と情熱で、創作をしている者たちがいる。
たぶんみんな共感するはずだ。

ただ、やりたいことを、今やっているだけ。
自分が目指すもののために、全身全霊でぶつかっている、いまこそが大事。
そういうふうに考えられるかどうかで、幸せか、そうでないか分かれる気がする。

D1000010 『レント』といえば、大きなテーマの一つに、エイズがあるけど、散歩してたら面白い宣伝用の自転車を見た。
12月1日は、世界エイズテイ。

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2006年11月22日 (水)

ボーッとした

『ボーッとしとるから』
子供のころから、よくこう言われた。
九州弁で、ぼんやりしてるからという意味。

いい歳になってしまったが、いまだに僕は、ボーッとしてます。
仕事してるときはもちろん、一段落したときも。
仕事のときは、物語の世界に入りこんでしまうので、現実の生活ではボーッ。
一段落してるときは、集中力がなくて、ボーッ。
だから、だいたいいつも、ボーッ、ボーッです。

昨日は、とくにそんな日でした。
徹夜で仕事して、昼にはボーッ。
会議があることを思い出し、あわてて飛びだす。
すると会議の時間を間違えた。しかも四時間。
電車に乗ったら、急行で、降りる駅を三つも通過した。
とりあえず家に帰ろうとしたら、コートに鍵を入れたままなのに気づいた。
コートは、会議の場所に置き忘れ。
とほうにくれた僕は、テクテクと町をさまようことになった。
でも、きれいな夕日を見ることができたので、よしとした。
おまえけに会議は、三時間以上も続き、ヘトヘトに。

こんなかんじで、ボーッとした日常はつづくのでした。

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2006年11月11日 (土)

出張

岩国に出張いってきまーす。

今日は、向こうでワークショップ。

仕事で追いつめられてるので、新幹線内で書きまくります。

できるのか!?

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2006年11月10日 (金)

駅のできごと

しゃべりつづける人を見た。
その人は、相手が聞いていないことも、まわりの人がびっくりしていることも、何も気にせず、ひたすら自分が被害にあっているんだと訴え続けていた。

JRのみどりの窓口に新幹線の問い合わせに行った。
僕の前に二人の人が並んでいた。
最前列は、スーツ姿の女性、二人目はホスト風の若者。
しゃべりつづけていたのは、そのスーツの女性だった。

彼女の異常には、すぐに気づいた。
その口調、スピード、駅員の困惑した表情。
聞こえてくる話は、彼女が仕事で不当に解雇されたということ、どうも何者かが自分の邪魔をしているということ、ネットで自分の中傷が流されていることなど。
JRやみどりの窓口とはいっさい関係のないことばかりだ。
駅員が当惑するのもあたりまえ。

彼女が精神的バランスを崩しているのはあきらかだった。
そういう人を目の当たりにしたとき、一般人なら避ければいいことだが、駅員としてはむげにするわけにはいかないらしかった。
駅員は、必死に対応しようとしていた。少なくとも話は聞いてやろうとしていた。
だが、彼女の勢いは止まらず、どんどん暴走パワーはすさまじくなっていく。

僕とホストも、しばし凍りついたように動けないでいた。
ホストは僕のほうをふりむき、なぜか笑った。
僕も笑い返すしかなかった。

クレームを言い続ける彼女は、全身から助けてくれとのサインを出していた。
だが、僕たちは、何もしてあげられなかった。
僕らはすぐ側に立っていたかもしれないが、僕らの声は、彼女にはどうやっても届かないのだ。

駅員は、先輩駅員を呼びに行き、今度は、このおじさん駅員が、このクレーマー彼女の言葉の嵐をまともにうけることになった。
彼が凍りついたのは言うまでもない。

「ご家族に電話してあげた方がいいんじゃないですか。」
と、僕はこのおじさん駅員の耳元で、そっとささやいて、その場をあとにした。
その後、どうなったかわからない。

劇団ハイバイの岩井秀人が、かつて書いた台本のことを思い出した。
喫茶店で言い争う恋人たちの会話を、まわりの客が聞いているくせに、聞いていないふりをするシーン。
稽古場で見た、そのシーンは、とてもおかしかった。
今日の駅のシーンは、残酷で、ちょっと悲しかった。

何もしてないのに、わずかな罪悪感が残った。

地下鉄の駅に向かおうとしていたら、足の悪い老婦人が、重い荷物を持って階段を一歩一歩あがっていた。
僕は、老婦人に声をかけて、荷物を持って上まであがった。
老婦人は、ありがとうと言ってくれた……
でも、どこかで罪滅ぼしがしたかっただけなんです。

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2006年11月 5日 (日)

笑うしかない

ぼくは、わりといつもニコニコしているつもり。
でも、いいときばかりじゃないのさ。

顔ではニコニコしていても、とてもひどい目にあっていることもある。
おととい昨日と、二日連続して、そんな日だった。

楽しそうにしていても、とても傷ついていたりする。
でも笑ってしまうのだ最後は。

ひどいときにこそ笑ってしまうってなんでだろう。
もう笑うしかないってことか。

また今日も、ひどい目にあいそうな気がする。
でも、それを自分で選んでいるんだよなぁ。

なんかただの愚痴になってしまいました。
脚本の参考にはなりません。ごめんなさーい。

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2006年11月 2日 (木)

外出

友人の役者が出演している舞台を見に行った。
人込みに出るのは、なんだか本当に久しぶり。

ひきこもりの人が、久しぶりに外に出たときの感覚ってこんなかんじなのかなぁ。
なんかちょっとドキドキ。

劇場は、満員。
しかし時代錯誤的な古い芝居で、なんの感動もおきなかった。
うまい役者さんたちが出ていて、技術も高いのに、これでいいのかと思ってしまう。
でも観客は楽しんでいるようで、終われば拍手喝采。
いろんな楽しみ方があって当然で、エンターテイメントなんてそういうもんなんだけど、僕はどうしても心を動かして欲しい。

心を動かしたいのに、心が動かないとき、なんだか他のものに転換したくなる。
めずらしく酒場に足が向いてしまった。

心を動かすものを作りたい。
作ろう。
少しでも、近づこう。

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2006年11月 1日 (水)

笑おう

ちかごろ楽しい話題がないので、ちょっと書きます。

実はほとんど外に出ていない不健康きわまりない生活をつづけているので、ネタは少ないです。
食べてるもんか、テレビで見たことくらいしかないなぁ。

こないだみたテレビドラマの『のだめカンタービラ』は、おかしかった。
マンガの実写化なんだけど、キャラがたってるし、マンガチックな誇張した映像表現とかも笑えます。
(感覚的にこういうのが笑えない人はもちろんいるとは思うけど)
ぼくは、馬鹿笑いしてしまいました。

あと、いいなぁと思うのは、悪人が出てこないってところかなぁ。
なんか平和な感じが、画面から出てます。
クラシック音楽をギャグで表現するという試みも新しいし、超秀才の堅物が、ダメ人間たちに出会うことで、物事の本質に気づいていくという構成も、いいんじゃないかと思う。

原作のマンガも読んでみたいと思わせるドラマの出来でした。
テレビドラマって、こういう軽いノリのやつもいいですね。

楽しいことを書こうとして、テレビドラマの話題とは、われながらちょっと情けなかった……
今日は、短くてもいいから時間をつくって、楽しいことや、美しいものを見つけてこようと思います。
イェーイ。

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2006年10月31日 (火)

緊急対策をしてほしい

いじめによる自殺の連鎖が起きてます。
すぐに何か緊急手当てをしないと、この連鎖はつづいてしまいそうです。

なんかいいアイディアはないかなぁ。
いますぐに出来ること。
いじめを感じて、息苦しくなって、自殺まで考えてしまった子供を、なんとか思い止まらせる方法。

今をなんとか乗り切る方法。
ほんのちょっとしたことが、彼らにストップをかけられるはずなんだけどなぁ。

こないだテレビで、ヤンキー先生がラジオのパーソナリティをやってるところを放送してました。
ラジオを聞いて、ヤンキー先生に相談の電話をすることで、相談者が少しだけ落ちついたりする様子がありました。
「顔が見えないから、声だけだから、相談することができる」なんてことも相談者である、子供は言ってました。
たしかにそういうことあると思った。
いじめ問題とか、ほんとに隠しておきたいことだからこそ、おおっぴらには相談できないわけで。
そんなふうに匿名で、誰にも知られずに相談できる人や場所がもっとあれば、緊急事態の心を休ませたりすることもできるのかもしれません。

ヤンキー先生だけに仕事を押しつけるわけにはいかないけど、もっとこういうラジオ番組があればいいと思います。
ラジオだけじゃなく、テレビとかでも、子供たちが匿名で自分の悩みとか、身の回りで起きているトラブルを相談できる場所があれば。

各テレビ局は、深夜枠でいいから、そういう番組をつくってくれないかなぁ。
この問題にかんしては、国が予算を出してくれてもいいと思う。
若い命を守るのは、国の使命でもあるわけだし。

視聴率とか取れないかもしれないけど、危機的状況にある子供たち向けの、相談番組が作れないかテレビ、ラジオ関係者は検討して欲しいもんです。

みのもんたさんも、おばさんの相談ばっかりじゃなく、子供の相談にものってあげて欲しい。
ジャニーズ事務所、ロックスターも相談に乗ってほしい。
総理大臣も直接子供の相談に乗ってほしい。
このさい偽善でもなんでもかまいません。
命が救えればそれでいい。
直接、ピンチの子供と話をしてほしい。

僕も、何かやれることを、やろうと思います。

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2006年10月23日 (月)

ぎりぎり

体力、気力、かなりギリギリな感じです。

でも、なんとかがんばってます。

プログ書く余裕がなくて、すんません。

それなのに今日は、高校生に芝居の授業に行かねばならない。

みんなに、こんな状態の自分を見せるのは嫌だけど、できるだけつっぱるぞー。

では、いってきまーす。

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2006年10月19日 (木)

いじめ問題2

いじめ問題について、ここで書いたら、いろんなコメントをもらいました。
ありがとうございます。
いろいろとまた考えさせられました。

こんな記事が、オーマイニュースにありました。
http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000001427
とても興味深く読みました。
親のありかた。
教師のありかた。
ここに手がかりがあるような気がします。

それにしても学校というのは、外に開いていない社会だなと痛感します。
管理のことを考えると、今の学校のスタイルを変えていくのは、とても難しいのだろうけど、できるだけ外に開いていくといいなと思います。

昨日も、九州の母校に、特別講師のような形で招かれて授業のようなことをやってきたんですが、そこでも学校のこと、教師のことなど、いろんなことを考えさせられました。
外部の講師がきても、内部の教師の人との交流さえままなりません。
そういうところで意見交換とか、いろいろできたらいいのになぁと思います。

ともあれ、この体感脚本講座では、これからも『物語』をいかに面白くしていくかを考えていきたいもんです。
その物語が、きっとどこかで、誰かにとどくと信じて。

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2006年10月17日 (火)

いじめ問題

いじめが原因での小学生や中学生の自殺が、また増えてきてしまった。
マスコミでは、その原因追求がつづいている。
そんなニュースを見るたびに、やりきれない思いになっているのは、僕だけじゃないだろう。
ほとんどの人が、同じように感じているはずだ。
たぶんいま加害者扱いをされている、子供や大人たちもふくめて。

文部科学省や教育委員会は、口をそろえて『すぐに調査し、対処する』っていうけど、実際問題どんな対策がとられているのだろうか。
学校は、きわめて閉鎖されている場所だ。
外側にいる人間には、中のようすはとてもわかりずらい。

子供たちが、いじめにあったとき、一人でもその心をわかってくれる友達が側にいたら、自殺なんていう最悪の事態は避けられるのではないか。
彼らが、ちょっとでも避難できる場所があれば……
これなら絶対効くなっていう方法は、たぶんないだろう。
そんな方法があるのなら、とっくにどこかで誰かがやってるにちがいない。

こんなのは、どうだろうか?

○担任教師のローテーション制。
その学校が一学年に4クラスあったとしたら、四人の担任教師がいるわけで、それらの先生たちが一月ごとに各クラスの担任を交代していくというシステム。
つまり四人の教師が、一学年全員の担任となるというわけ。
一人の教師では目がとどかないところも、全員でフォローしていけば、広くなっていくのではないか。

○一月ごとにクラス替え
一月ごとに、クラス替えを行うというもの。
あるクラスで、いじめにあったとしても、しばらくがまんしてれば、月代わりにクラス替えがあるので、次の月にはまた新たなメンバーになり、気分一新できるだろう。
各クラスで、授業の進行度合いが違っていたりすると、問題はあるかもしれないがやってみる価値はあるんじゃなかろうか。

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2006年10月15日 (日)

美しい国

焦りと、体力の消費が一緒になって、肉体的にも精神的にもかなりおいつめられてるのがわかる。
そんななか、録画していた、『男はつらいよ』を見た。
そこには美しい日本と、優しい日本人が映っていた。
もう無くなってしまったかもしれない、かつての日本。
もう亡くなってしまった人たち。
でも、彼らはそこにいた。
まちがいなく、そこにいた。
そして、きっといまも、そこにはある。

少し、勇気が出た。

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2006年9月28日 (木)

目撃情報

有名人を目撃。 おとといは、新宿で、キム兄を、昨日は、浅草で会川翔兄を見た。 両方とも、なんでアニィ系なのさ。 僕としては、オネェチャン系の有名人を見たいものだ。 こういうとき、自分のオヤジ化が顕著なことに気づかされる。

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2006年9月24日 (日)

いい季節

Imgp3589 取材旅行から帰ってきて、ようやく体調が元にもどりつつあります。
時差の影響で、このところ明け方まで夜更かししてしまい、午前中になかなか起きられないというパターンに陥っていたんですが、ようやくもとの朝方生活にもどりました。

やっぱり脳は、朝の方が活発に働きます。
ぼくはものを書くのは、もっぱら午前中なんです。

スペインでは、思うように芝居とか映画を見ることができなかったので、帰って来てからは見まくりました。
演劇は青年座『夫婦レコード』とサスペンデッズ『CLEARLY』

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ダンスパフォーマンス『JOUと貞太の稽古場カフェ』
映画『Xメン』『マイアミバイス』『タイヨウのうた』
DVDでは、『コーチ・カーター』『荒野の用心棒』

いったいいつ仕事してるんだよって感じですが、ちゃんとやってます。

いい季節になりました。
窓を開けると、ほのかに金木犀の香りがしてきます。
この香りを感じると、いろんな記憶がよみがえってきます。
香りが記憶をよびさますってこと、たしかにありますよね。

ぼくは、高校時代の古い校舎を思い出します。
あれからずいぶんたったけど、僕の内側にあるものは、ほとんど変わっていない気もする。

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2006年9月13日 (水)

帰国しました

Imgp3566 Imgp3547 あっというまに帰国の日がきた。
バロセロナの三日間は、ずっと街が休み状態だったので、ウィークデイの街を見るのは今日しかない。
しかし、出発は十時二十分。
店が開くのは十時。
僕に残された買い物時間は二十分だけだ。

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Imgp3550 Imgp3553 Imgp3556 Imgp3557 Imgp3559 Imgp3561 Imgp3563

早めにチェックアウトして、ホテルの近くの市場を見に行く。
するといきなりすごい雨が降ってきた。
ドカーンと、すぐ近くに雷も落ちる。
さすがに市場で働く人たちも、びっくりしたように天井を見上げていた。

市場は生活の匂いがたっぷりあって、本当に面白い。
きれいな果物や野菜、魚や肉。
ちょっとギョッするようなものもあって、楽しい。
でもなんだかカメラで写真撮ってばっかりいるのも悪い気がして、ハムを買いました。

4_006

空港行きのバスに乗り込む前の二十分で、近くのカンペールにいって大好きな靴を二足買いました。
自分へのご褒美。
カンペールは好きな靴のメーカーなんだけど、スペインが本拠地。
原宿でも買えるけど、なんとなくここで買って帰りたかったんだよね。

バロセロナ空港では、ブリティッシュエアラインのチェックイン待ちの人の行列がえんえんと続いてました。
こりゃ、だめだ。
と、なかばあきらめながら並ぶしかありません。なんだかモタモタ作業してます。
これがこれからの悲惨の辞退の前触れでした。
バロセロナからロンドン経由で、東京に向かうわけなんですけど、まずはこの便が遅れました。
機内持ち込み荷物のチェックにまたえんえん時間がかかります。
たぶん二時間近く遅れたんじゃないかなぁ。

ロンドンヒースーロー空港では、またえんえん手荷物チェック。
もちろん靴も脱がなきゃならないし、ベルトもはずさなゃなりません。
成田行きの便の離陸時間ギリギリだったので連絡通路を走ったにもかかわらず、飛行機は飛び立ったあとでした。
乗り遅れ決定。

Imgp3575

結局、五時間後に飛ぶANA便に振りかえてもらったんですが、五時間空港内で待つのはけっこう大変。
それでもポジティブに考えて、この間に監督と打ち合わせしたり、原稿を書いたりしてたら、あっというまに離陸時間になっちゃいました。

飛行機のなかでも、食事したり、原稿書いたり、映画見たりして、ちょっと寝てたら、わりとすんなり成田につきました。
ところがスーツケースが到着してない。
ロストバゲッジ!
乗り継ぎの時に荷物はついてこなかったみたい。
そんなこんなでパソコンだけ持って帰ってきたのでした。

取材日記終了でーす。

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2006年9月12日 (火)

ホテルで仕事

4_043 サクラダファミリアを見たあと、僕は一人だけホテルに戻って仕事。
とにかくストーリーを前にすすめる。
スペインに来て、体験して、見たことが自然とストーリーに現れてくる。
不思議だ。
やはり体と脳はつながっているんだね。
外側からの刺激で、脳のなかのストーリーが自動的に出来上がって行く。
乗ってきたって感じ。

監督が取材から帰ってくるまでに打ち合わせができるように仕上げようとがんばった。

できあがったストーリーは、監督もかなり気にいってくれた。
なんとかなりそうな気がしてくる。
まだまだ完璧というわけではないが、方向性はまとまってきた感じ。

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食事の時間まで、小一時間あったので散歩に出る。
ホテルの近場を探索することにした。
いきなりデモ隊に遭遇。
なにを訴えてるかはわからなかったが、デモをしている人たちの雰囲気から、なんかかなり過激派っぽい感じ。
ちょっと離れて観察することにした。
デモ隊は、警官隊にかこまれて整然とデモをつづけていたけど、太鼓と笛で拍子を取る姿は、なんとなくサッカーのサポーターを連想させた。
ラテンだ。あくらかにラテンだ。

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少し歩くと、これもガウディの建築物としては有名なバトリョ邸の前に出た。
仮面をおもわせる窓が印象的な建物だ。
建物の中が見学できるようになっていた。閉館時間が近かったけど、運良く入ることができた。
どれもこれも素晴らしいデザイン。
解説を聞くと、ジューヌ・ベヌルの『海底二万マイル』に触発されたんだって。
百年ちょっと前のパリ万国博覧会の頃のヨーロッパって面白かったんだろうなぁ。

晩御飯は、また肉を食ってしまった。4_039

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迷路探検

3_132 3_136 3_145 たっぷりサクラダファミリアの内部を探索。

3_158 3_159 3_166 3_168 3_182

まるでガウディがつくった迷路を探検している気分になった。

迷路って、どうして面白いんだろう。
なんだかワクワクする。
メイズ。
迷路の意味を、いろいろ考えてみたくなる。

脳の中も、体内も、町も、世界も、宇宙も、きっと迷路でつながっている。
つながっている。

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ガウディ

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朝からガウディ。
バロセロナに来たからには、やっぱりガウディの作品を見なきゃね。
昨日は、ちょっとだけ公園を見せてもらったけど、きょうはメインイベントのサクラダファミリア、聖家族教会に行きます。
その前に散歩がてら、ガウディのデザインしたアパートを二つ見に行きます。
月曜日だけど、お祭りで休日になってるので、町は静か。
車も人も少ないので、歩きやすいです。

デザインのすばらしさに感動。
写真で見ては知ってたけど、実際に見たら、その質感とか町との関係性とかを感じます。やっぱり、いいですわ。

3_112 地下鉄に乗って、二駅でサクラダファミリア。

サクラダファミリアは、世界的に有名な建築物だ。
ひとえにガウディの独創的なデザインが、それを支えてます。
説明は不要だね。
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2006年9月11日 (月)

バロセロナ1

3_001 3_003 朝から監督たちは、山のほうに取材に行くことになったが、俺はホテルに残ってストーリーのプロットを書くことにした。
なんたって、この旅の間にストーリーを一つ、完成させなければならない。
じつは相当追いつめられている状況なのだった。
スケジュール的に、かなりきつくなってきていると、プロデューサーはプレッシャーをかけてくる。
ここを切り抜けなければ映画へはたどりつけないのだ。

なんでバロセロナまできて、ホテルにこもらなきゃならないのと思いつつ、俺の頭のなかではストーリーがぐるぐる動いている。なんか書けそうな気が、おとといあたりからムクムクともりあがってきている。山岳地方の取材もしたかったけど、ストーリーにもっと寄り添いたかった。3_005

同行のスタッフが乗り込んだバスを見送ったあと、ホテルの近辺を一人でちょっと散歩。
朝は、昨夜の大騒ぎとはうってかわって人通りもまばらで、空気もさわやか、気分爽快。
ホテルは、カタルーニャ広場のすぐ近くだった。
僕は一人で散歩が大好きだ。

通りを、ぐんぐん歩いていくと、いろんなものが見えてくる。町の風景が、心に飛びこんでくる。
コロンブスさんが、通りのはずれに立っていた。

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その向こうには地中海。彼が指さす先には、きっと新大陸があるんだろう。
海辺にはボードウォークがあって、水族館につづいてた。
水は、想像以上にきれい。東京湾の汚い水を見なれてるせいか。ぜんぜん泳げます、この海なら。
でっかい魚が、すぐそこを泳いでました。

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3_074 山から帰ってきたスタッフと合流して、郊外にある公園に行く。
ここはガウディがデザインした場所。
すばらしい。
ガウディが、大きな共同体を夢想していたらしいが、その断片でも十分、美しい。
この庭に、ずっと座っていたかった。
今度の映画では、美しい庭を大きな要素としてあつかうつもり。

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バロセロナ2

3_082

すごい人だかり。
朝はまばらだった通りも、昼前からぞくぞく人が出てくる。
歩行者用の通りが、道の中央に広くとってあるので、観光客向けの土産屋がいっぱいたっている。
ストリートパフォーマーたちも、ふつうにいっぱいいる。
スリもいっぱいいるらしいから、気をつけなきゃならないけどね。
朝にあたりをつけておいたので、スタッフたちを案内して、しばし散歩。
ちょっとしたガイド気分。

3_078 路地をまがって広場に出ると、そこではなぜか民族舞踊の音楽が鳴り輪になって踊っている老人たちがいる。
観光客もその輪にくわわって踊ってたりする。
このあたりの人たちの踊りらしい。
自然発生的にいくつもの話ができて、手をつないで陽気に踊ってる。
僕も参加したかったけど、ちょっと恥ずかしくてでそびれる。

歩いている人のほとんどが観光客だと思うと、歴史が町にもたらす経済効果の大きさにあらためて感心。
見るもの(ソフト)があるから、人はやってくる。
ガウディがつくった物(ソフト)を見るためになら、人は遠くからでもやってくる。
そして、僕も、ここに来たってわけだ。
いいものをつくることが大事だと、あらためて思う。

3_087 夕食は、バロセロナオリンピックのときに選手村があったあたりにあるシーフードレストランに行く。
港町だけあって、シーフードは新鮮でおいしい。

近代的デザインの建物が海辺に建っている。
港は豪華なヨットでいっぱい。
ヨットの市場みたい。

このあたりはナイトスポットでもある。
ダンスミュージックが聞こえ、ポールダンサーが踊るのが見えた。いかなかったけどね。

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2006年9月10日 (日)

スペイン2

2_024 取材の旅は、気になる場所があったら、そこに向かうという方針。
二日目は、マラガからグラナダに向かう途中にある、イスナハールという小さな町に立ち寄った。
湖に囲まれた山城が、そのまま町になったようなところ。

2_019 細い坂道にそって白い家が、えんえんと続いている。階段状になった道を、老婆が、これもかなり老いた息子に手を引かれてウォーキング中。暇そうな小犬が尻尾をふって近寄ってくる。こんな町にくる東洋人の観光客なんて、よほど珍しいんだろうね。

2_025 それにしても人気がほとんどない。土曜日だから、みんな休みってことか。店も、まったく開いてなかったよ。
村祭りにやってくる闘牛のポスターが、風にはためいていた。
強烈な日差しのなか、白い町はどこまでも静かだ。

2_045 アルハンブラ宮殿に行く。
世界遺産の一つ。
イスラム文化が残した美しい建物と庭を堪能。
オリジナルは、現在の五倍以上の大きさがあり、極彩色で彩られていたという。
いまは色がほとんどなくなっているが、それを想像するのが楽しい。

2_102 宮殿内にある元修道院のホテルのレストランで昼食。
今日はチキンにしました。
ターメリックな味付けで、美味しかったよ。

グラナダ空港で、バロセロナ行きの飛行機を待っていると、にわかに空がかき曇り、雷と豪雨がはじまった。
こんなのめったにないとのこと。
雷のせいか、停電までおきてしまう。すぐに復旧したけど、なんだか雲行きがあやしくなってきた。
あんのじょう飛行機が給油できなくて、出発できないという。
バロセロナに早くつけば、カンプノウでバルサの試合が見れるかもしれないというかすかな望みは、その時点で消えたのだった。

2_120 飛行場の待合室の固い椅子でうつらうつらしながら、二時間ちょっと。
ようやく飛行機が飛び立てるという。
雨があがって、やたらとさわやかな空気のなかを、飛行機のタラップまで走った。

とにかく今回の旅は、待ち時間がやたらと長い。
僕の場合、頭のなかでいくつものストーリーをぐるぐる回しているから、暇つぶしの必要はないんだけどね。

バロセロナのホテルは中心街にあった。深夜だというのに、まるでお祭り状態。
暇な人たちが、ウロウロ、ワサワサ。土曜日は、たいていこんなんだって。そこで衝撃の事実が判明、日曜日と月曜日は休日なので店はほとんど開いてないんだって。お土産とか買いたかったのになぁ。
晩御飯を食べにでる気力もなく、ベッドに倒れこむのだった。

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2006年9月 9日 (土)

アンダルシア1

1_002 スペインに来てます。
ほぼ丸一日をかけての空の移動は、ちょっと疲れましたけど、無事にマラガ空港を経てトレモリーノスというところに着きました。
同行している人の撮影機材が空港にとどいていなかったり、ハプニングはあったけどね。ロンドン経由の便では、荷物がとどかないことがよくあるとのこと。マラガの空港はいたってのんびりムードで処理してます。日本じゃ考えられません。その開き直ったともいえる雰囲気に、初スペインを感じたのでした。

1_008 トレモリーノスは、地中海沿岸にあるリゾート地。ホテルのすぐ向かい側にビーチがあって、水着の人たちがうろうろしてます。(着いたのは夜だったから、ほとんど人はいなかったけど)今年はまだ夏が続いてるみたいで、昼間のビーチには人があふれてます。そんな光景を横目で見ながら、僕たち一行はアンダルシア地方の取材に向かうのでした。

1_014 1_024

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1_037 1_054 1_048 アンダルシアの空中散歩。

熱気球で約一時間の空の散歩を楽しみました。
広大なオリーブ畑の上を、ゆったりと風まかせの旅。
距離感がつかめなくて、不思議な感じ。
まさにバードビュー。鳥気分を味あわせてもらいましたよ。
でも高所恐怖症の人には、ちょっとつらかったようです。
僕は全然平気ですけどね。どっちかというと高所快楽症かもね。

1_064 空中散歩を案内してくれたペペさんたちと、この地方流の軽い朝食。
トーストしたパンに、トマトソースとオリーブオイルをつけて食べます。生ハムをのっけたら、もう上等です。ミルクコーヒーも美味しかったよ。
荒野の中にポツンとあるカフェ。
食事中にやたらとハエがたかってくるんだけど、十五分で慣れました。

日差しが強いなかを、バス移動。

1_088 1_094 ロンダ、ロンダ、ロンダ。(ブルーハーツ調で)
たどりついたのは、絶壁の場所に町があるロンダ。
ほんとオリーブ畑と、枯れたひまわり畑ばかりを見ながら荒野を進むと、そこに山里が現れました。そこがロンダの町。
よくぞこんなところに町をつくったと思わせる、断崖の上。でも、すごくいい景色。まるで一枚の風景画のなかに入り込んだ気がします。
崖にそって、迷路のように入り組んだ道がつづいています。
この地に住んできた人々の長い歴史がつくった町なのよね。さまざまな文化の痕跡が見て取れます。

1_079 1_075 ちょうど闘牛祭りが開かれていて、すごい人出。なぜか老人と子供が多く目につきます。でもしばらくすると、おそろいのTシャツや、ドレスに着飾った若者たちが続々と広場に集まってきてます。
みんな踊ってる踊ってる。オーフラメンコ。フラメンコドレスが、なんだか浴衣に見えてきました。
夏祭の雰囲気って、どこの国でも似てる気がします。
そんな楽しそうな人たちを横目に、僕たちはひたすら歩き、ひたすらカメラのシャッターを押すのでした。

1_127 取材の楽しみの一つは、その地方の美味しいものを食べること。
闘牛祭りにちなんでミートを食ったよ。やわらかくて美味しかった。
野菜もうまい。トマトの実がしっかりつまってて甘くてグッド。

夕方になっても、まだまだ強烈な日差しのなかをバスでトレモリ ーノスに戻りました。
ビーチ沿いの道は、水着の人でウヨウヨ。しかしまぁよくぞここまでというくらい、メタボリックな人たちが目につきます。
そして老人と子供。
この時期、バカンスをつづけられるのは引退した人たちと、学校にまだ行ってない子供たちだよなぁ。と納得。

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2006年9月 7日 (木)

いってきます。

先日、即興で劇づくりのワークショップ、無事終了しました。
五年ぶりに再会した役者さんや、まったくはじめての役者さんたちと一緒に、デバイジングのやりかたでシーンを作っていき、最終日には簡単な発表をするところまで行きました。
よかったぁ。
みなさん、お疲れさまでした。
いろんなことが見えてきました。
このことに関しては、またじっくり書かせていただきます。

それでは今から取材旅行に出発してきます。
旅先からブログ書けたら書きますね。
いってきまーす。

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2006年9月 6日 (水)

パンプキン

Imgp3052 パンプキンスープ作ってみました。
タマネギとパンプキンをコンソメで煮て、ミキサーにかけました。
けっこううまかったよ。

ちかごろ太り気味なので、ダイエットしなきゃならないと思いつつ、毎日、食事量を落とせない僕です。
お付き合いで外食が多いうえに、甘いものとかも好きだし、運動不足だし、だめだめです。
日常を正さなきゃだめです。
ここで宣言して、有言実行、がんばります。

Imgp3046 日曜日、ひさしぶりに新宿に行ったら、伊勢丹前の歩行者天国でストリートパフォーマーがやってました。
すごいひとだかり。乗ってるなって感じです。
僕は、最後の十五分くらい見てたんだけど、ジャグリングと一輪車でお客さんをすっかりつかんでました。
若い日本人の大道芸人です。(名前はわかんない)
ラストは、帽子を取り出して、そのなかにお客さんたちからお金を入れてもらうわけなんだけど、これがマジですごかった。
僕は、世界各地で大道芸をけっこう見てきてるはずなんですけど、今まで見たなかでもっとも儲かってました。
帽子の中は、ふつう小銭ばっかりっていうのがほとんどなんだけど、今回のこの若手芸人さんの帽子には、お札がバンバン投げこまれてました。そのなかには万札もまじってた。
いやー、こんなに儲かった大道芸人を見たのは、はじめてでしたよ。
ちょっとうらやましくなったくらいです。
太っ腹なお客さんが多かった。
新宿ってすごいよ。

Imgp3050 その大盛り上がりの横で、上半身裸の舞踏家が一人で、なんかやってました。
こっちのほうは、まったく人がよりつかず、なんだか寂しそう。
うん、きみ、それじゃ人はあつまんないよ。
ついつい演出家的な気持ちになってしまう僕でした。

で、なんで新宿に行ったかというと、『イキウメ』という妙な名前の小劇団の芝居を見てきました。
作演出をしている前川知大君は、一度、うちの脚本講座にも来てくれました。
前川知大、いい脚本家です。
いろんなタイプの脚本を書ける、才能豊かな人。注目株ですよ。
今回の芝居は、ちょっとブラックなSFホラーって感じ。
ふつうの人が、異世界に引き込まれていく恐怖を、観客も味わうことになります。そしていつしか異世界が、本当にあるのではないかとさえ思うようになる。
ミステリー的な味付けで、芝居通も、楽しめる作りになってました。

劇場では、演劇関係の昔からの知り合いに偶然あって、旧交をあたためました。
彼女は、一昨年大病をして、少し元気がなさそうでした。
やっぱり、そういう年齢になったのかなぁって、ちょっとしみじみ。

まだまだやりたいことがあるなら、健康でいることは、本当に大事。
スープ食って、おれも元気になるぞっ!

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2006年9月 4日 (月)

北海道に行きたい

2 青春映画の『シムソンズ』をDVDで見ました。
トリノオリンピックのときは、ちょっとしたカーリングブームが起きましたよね。そのカーリングを題材にとった青春美少女ムービーです。
なんとなく借りて、何となく見たんですけど、よかったです。
正直言うと、泣いてしまいました。
うわー、恥ずかしいィィィ。

実在のカーリングチームをモデルにした、映画なんですけど、そこは映画的な脚色がなされていて、いろいろとドラマチックな展開になっているわけなんですけど、青春映画のツボをおさえた展開で、すごく好感の持てる映画にしあがっています。
僕が一番気にいったのは、北海道常呂町の風景。
ほんとうに美しい海や浜辺、草原、道、見えない風までが、そこに映し出されています。見事な撮影だと思います。

主人公の女の子たちも、それぞれ可愛く、美しい撮られていて、スタッフの愛情を感じます。
日本映画、なかなかやります。

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2006年9月 3日 (日)

挨拶は大事

このところ、たてつづけに、見知らぬ人(覚えてない人)に、挨拶をされました。
見知らぬ人に挨拶されたときの心理状況。
『えっ!?  僕!?  だれ!?  えっ、覚えてないんだけど……でも、挨拶してくれるってことは、知り合いなんだろう……とりあえず挨拶しとこう……』

で、とりあえず、こっちも頭を下げて、すっと通りすぎるわけなんですけど、心のなかではしばらく葛藤がつづきます。
『おれが忘れてたのか……それとも、向こうが間違ったのか……それとも、おれ、そっくりの人物が、ウロウロしているのか……???」
そんなことかたてつづけに起きると、だんだん、『自分そっくりの人物がウロウロしている』という結論に達していくわけです。

そんな思いで、一昨日も歩いていたら、電車のホームで、僕にむかってニッコリ頭を下げる女の人がいました。
やはり、まったく見覚えがありません。でも、たしかに彼女は、僕のほうにむかって頭を下げているのです。
『うわー、まただよ……』
ちょっと距離が離れていたので、気がつかないふりをして、無視してしまいました。
知り合いに会っても、気がつかないってこと、よくあるし相手も、そう思うだろう……
そう油断してたら、その女性は、同じ駅で降りるじゃないですか。
しかも、同じ方向に歩いてくる。
ついに交差点で一緒になってしまいました。

さっきは挨拶してくれたのに、こんどはまったく見知らぬ他人って感じ。
やっぱりさっき無視したからか……
いや、向こうももしかしたら、まちがって挨拶してしまったのかもしれない。
そんなことを思いながら歩きだしました。

するとその女性も、また同じ方向に歩いていくではありませんか。
えっ!?  どういうこと!?
そう思っていると、僕の目的地の稽古場に入っていくのです。
そう僕と彼女は、同じ場所に向かっていたわけ。

僕はそこで『即興を使ってのストーリー作り』というワークショップをやっていて、彼女は、それを見学に来た人だったんです。
「駅のホームで、さっき僕に挨拶してくれましたよね?」
と、僕が訊くと、彼女はポカンとした顔で、
「音楽聞いていて、リズムとっちゃっただけなんですけど……」
ガーン!
フライパンで思いっきりひっぱたかれたようなショックを受けました。

たとえ間違いだったとしても、これからも挨拶はちゃんとしようと思ったのでした。

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2006年9月 1日 (金)

ジンマシン

ジンマシンが出てしまいましたぁー! 明け方、なんだか寝苦しくて目をさますと、右膝のあたりに違和感があります。おきて水でも飲もうとしたら、みるみる赤くはれてきて、ジンマシンが。つづいておしりのまわりとか、腕とかにも、みるみる広がり、あっというまに、ジンマシンマンの出来上がり。

こんなことになったのは二度目だったので、さわがずじっとしてたら、数時間で引きました。ほっとしたよ。

しかし、いったい何が原因だったのか。悪夢を見てたのはたしか。寝る前に、焼きカシューナッツを大量に食ってしまったからか。うーん、どんなんでしょう。

ちなみに、ぼくの代表作は、マシンロボ。大好きな主人公の名前は、ジン。

二つをあわせたら……

しかたないか。

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2006年8月30日 (水)

アニソンと出会い

博多に行ってきました。
ふだんとはまったく違う仕事。
公共機関からの依頼で、なんとか委員みたいなものをやることになったわけ。
着慣れないスーツを着ての会議です。
いやー、疲れました。

でも、そのまえに、ちょっと嬉しいできごとがあったんです。
羽田で、飛行機に乗ろうとしていたとき、目の前に知り合いの顔がありました。
ショッカーO野。D1000006
プロデューサーであり、司会から、番組の企画、ライダーショーの構成、出演など、マルチにこなす、まさにショッカーの怪人さま。
彼とはもう二十数年来の友人です。
なんと同じ飛行機で、博多に向かっているとのこと。彼のまわりには、一見して芸能人とわかる人たちが数人います。
いまから博多で、『アニメジャパンフェス2006』のライブがあるんですって。
どういライブかというと、有名なアニメ主題歌を歌っている歌手のみなさんが、その持ち歌を生で歌ってくれるという豪華なもの。
「ここで会ったのも、やっぱ縁だよね。時間あったら、見に来てよ」
ショッカーにそう言われたら、行かないわけにはいきません。
行ってきました。親不孝通りのライブハウスへ。

Photo いやー、予想以上に面白かったし、もりあがってしまいました、アニソンライブ。
知ってる曲が何曲もあるし、みんな歌唱力のある本格派の歌手のみなさんばかりだし、みんなトークもうまい。
会場全体が一体となってもりあがるさまは、ロックコンサートの乗りでした。
今回の博多ライブの出演者のみなさんは、以下の人たち。
串田アキラ・影山ヒロノブ・山田信夫・遠藤正明・米倉千尋・きただにひろし・三重野瞳・森口博子。
アニソンってやぱっり体に染みついてるものなんですね。
あっというまの二時間でした。ラストは、串田さんの『筋肉マン』。ついつい口ずさんでいる自分がいましたよ。
お客さんたちの多くは、アニソン好きの人たちだったと思いますが、これはもっと広いお客層にも通じるものだと思いました。

D1000005 帰りに、福岡の地下鉄に乗ったんですけど、車内に蚊が飛んでました。緑の足の下の黒い点が蚊君です。
やっぱり東京とちがって、のんびりしてるんです。
電車も混んでないしね。
ビバ博多!

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2006年8月21日 (月)

スーパーな夜

Sup06b スーパーな夜
急にスーパーマンが見たくなって、六本木ヒルズの映画館に行ってきました。
ここだと八時からの上映開始で、間に合いそうだったから。
でもお盆の日曜日の夜に六本木にいくなんて、自分の常識の無さに気づいたのは着いてからでした。
盆踊りかなかんが開催されてたらしく、浴衣のおねぇちゃんたちと、やる気マンマンの外人さんたちが、ウヨウヨガヤガヤ。
映画館からは、ドドーッと人が吐き出されてくる。
あちゃー、とんでもないところに来ちまった。席ないかもしれない。ここまできてから、それに気づくのって、ほんとにおとぼけ君です。
ちょっと焦り気味でケチットカウンターに行くと、案の定、残りの席はあとわずか。でも、さいわい一人だったので、壁際の席が残ってました。

僕にとってスーパーマンは、幼い時に白黒テレビで見た、元祖ヒーローともいうべき存在です。
ゴジラやアトムや鉄人やウルトラマンなどよりも先でした。
みんなマントをつけるだけで、スーパーマンになって、空を飛んだ気になったもんです。

なんといってもスーパーマンの魅力は、空を自由に飛べること。
空を飛ぶ快楽を最初に具現化したのはスーパーマンでしょう。

宮崎駿監督のアニメの魅力の一つは、映像を見ること(体験すること)で空を飛ぶ快感を味あうことができるということだと、僕は思っています。
このスーパーマンの映画でも、空を飛ぶ快感をたっぷりと味わうことができました。

神話の時代から、『空を飛ぶ』ということは、人類の憧れであり、夢でもあったわけで、映画が、それを取り入れてきたのは、当然のことだったのかもしれません。

おもしろいフライングシーンを見たい僕としては、楽しめる作品にしあがっていました。
ドラマは、スーパーマンの愛の苦悩と成長を描いてるんですけど、そのあたりもウェルメイドな脚本でした。
無責任な観客の立場で勝手なことをいわせてもらえば、もっと原作からはみ出すようなスーパーマンも見てみたい気もするんだけど、オリジナルを尊重しなければならないという制約のなかでつくるとしたら、こういうふうになっていくのも仕方がないと思ってしまいます。
内情がわかってしまうというのは、脚本家の病かもしれません。
でも、その制約から、すこしでもはみ出して作り手のパーソナルをいかに作品に混入していくかが、大事なんだよね。

で、スーパーな夜は、まだまだつづきます。
映画を見終わって、劇場を出て、駅に向かう通路の先には、あまり人が乗らないエスカレーターがありました。ちょうどそこは人通りのあるところから死角になっているんです。
そこに十人ほどの人だかりができていて、真ん中に浴衣を着た女の子が仰向けに倒れてる。
女の子は意識がないらしくピクリともしていない。
ただごとじゃないということが、すぐわかった。しかし周りの人たちも、どうすることもできずにオロオロしているだけ。救急車への連絡は誰かがしたらしく、それを待つしかないという雰囲気。
僕もただ見守るだけしかできない。そこにどこからか「この人、医者なんです」という女の子の声。そして若い白人の男が女の子のそばにひざまずき、まるでERのドクターがするように、瞳孔と脈拍を見はじめました。
一瞬にして空気が変わるのがわかった。危機感のなかに、すっと一瞬安堵感が流れたんです。
ほんと命がかかわったとき医者というものの存在が威力を発揮するかを、体感しました。そのときサイレンの音が聞こえてきて、救急車が接近してくるのがわかりました。少し離れたところに救急車が止まると、その場にいた若いサラリーマンが駆けて行き現場に誘導してきます。名も知らぬ見知らぬ人たちが、連携プレーをしています。それはちょっといい光景でした。そのとき浴衣の女の子の意識が戻ったようだった。僕にはもう何もできそうなことはないと思ったので、女の子の無事を祈りつつ、その場をそっと離れました。

ほんのちょっと前まで、スーパーマンのファンタジー世界に行ってたはずなのに、いきなり現実のサスペンスが割り込んできて、僕は不思議な感覚のまま、駅へと歩きました。現実が、みょうに現実的に感じられないまま。どこかでまだ映画が続いているかのような感じなんです。

「ノミホウダイ、ノミホウダイ、ノミホウダイ」
いきなり肩ごしに若い黒人が話しかけてきた。
ふいをつかれて、僕はドッキリ。
相手が何を言っているのか頭では理解してるんだけど、体が反応しない。
外国人に話しかけられたという意識があるので、体は英語を話そうとしてるんだけど、聞こえてきている言葉が日本語なので、心と体が混乱して、言葉が出てこないのだ。頭では日本語で答えようとしているのに、体は英語を使おうとしているわけ。
これまた奇妙な感覚を味わってしまいました。
外国人の多い六本木ならではの感覚かもね。

メトロの乃木坂駅のトイレに入ろうとすると、その前で白人男性と浴衣の日本人の女の子のカップルがなにかいちゃついている。
二人は、そのまま女子トイレの中に消えて行ってしまいました。
おいおい、おまえら何するつもりなんだよ。
心でつっこみながら、走り込んでくる地下鉄に飛び乗るのだった。

Photo_1 自宅のある駅で降りて、ちょっと水でも買って帰ろうとコンビニに向かいました。
するとコンビニの前のタバコの自動販売機の前で、喪服に身をつつんだ年配の女性が二人、タバコが買えずにモタモタしてました。お通夜か葬式の帰りに一服したかったんでしょう。でもとっくに十一時は過ぎてるので自販機は販売中止になってます。それに気づかずに彼女たちはコインを投入し、『いったい、どうなってるのよ?』状態になっているのが、みえみえです。

自分で言うのも変ですけど、僕は田舎育ちで、お年寄りには親切にするというのが、子供のときから体に染みついてます。
それで瞬間的に、その喪服のコンビに声をかけていました。
「もー遅いんで、それ販売中止になってるんですよ。たばこなら店の中で買えますよ」
僕としてはしごく普通に言ったつもりだったんですけど、おばさんはなぜか、『ギャーッ』って悲鳴をあげて飛び上がってしまいました。
そんな脅かすつもりはまったくなかったんですけど。
僕はすっかり気まずくなって、コソコソとコンビニに入っていきました。もちろんおばさんたちも気まずかったらしく、「もー、自動販売機でタバコ買えないんだもん」となぜか声高に宣言しながらコンビニに入ってくるのでした。
いったい誰に言ってんだよ。

深夜のコンビニでは、消費期限になったパンを半額セールしてました。床近くに置かれたワゴンのなかには、売れ残りの菓子パンが山盛り。
そのワゴンの前に、ペタンと座り込んだ一人の少女がいた。
僕は見てはいけないものを見てしまった気がしました。彼女は、あきらかにやせすぎで、骨が浮きだした背中をまるめて座りこんでいる。両手でいくつもの菓子パンを抱え、一心不乱にパンを選んでいます。それは鬼気せまる光景です。
摂食障害。
僕の目のなかに、そんなテロップが流れます。

おばさんたちには親切に声をかけることができても、この女の人には何もしてあげられません。
目の前で気絶し倒れている人には、無償のボランティア精神で手当てをしてくれる人たちが、たくさんいます。親切な人は、実際けっこういるんです。
しかし、困ったり、苦しんだりしている人には、声をかけることも難しいのが、この都会です。
まったく不思議なところです。僕たちが暮らしている世界は。

映画館から家まで帰ってくるまでの、ほんの30分くらいの出来事でしたけど、いくつもの人生を切り取って見た気がしました。
それぞれの断片をうまく表現できたら、けっこう面白い映画ができるんじゃないかと思いつつ、僕のスーパーな夜は終わったのだった。

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2006年8月19日 (土)

親指シフト

Imgp3034 携帯につづいて、買ってしまいました。
新しいノートパソコン!
九月の取材旅行にそなえて新型投入でございます。
これからは、こついとともに世界を旅するのだ。
こいつの名はフジツーライフブック。

僕は、ずっと富士通さんのワープロからパソコンを使ってます。
どうしてそうなのかというと、このキーボードに注目してください。
今ではほとんどの人が目にしたことのないキー配列だと思います。
Imgp3035 これが伝説のキーボード、『親指シフト』だ!

JIS配列とはまったく違うコンセプトでつくられたこの日本語キー配列は、日本語を打つには、本当に使いやすいんです。
しかし、もともと富士通独自のキーボードであったがために、全国的に普及せず、今では日本全国に約20万人くらいの親指シフターだけが残っているものと思われます。
ずっとこのキーボードを使っている僕は、もうこれ以外のキーボードを使う気はさらさらありません。
ですから、こういうノートパソコンが出たとなると、ぜがひでも買っておかねばという気持ちになってしまうというわけ。

Imgp3036 いったいどこまで生き残ることができるのか、親指シフトキーボードを愛する者たちは。
でも、本当に使いやすいんですよ、このキーボードは。

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2006年8月18日 (金)

機種変更

Imgp3032 一年十カ月つかっていたMOVAの携帯を、ついにFOMAに機種変更してしまいました。
ジョグダイヤルのやつを使っていたので、どうしてもそれと同じタイプのやつが欲しかったんで、これにしました。
名前はスピードセレクターに変わってるけど、こいつはまちがいなくジョグダイヤルだ。
S社から、D社に変わってるけど、まちがいなく後継機種だぞ、こいつは。

Imgp3033 まえのはシャキーンって、文字盤が回転して、ボタンが現れるやつだったけど、今度のは、チャリーンって、スライドしてボタンが出てくる。

昨日は、新しい機種の機能とかを知りたくて、いろいろいじってたけど、今日になってなんだか前の機種がなつかしくなってしまった。
まだ使えたし、ずっと一緒にいてかわいがっていたのに、なんで僕は新しいのに変えてしまったんだろう。
古い機種が、なんだか悲しそうにしてるような気さえしてきます。
やっぱり前のやつのほうが手になじんでいるんだよなぁ。
新しいやつは、まだよそよそしい感じがします。
そりゃ、機能とかは、すごく進化してるし、画面も大きいし、カメラの画素数なんてデジカメなみだし、もうしぶんないんだけどね。
でも、もうあともどりできないので、この新人と一緒に歩いていくことにします。

ストラップだけは、十年前から同じものを、ずっと使ってます。もうピカチュウの色がはげちゃってるけど、なんだか捨てられないんだよねぇ。

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2006年8月16日 (水)

喉を痛める

喉をやられました。
冷房つけて寝てたのが、よくなかった。てきめんです。
今回の喉は、いままでに体験したことがないくらい痛いです。
ご飯を飲みこむのも痛いので、よく噛んで食べてます。
これをつづけるとかえって健康になるかもね。
ちかごろ太りすぎなので、食欲が押さえられていいかもしれません。
転んでも、ただでは起きないぞッ!Imgp3019

昨日は、盆休みから東京に帰ってきて、そのままローリングドラマツアーをやりました。
今回の参加者は、ちょっと少なく、岩井、金子、JOUさんと、僕の四人。
岩井くんが、次回作の構想を書いてきたのと、金子くんが出来上がっていたプロットのオープニングシーンだけを書いてきたので、それを全員で読むことに。
JOUさんは、ダンス雑誌に書いた記事を持ってきてくれました。
コンテンポラリーダンサーとして活躍するJOUさんは、ちかごろライターとしても仕事の幅を広げてるようです。なんにでも挑戦するその姿勢やよし。それにこの人、演劇や脚本についての鑑賞眼もしっかりしているので、あなどれん。アドレナリン。

しかし今回は、ちょっと雑談が多くなってしまった体感脚本講座でした。でも、ときにはこういう回も必要。雑談のなかから、いろんなアイディアも出てくるというもんです。
それぞれ、これから年末に向かっての計画やスケジュールなどを確認して、またそれぞれの場に向かっていくのでした。
みんな、がんばれッ!

写真は、ふるさとの実家から十分くらい車で走ったところにある、お気に入りの森。朝日をあびてます。

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2006年8月10日 (木)

ドラマツアー

ローリングドラマツアー再開Imgp3002

  ハイバイの公演もおわって、僕のほうもちょっと落ちついたので、ローリングドラマツアーを再開しました。
  舞台系の作家が集まってるんだけど、映像の脚本でもきちんと金のとれるものを書けるようになろうっていうのが、今回のツアーの目的。
 まずは、短編シナリオを書いてます。
 このなかからも、きっといい作家が誕生することでしょう。

 来年のポケモン映画のストーリーも、だんだんかたまってきました。
 お盆休みが終わるまでにはなんとかかためて、脚本を書き始めます。

 ちょっとお盆休みにはいります。お盆あけに、またお会いしましょう。

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2006年8月 8日 (火)

デバイジング

三日間。『デバイジング』のワークショップに参加してきました。
これは何かというと、演劇の脚本の集団創作のやりかたについての、体験講習会です。
脚本の集団創作なんて言っても、演劇に無関係の人には、なんのことやらだと思います。Imgp2997

divide
ディバイドには、わけるとか、分類するとか、賛否を採決させるとかの意味があります。
つまり、みんなでわけて、決めていこうって感じです。

脚本は、一人で書くものなんじゃないの?
そう思われている人がほとんどだと思います。
そのとおり、普通はだいたい一人で書くわけなんですけど、このデバイジングでは、それを参加者(役者やスタッフ)が全員で作っていくというやりかたで作り上げていくんです。
ロンドンに、このやりかたで何年もやっている劇団があって、そのメンバーの一人(ドリュー)が、日本に教えにきてくれました。

僕も、この何年か、芝居の集団創作について興味があって、自分でもいろいろとチャレンジをしていたので、他の人がどんな方法でやっているのか知りたくて、このワークショップに参加したわけ。

結論からいえば、僕が考えていた方法を、合理的に整理してもらったって感じで、すごく楽しく、有益でした。
ストーリーが出来上がっていく過程という点では、一人でやるのも、集団でやるのも、実は同じなのだということが、あらためてわかりました。
集団でやることの利点は、作品に客観性が持てるということと、孤独にならないということ、そして、その過程で即興を楽しめるということなど、いくつもあるような気がします。
ただ、一つの作品をつくりあげるのに、かなりの時間とエネルギーが必要なので、それを同時にやっていける、仲間の構築が大事ですね。
これは、何をやるときも同じか。

デバイジングのやり方について、ここでは詳しく書きませんが、どこかでやってみたいと思います。

それにしても夏の真っ盛り、朝の十時から夕方六時まで、稽古場にこもった三日間は、けっこう充実でした。
『物語作り』は、ほんとに面白い。

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2006年8月 4日 (金)

サラダにこる

いろいろみなさんに心配かけてたみたいで、すみません。コメントくれた方々、ありがとうございます。はげまされました。ちょっと落ち込み気味で、人に発信できる感じじゃなかったんですけど、かなり復活してきました。

で、サラダ作りに、ちかごろこってます。いままで料理などしたこと、まったくなかった男が、サラダつくって野菜食べるようになりました。緑と赤と黄色の野菜を主に食ってます。大量に。Imgp2996 これは昨日の作品。どうですか。

昨日は、一つ、仕事のめどが立ち、気分はじょうじょうでした。やはり創作は、人に認められてなんぼですなぁ。

あと、劇団員だった佐藤大介が自分の小説が本になったと送ってきてくれました。タイトルは『サルト』岩槻大介の名前で、新風舎から出版されてます。定価は1300円。

うちの劇団出身には作家になったやつがけっこういて、直木賞とかとっちまったやつもいるんだけど、自分の本を、僕にこうして送ってきたくれたのは、岡崎純子と佐藤大介だけ。涙が出たよ。うれしくて。読んだら、ちゃんと感想書かなきゃ。

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2006年8月 3日 (木)

親友・俳優・中村

盟友で、盟友の、中村和三郎が出演している舞台を見に行った。

『広島の姉妹』、(スタジオバリオ)。オフィスサエが、毎年この時期、やっている広島シリーズの一本。原作は、作家・山本真理子(岩崎書店)。広島で被爆した少女のモノローグで、平和だった日常が、一瞬にして壊れてしまうさま、そこに生きていた人たちの生々しい現実が語られる。

Kodomo8

いろんなことを考えた。高校生くらいに、見せたい芝居だと思ったのは、おれが大人になったってことなのか。

いまも中東では、戦争のまっただなかだ。悲劇はつづいている。それから目をそむけてはならないと思う。

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2006年8月 2日 (水)

今年もポケモン映画公開中

今年も、ポケモン映画が、全国公開中です。

1 初日の舞台挨拶の楽屋訪問。これもこうれい行事にしちまった。

ちょっとブログさぽってましたけど、ボチボチ再開します。

脚本講座も、まだまだつづけるよ。

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2006年5月 4日 (木)

キャラ募集

Imgp2898 しばらくブログさぼってました。
ブログさぼってるときは、仕事してるときなのね。
ほんと、一つのことに集中してしまうと、他が手がつかなくなるタチです。
または、一つのことが気になると、他がおろそかになる。

このところヤカンをコンロにかけておいて、それを忘れることが多々あります。
仕事しながら、コーヒーいれようと思って、コンロに火をつけるんだけど、ハッと気づくと水はとっくになくなってます。水蒸気となって。
朝、コーヒーを飲みたいなと思ってたのに、昼過ぎまで、これを三回くりかえし、とうとうその日は、コーヒー飲めませんでした。
そんときは、まじでちょっとボケはじめたかと思ったよ。
いいほうにとれば、集中力があるってこと?
でも、これは危険だと思ったので、お湯わかすときは、じっと見張っていることにしました。

で、ここから本来の脚本講座。

キャラクターの作り方について。

脚本家は、ストーリー、ドラマをつくるのに、登場人物、つまりキャラクターが絶対必要になります。
映像で、それを表現するわけだから、できるだけ一目でわかるようなキャラクターを作りだすことができれば、それはベストなわけ。
もちろん、そういうことをしなければならないってことじゃないから、いまから書くことは、一つの例だと思ってください。

一目でわかるキャラクターってなんだろうって考えながら、昨日は散歩してました。
これが結構むずかしい。

そんなとき目についたのが、よく公園で見かける一人のおじさん(60代)。
この人、いつも小型のラジオを手に持って、歩いてます。
しかもそのラジオは、汗で濡れないようにビニールに包まれてます。
耳元でラジオを聞きながら、ひたすら歩きつづける初老のおじさん。
名づけて、『ラジおやじ』

『ラジおやじ』と名づけた瞬間、キャラクターがたってきたような気がしました。
独り暮らしだけど、さみしくてもそれをあまり感じさせないで、マイペースで生きている。人に迷惑をかけないようにこころがけているけど、ついつい迷惑をかけてしまう、そんなお邪魔な人生を送ってきた。ラジオを毎日聞いているので、世間のニュースには、やたら詳しい。几帳面で、けっこう潔癖症。好きな番組は、落語。

どこにでもいるおじさんに、一つ、ラジオというアイテムをつけただけで、キャラクターのイメージがふくらんできました。
この方法は、つかえるかもしれません。

キャラクターにアイテムを持たせてみる。
アイテムへのこだわりから、観客に性格や生活感を想像させることができる。

あとネーミングね。
『名前』から、ふくらむイメージってとても大事だし、使い道があります。

自分自身をふりかえったとき、あなたは、どんなアイテムを持って生活してますか?
そして、どんな名前で生きていますか?
知りたいなぁ。

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2006年4月26日 (水)

ローリング・ドラマ・ツアー4

ローリング・ドラマ・ツアー4回目

今回は、短い作品のプロットを全員が出し合って、それについて考えるというエクササイズをやった。
タイトルは『家族』
家族についての、十分間のミニフィルムを作るとして、そのストーリー案を書いてくること。
というのが、課題。

プロット創作の一回目に『家族』を選んだのは、一番身近で、誰にも身近にあるテーマだから。
参加した7人のメンバーが、それぞれ家族についてのプロットを作ってきてくれた。
人に個性があるのと同じで、おなじテーマについてでも、出来上がってきたのは、それぞれ個性あふれるストーリーばかりだった。

それらのストーリーの良いところはどこか。問題点があるとしたら、どこかを、全員で検討していく。
脚本が共同作業でつくられるということを、こういう話し合いをすることで、体感してもらう。
自分が気づかないことを、他の人は気づいていたり、新しい視点をくれたりすることがある。
脚本家は、それらの総合力を一つにしていく仕事なのだ。

次は、このストーリー案を、シナリオの前段階の、『ハコ』にしていく。
だんだんシナリオに近づいていくのだ。
ここで出来上がるであろう脚本の使い道を、ちょっと考えた。
やはり脚本ができたら、それを映像化したいものだ。
そのためには、何をしたらいいのかも考えていきたいと思う。
脚本を欲しがっている、映像作家とかもいるだろうしね。

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2006年4月25日 (火)

応援します

がんばっている人を応援したい。
心から、応援したい。
ましてや、そのがんばっている人が、身内や知り合いだったらなおさらだ。

応援することで、自分も元気づけられる。
同じ気持ちを共有できる。

きっと誰しもが、この気持ちはわかってもらえるだろう。

これは人が持っている、善なる部分だと思う。
そして、この『共感』効果を、最大限に使うのが、演劇や音楽、エンターテイメントの世界だ。
つまりエンターテイメントは、人間のもっとも善なる部分の集大成ということになる。

僕のまわりには、それを信じて、がんばっている人たちがたくさんいる。
僕は、みんなを応援したい。

忙しいなか、一人でがんばってる人、がんばれ!

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2006年4月23日 (日)

思えば会える

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                                              アースデイ
という名前のイベントを、代々木公園でやってました。

あっ、これのことか。
前日、友人のブログを読んでいたら、『明日、代々木に行く』って書いてあったので、代々木で何かあるのかなって思ってました。
僕の頭で、それがつながったってわけ。
たぶん、友人は、このイベントに行くつもりなんじゃなかろうかと。

次に、僕の頭に浮かんだのは、『ここを歩いていれば、きっと彼に会える』でした。
でも実際には、その可能性はものすごく低いんですよね。
きっと何万人単位の人が、このイベントにはくるわけで、いつ彼らがくるかもわからないわけだから。

で、結論を言うと。
会えました。
彼の方が、僕を発見して、声をかけてくれたのです。
「なんで、ここにいるんですか?」
「いやー、ブログに代々木に行くって書いてあったから、もしかしたら会えるかもしれないって思ってたんだ」
「えー……でも、すごい偶然ですよね、こんなところで会うなんて」
「うん、でも、きっと会えるって思ってたよ」
 彼の息子にも、ひさしぶりに会えて、よかったです。

会いたい人には、会いたいって念じていると、会える確率が高くなる。
これは間違いない!

代々木公園のチューリップが、きれいに咲きました。
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2006年4月22日 (土)

プレゼント

Imgp2897 これは先月、出席した結婚式の引き出物。
ちょっと不思議なボトル。
入っていた解説書によると、このボトルに水を入れておいて24時間すると、まろやかになるという。
まろやか。
なんかいい響き。

飲んだ水がまろやかなのか、そうじゃないのか、それは飲む人の主観しだい。
まろやかだと思えば、誰がなんといおうとまろやかなのだ。
自由だと思えば、自由なのだ。

僕にはこのボトルが、すばらしく演劇的な装置に見えてくる。
水が変化するのだ。
見た目は何も変わっていないのだが、このボトルの中にちょっといただけで、中身が変わる(まろやかになる)のである。
演劇は、このボトルのようにありたい。

水変身ボトル。
これを僕にくれたEY君と、昨日話していて、ちょっと感動した。
ぼくは、結婚式の引き出物は、出席者はみんなおなじものをもらっているのだと思いこんでいた。
しかし、それは大きな間違いだった。
引き出物は、渡す相手ごとに、まったく違うものだったのだ。

つまりこのボトルは、僕のためにと彼らが考えて贈ってくれたものだった。
そうか、そうだったのか。
じんわりとしたうれしさが、こみあげてきた。
すまん、かってにみんなおなじだと思い込んでいて。
僕は、自分の無神経を反省したよ。

このボトルは、水をまろやかにしてくれると同時に、僕の心もまろやかにしてくれた。

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2006年4月19日 (水)

ローリング・ドラマ・ツアー3

ローリング・ドラマ・ツアー3回目

 我が家で再開した、ローリング・ドラマ・ツアーも三回目。
 今回は、また新顔登場。
 役者と劇作をやってる4郎と、笑顔のテロリスト脚本家のKキングだ。
 EY君、マリ王、A美、K猫と、今回は総勢7人。椅子が足りなくなったので、一つ買ってきてもらった。

 初対面の人もあったので、雑談しながら自己紹介してもらったあと、今回は僕が考えたプログラムをやってもらう。
 今日は、ストーリーを発想するための、ちょっとしたウォーミングアップをかねたエクササイズ。

○主人公になりそうもない人物を、三人考えてみよう。

 これを五分間考えてもらう。(あまり考えこまないことが大事。頭の中に浮かんでくる人物を書いていくこと)
 出席したメンバーが一人につき三人ずつ書くわけだから、僕のをいれて合計21人の人物が設定されることになる。
 そこには、さまざまなものが書かれていた。
 例えば、寝たきりの老人、死人、なんにも興味を持たない人、バナナしか興味がない男、うちのオヤジ、ナルシストの殺人鬼、二重人格の内側の人、レジーうちのおばちゃん、などなど。

 ここで気づくのは、主人公になりそうもない人物というのは、実はもうその時点でものすごいトラブルを抱えた存在が多いということ。
 そして、あまり考えずに書いた、これらのキャラクターのなかに、それぞれの作家が抱える潜在的な興味が浮き彫りにされてしまうということ。
 やはり作家は、知らず知らずのうちに自分を表現してしまうものらしい。

○次に、今書いた人物の中から一人を選んで、その人物を観客が好きになるためには、どういうことをさせたらいいかを三つ考える。

 これも五分間。
 これもいろんな方法が考え出された。
 ちなみに僕が選んだのは、寝たきりの老人。
 この人物に観客を感情移入させるためには、どんな方法が考えられるか。

1、寝たきりだけど、起き上がろうとがんばってるところを見せる。(ベッドから落ちてしまう)
2、いじわるな看護士にいじめられる。(同情を引く)
3、だめな息子に保険金をかけられて邪魔者扱いされる。(やはりこれも同情を引く手だね)

 もっと他にもいい方法は、いろいろ考えられると思うけど、とりあえずこの三つが頭に浮かんだ。

 それぞれの参加者たちの、メモにも、それぞれ三つずつの方法が書かれた。
 これは、どれが正解で、どれが不正解ということはない。
 それらのことを検討していくなかで、いくつものドラマの可能性が浮かび上がってくることに、最大の目的があるわけだ。

 フィールドワークとしては、各参加者に、21人キャラクターのなかで、どれが一番、気を引かれたかをアンケートしたら、まったくちがう結果が出た。参加者7人が、ほとんどがバラバラの結果。
 つまり観客としては、主人公の好みは、バラバラであるということがわかった。

○次に、どんなドラマが生まれそうかを、全員で話し合う。
 いろんな意見が出て、いくつものドラマのタネが生まれた。

 体感脚本講座の特別バージョン、ローリング・ドラマ・ツアー3はこうして今日ももりあがったのだった。
 また来週もやるぞ!

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2006年4月15日 (土)

事件と風邪

Dsc00570 治ってたと思っていた風邪がまた、ぶりかえしてしまった。
鼻水たれるし、体はいたいし、頭はいたいし、だめだぁ。

水曜日、いつも散歩している代々木公園で殺人事件がおきていた。
うちから二百メートルくらいしかはなれてないところで、とんでもないことが起きていたのだ。
それも真昼に。
なんてこった。

しかし、公園は、何事もなかったように遊ぶ人たちであふれているのだった。

具合が悪いので、もう寝ます。
なんか、いいことないなぁ……。

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コンタクト

ブログのレイアウトの編集がうまくできなくて、メールの宛て先をどうやって入れていいのかわかりません。

体感脚本講座の主宰の僕にコンタクトしたくても、メールも出せないんじゃこまりますよね。

ぼくへのコンタクトは、こちらへどうぞ。

hideking922@yahoo.co.jp

いたずらメールはやめてね。

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気分を直してね

あっ、おれったらネガティブ!?

昨日のブログを書いて、それを読み直してたら、すごく落ちこんでる自分に気づいた。
これって、すげーネガティブな状態ですね。
いかん、いかん。
というわけで、ポジティブな自分を取り戻すためにも、これを読んでくれている、脚本家志望の人や、さまよえる脚本家の観察を面白がっている人たちのためにも、気分直しを書きます。

前の文章、そうとう自分に酔ってますよね。
怒りとか、寂しさとか、そういうものって自己陶酔に近いものかもしれませんね。
やっぱ、エゴ強すぎです。
僕のエゴが、文章書かせてます。

すんません。

高校生に演劇を体験してもらうなんて、だいそれたことをするためには、まずはエゴを捨てなきゃならないのに、エゴ丸出しじゃあ、いかんですよね。
反省、反省。

エゴを捨てるって、そりゃあ難しいっス。

でも、人の力になりたいなんて思ったら、まずは、そこを捨てなきゃなぁ。
相手の立場に立つためには、まずそこからね。
ニュートラルにならなきゃ。
昨日のおれじゃ、だめだってことを教えられました。

おれのせいで不快になった人もいただろうなぁ。
すみません。あやまりまーす。

今回のことは、いろんなことを、僕に教えようと誰かさんが企画してくれたことだと理解しました。
サンキュー!

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人気のない僕

14日は、週に一回だけ、演劇を教えに行く高校での初授業の日。
はじめて出会う若者たちのことを思い、若干、興奮気味で早朝六時に起床。
今日のプログラムを考えて、一時間も前に、学校に行き、体操服に着替えて、その時を待った。
彼らが僕の前に現れる、その時を。

しかし、その時は、こなかった。
誰も授業に出てこなかったのだ。
えっ、うそだろ、どういうこと!?

僕は、この三年間、この学校の卒業公演を担当してきた。
この授業は、卒業公演のための準備の授業なのだ。
それなのに誰もこない。
何かの連絡ミスなのか!?
それとも卒業公演をやる気がないということか!?

わけがわからず、僕は、こみあげてくる怒りと寂しさを飲みこんだ。

事情はなんであれ、僕と出会おうと思っている生徒がいないということなのだ。

いつも劇場は、人と人とが出会う場所だということを言い続けてきた。
芝居は、人と人とをつなぐと言い続けてきた。
それを信じてきた。
だから、高校生たちとの芝居作りをやってきたはずだった。

しかし、出会う人がいないということは、こんなに寂しいことはない。
自分は、ここでいったい何をしているんだろうと、空虚になった。

僕にとって、この場所での出会いは、もうなくなったということなのだろうか?
そんなことを自問した。

それとも、ベケットの芝居の登場人物のように、僕は、待ち続けなければならないのか?

待ち続けるということは、すごく傷つき、疲れることだということを実感した。
ベケットへの理解は、すこし深まった。
それは一つ、得した。

午後の授業は、新一年生と二年生の子たち相手。
二年生は、たった三人だったので、あとは一年生。二十人以上。
ほんと、まだまだ子供。
この子たちに、一つでも二つでも、演劇の面白さと、感動を伝えてあげられたらと思う。
でも、それぞれの意識の差が大きいのが見えて、どうしていいのか、ちょっと迷った。
その迷いは、すぐに生徒たちに伝わるもの。
それをごまかそうとして、すこし焦った。

子供たちの前にたつと、人として、いつも何かを試されているような気になる。

気がつけば、もう俺も48歳。
いま目の前にいる彼らとおなじ歳のころは、二十歳まで生きることは想像できていなかった。
ましてや、三十歳や四十歳など。

16歳の時に、中学の時の同級生がバイクの事故で死んだ。
そのときから、何人もの人を、見送ってきた。
人は、すぐにあの世に行く。
しかし、自分はまだ生き残っている。

寺山修司が、亡くなったのは、彼が47歳の時だった。
まさか自分が寺山さんよりも年上になろうとは、思いもよらなかった。
一度も会うことはなかったが、いつもすごく意識していた。
あこがれだったのかもしれない。

友人は、寺山さんの弟子だった。知り合いの女の子は、寺山さんと付き合っていたりした。
あんな大人になりたかった。
あんな作家になりたかった。
ときどき、あの人が生きていたら、どんなことをしただろうかと思う時がある。

寺山さんが編纂した、『ハイティーン詩集』は素晴らしい詩ばかりだった。
それらの詩が、好きだった。
そんな詩を書きたいと思った。
あの人は、十代の素晴らしさを知っていた。
若さが、未来だということを知っていた。

僕が、高校生と芝居をしようと思ったとき、頭のすみに、ちらっと寺山さんがよぎっていた。
あの人が、高校生と芝居をやるとしたら、どんなことをするだろう。
そんなことを思った。

僕は、いま、あの人が生きなかった時間を生きている。

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2006年4月12日 (水)

ツアー2回目

ローリング・ドラマ・ツアーの第二回を昨日やった。
今回から、またすごいやつが現れた。
シェフの資格を持ち、趣味は寺回りという変わり種の作家で演出家のM皮君と、二枚目だけど、職人かたぎのK猫がくわわった。
まずは自己紹介というなの雑談から。
それが延々と二時間もつづく。
ただだべっているだけにはたからは見えるかもしれない。
しかしこれも実は、脚本講座の一部なのだ。
人物の造形。
ドラマにもっとも大事なのは、それだといっても過言ではない。
話しながら、ひとを洞察すること。それも大事な脚本修行なのですよ。

観察しているようで、実は観察されている。
その奇妙な感覚。
それが楽しくてしかたがない。
ついついテンションはあがってしまう。

今回は、それぞれが自由に書いて持ち寄った、ストーリーの原型(プロットとかシノプシスとも呼ぶことがある)を、それぞれ読んで、それに感想をのべあうということをやった。

それぞれこの一週間で、勝ってに書いてきたものなのだが、みんな個性豊かで、才気を感じさせるものばかり。
みんなオッケイ!
これ脚本にしてって言いたかったけど、それじゃ脚本教室にはならない。

さまざまな意見がとびかい、実に面白かった。
このとき大事なことは、人のアイディアを、極力否定しないこと。
そのアイディアを出した理由は、かならず出した人のなかにあるはずなんだから、それをいきなり否定してしまうと、その人の人格さへ否定したように受けとられてしまうことがある。

これは、どんな場合にも、同じことが言えると思う。
ましてやクリエイティブになっている人の気持ちをなえさせてはいけません。

そして意見を聞くほうも、素直になって、他人の意見に耳をかすこと。
相手はけっして、自分を傷つけようなどとは思っていないのだから。
そして意見を聞いたうえで、自分でよりよくするための可能性をさぐっていくのです。
どうしても描きたいものが、そこにあるとしたら、かならずたどりつく道は見つかるはずなのだ。

今回は、ツアーがもりあがって、とうとう7時間くらいぶっつづけてやってしまった。
みなさん、おつかれさまでした。

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2006年4月10日 (月)

オーッ! ルーシー

仕事すすまず。
ちょっとおいつめられた感じになってきました。
ちょっと余裕かましすぎてたら、あっというまに、おいつめられてた。
急激に精神的に追いつめられるので、肉体的にもきつくなります。

脚本家の生活は、この連続なんですけどね。
いぜんに録画してた『アイ・ラブ・ルーシー』の特番を、気分転換にちょっとだけ見ようと思たら、最後まで見ちゃった。
時間ないっていうのに、こういうことしちゃうんですよ。

それにしても、『アイ・ラブ・ルーシー』はシチュエーションコメディを、僕に教えてくれた作品だったんだなぁと、あらためて実感。
『ルーシー・ショウ』としての方が、僕は覚えてますけど。

ダイジェストを、今見てたら、ほんとにギャグのツボを押さえてます。
役者さんたちも、すっごくうまい。
本物のプロとは、こういうものなのだということを、教えてくれます。

ルシル・ボールのそばに、笑いの神様(クラウンという呼び方を覚えた)が、いつもいるのが、はっきりと見えた。
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2006年4月 9日 (日)

妖怪、出現!

幼い子供は、自分の世界と、他人の世界がちがうということを知らない。
自分が体験していることは、すべからく他人も体験していると思いこんでいる。

自我が発達する前の、わがままほうだいの子供の無意識は、平気で他人を傷つけたりしても何らそのことに気づかなかったりする。

僕のなかには、そんな子供の感覚がのこっていて、ときおり顔を出す。

簡単に言うと、『妖怪・無邪気』になって、まわりの人たちに迷惑をかけてしまうのである。

今日も、またやっちまった。

ある芝居を友人たちと見に行ったのだが、僕には、その脚本の面白さがあまり伝わってこなかった。
いや、もしかしたら、僕がどこを面白がればいいのか、わからなかったのかもしれない。
どんなゲームでも、ルールを知らなければ、そのゲームが面白くないのとおなじで、その種の芝居にたいする観劇のルールを僕が理解していなかったのかもしれない。

その瞬間、僕は『野球のルールを知らずに、野球場に連れてこられた子供』とおなじになってしまっていた。
妖怪・無邪気、あらわるだ!

この妖怪は、観客席でムズムズ動いて、まわりの観客を不快にする癖がある。
そして、劇場から外に出ると、自分のなかにたまった毒を、まわりの人にむかって吐きかけてしまうのだ。

迷惑なのは、一緒に行った心優しい友人たちである。
妖怪の毒をあびてしまうことになる。
飲み会の場の雰囲気を、かなりこわしてしまいました。
ほんと、ごめんなさいね。

妖怪を手なづける方法は、たった一つ。
面白いものを与え続けることしかない。
けっして、飽きさせないように。
そりゃ、自分でやるしかないんだよね。
他人に求めちゃだめなのよ。
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前列、右から二人目の白いジャケットの男が妖怪と化したジャッキーです。

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2006年4月 7日 (金)

ローリング・ドラマ・ツアーだ

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桜ももうおわりだね。

ブログ書こうと思ってたら、あっというまに三日たっちまった。

夢に小学校の時の友人たちが出てきた。
何十年も会ったこともない、小学生の友人の顔がはっきり夢にあらわれた。
スゲーぞ、脳!
どっからそのイメージ映像を取り出してきたんだよ?

なぜか夢の中の小学生のおれたちは、みんなで並んで立ち小便していた。
で、俺は起きて、すぐにトイレに駆け込んだ。
すっきりした。
でも、なんで小学生のイメージ?

そんな、なさけない夢の話しはさておいて、火曜日は記念すべき日になった。
あの伝説のローリング・ドラマ・ツアーが、再出発したのである。
なに!? 『ローリング・ドラマ・ツアー』なんじゃそれ?

そうその通り、これは一部の人しか知らない、ジャッキー園田がかつてやっていた脚本私塾のことです。
第一期が、十数年前。劇団に集まったメンバーに対して開いた脚本教室。
そして第二期が、十年くらいほどまえ。脚本家志望の人たち数名に対してやった脚本教室。
そのメンバーからは、プロの脚本家や小説家、ジャーナリストたちが誕生しました。

あの直木賞候補作家も、あの有名映画の脚本家も、あの記事を書いてるジャアナリストも、ローリングドラマツアーを通って世の中に出ていったのさ。(ちょっと自慢)
ほんと、みんな師匠のおれを軽々と追い越して、大活躍してます。
盆暮れのつけとどけくらいしろよ!(冗談だからね)

ここで、すばらしいプロを生み出す秘訣を教えましょう。
それは教える側が、教えようなんてあんまり思わないこと。
あいての才能を信じて、彼らが自分で自分のなかにもともとある物に気づくように、ヒントを与えること。
たぶん彼らは、ぼくのローリングドラマツアーに出なくても、自然と世に出た人たちだったと思います。
僕がやったのは、少しだけ背中を押してやったってことかなぁ。

いまなら、そうだったんだとわかります。
当時は、教えてやる気まんまんでやってたけどね。
だからちょっと強引なところもあったような気がする。
それで相手に、ずいぶん嫌な思いとかさせてしまったかもしれないと。
ちょっと反省モードに入ってしまいました。

そして、今回の第は3次ローリング・ドラマ・ツアーは、EY君の要請により開かれることになりました。
Ey君をはじめ、すごく才能あるメンバーたちが集まった。
もうこれは成功したも同然。
ほっといても彼らは、すばらしい作家として羽ばたいて行くにちがいない。
僕は、その彼らの羽ばたきの瞬間に立ち会えるという幸運を与えられたわけです。
ついてますね、本当に。

初回のメンバーは、EY君、M王、M松、A美の四人。次回からは、また新たなる才能が加わる予定。
今回のメインは、EY君たちが前回やった芝居の脚本についての分析。
どうやったら、脚本をうまく分析できるのか?
脚本にまよったときに、それを客観的に見るいい方法があるんだよね。
このドラマツアーではいろんな雑談形式で、それを解説していくわけなんだけど、ここではちょっとその要点を教えちゃおう。

脚本を読んだら、次のポイントをチェックします。
1、主人公は誰か?(ヒーロー)
2、主人公と対立するのは誰か?(敵、ライバル)
3、彼らは何について争ってるの?(地球の運命とか、宇宙の平和とか?)
4、主人公は、どんな行動をおこすか?(そりゃ戦うよね)
5、主人公の前に、どんなトラブルが立ちふさがるか?(おー、怪獣、怪人があらわれた!)
6、クライマックスは?(あと三分しかないぞ!)
7、ドラマの始まりとあとで、主人公は、どう変わったか?(仲間ができたよォ)

この七つのポイントで脚本を読めば、構成がだいたいつかめちゃうわけ。
( )内は、ヒーロー物を例にとって書いてみました。
わかりやすいっしょ。

物語(ドラマ)の骨格は、もう数千年前に出来上がっていて、僕らはそれをコネコネいじくりまわしているだけなんだ。
人の気持ちを動かすための機関として、『物語』をとらえたとき、それが効率的に動く方法は、だいたい決まってるわけ。
だから『物語』がうまく動いているかどうかを、チェックする方法も編み出されてるわけっすよ。

今回は、素材にした舞台の出演者と、演出家がメンバーにいて、他のメンバーたちもその芝居を見ていたので、とってもスムースに分析ができました。
どこが弱くて、どこが改善の余地があったのか。
他にどんなやりようがあったのか、いろんなアイディアも生まれた。

この新しいアイディアが生まれてくるというのが、とっても大事なこと。
ローリング・ドラマ・ツアーの真の目的はここにあるのです。
みんなで話し合っているうちに、新しい物が生まれてくること。
お互いが刺激し合って、成長がうながされること。
新しいエネルギーが充填されること。
そして、みんながハッピーになれたら最高!

そんなローリング・ドラマ・ツアーのようすを、このブログでも、ときどき報告していきますね。
みんなも、一緒にロックンロールだ!

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2006年4月 2日 (日)

マヨ!?

Top_portrait マヨ!?

東京電力のCMに、いきなり美輪明宏さんが現れた。
鈴木京香がドアを開ける、そこにキンキラの美輪さんが立っている。
『見に来たまよ』
なんとも強烈なインパクト。
日常が、いきなり非日常にかわってしまう。

でも、でも……
『マヨ』って言ってますよね。
マヨって。
見に来たマヨって。

マヨってなんすか?

きっと美輪さんならではの、メッセージがここにふくまれているのではないかと、僕はふかーく考えこんだりしてしまうのだった。
なんかの呪文か!?

で、僕は、一人ひそかに言ってみる。
『見に来たマヨッ!』
すると、僕をかこんでいた日常が、いきなり非日常の不思議ワーダーランドに変わっていくではないか。
オオッ、そうだったのか。
これだったのか。
『マヨ』って一言で、空気を変えてしまう、やっぱり美輪さんはスゲーッぜ!

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2006年4月 1日 (土)

僕の望み

Imgp2876 アユリテアトルのワークショップ発表会を見てきました。
この写真は、ゾンビの襲来のシーンではありません。
キャラクターつくりのためのウォーミングアップの風景です。

前にも書いたけど、このカンパニーはルコック演劇学校出身の若い役者さんたちがつくったもの。
当然のごとくウォーミングアップをふくめて、トレーニングはルコック式と言ってもいいかもしれない。
僕はルコックの書いた本は読んでいたけど、実際にトレーニングを受けたことはない。

彼らのトレーニングは、実は僕がいろんなところでやっていたトレーニングにすごく近いものだった。
だから僕にとっては、とりたてて目新しいものはほとんどなかったんだけど、ワークショップを受けにきている若い俳優志望の人たちにとっては、刺激的なものに映っているようだった。

はじめて演劇をやる人も、経験者も一緒になってゾンビ歩き。

このシステムは、体を動かすことで、心も動いてくるという考えかたからできている。
たしかにその通りのところはある。
心が動くということは、どういうことなのかというのを体に覚えさせていくのだ。

創造的な役者や作家や演出家を育てていくとき、こういうやりかたがきわめて効果的であることを、僕は知っている。
だから、このブログも体感脚本講座なのだ。

脚本作りという、きわめて脳内作業に思えるものを、体を動かすことで感じていく。
そんなシステムを考えている。

いずれ日本にも、このようなワークショップとか、演劇教育機関がしっかり確率されて、すぐれた役者や作家が生まれることを期待したい。
時代は、そういう方向に向かっていると感じている。

僕が、今回このワークショップの発表会を見に行きたかった理由の一つは、参加者のにまったく演劇経験のない中年男性が二人いたからだ。
前回、覗きにいったときに、この二人を見て、僕は『おもしろいなぁ』と感じていた。

なんでこの人たちが、ここにいるんだ?
まずそう思った。
この人たちは、いったい何者なんだ?
どこからみても中年のおっさん二人が、若い学生たちにまじって、体を動かし、照れ笑いしながら見当ちがいのインプロをやっている。
彼らが真面目にやっているだけに、それがおかしくてしかたがないのだ。

ここに、僕はコメディの原点を見た気がした。
意識せずにコメディの神様を呼び寄せた二人が、ここにいた。
ルコック風にいうならば、彼らの側にはクラウンがきていた。

彼らは、実に楽しそうにやっていた。
それがまた、おかしくてしかたがない。

ところがだ、帰り際にスーツ姿になった二人を見て、僕はまた驚くことになる。
さっきまでの『アホヅラ』はどこへやら。キリリとした有能そうなビジスネマンが、そこにいた。
えっ、これがさっきのあの人?
僕には、まるで別人みたいに見えた。
いまやコメディの神様も、クラウンも近くにはいない。

いったい、どっちが本当の彼なんだろう?

もしかしたら、さっきのワークショップで『なにもできない自分をさらけ出しアホヅラをさらしていた彼』が、本当の彼であり。彼が本当の自分をさらけ出すことができていたから、面白かったのではなかろうか。
今の常識人でビジネスマンの彼こそ、長年の人生で彼が『演じて』きたキャラクターなのではないか。

いろんなところに、いろんな芝居を見に行くのが僕の日常なのだが、いつもつまらない演技をする役者によく遭遇する。
演技しているのが、観客にわかってしまう瞬間、観客は冷めてしまう。
もちろんお芝居なのだから、演技しているのは、わかりきっていることなのだが、観客は、そこに『本当』を見たいのだ。

『本当』とは何なのか。
それをなんなくやってのけることができる役者こそ、いい役者なんだよなぁ。

そんないい役者たちと、一緒に仕事をしたいと思う今日このごろだ。
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そんな思いを胸に、桜の下散歩しつづける。

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2006年3月31日 (金)

職人監督

Akunok 鈴木英夫監督特集

BS2で、鈴木英夫監督特集をやっている。
映画ファンを自称し、脚本家なんて仕事をしながら、正直言って鈴木英夫監督を意識したことはほとんどありませんでした。
この特集で、二本の作品を見させてもらったんですが、その面白さと技術の高さに驚きながら、楽しませていただきました。
すばらしい監督です!  職人芸!
すっかりファンです。

見たのは、『奴彼を逃すな』『非情都市』
両方とも、たぶん50~60年代の東宝映画。白黒映画です。
いい役者も出ていて、二本映画全盛期の充実を感じます。
大作じゃないんだけど、すごく丁寧につくってあって、キレを感じます。
たしかな技術力を感じさせる作品。

この鈴木監督、70年代からはテレビドラマをたくさんとっていて、作品には僕もずいぶんふれていたんだと思います。
当時のテレビドラマが面白かったのは、映画全盛期に実力をつけた監督たちが、テレビドラマに流れてきて、その技術力をふるっていたからなんだと、納得しました。
今みたいにビデオじゃなく、フィルムで撮影しているドラマが多かったしね。

エンターテイメント作品というのは、たしかな技術に裏づけられているんです。

で、この鈴木監督作品なんだけど、エンターテイメント作品をきちんと作りながら、そのなかに自分のタッチをきちんと出しているあたりがいいんです。
この人は、この絵を撮りたかったんだなぁ。
そういうところが、よく見えます。
マニアックな感じがステキです。

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2006年3月30日 (木)

ワークショップとタイ式と脚本技術

ワークショップとタイ式マッサージと脚本

アユリテアトルというカンパニーのワークショップに招かれていたので、行ってきた。
このカンパニーは、以前にも書いたけど、フランスのルコック演劇学校の卒業生たちがつくったもの。
いろんな国の若者が参加している。
今回は、カナダとスウェーデンと日本のコラボ。

ルコックさんは、もう亡くなってしまってるけど、その遺志は演劇学校という形でつづいている。
世界各地から集まった演劇青年たちが一緒に育つ場というのは、いい場所だ。
ナショナリティは、とても大切だが、それらを越えて、一つにつながっていくことに、演劇の役割の一つがあると思う。
そこには平和の芽がたしかにあるはず。
エンターテイメントの力は、宗教や民族をかならず越えられるはず。
そう信じている。

戦争してる国とか、民族とかは、ぜひ一緒に芝居をやってもらいたい。
そりゃ、いろいろぶつかることはあると思うけど、きっと面白いものがつくれて、仲良くなれるはずなんだけどなぁ。
政治は、まつりごと。
まつりごとは、祭りごと。
祭りは、人があつまる。そして、そこには歌や芝居がある。
家族があり、笑いがある。

アニメや演劇で、僕は世界とつながろうとしている。
つながることで、きっとみんなが笑顔になれると思うから。

そういう思いもあって、ぼくはこのアユリの若者たちを応援しているわけ。

ワークショップでは、ウォーミングアップしたあとに、即興をやった。
ぼくも久しぶりの即興を楽しんだ。
はじめての相手と、けっこういいシーンがつくれたような気がした。
それにしても感心したのは、いまの若い役者さんは、即興がうまい。
感心することばかり。

間に、タイ式マッサージをはさんで、友人I井の出演している芝居を見に行った。
今回、ふらりと入ったタイ式マッサージ屋さんには、まじびっくり。
ノックして、部屋にはいると、そこにはいくつかふとんがしいてあって、子供とおばさんがそのふとんの上でテレビを見ていた。
「いらっしゃい」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです……」
  このおばさんは、日本語ができるみたいだけど、子供はあきらかにタイの人。
「お客さんよ~~」
おばさんがキッチンに向かって声をかけると、その子供の母親らしいタイ人のおばさんが、口をモゴモゴさせながら現れた。どうやら食事中だったらしい。
  なんだかドア一つで、違う世界に迷いこんだような気分になる。
 こりゃ、芝居より面白いかも。
 で、マッサージを受けることに。
 このおばさん、背中をゴリゴリしながら、なんだかおれにタイ語で話しかけてくる。
「おれ、タイ語はわかんないっす」と、焦ってると、おばさんは携帯で誰かとはなしてるのだった。
 おいおい、そりゃないぜー。
 こりを、バキバキほぐされちゃいました。
 ちょっと痛かった。
 ていうか、かなり痛かった。
 しばらくすると、子供が「お母さん、19分だよ」と報せにきた。
 20分までに出してくれと言っておいたのだ。
 だが、お母さんは、それを無視して、背中をゴリゴリしづづける。
 おれは芝居に行かなきゃならないんだよー。
 焦ってると、首もボキボキッてやられた。
 この超家庭的タイ式マッサージ、面白かったけど、たぶんもう二度といかん。

 で、今回の芝居。
 いい芝居の時は、がんがん宣伝するんだけど、あんまりできがよくないときはコメントを書くはつらい。
 やっている人たちを傷つけるようなことも書きたくないしね。
 友人のEY君が出演しているので、見に行ったわけだけど、脚本と構成に面白みが少ないので、やはりそれ以上にはなっていなかった。

 脚本の技術は、芝居をやる人、見る人、すべての幸せのために必要だ。
 僕が今までやってきたことは、この技術をたくさんの人たちにひろめるためにあったのかもしれないと思う。

 ここに書きたい人がいる。
 その書きたいことは、とてもピュアで、芸術的な野心に満ちている。
 しかし、その美しい野心を表現するための、技術力がわずかに足りない。
 そのために、多くの人が幸せになれないでいる。
 あとちょっと技術があれば、それは大逆転。
 称賛と、幸せが、そこに満ちるだろう。

 「ああ、この作家に、いろいろ教えてやりたい」
 そんなことを思いながら、芝居を見つめていた。
 大きなおせっかいと言われるかもしれない。
 自分はそういうものをやりたいんじゃないんだと、言われるかもしれない。
 でも、僕は、技術はないより、あったほうがいいと思う。

 で、果たして自分にそんな技術があるのかといえば、それは自分でもはっきりとはわからない。
 技術らしきものがあるとしか言えない。
 面白くなるかもしれない技術。
 それでなんとか三十年近く生活してこられた技術。
 そしてパッション。

 見せたい情熱。
 面白がりたい情熱。

 こんなチマチマしたことが、僕にとってはすごく面白いと感じられるんですよ。
 超家庭的タイ式マッサージも面白かったけど。

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満開に思う

Dsc00529 満開です。
代々木公園の桜、満開。
もう、散り始めるなぁ。
みんな写真取ってる。これは、桜に対するレスペクトなのだ。

書かなければならないものがあるのだが、締め切りなんだが、まだ手をつけられてない。
準備が足りない感じ。
たくさんの人を幸せにするための脚本。
それをつくるためには、ちょっとだけ僕は、あせったりする。
早く、これを幸せに、楽しむ感じで、ぐんぐんやれるようになりたいもんだ。
もう二十年以上書き続けてきて、いまだにこんなこと言ってます。
いや、そろそろ三十年か……
進歩が遅いっす。

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2006年3月28日 (火)

ツアーガイド

Imgp2839 台湾からのお客様を案内して、明治神宮と表参道を案内した。
中国語ができるわけじゃないので、めちくゃちゃブロークンな英語でのツアーガイド。
彼女たちは、台湾の製作会社のスタッフたち。
台湾と日本で合作したアニメ作品が、中国大陸で放送されているのだ。

中国国内の情報はあまり伝わってこないけど、中国の子供たちが、自分のつくったアニメを楽しんでくれていると思うと、なんだかうれしくなってくる。
いずれは中国と日本の子供たちが、おなじアニメの話題で盛り上がれるようになるといいなと夢想する。

台湾のほうには、日本のアニメも漫画も自由に入っていっているので、サブカルチャーでは日本と台湾にはほとんど壁がない。
この台湾のスタッフたちのほうが、ぼくより日本の漫画やアニメについては詳しいくらい。
まだまだクリエイトの部分では日本のほうが一歩先を行っているが、いずれは追いついてくるかもしれないと思う。

ただ中国大陸のほうは、まだまだ著作権とかにかんして、かなりルーズらしいので、そのあたりが改善されていかなければならない。
われわれ作家にとっては、死活問題だもんね。
そういうものがクリアになれば、中国13億は、すごいマーケットだ。
日本のアニメと漫画が、世界をつないで、一つにしていくことを想像してみる。

漫画とアニメが、子供たちの心をつないで、世界が平和になっていければなぁ。

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2006年3月27日 (月)

奥歯不調

DSC00484 DSC00483

                                                    かぶせものをしている奥歯の調子が悪くて、気になって気になって、調子崩してます。
口の中というのは、実に大切な場所なんだなぁと、いまさらながらに歯医者を尊敬。
早く行かなきゃ。

そう思いながらも、仕事のことが気になって、外の桜も気になって、ソワソワしてます。
仕事はもちろんすすまないし、もうっ感じ。

昨日の桜は、こんな感じ。
花見でいっぱいでやんした。

一つ、いい感じの花見客を発見。
桜の木の下の、音楽家。
ミニコンサートが聞きたかったよ。

一句思いおもいたった。
『桜風  散らないように  そっと吹け』

家に帰ったら、TSUTAYAからレンタルDVDが宅配されていた。
教え子の東放学園高等専修学校の一期生が出演していた、『バトルロアイヤル2』を、いまさら見る。
僕の教え子二人は、映画がはじまって早々に殺されてしまうのだが、どこで殺されたのかわからなかった。
そりゃあないだろーと思いつつ、とうとう最後まで見てしまう。
もしや生きているのではと、探しつつ。
残虐なシーンがたくさんあるので、そういうのが苦手な人は見ない方がいいです。

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2006年3月26日 (日)

八王子脚本教室5回

八王子脚本教室5回目(最終日)

ちょっとレポート遅くなっちゃったけど、八王子脚本教室の最終日、無事終了しました。
今までやってきたウォーミングアップをじゅうぶんやって、参加者の人たちが書いてきてくれた脚本の本読みをたっぷりやりました。

たくさんの笑顔と、たくさんの緊張の中、発表も無事終了。
(時間の関係で、何人かやれない人がでるほどの盛況でした)

以前に書いたこともある人も、初めて書いた人も、他人の前で自分の作品を発表できたというのは、ファシリテーターとしての僕にとっても大成功。
恥ずかしさの壁を乗り越えて、人前で表現できるようになれて、その作品を人が受け入れてくれるということを体で感じれば、もうしめたもの。
あとはほっといても、きっと彼らは書き続けてくれることでしょう。
脚本も、スポーツとおなじで、やはりつづけることが、うまくなるための最大の秘訣ですからね。
ワクワク楽しむ気持ちを胸に、彼らがつづけてくれることを祈るのみです。

今回の参加者のみなさんは、本当にバラエティにとんでいて、ユニークな個性の持ち主ばかりでした。
脚本家としての僕が、『本当にごちそうさま』と言いたいくらいキャラクターの宝庫。
たくさん、いただかせていただきました。

またきっとどこかで会えることを楽しみに、みなさんさようなら。

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2006年3月23日 (木)

宝隠し

『樹とか花とかに興味が行くようになったってことは、歳取ったということなんだよ』
  と、友人のOに言われた。
 桜の蕾がふくらんだのや、もくれんの花がきれいに咲いている写真を見せた時だ。
 ちょっとムッとしたけど、たしかに歳は取ったことにはちがいない。
 もう若いとは思ってないけど、俺は、昔から公園が大好きで、ずっとこのスタイルは変えてないつもり。

 今日も、公園の桜の開花情報を書きます。
 公園にある、気の早い桜じゃなくて、大半の桜の樹は、花の蕾を枝に抱えて、もうすぐ、もうすぐって感じです。
 舞台の袖で、出を待ってる役者さんみたい。 DSC00440

 

   

 

  木蓮は、満開。
 早く見に行かないと、これはすぐに散ってしまいますよ。
 ほんとに、このモクレンという樹はゴージャスです。
 真っ白のスーツで決めた伊達男って感じ。
 女性なら、ウェディングトレスかなぁ。DSC00450

DSC00454 

DSC00447
                                                                                                                        気持ちよく歩いていたら、こんなボールが落ちてました。
 「なんじゃ、こりゃ?」
 もしかしたら、足で蹴り会うバレーみたいなスポーツ用のやつ?
 ちょっと蹴ってみたら、とたんに面白くなり、作家の妄想が広がりだしました。
 「これは宝物なんだ、海賊に見つからないように、どこかに隠さなければ!」

 宝のボールを隠す場所を探して、代々木公園を歩き回りました。
 いざ隠し場所を探すとなると、けっこう見つからないもんですね。
 誰も知らない場所に、この宝のボールを隠すんだ。
 少年のころ、家の庭で、おんなじように宝物を隠したことを思い出しました。
 あの僕の宝物は、いまでも昔の家の庭に埋まっているんでしょうか。

 代々木公園には、ジャッキーが隠した宝のボールがあります。
 それを見つけた人には、きっと幸運が訪れることでしょう。
 なんの根拠もありませんが、僕が保証します。

DSC00461
 歩いていると、面白いものをいろいろ発見します。
 グラマーな樹を発見。
 なんだかセクシーでしょ。

 いろんなものが、語りかけてきます。
 世界は、僕らに一人じゃないって言ってます。

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2006年3月21日 (火)

春トウライ

もうすぐ桜です。
その前に、代々木公園の桜の状態をレポートしますね。
携帯画像ですが、お楽しみください。
春の訪れとともに気持ちもポジティブでいきましょう。
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2006年3月20日 (月)

春の青空に

五年生が、首吊り自殺。
そんな記事が目に飛びこんできた。
しかもその記事には、担任教師とのトラブルが、自殺の引き金になったというようなことが書かれている。
この記事だけでは、真相はわからないが、いったいなんでという思いがつのる。

なんとかこの少年を救えなかったものか。
自殺の被害者は、その当人だけではない。
家族。そして、死の要因になった人すべてが被害者になる。
みんな心に深い傷を負うことになる。
深すぎる傷を。

われわれが住むこの国では、一年間で三万人以上の自殺者が出ている。
つまりその何倍もの被害者が、毎年生まれているということだ。
これは戦争とおなじくらいひどい現実だ。

今日は、一人でも、その被害者が少なくなることを、春の青空に祈る。

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2006年3月18日 (土)

八王子脚本教室4回目

八王子脚本教室4回目

八王子に特急券買って、あずさで行くなんて、ありえない!
との友人の助言にしたがって、今回は、はじめての京王線に乗ってみることにした。
新宿発の準特急ってやつに、ワクワクして乗ってみる。
すると、なんじゃこりゃ~~。
満員ギュウギュウの通勤列車じゃー!

なんせ毎日が夏休みの、おきらく脚本家は、通勤列車には慣れておりません。
まわりを見わたせば、コート姿の中年サラリーマンたちが、防音ヘッドオンと文庫小説で武装し、いたって快適そうにこのギュウギュウすし詰め状態を、楽しむ余裕すらみせているではないですか。
また、勉強させていただきました。

途中からは空いてきて、残りの八王子までの二十分くらいは座って行くことができたのだった。
なるほど、JRより早かったような気がする。
しかし、今度は京王八王子駅前からの道順がわからん!
けっきょくJR八王子駅まで出てから、知ってる道をたどることに。
結局、いままでで一番時間がかかってしまったのでした。
約一時間半。家を出てからは二時間近くかかってしまった。
こういう通勤を毎日しているサラリマンの人たちがいるんだなと思い、尊敬の念にひたるのだった。

ついに、八王子脚本教室も4回目。残すところ、今回を入れて、あと2回です。
だんだん親しくなってきたので、このメンバーの顔を見るのも、あと2回。
人生、一期一会。
がんばるぞっと気合を入れてワークショップを始めるのだった。

○ウォーミングアップ
  きょうは名前覚えるゲームの一つで、『ヒットマン』というのからはじめる。
 これは説明するのがめんどくさいので省略。

 これをやりながら、今日はゲームという感覚について、参加者にわかってもらおうと、自分なりにテーマを設定した。
 ゲームって、いろいろな意味があるとは思うけど、脚本(プレイ)を書くためには、この『ゲーム』というのもキーワードになる。

  いつもゲームをしている気持ち。
 ワクワクするような緊張感を楽しむ感覚。
 それを維持しながらストーリーをつくっていくこと。
 まず、これが大事です。

 そこで『だるまさんが転んだ』を、全員でやることにする。
 中学生から、六十代までが一緒になってやる、だるまさんが転んだ。
 部屋の隅からスタートとして、反対側の鬼にタッチするまで。
 こんな光景、見たことない。
 六十代の人にとって、だるまさんが転んだをやることなんて、たぶん何十年ぶりかだったろうと思う。
「みなさん、鬼にむかって止まってるときに、少しでも前に進もうとする、ワクワク感を大事にしてくださいね」
 そう声をかけながらやる。
 鬼に名前を言われた人は、もとの場所にもどって何回でもチャレンジするというルール。
 人は止まっている時も、内側では激しく気持ちが動いているんだということを、また解説。
 ドラマでも、大事なことは、人間の内側の気持ちが動くこと。

 次にもう一回、途中に障害物を置いて、おなじゲームをやってみる。
 すると、さらに面白くなる。
「ここで、一回目の講義を思い出してくださいね。ドラマも、トラブル(障害)が多ければ多いほど面白くなるんだって行ったでしょう。これがゲームなんですよ。お芝居も、同じなんです!」
 と、解説。
 みなさん、納得。

○書いてきたストーリーを、演じてみる。
 前回出した課題の短いシーンを何人かの人が書いてきたので、それをさっそくやってみることにする。
 なかなかいいシーンがいくつかできていた。
 そのシーンを、作家が指名した人に演じてもらうのである。
「だれか、これを演じてくれる人いませんか?」
 そう声をかけてみるが、なかなか手をあげてくれる人はいない。
 そりゃそうだよね。この講座は脚本講座で、人前で何かやらされるなんて思いもよらないことだろうし。
 でも、戯曲を書くということは、それを他人に読んでもらうということである。
 他人に、そういう緊張を強いるということなのだ。
 自分で、それを読んでみたり、自分の書いたセリフを人が声に出して読んでいるのを聞くのは、とても大事なエクササイズなのである。

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2006年3月10日 (金)

八王子脚本教室3回目

八王子脚本教室3回目

  今回も、特急列車指定席で八王子に向かう。
 特急券は、千円十円。
 でも、前日、ほとんど睡眠が取れてなかったので、座って眠りたかったんだ。
 それで寝れたかというと、そうじゃないから、なかなかうまくいかないもんだ。
 生徒さんを前にして、講義をやるっていうのは、一人芝居をするくらいの気合とエネルギーがいる。
 体調不十分じゃ、満足なパフォーマンスができるわけないから、電車のなかでなんとか体調を良くしようと呼吸をととのえた。
 それでも、会場に向かう途中で、栄養ドリンクとか買って飲んじゃったよ。

 今日のワークショップも、心と身体のウォーミングアップから。

 輪になってすわりリラックス。三回目の名前クラップ。それぞれお互いの名前を覚えて、みんな親しくなってきました。

 できるだけ早く反応する力をあげるために『アイウエオサークル』ゲーム。
 真ん中に立った人から、指さされたら、すぐに何か声を出すというウォーミングアップ。

 次に、ちょっと前回までの復習の意味もこめて、いくつか物語作りの要点を解説。
 それを意識しての、『ワンワード昔話作りゲーム』
 みんなかなり慣れてきたので、すんなり作れるようになってきました。

○舞台で、役者が持つ感覚とはどういうものなのかということの説明。
 輪になった状態から、一人ずつ前に出て中央に立ってもらう。
 そして、人に見られて、その前に立つということは、肉体的に精神的にどういうことが自分の中に起きるかということを感じてもらう。
 これこそが舞台に立つときに、役者たちが感じる雰囲気なんだということを、舞台経験のない人たちに感じてもらいたかった。
 そういう状態になる人たちのための言葉を、われわれ脚本家は書くんだということ。

 次に、一回目に書いてきてくれるように頼んでいた、自己紹介文を使うことにする。
 その場に立ってもらって、その自己紹介文を読んでもらった。
 なかには、文を持ってくるのを忘れた人もいて、自分の言葉で『自己紹介』をしてくれた。

○いまこの瞬間、われわれは上質な演劇的なシーンを目撃していたんです。
自己紹介パフォーマンスのあとに、ちょいと解説。
いまわれわれは、すごく面白い演劇的シーンを見ていたんだということ。
リアルな登場人物が、自分の本当の言葉でしゃべっている状態が、いかに面白いかということを体感していたんだということを。
「十八人の人が、一人何分かずつ喋っていたんだけど、聞いていてちっとも飽きなかったでしょ。いまのは、とても上質な芝居を見ているのと、すごく近いものだったんですよ」
 もちろん、この自己紹介は、芝居ではなくまさにリアルなんだけど。
 参加者の人たちには、リアルの面白さがわかってもらえたと思います。
 人物がリアルに心を動かして話すという状態が、面白いんです。

○参加者が書いてきたものを、声に出して読んでみる。
 さて、いよいよ参加者の人が、書いてきてくれました。
 一人(ヨコチャン)が書いてきたのは、近所のおばさんの会話のスケッチ。
 参加者の人たちのなかから演じてくれる人に出てもらって、それを読んでもらいます。
 自分の書いた言葉を、役者が演じてくれることの、喜びを味わってもらいます。
 そして、演じる側は、作家にそういう喜びを与えているんだということを理解してもらいます。
 芝居は、書く人間と演じる人間の共同作業がうまくいってこと、おもしろくなるんだということを、ここでもまた解説。
 なぜ芝居を書きたいのか、それを上演するときの喜びとはなんなのか。
 そういうものを体感して、理解していくことで、実際自分が書くときに、それが上演されるときのイメージをつくりやすくなるはずなんです。

○すごいものを中学生が書いてきた。
「あたしも書いてきたんです」
 そう言ったのは、中学生(リリコ)。彼女は、男の子一人と女の子二人が教室でなにげない日常の会話をするシーンを書いてきていた。
 それを彼女と僕と、もう一人の参加者で読んだんだけど、そのセリフは、まさに今の中学生たちの生の会話。
 いま、その現場にいないと、けっして表現ができないニュアンスをもったものばかり。ぼくなんかは、正確に読むことすらできないものだった。なんとか喋ろうとするんだけど、実際は、こうじゃないんだろうなぁという思いの発声ばかり。もちろん大人たちには、聞いていても理解できない言葉が次々に出てくる。
 しかし、これこそまさにリアルなセリフをスケッチしてきたものだった。
 しかも、受験という問題をかかえる自分たちの気持ちを、さりげないやりとりのなかにうまくいれこんでいて、ちゃんとシーンとしてなりたっているものだった。
 正直、おどろいたし、感心!
 絶対に、僕には書けないセリフばかり。
 うまく指導してあげれば、とんでもなく面白いものが作れるかもしれないという予感さえしてくるのでした。
 彼女の今後に期待です!

○さてあと二回で、なんとかみなさん脚本を書いてみましょうよ。
 ってわけで、課題を出しました。
 短い芝居のアイディア。
 それを来週と再来週の二回で、書き上げて発表してみます。

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2006年3月 3日 (金)

脚本教室2回目

八王子脚本教室2回目レポート

先週はおくれたあずさ29号が、今回は定刻に発車してくれた。
おかげで八王子には時間通りについたのだが、今回は雨が降っている。
傘がなかったし、時間もあんまりなかったので、タクシーで行く。

今回は、名前クラップで開幕。
お互いの名前と顔をおぼえてこそ、リラックスしてその場にいられる。
そういう意味でも、このウォーミングアップは大切だと思う。
簡単なゲームをやりながら、失敗して笑うことで緊張がほぐれていく。
とてもいい雰囲気だ。

次に、昔話作り。
輪になったメンバー全員で、一言ずつをつなげて、昔話をつくっていく。
ときに、とんでもない展開となっていくことを楽しみながら、自由に発言することへの壁を取っていく。
順番がきたら、前の人の言葉につなげて、何かを言わなければならないので、あまり考えずに言葉を発するということのウォーミングアップになる。
このゲームには、一つの物語を全員でつくることでの、共感と、物語作りを楽しむという根本の心を呼び覚ます効果があると僕は思っている。

ウォーミングアップで、みんながほぐれたところで、本題に入る。
今回は、主人公の作り方を話す。
主人公が、なぜ大事なのか。
どうやったらお客さんの共感を得ることのできる主人公にすることができるのか。
そういうことを、みんなで考えながら答えを考えていく。

みんな、たくさんのドラマや映画、芝居を見てきているので、言語化していなくても、主人公作りの要点はわかっている。
ぼくは、それを言語化して、再確認させてやる。
それだけのことで、ドラマ作りの、第一段階がはっきりと見えてくる。

前回、主人公のキャラクターについて、好きな物とか、嫌いなものとかを考えるエクササイズをやったのだが、そういうことがここで活きてくることがわかってもらえたようだった。
どんなストーリーであろうと、登場人物が活き活きとしていなければ、面白くない。
ドラマの中で、人物が生きていることが、大事なのだ。

さまざまなドラマや映画の例を出して、主人公のキャラクターが大事であることを説明した。
その話のなかで、主人公以外のサブキャラクターの大事さにも言及。
とくに、最大の障害(トラブル)となる、適役、またはライバルの存在も。
たまには、主人公自体がトラブルメーカーの場合もあるが、多くの場合は、主人公に立ちふさがる存在として、敵役やライバルがあらわれてくる。
これが魅力的でないと、ドラマは面白くなっていかない。

次に、短い脚本をつかって、芝居の面白さは、舞台上で立ち上がる空気感を役者と観客が共有することであるということの話をする。
使ったのは、この体感脚本講座にもたびたび登場する劇団ハイバイの岩井秀人氏のワークショップ用のもの。
参加者に脚本を配ったあと、参加者の二人に協力してもらって、実演をした。
いわゆる『本読み』である。

これから脚本を書いていくうえで、役者による本読みは、脚本家にとって、とても刺激的な作業場になるということを実感してもらいたかった。
書いた脚本は、声に出して演じることで、はじめて立ち上がってくるのである。

参加者たちも、文字で読むのと、実際に演じてもらうのとでは、空気感が全然かわってくることに気づいてくれたようだった。

最後に、前回、脚本を提出してくれた、関口氏の『時代劇』についての講評をした。
関口氏は、自ら殺陣をやっている人で、自分の面白いと思う殺陣を表現したいために脚本を書いたらしかった。
そういう意味では、脚本を書くモチベーションがはっきりしているだけに好感が持てる脚本だった。
脚本のなかから、小難しいテーマや主張を書きたいのではなく、自分は殺陣をやりたいんだという気持ちが伝わってきていた。
しかし、やたらと説明のセリフが多く、観客を置き去りにして、ドラマがはじまっている印象があったので、そこを指摘した。
やりたいことを観客に見せるためには、まず観客を自分の土俵に連れてくる必要があるのである。
それが成功すれば、あとはなんでも好きなことがやれるのだ。
脚本家は、まず観客を味方につけることに努力しなければならない。

脚本教室の時間内では、関口氏へのアドバイスが終わらなかったので、駅前の喫茶店に移動して約一時間の講義となった。
なんでここまでと自分でも思うのだが、若くて自分の可能性を伸ばそうとしている人を前にすると応援したくなってしまう。
彼は、自分の作品をなんとか舞台化したいという夢を持っていた。
約二時間にもなるであろうという台本を書き上げることの大変さは、誰よりも僕は知っている。
彼の夢がいつか実現することを祈って別れた。
若い殺陣野郎は、自転車で雨の町へと帰っていった。
そして、僕は終電間近の各駅停車で新宿へと向かったのだった。

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2006年2月22日 (水)

脚本教室再開

八王子脚本教室1

八王子の脚本教室を目指して、新宿駅で電車を待っていた。
楽して行こうと思って、特急あずさの指定券を買った。そしてたら人身事故とかで電車が遅れて、けっきょく30分以上も待つはめに。
ふつうの快速でいったほうが、よっぽど早く着いたよ。結局、開始時間に遅刻してしまうことになってしまった。
絶対に遅れまいと思ったときから、なんだか遅れるような気がしていたんだよねー。
やはり、予感はあたった。
わりとこんなことがある。おきることがわかってるくせに、あえてそれをしてしまうこと。
でも、それには、なにかの意味がかならずある。

シーンには、かならず意味をつけること。
これは脚本においても、絶対に必要なことだ。
意味のないシーンを書いてはいけない。
脚本家は、どのシーンの意味を問われても、答えることができなければならない。

今回の八王子市脚本教室は、年配の人から中学生まで、幅広い人たちが集まっていた。
けっこう経験者が来ているのかと思っていたら、はじめて脚本を書くという人が半数以上。脚本を見たこともないという人も、何人かいた。
それがわかった時点で、方針転換。
初心者向けのトレーニングに切り換える。

今回のメニュー。
まずはミーティング・アンド・グリーティング。(みんなでご挨拶)
次に名前クラップ。(名前をみんなで覚えるゲーム)
ちょっとほぐれたところで、脚本というものが目指すものは何かという説明を入れる。

『出会い』
脚本とは、作家と役者、役者と役者、役者と観客、劇場に集まって一つの芝居を見る人たち全員の出会いをつくるための、設計図なのだということ。
その出会いを、できるだけ幸せなものとするために、脚本は存在する。

物語作りのウォーミングアップは、まだまだ続きます。
全員で、ワンワードでの昔話作り。
おまけにラブストーリー。

このあと、簡単に物語がつくれる方法をレクチャー。
全員で、一人の登場人物を決めて、その人におきるトラブルを考える。それをつなげるだけで、物語のイメージがぐんぐん広がっていくことを体感してもらう。

さぁ、いよいよ自分の物語を書いてもらう、実習。
まずは、主人公の名前を三十秒で決める。
つぎに、その人物の好きなこと、嫌いなことを、それぞれ二分で考えてもらいます。
そこで、ふと新しいことを思いつきました。
主人公におきるトラブルを、23人の参加者が、一つずつ書きこんだらどうなるのか。
いままでは、その本人に思いつくかぎりのことを考えてくれと言っていたんですけど、本人だとどうしても発想の飛躍が制限されてしまいます。
他人の物になら、無責任に思いつくことが書けるのではないか。
それで、それぞれの用紙を、順番に回して、一つずつトラブルを書きこんでいくことにしました。

ここで不思議なことに、参加者の中から笑い声がおきはじめました。
自分が思いつくトラブルに、思わず一人笑いをしているのです。
彼らが、ちょっとしたいたずら心を楽しんでいるのがわかりました。
『そう、その楽しむ心が大事なんですよ!』『物語作りを楽しんでください』そう声をかける。

用紙が一周して自分のところに戻ってくると、この笑顔はさらに広がりました。
自分のキャラクターが思いもしなかったトラブルに巻きこまれることを想像したのです。
そう思いもしない展開が起きること。
これこそ優れたストーリーに必要なことなのですから。

次にシーンの会話を書いてもらうことにしました。
トラブルの中から一つを選んで、登場人物が誰かと話をしているシーンを五分間で書きます。
みんな夢中になって、この五分間を楽しんでいるのがわかりました。
中学生から、六十代まで、ふだんは会うこともない人たちが、一つの机をわけあって、それぞれの物語作りに取り組んでいる姿は、なんだか幸せな光景です。
ストーリー作りの神様、サンキューって感じで、ぼくはその光景をながめさせてもらいました。

最後に、希望者に、つくったシーンを披露してもらいます。
僕が相手役になって、セリフを読みました。
そこには、いくつものいきいきとした会話が生み出されているのでした。

ほんと初日にしては、いいんじゃないの。
しかし、二時間以上もハイテンションで語り続けた僕は、けっこうヘロヘロになって帰りの特急電車に乗ったのでした。

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2006年2月20日 (月)

公演終了しました

『J14~おぼえているから~』
公演、無事終了しました。
ありがとうございました。

今回は、高校生による裁判劇という、いままで書いたことのないジャンルの芝居に挑戦しました。
脚本的には、ちょっと説明がおおくなっちゃったと思っていたのですが、それはこれからの課題として、最大の目的は、ただ一つでした。

『共感』
今回集まった高校生たちが、閉じた心を開いて、お互い一つになること。
そして、言葉を、ちゃんと自分の心からの言葉として、言えるようになること。
それこそが、今回の芝居の最大のテーマでした。

なんども壊れそうになりながらも、なんとか最終公演までにこぎつけた結果、僕のひそかなテーマは、見事に結実しました。
十月の稽古開始の時点で、まったくつながることのなかった彼らが、芝居をつくりあげることで一つになって、お互いに心を開くことができたのです。

この高校は、普通の高校とは、ちょっとちがったところです。
入学試験がなく、面接オーディションで合格ができる専修学校なので、中学時代に不登校の子もたくさんいます。
いじめとかも経験していたりして心が傷つき、それまでは自分の居場所がなかった子が、自分のいられる場所を探して集まってきていたりします。
一般的な高校生もそうかもしれませんが、彼らは群れをつくりたがり、その群れでかたまる傾向があります。
群れのなかだけのつながりを大事にしようとして、それ以外の人には、なかなか心を開こうとしません。

そんなバラバラの子供たちが、29人集まりました。
小さな群れが、いくつもあって、それは互いにあいいれようとしません。
孤立している子もいました。

そんな彼らが、きっと最後には、お互い心を開いて、おたがいのつながりの大事さを感じてくれるようになるはずだ。
芝居には、それを可能にする力があるはず。
ぼくは、それを信じて、彼らの前に立ちました。

芝居の神様は、やはり見てくれてましたよ。
いくつもの困難をなんとかみんなで乗り越えていくことで、見事に彼らは一つになり、お互いを理解し、共感を持ってくれました。
その共感は、舞台を通じて、お客さんたちにもきっと伝わったと思います。

本当に人間ってすごい。すばらしい。
若者のもっている力は無限だと、あたらめて気づかされました。

この芝居のラストでは、裁判所で出会って、お互いを知り合い友人となり、そして別れていく子供たちのシーンがあるんですが、終演後の楽屋で、もう一つのラストシーンがはじまりました。

出演者全員が顔をあわせて、一人一人が、ぽつぽつと今までの思いを語り始めたのです。
いままで心のなかでおさえていて気持ち、はじめて人とつながった喜び、そんなものがあふれだしました。
みんな、泣いていました。
人が本当に心を開いたときにしかおとずれない、あたたかい安心感が、そこはありました。
どんな素晴らしい芝居のラストシーンよりも、すばらしいラストシーンでした。
このシーンを見ることができたのは僕と演出助手の二人。たった三人だけの観客でした。
幸せでした。
こんな素晴らしい瞬間を味合わせてくれた芝居の神様に、感謝しました。

さて、大きなミッションがおわりました。
また次の仕事がはじまります。
ラストシーンは、ファーストシーンに続くのです。

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2006年2月19日 (日)

あと一日です

初日、無事終了。

IMAホールでの『J14~おぼえているから~』の初日、無事終了しました。
見に来ていただい観客のみなさま、ありがとうございました。

ここまで全力で走ってきた高校生たちが、充実しきった顔で楽屋に帰ってくるのを見ていたら、いままでの疲れがスーッと取れていくような気がしました。
それからロビーで、お客さんたちが笑顔で帰っていくのを見送らせていただきました。

書き下ろしの新作戯曲を上演までにこぎつけるのは、本当にたいへんなエネルギーと熱意が必要です。
それにつきあってくれた、役者、スタッフ、そしてそれを完成させてくれた観客のみなさん全員に、感謝の気持ちでいっぱいです。

いままで同じように卒業公演を経て、次のステージに出ていった卒業生たちも何人もきてくれていて、ひさしぶりの笑顔を見せてくれました。
こういう出会いと、つながりをつくってくれるから、演劇って素晴らしい。

今回の脚本は、そんなぼくの、演劇に対する『感謝状』でもあります。

あっというまに駆け抜けた、今回の卒業公演も、今日で終わりです。
リハーサルが、10時半から、そして本番が3時から。
あと二回、見ることができます。

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2006年2月18日 (土)

本番です。

キターッ!
高校生たちとつくってきた、新作書き下ろしの舞台が、ついに初日です。

昨日も、ギリギリまで開幕のための準備をやっていました。
今日も本番まで、もう一回最後の稽古をします。

きっとすごくいい舞台になるはずです。
面白さ、百パーセント。
ぜひこの舞台は、みんなに見てもらいたいなぁ。

本日、光が丘のIMAホールにて、五時会場、五時半開演です。
明日は、三時開演。

お時間あるかた、近くに住んでいるかた、ぜひいらしてください。
会場で待ってます。

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2006年2月13日 (月)

本番まであと五日。

本番まであと五日。
とうとうここまできてしまった。
東放学園高等専修学校の三期生の卒業公演。
ようやく通し稽古までたどりついた。
まだまだ修正していかなければならないところは、たくさんあるけど、芝居の全体像がようやく見えた。

役者たちの顔が、かがやいて見えた。
みんなテンションがあがっている。
稽古がおわっても、そのテンションの高さが持続している感じだった。
いい傾向だ。

この芝居、そうとう面白くなると確信した。
ぜひ多くの人に見てもらいたい。
そして、これからの人生に歩きだしていく彼らの目撃者になってもらいたい。

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2006年2月 4日 (土)

コミュニケーション不足

いま、演劇専攻の高校生のための卒業公演の稽古中だ。
新作書き下ろし、二時間の長編。
たいへんな作品に挑戦しているのだが、稽古時間は限られている。

そんななかで高校生たちは、懸命にがんばってくれている。
僕も、全力投球。
脚本も稽古をしながら直していき、4稿までになりました。
ミュージカルシーンは、全面的に書き直して、作曲家に依頼していて曲のあがりまち。
かなり切迫してます。

そんななか、毎日、反省の連続です。
ぼくは、コミュニケーション能力をアップするために、インプロの技術とかつかってトレーニングをしてきたつもりなんですけど、僕自身のコミュニケーション能力にかなり問題があることを再発見してしまったのです。

高校生たちと、なかなかコミュニケーションがとれないなぁ、苦手だなぁと、心のなかで思っていたことが、感受性の鋭い彼らには、ちゃんとわかっていたんですね。
そのために、いろんな誤解が生まれていて、さらにコミュニケーションは難しくなっていく。
そういう悪循環に陥っていました。
稽古が思うようにすすまないことで、彼らの一部に不満がうずまき、ところどころで吹き出してしまいました。

芝居は、コミュニケーションのための道具なのに、こういう状態がおきてしまうということは、とてもいけないことです。
でも、トラブルが起きたときこそ、チャンスなんだ。
と、自分に言い聞かせました。
摩擦をおそれずに、その摩擦をなんとか溶いていくことが大事なんだと。

いま、高校生と年齢の近い役者さんたちにきてもらって、芝居への取り組み方とか、つくりかたとかをふくめて、彼らによりそってもらうようにしました。

せっかちな僕が、高校生にかみ砕いて話してやれなかったことを、彼らは丁寧に彼らに伝えようとしてくれます。
高校生のほうも、新たな刺激として、それを受け入れてくれたようです。

理解できれば、能力のたかい若者たちは、ぐんぐん伸びてくれるはずです。
稽古時間は限られているけど、きっといい舞台になるはず。
期待感は、ぐんぐん増していきます。

そんな稽古場に、いまから出発してきます。

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2006年1月30日 (月)

書いては書き直し

書いては書き直し
これはニール・サイモンの自伝のタイトルだけど、脚本家なら、みんな『そうだよなぁ』とうなづいてしまう。
脚本が初稿でオーケイになることは、ほとんどない。
まさに、書いては書き直しの連続。
それが脚本を書くという『表現方法』なのです。

高校生のための芝居、なんとか三稿にこぎつけました。
初稿はかなり長かったので、10ページ分くらいカットしました。
それでもまだ通して稽古していないので、上演時間がどれくらいになるのか、はっきりとはわかっていません。

今回の芝居の最大のテーマは、できるだけ多くの人物を登場させて、彼ら全員にスポットライトがあたる芝居場をつくってやると同時に、お話としても、笑えて感動できるような物語をつくること。
すごくハードルの高いテーマを選んでしまったと、書き始めたときに気づいたのですが、なんとかその第一段階をクリアしたと確信しています。

つぎは、この台本に書いたことを、高校生の役者たちと協力して、実体化すること。
まだまださまざまな困難が待ち構えているんじゃないかと思いますが、ゴールめざして、全速力で走っていくつもりです。
ぜひ、お時間のあるかたは、見に来ていただけるとうれしいです。
上演日は、二月の十八、十九日。(時間は、後日に書きます)
場所は、光が丘のIMAホール。
タイトルは『J14』
サブタイトルは、いま考え中です。
ぜひ、よろしくお願いします。

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2006年1月28日 (土)

復活です。

ブログをずいぶん書いてませんでした。
いつも読んでくれていた方たちにはもうしわけありません。
心配をかけてしまったかもしれませんね。
何をしていたのかというと、『あっちの世界』に行ってました。

ぼくにとっての『あっちの世界』とは、物語の世界のこと。
昨年内に仕上げるつもりだった、高校生の卒業公演のための脚本が、どうにもすすまなくなってしまって、あっちの世界でうろうろとさまようことになってしまっていたんです。

僕なりに新しいチャレンジをした脚本なんですが、いろいろとやりたいことがありすぎて、迷ってしまいました。
毎日、その物語のことばかりを考えて、日常はすっかりおろそかになっていました。
実は、いまだに年賀状も読んでません。
今年、年賀状をおくっていただいたかたたちには、本当にもうしわけなかったんですが、どうにもそういう日常的なことをする精神状態になかったんです。

それでも、毎日すこしずつ前進していき、ようやく第一稿があがりました。
本番まで一月をきって、脚本の第一稿の完成というのは、役者さんたちにとっても負担をかけることになってしまいました。

お稽古のほうは、脚本があがった分からやってもらっていたのですが、やはり最後が見えていないと、役者さんたちは不安みたいで、本当にもうしわけなかったです。
自分たちが、どこにむかっているのかわからずに、進んでいかなければならないわけですもんね。
逆の立場になったら、本当に迷惑です。

このプロジェクトにかかった時点では、こんなに大変なことになるとは思ってもいませんでした。
いままで書いた芝居の脚本のなかで、もっとも苦労したかもしれません。
どうしてそんなに大変になってしまったかの分析は、あとでやることにして、いまはとにかくこの芝居を成功させるために、全力投球です。

今度は、脚本家から演出家の心にかわって、自分の脚本をできるだけ客観的な目線で、読み直します。
必ずしも必要ではないと思われるところをカットして、足りないところをフォローしていく。
そうして、完成台本へと近づいていきます。
本当の脚本完成への道のりは、ホントにながいんです。

ブログ復活の報告でした。

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2005年12月22日 (木)

納豆キムチ

このところなんだか体調が悪い。
  すぐに疲れてしまうのだ。
 運動不足で体力が落ちているのかもしれない。
 集中力もとぎれがちで、仕事も思うようにすすんでいない。
 こんなんじゃいかんと思うのが、おもうように上向いていかない。
 どうしたらいいんでしょ。

 高校生のための台本も、すすみが悪く、締め切りもまもれなかった。
 どうも思ったような展開になっていかない。
 ここはふんばりどころ。

 悪いときには、悪いことがかさなるもので、テレビの方の仕事も急がされてしまい、よけいに焦ってしまう。
 胃がキューンと痛くなってくる。

 ちょっと愚痴ばっかりになってしまいました。
 こんなの、脚本のなんの参考にもなりませんね。
 体感脚本講座じゃなくて、体感ボヤキ講座になってしまいました。

 昨日は、東放学園高等専修学校で、文化庁関係の演劇授業のDVD制作のための撮影をした。
 ぼくの担当は3時間くらいで撮影終了したんだけど、ものすごく疲労している自分がいるのに気がついた。
 終了後、まるで老人のように、椅子を探して座っていた。

 夜、知り合いの出演している芝居を見に行かなければならなかったのだが、行けなくなってしまった。
 なんとか体力を取り戻さねば。

 何かはじめようと思う。
 うーん、まずは、納豆キムチご飯かな。

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2005年12月16日 (金)

仰木さん

プロ野球の監督、仰木さんが亡くなった。
さいごまでプロの監督をやりぬいたその姿には、胸をうたれた。
あのダンディな姿が、もうグラウンドで見られないと思うとさみしい。

人の死は、避けられないもので、誰にもいつかは来る。
その日がくるまでは、生きることに集中していかねばならない。
いま、この瞬間を大事にすること。

言葉にすると、じつにシンプルなことなんだけど、これが実はすごく難しい。
われわれは、つい今を忘れてしまう。
とっくに過ぎ去ったものにこだわったり、まだ姿も見せていない未来ばかりを見つめてしまったりする。
そして、今この瞬間をついつい見逃したりしてしまうのだ。

今日は、やるべきことに手をつけられないまま、町に出て散歩した。
歩きながら、死んでいった人たちのことを思った。
お世話になった演出家、小学校の時の友人たち、祖母、大学の友人……
彼らの死が、僕に今を問いかける。

人は、その死によって、生きている人に、大きなメッセージを贈ってくれている。

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2005年12月13日 (火)

4アウト

たまたまつけたテレビで、身体に障害を持ってしまった人たちの野球チームのドキュメントをやっていた。
21歳の時に脳梗塞で倒れて、半身マヒになってしまった人が、十年以上もかけてリハビリしてピッチャーとしてもう一度マウンドにあがる姿を見た。
彼は、ものすごく気迫のこもった球を、キャッチャーめがけて投げこんだ。
すばらしい投球だった。
うつくしかった。

たんたんと投球をふりかえる彼の姿を見ていて、涙がこみあげてきた。
感動した。

人間の魂の力を見せてもらった気がした。
自分も、魂をこめて毎日を生きていかねばと思った。

自分にとって、なにが大事なのか。
大事なものに向かって、自分はまっすぐでいられているか。
そんなことを考えた。

この障害者野球チームのドキュメンタリーが『4アウト』というタイトルで出版されているらしい。

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ギャグの夢

ギャグの夢を見た。
おおすじは忘れてしまったのだが、クライマックスは、ものすごくたくさんの人たちに囲まれた、伸介が『ギャンポシュー』という一発ギャグを連呼するというもの。
なん百人もの観客も、一斉に『ギャンポシュー』と叫ぶ。

いったい『ギャンポシュー』ってなんだ!?

夢見てる俺にも理解不能。

ギャンポシューとは、いったいなんなんだ。
そんなに面白いギャグだとは思わなかったんだけど。

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2005年12月12日 (月)

思い出ベンチ

DSC00392 最愛の代々木公園に、ベンチが増えていた。
二人がけの、品のいい木のベンチ。
噴水のまわりにズラリとならんでいる。
いぜんは、五つか六つが並んでいただけだったのだが、それが一気に増えていた。
かなり前に増えていたらしいが、いつも目にふれているからこそ、気づかなかったようだ。

増えたベンチには、小さな金属のプレートが張りつけてあり、『思い出ベンチ』というタイトルがあり、それぞれにメッセージが書かれている。

DSC00393 それを一つ一つ読んでいく。
故人の思い出もあれば、全世界へのメッセージもある、百年以上も前の人物に捧げたものもあった。
いくつもの物語が、一つのベンチから想像できた。

これはすごくいい企画だ。
たぶんこれは個人が、公園に寄贈したベンチなのだと思う。
寄贈したい人にとっては、自分の思いのこもったベンチが公園にあって、それで憩う人がいると思うだけで、なんだか心があったかくなれる。
公園にとっても、ボランティアで公園の備品が補えるのだから、こんなにいいことはないだろう。

以前、他の公園でも、このようなベンチに座ったことがあった。
日比谷公園だったっけ。
たしか、カナダの公園でも、同じようにメッセージのプレートが張ってあるベンチに座った記憶がある。
ベンチを公園に贈るということが、いろんなところで行われているのかもしれない。

これはただベンチを贈るということではないような気がする。
一つ一つのベンチには、物語があるからだ。

ベンチを贈る人は、物語を贈っているのだ。
われわれは、ベンチに座るたびに、その物語をお尻と背中で感じることになる。
これぞ体で感じる物語だ。

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2005年12月11日 (日)

人物作りのヒント

今日は、ひさびさに脚本講座らしいことを書きます。
作家は、どのようにして登場人物をつくり出すか。

その前に、ちょっと芝居の話。
知り合いの役者さんが出演している舞台を見に行きました。
テアトル・エコー公演『暗くなったら帰っておいで』
作・ジミー・チン、演出・酒井洋子

イギリスの劇作家であるジミー・チンの自伝的な作品で、ランカシャー地方の綿工場で栄える町を舞台に、私生児を持った女性イディと、その家族と周辺の人たちの物語。
時代は第二次世界大戦直後から、18年間。
物語がはじめまってすぐに、この作品は、劇作家が自分のお母さんに捧げた物語なんだなぁって、気がつきました。

僕も、一応劇作家のはしくれなので、こういうタイプの作品を書きたくなる息子(作家)の気持ちというのが、すごくわかるわけです。

われわれ脚本家が物語を書く時、一番大事なことは、活き活きとした人物を描くことができるかどうかです。
頭のなかに、どれだけ具体的な人物を作り上げることができるかにかかっています。
まるっきり想像上の人物で、この作業をするには、かなりの想像力を必要とします。
想像力というよりは、幻視力とでもいうべきかもしれません。
幻を見る力が必要となるわけです。

でも、もっと簡単な方法があります。
自分の知っている人を思い浮かべるのです。
作家にとって、この人のことならば、なんでも手にとるようにわかるという人物ならば、かならず活き活きと描くことができます。

自分の一番身近にいる人や、もちろん自分のことならば、作家は熟知しているわけですから、活き活きと描くことができるわけです。

それに『この人を描いてみたい!』というモチベーションも大事です。
自分の身近に、描きたくなるようにユニークな人物がいて、その人物を描くことが、自分にとっても、観客にとっても、きっといい結果になるであろうと、作家が思ったときは、もう傑作ができたも同然なのです。

今回エコー劇場で観た、ジミー・チンの作品は、あきらかに作家が自分のお母さんのことを書いておきたいというモチベーションで書き上げた作品でした。
主人公の母親に対する、深い愛情がこもっているのを、僕は感じました。

脚本家は、自分の作品に、何をこめられるのか。
愛をこめられたら、これ以上のことはないですよね。

僕も、一脚本家として、観客に愛を感じとってもらえるような作品を目指したいと思うのでした。
なー、なんか書いてて、ちょっと恥ずかしくなってきちゃったなぁ。

身近な人たちに、愛情を持って接すること。
彼らのことを愛すること。
自意識の強すぎるわれわれには、なかなかできないことですけと、これのつみかささねしか、作品をよくする方法ってないのかもしれません。

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2005年12月 7日 (水)

苦戦中

いま、高校生のための芝居の脚本を執筆中です。
予定では、とっくに上がっていなければならないのですが……
思ったよりも執筆に時間がかかり、台本を待っている高校生たちには迷惑をかけてしまっています。

発想の元は、『12人の怒れる男』。
名称シドニー・ルメット監督の、あの名作です。
脚本は、レジナルド・ローズ。
もともとはテレビドラマだったのを、ルメット監督が映画にして、大ヒットした作品です。
陪審員制度のあるアメリカならではのドラマですが、日本でも、裁判員制度がまもなく採用されるようになるようですね。
三谷さんの舞台脚本で『12人の優しい日本人』というのもあり、映画にもなってます。
一幕劇としては、かなり魅力的な素材です。

これを高校生でやってしまおうというのが発想のもとです。
今回、卒業公演ということで、できるだけ出演者たちに出番をふやしてあげたいというのが、このスタイルで芝居を書いてみようと思ったきっかけでした。
今回は、ダブルキャストで、メインの14人を描きわけるということにチャレンジしてます。
出演者たちの特徴や、性格などをつかむのに、半年以上もかけてワークショップをやってきました。

どうやったら彼らが魅力的に見えるようになるか。
それが最大のテーマです。

この学校(芸術系)で、彼らが3年間学んできたこと、成長してきたことなどを、この芝居のなかにこめられたらと思って、かなり欲張り気味です。

さぁ、これからぐんぐん書いていきます。
公演は2月なので、みなさんぜひ見て欲しいなぁ。

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2005年12月 2日 (金)

ホラーな夢

また床で寝た。

台本を書かなければならないと追いつめられていても、打ち合わせは容赦なく襲ってくる。
打ち合わせにいかなければ、仕事にはならないし、しかしいったん家を出てしまうと、集中力とか勢いとか切れてしまい、また作品世界に戻るのには、相当のエネルギーと時間をようすることになる。

つまり、物語の世界にはいるのには、それそうとうの儀式が必要というわけです。
ぼくの場合は、ある程度、眠ることが必要なんですけど、時間に切迫されていると、ゆっくり眠りにつくという気分になれません。
そういうわけで、床で倒れてるという事態がつづくことになってます。

また床で倒れてました。
気づいたら、三時間くらいたってるって感じ。
あわてて屈伸とかして、パソコンに向かいます。

しかし、それでも書き始められるわけではなく、お茶飲んだり、コーヒーのんだり、テレビを眺めたりして、しばらくすごさないと、書き始められません。
きっと、多くの脚本家が、おなじようなことをしてると思うなぁ。

今回は、短い眠りのなかで、すごい夢を見ていました。
ホラーです。

若い男が、年上のおばあさんと恋愛をしているんだけど、自分が若いということを隠すために、老人に変装して彼女とつきあっています。
しかし、そのおばあさんに、彼が特殊メイクをしているということがばれてしまうんです。
メイクをしている現場に、おばあさんが踏み込むと、動転した男は、メイクを覗いたおばあさんを殺そうとおいかけます。
そして、なぜか火をつけようとした男は、自分の特殊メイクに引火して爆発してしまうのです。
無残に砕ける男の体。
やけただれた男の顔は、目が吹っ飛び、老人ともなんともつかないものになってしまいます。

こんなホラーな夢を見てしまいました。

若い男と、老女の恋愛というのは、ドラマにしたら面白そうと思って書き留めました。
それがホラーになってしまうのは、どうかと思うけどね。

追いつめられた夢の中にも、なにかドラマなヒントを見つけようとする、悲しい性を持つのが脚本家です。

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2005年12月 1日 (木)

脚本家とアフレコ

昨日は、いま僕と一緒に仕事をしている脚本家、岩井秀人くんのテレビアニメでのデヴュー作品のアフレコだった。
劇団ハイバイでは脚本演出をこなして、次世代の日本の演劇を背負うべき人材である岩井氏も、テレビの世界ではまだまだ新人。
いまは、僕とみっちり修行中。
脚本書きのノウハウを、惜しみなく伝授してます。

その岩井君がはじめてとりくんだアニメ作品のアフレコが、昨日ありました。
自分で書いたセリフが、絵になって、それに声優さんが声を入れていくわけです。
岩井氏も、めずらしく緊張気味。
ちょっとしたセリフのニュアンスとかにも神経質になってました。

それで自分の初体験のときを思い出しました。
あれはもう二十年以上も前のこと。
まぼろしのアニメ作品、手塚治虫原作の『ドン・ドラキョラ』第8話。
はじめて書いた脚本が採用されて、アテレコの現場が見れるというので、かなり興奮して東北新社にでかけました。
当時は、まだフィルムでアテレコをやってて、そうそうたる声優さんがいらっしゃったのを覚えてます。

ところがその作品は、どういう事情か知らされぬまま、4話で放送終了。
ぼくの書いた8話は、幻となってしまったわけです。
そのころの僕は、いまの岩井くんと同じように劇団を主宰しながら、役者やったり、脚本書いたりしていました。

それからかなりの時間が流れて、たぶん何百という脚本を書いてきたせいで、アフレコに立ち会う時の緊張感を無くしている自分に気づかされました。
作品にかかわるうえで、脚本家がギリギリかかわれるのは、アフレコの時までです。
自分の書いたセリフとかが、どうなるのかは、ここで最終判断をしなければなりません。
この先は、もうどうあがこうと変えるわけにはいかなくなるわけですから。

アフレコが終わって、緊張が解けてホッとしている岩井氏と一緒に昼ご飯を食べながら、僕ももう一度初心にかえって、作品と向かい合っていかなければと思ったのでした。

それにしても、昨日の回は、ちゃんと絵が入っていたなぁ。

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2005年11月30日 (水)

脚本の共同作業の形

もう三日、まもとに寝てません。
ベッドがこいしいです。
仕事しながら、そのまま床でころがって、数時間気絶したように眠るという感じ。
これは、体によくないっス。

体はあちこち痛くなるし、寒いし、いいことなんてちっともない。
昨日は、学校のメイクの講師の人に、一目で体調が悪いのを見抜かれてしまいました。
頭皮の状態がよくないよって。
さすが目をつけるところがちがうなぁって感心してしまう。
ふつう、頭皮なんて目がいかないもんね。

よっぽどひどかったんだと思います。
シャンプーしたのに、やたらと細かいフケが出てたしね。

やはり、人間、ちゃんと眠らんといかんです。
骨髄は、横にならないと活動しはじめないっていう話しもきいてことあるしね。
横になることで、骨髄は血液をつくりはじめるんだって。

なんでこんな状態になってしまったかというと、いろいろあるんだけど、アニメの仕事と高校生の芝居の台本がかさなってしまったこと。
アニメの方は、なんとかかたずけたので、これからはしばらく芝居に集中します。

昨日は、やっと冒頭の十ページを書いて高校生たちに読んでもらいました。
読んでもらいながら、いろいろとイメージをふくらませていきます。
彼らの肉声をできるだけ台本に反映できるようにしたいんです。

これぞまさに脚本作りの共同作業なんだけど、彼らにどれだけわかってもらえているかは、なんともはかりかねます。
わかってくれてると思いたい。
ただ、思春期まっただなかの彼らの心のうちはなかなかはかりがたいもの。

短いシーンを何回も、読ませたので、最後はちょっと疲れて、あきちゃったようなところがあったなぁ。
これは僕も反省。
ちゃんと本読みをしてもらうことで、作家の僕が、それを台本にいかそうとしているということを、ちゃんと説明しておくべきだったです。
あと、彼らのテンションを考慮して、それなりのウォーミングアップを何回かやるべきだった。

彼らとの作業は、毎回、いろいろ考えさせられます。
自分のスキルと、人間力を試されているような気さえしてきます。
次回の稽古までには、もっと台本すすむぞー。

DSC00369 こないだ散歩をしていて、クラウンのパフォーマンスをしているのにでくわした。
百円で、30秒、あてぶりで動いてくれました。
思いっきり沈んでいた気持ちが、すこしだけ明るくなりました。
笑顔の力って偉大です。

ちかごろ僕も、そんなふうに人を笑顔にできる生き方をしたいと心から思います。

すばらしい紅葉を見たので、おすそわけです。

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2005年11月25日 (金)

落書き続報

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前々回に報告した、代々木公園のグラフティですが、続報です。
あのグラフティの上にも、ありました。

これって、上空から見なきゃ、全体像は見えないんだよね。
これを見るには、ヘリに乗ってこの上から見るしかありません。
それにしても、どうやって描いたのか……

DSC00353

昨日は、仕事で、ちょっと嫌な思いをするはめになりました。
二十年以上脚本家やってきて、今回のような思いをするのは、はじめての体験。

何がおきたのかは、ここでは書けません。
恥ずかしいので。
それでも、この体験を糧にして、次につなげていきたいと思います。
反省、反省。

ちょっとへこんだのは、たしかだけどね。
ヘコむってことは、ふくらんでたわけだもんね。
いい方に考えます。

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2005年11月23日 (水)

若い友人たち

昨日は、友の死をひきずっていて、どうしようもなかった。
本来ならば、彼のお葬式に出席すべきかと思ったが、僕には芝居の練習をしに集まっている生徒さんたちがいる。
去っていく友は、心で見送ることにした。

僕の内側で起きていることを、みんなには黙って稽古をしようと思っていたのだが、どうしても胸につかえるものがあって、みんなに全てを話した。
なんだか、そうしたほうがいいような気がしたのだ。
こういうとき、ぼくはその内側からの声にしたがうことにしている。

きっと、目の前のハイティーンの子たちに、助けてもらいたかったのかもしれない。
そのありあまる生命力をわけてもらいたかったのだ。

ありがとう、わけてもらいました。

稽古といえば、ちょっと歯車があわずに話し合いになってしまった。
いろいろ不満を抱えている人たちもいるということもわかっていたし、その不満と不安に対しては、たしかに僕の説明も不足していたように思う。

もちろん30人もいれば、発言できる人と、発言できない人もいる。
ただし、ものすごくリアリティのある会話や、発言の空気がここにはあった。

こういうことができるようになった、彼ら、彼女たちは、きっといい芝居をつくってくれるだろう。
それは、僕のなかで確信にかわりつつある。

僕は、この新しく、若い友人たちと、一本の芝居をつくることに全力投球します。
それが、いま僕にできること。

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2005年11月22日 (火)

友の訃報

親友のK君が、亡くなったとの報せ。
彼とは小学校、中学校、高校とずっと同じ学校に通った。
12年間を共に過ごした友は、数少ない。

彼が死んだ理由はわからない。
この報せも、ほとんど偶然に近いかたちで、ぼくのところにとどいた。

いったい彼になにが起きたんだろう。
いまは、冥福を祈るだけだ。

昨夜は、さまざまなことを思い出した。
教室での彼。水泳大会でヒーローだった彼。一緒に山に登った彼。
文化祭で一緒にライブをやった彼。

彼が京都の大学に入学がきまり田舎の町を旅立つ時に、駅で彼を見送った。
小さな田舎の駅。
なぜか見送りは、僕一人。
僕は、オイルライターをプレゼントした。そのライターを、彼はずっと大事に持っていてくれた。
浪人していた僕が、京都に遊びにいったとき、バス停で彼に偶然再会した。
彼の下宿に、何日か泊めてもらった。
彼が就職したとき、いきなり彼の仕事場を訪ねた。やりがいのある仕事だと言って燃えていた。
彼が結婚したとき、新居をたずねた。幸せそうだった。
彼に子供ができたとき、お祝いをもっていった。幸せそうだった。
サッカースタジアムで偶然に再会したとき、息子がサッカーをやっているんだと自慢していた。幸せそうだった。
フラッグを振る君は、幸せそうだった。
君にあったのは、それが最後だった。

僕は、君の幸せな顔しか思い出せないよ。

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2005年11月21日 (月)

代々木公園の落書き

すごい落書きを発見。
これです。DSC00331

朝、代々木公園を散歩してて、発見しました。
昨日も歩いたはずなのに、見逃してました。
渋谷門の外、公園からNHK方面に向かうための陸橋に登るための階段と、その両脇にこのグラフティはあります。

もちろんこれは違法落書きなんだろうけど、その迫力と芸術性に思わず息を飲んでしまった。
これを描くために、費やしたエネルギーにも驚かされます。DSC00334
昼間は人目があるし、通行人とかもあるので、これを描くのは絶対に無理。
たぶん深夜にやったんだと思います。
誰が描いたか知らないけど、すごいよ、まったく。

こういう落書きは、どうなるんだろう。
これには、いろんなことを考えさせられます。
道で歌ったりパフォーマンスをしたりするのは、もしかしたら違法かもしれないけど、通行人を楽しませたり、癒したりするものもあります。
しかし、それをただのノイズとしか感じられない人には、迷惑千万なことになるわけです。
このグラフティも、すごいアートと感じる人もいれば、ただの落書きにしか見えない人もいるわけだもんなぁ。DSC00333

僕が毎日、観察をつづけている代々木公園で、ちかごろ気づいた変化があります。
ホームレスの人のブルーシートハウスが、減ってきてるんです。
数年前から、ものすごく増えて、キャンプ村みたいになっている地域があるんですけど、そのあたりが少しずつ減ってきているような気がします。
無理やり撤去されたような雰囲気もあり、なにかが動きだしている感じ。
やはり、管理側が動きだしているのかもしれません。

管理側もある程度までは、見過ごしてたんだけど、その許容範囲をこえたので、強権を発動したのかもね。
これから、どうなっていくのか、観察をつづけたいと思います。

それにしても、あの落書き。DSC00335
いったい、どこのどなたが描いたのか。
気になるなぁ。

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2005年11月20日 (日)

脚本マラソン

ようやく来年のアニメ映画の脚本が最終段階。
なんと今回は、九カ月かかっちまった。
一本の脚本に九カ月。
マラソンだぁ。
何十回も、打ち合わせして、書き直して、そりゃもう大変な労力。
かけるエネルギーも半端じゃない。
自分でも、よくやるもんだと思ってしまう。

中学高校と、陸上競技で中長距離の選手だったのが、ここにきて役立ってるのかも。
いまや、体重がふえて長距離の選手だったのはみるかげもないんだけど、当時はかなりスリムでございました。
マラソン大会とか、優勝候補だったもんね。ただし、一回も優勝したことがないというのが、僕らしいところ。
いっつも二番手とか、三番手なんだよなぁ。
一番にはなりきれません。
これは、いまでもかわってないね。

よく出場したのは、八百メートルとか、千五百メートル障害。
駅伝とかもに出場しました。
八百って、ほんときつい競技なんですよ。
ゴールしたあと、全身に乳酸たまって、動けなくなくなったりするんです。

脚本の仕事も、それにちょっと似てるとこあります。
全身のエネルギーを全部出し切って、身体動けなくなったりします。
精神的にですけど。
でも、しばらくするとまた次の作品(レース)に出場したくなるんだから、人間ってすごいよね。

いまは、高校生の芝居の脚本とか、他の作品の脚本とか、いろいろ控えているので、まずは目の前のゴールに向かって走りつづけようと思います。

昨日は、ライジンオーのファンの人たちのオフ会に、乱入しました。
みんな喜んでくれて、ほんとよかったなぁ。
ライジンオーのファンの人たちは、ほんとにあったかい人が多いです。
みんな仲間って感じで、まるで同窓会に出席するみたい。
まるで同じ芝居をつくった劇団員に再会するような雰囲気もある。

一つの作品を通じて、こういう思いを一緒に持つことができるというのは、ほんとに希有な例です。
きっと一生つきあえるね、この仲間たちとは。

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2005年11月19日 (土)

オークション

ヤフオクやりました。
初体験。
何を買いたかったというと、コミックブック。

いぜんこのブログにも書いた、内田さんの単行本を、知り合いに読ませてあげたくて、こりゃもうオークションしかないということで、ついに手をだしました。

初体験にもかかわらず、落としたよ。
最後の一分で、何度もせりあって、意地でもって感じで競り落としました。
最後は、金じゃぁ。

これが適正な価格かどうかは、現物がこないことにはわからないけど、けっこう面白かったです。
でも、人と競り合うのって、スポーツでは面白いけど、こういうのはあんまり好きじゃなかったです。

ぜったい欲しい物とかじゃないと、これには手を出さないことにします。
神経に悪いね。

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2005年11月18日 (金)

ちあきなおみ

chiaki1 こないだNHKのBSで録画した、ちあきなおみの特集番組を見ながら、これを書いている。
ちあきなおみ。
やっぱ、すげーっ。
一曲の歌から、ドラマが立ち上がってくる。
そのドラマを、強烈に立ち上げるのは、すさまじい歌唱力だ。

この映像のなかではじめてみる映像や歌もあったのだが、背筋がぞっとするように鬼気せまる歌もある。
いやぁ、まさに、プロ中のプロの歌手ですね。
歌の表現力に感動させられます。

この人の場合、歌だけではなく、その顔と肉体によるパフォーマンスも、すばらしい。
それらが一体となって、一つのちあきワールドになっている。

彼女は、ある日、いっさいの活動を休止してしまった。
ぼくは幸運なことに、彼女の一人芝居を目撃している。
彼女が、たしか、歌姫ビリー・ホリデイの生涯を歌と芝居で演じた作品だったと記憶している。
赤坂の劇場だったと思う。

いまは、強烈に感動したということだけ覚えている。
彼女と、彼女の歌は、なんだかすさまじいエネルギーを舞台ではっしていた。
たぶん彼女しか表現できない世界だった。

その時、その時代に、いなければ見れないものや、体験できないものがある。

だからこそ、今を生きているということは、貴重なことなんだよね。
今でなきゃ、見れないものや、体験できないことを、ちゃんと見つけて、味わうことができるかどうか。

もちろん、個人によって、何が大事で、何に価値を見いだすかは、まったく違う。
ぼくが、ちあきなおみにもらった感動が、どれだけすごかったかを伝える手段は、こうして十数年後にこうして、ふと思い出した文章でしかないのだけど、これを見た人にとっては、「そっか……」ってな感じだろうなぁ。

自分が感じた感動体験を、他の人にも、なんとか伝えたい、形がかわったとしても、サービスしたい。
そんな思いが、僕の脚本や芝居をつくるときの、根っこのような気がする。

話は、また自分のことになってしまったけど、この『ちあきなおみ』さんの番組は、ぜひみなさんにも見てもらいたいです。
再放送するみたいです。12月に。

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2005年11月17日 (木)

プロの現場アフレコ

いま制作中のアニメのアフレコに立ち会っている。
声優さんたちが、まだ不完全なアニメにセリフを入れて、いきいきとしたシーンにしてくれる現場だ。
声優は、いまや若者のあこがれる職業の一つである。

ぼくの教えている高校で演劇を専攻している子供たちも、ほぼ半分ちかくが声優になりたいと口をそろえて言う。
いまの声優さんは、ただ外国映画やアニメに声をあてるだけではなく、ナレーションをやったり、バラエティに出演したり、歌をうたったり、ステージで活躍したり、マルチタレントとして活躍する人たちがいる。
専門の雑誌とかも出ているくらいだ。人気職業となるのも当然のことだろう。

二十年以上脚本を書いてきて、僕も一度だけ、スタジオ内に入って声を出したことがある。
自分の原作の漫画のラジオドラマのおまけで、お願いして一回だけ声を入れさせてもらったのだ。
自分ではずっと芝居をやってきていたので、うまくセリフを読めると自信たっぷりだったのだが、そうは問屋がおろさなかった。
難しかった……

今回のアフレコ現場は、とくに厳しいディレクターさんなので、緊張感たっぷりのプロの現場だ。
声優さんたちは、自分できちんと予習してきて(ビデオで自分のセリフを前日にチェックしているのです)、タイミングもニュアンスも間違うものかという気迫を出している。
自分が失敗して、流れを止めてはいけないという思いがあるのだ。

リハーサル一回で、すぐに本番。
ほとんど取り直しをすることなく、進行していく。
まさにプロの現場。
プロの技術を要求される現場である。

そんななかに、まだ未熟な声優さんが入ると、とたんに大変なこととなる。
ディレクターは、相手をプロとして認めているから、容赦なく厳しい要求をしてくる。
経験値がまだ少ない声優さんは、その要求にこたえようとして、さらに緊張し、失敗をしてしまうということがある。
それでも、彼らはプロとしての根性を見せて、なんとかふんばっていくから、すごいの一言。

もし自分が同じ立場だったら、その場から逃げ出してしまうかもしれないと思った。
プロの現場は、本当に厳しい。

この厳しさを、あこがれている高校生たちにも、一度見せてあげたいと思った。
この厳しい現場に、立ち向かうだけの技術と、精神力を身につけなければ、ほんとうのプロにはなれないんだということが、彼らも感じるだろう。
そうすれば稽古に遅刻したり、さぼったり、二度としなくなるんだろうけど。

それでも、また、声優に挑戦したいと思う僕がいる。
やっぱり、自分の書いた作品に、自分で声を入れるって、一つの夢ですよね。

ちなみに、ミッキーマウスの生みの親のディズニーは、自分でミッキーの声を録音していたんだよね。logo01
さすが夢の具現者、ディズニーさまだ。

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2005年11月12日 (土)

ハイティーン

いま、毎週火曜日と金曜日は、数時間ずつ高校生と演劇のワークショップをやっている。
昨日は、次回の作品についての、実験をやってみた。IMGP2744

僕が書いていった、キャラクターのメモ(性格とかいろいろ書いてある)を一人一人に渡して、それは自分以外の人には見せないようにする。
そして、7人ずつ、舞台にあがってもらって、ある殺人事件についての議論をやってもらうのである。
有罪か無罪か。
お互いが、どんなキャラクターになっているのかわからないまま、どういう議論が展開し、そしてお互いは、何かを感じ、わかりあったりできるのか。
ぜんぶ、即興でやるのである。

シーンが成立するかどうか、やる前はわからなかったけど、すっごく自然で面白いシーンがたくさんできあがりました。
おもしろかった。
セリフがあるわけではないので、全員、自分が舞台の上でただ生きるしかなくなり、ものすごく自然な演技になりました。
この、ただ生きて、そこにいるということが、案外舞台の上では難しいんですよね。

みんなハイティーンの若者たち、彼らの潜在能力をしっかり見せていただきました。
すごいよ、みんな。

生徒たちは、このプロジェクトがはじまってから、ずっと即興とか、口語劇とか、ルコックとか、いろんなことをやりながら、手さぐりで進んでいることに、もしかしたら不安を抱いているかもしれません。
結果がまだ、まったく見えないから。
そこのところはあんまり心配しないでね。
見えないところを、手さぐりですすんでいくことの面白さを体験して欲しい。
いちおう、僕は、物語に関しては、かなりプロだから。
さいごには、かならず面白い物語ができると信じてます。
ほんとは、この毎日の体験こそが、目的なんだけどね。

夜は、オリンピックセンターで歌のレッスンに参加。
脚本の仕事の締め切りがとっくにすぎているのに、焦るこころを一瞬封じこめて、呼吸に集中。
みるみる血流がよくなるのを感じながら歌わせていただきました。

ちかごろ僕は、身体の骨格のバランスと血流と呼吸を大事にしてます。
まぁ、人間の肉体の基本ですね。

脚本も、基本が大事?。
さて、基本とはなにか。

うん、これは答えが難しいかも。
やはり、骨格と、血流と、呼吸か、これも。

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2005年11月11日 (金)

内田善美さん

20年ほど前に、筆を折って、僕らの前から姿を消した漫画家がいる。
内田善美さん。
僕が、もっとも好きな漫画家だ。

この人の作品は、デヴュー作を、偶然『りぼん』で読んで以来、ぜんぶ読んでいる。
単行本も、全部持っているはずだ。
あまり物を収集しない僕が、唯一持っていたいと思う本だ。

すばらしい日本の漫画作家のなかでも、最高のレベルまで到達した作家の一人だろう。
そんな人が、ふいに姿を消して(作品を書かなくなって)、もう二十年くらいたってしまった。
しかし、作品はちっとも古びていない。
今読んでも、すばらしい。

昨日、ふと思い立って、『星の時計のLiddele』を読み返した。IMGP2772
はじめてこの作品を読んだときのことが、まざまざとよみがえった。
一年以上に渡る連載中、ぼくは雑誌から、この作品だけを切り取って、一冊の本をつくったりしていた。
それほどお気に入りだったのだ。
漫画の本を切り抜いたなんて、後にも先にも、このときだけ。

美しい人物。
詩的な会話。
ロマンス。
幸せな時間をすごせた。

一冊のコミックブックで、幸せになれるなんて、なんていい時代だったんだろう。

『星の時計のLiddele』の主人公ヒューは、夢の中に消えて行った。
そして、作家の内田さんも、物語を残して消えた。

いや、消えたわけではない。
ただ、作品を出さなくなっただけなのに、それを、読者である僕たちが、かってに消えたとか言っているだけだ。
失礼極まりないことを言ってもうしわけありません、内田さん。

最高の漫画を書くことができた内田さんは、今も、自分の物語を生きているにちがいない。
この世界のどこかで。

ありがとう、僕は、あなたに、いくつもの幸せな時間をもらいました。

僕も、この世界のどこかで誰かが、ありがとうと言ってくれるような物語作家になれるかなぁ。

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2005年11月 9日 (水)

レ・ザユリ

 また自慢話。
  僕は、ラッキーマンです。
 漫画のラッキーマンじゃないですよ。なんだかついてる男っていう意味。

 会いたい人とか、見たいこととかあると、いつのまにかそれが自分の前に現れてくれるんです。
 ほんと不思議。
 そのたびに、何かに感謝します。(何かが何かはいまだに不明)

 また今回も、会いたい人たちが、向こうからやってきてくれました。
 僕が演劇を教えている高校のクラスに、一日ワークショップをやってくれにきてくれたのは、『レ・ザユリ』というカンパニーのみなさん。
 カナダ人のダンと、マティウ、スエーデン人のヨハン、そして日本人の春菜さん。
 彼らは、今年の五月にフランスにあるジャック・ルコック国際演劇学校を卒業して、新しい劇団をつくり、そのはじめてのツアーで日本にやってきている。大阪で東放学園関係のパフォーマンススクールをやっている八木さんの紹介で、ぼくのクラスに教えにきてくれたのだ。

 ジャック・ルコックの書いた『詩を生む身体』を以前読んで、いろんなことを考えたことがあった。
 演劇について、学ぶべきことが、この本にはたくさんあった。
 そして、彼が実践した、俳優養成のためのトレーニングには、おおきなインスパイアを受けた。
 海の向こうでも、自分と同じようなことを考えている人がいるもんだと思ったものだった。
 そんなことを、僕なんかが言うのは、おこがましいですけど。
 もし自分が、二十代前半だったら、彼の演劇学校に飛びこんでいって、さまざまな体験をしたかもしれないと夢想したこともある。

 海外で、言葉も通じない役者たちと、文化の違いを感じながら、パフォーマンスをつくっていくなんて、思っただけでワクワクするような体験だ。

 現実の僕は、早くから脚本を書き始めたせいで、留学とかそういうことをする暇もなく、ここまで突っ走ってきてしまっている。
 もちろん、そのことを後悔したこともないし、自分は、自分なりのやりかたで、演劇を学び、楽しんでいる。

 しかし、若いやつらには、自分が夢想したことをやってもらいたいという気持ちがある。
 世界は狭い。
 どしどし外に飛びだして、そこからまたこの国にも、豊かなものをもってきてもらいたい。

 そう思っていたら、それをやっている若者たちが、僕のところにやってきたくれたのだ。
 レ・ザユリのメンバーたちは、カナダ、フランス、スウエーデン、日本とナショナリティをこえて演劇活動をしていこうとしている若者たちだった。
 まさに、僕の会いたかった若者たちだ。

 彼らは、高校生たち相手に、約2時間半、一緒になってワークショップを楽しんでくれた。
 そのことが高校生たちにも、ちゃんと伝わったと思う。
 彼らが、演劇を楽しんでいるということが。IMGP2770

 一日のワークショップで、できることは限られているが、何よりも演劇を楽しんでいる人たちと、高校生が触れ合って、何かを感じてくれることが大事だと思っていた。

 サンキュー、異国から来た演劇青年たち。
 もしかしたら、僕が一番楽しんでいたかもしれません。

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2005年11月 7日 (月)

ルミネTHEよしもと

上京してきた父親を連れて、ルミネTHEよしもとに行ってきた。
若手のネタ披露の意味合いがつよい、5時6時の回。
まだテレビとかには、あまり出演していない、お笑いの若手が懸命にがんばっている。
それでも、けっこう人がはいっている。

売れてる芸人が出演する7時からの回は、もうチケットは立ち見席しか残ってなかった。
お笑いブームなのを実感。

新宿に、吉本が劇場をつくったのは、何年前だったろう。
着実に成果をあげている。
ここから出てきた若手芸人が、もう何人もテレビや劇場で活躍している。
芸人の育成にかけては、吉本興行は他をよせつけない。
こうして若手が芸を磨ける場所をちゃんと用意しているのが、その強さの理由だろう。

役者に関しても、いつからか、いい役者は、小劇場のほうからばっかり誕生するようになった。
大手の劇団に入ると、いい役につく機会が少ないが、小劇場だと、その機会は格段に多くなる。
しかも、冒険的なことは、小劇場のほうがやりやすい。
役者にとって、どっちが経験になるかは、はっきりとしている。

やはり経験を積むということは、どのジャンルでも大事だ。
脚本についても、それは同じ。
すばらしい傑作脚本が、すぐに書けるようになる天才もいるかもしれませんが、ふつうはなかなかうまく書けるもんではありません。
何本も書いていくうちに、しだいに書き方を覚えて、自分の思いをうまく伝えられるようになっていくもんです。

とにかく書き続けること。
それしかないと、今は思ってます。

本田美奈子.さんの訃報を聞いて、仕事を続けていられる自分の幸運に感謝しました。
アイドルから、ミュージカル女優へと、チャレンジして、すばらしいステージをつづけていた彼女を、僕は尊敬していました。
もっと歌っていたかっただろうなぁ。
彼女の無念を思うと、やるせなくなります。

人生何がおきるかわかりません。
今できることを、精一杯、やっていくしかないんだよね。

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2005年11月 3日 (木)

いいところを見つけよう

さっき、きつい芝居を見たときのことを書いたあとに、何かいいところを見つけられなかったかと自分に問いかけてみた。
どんなものにも、見つけようとすれば、きっと一つくらいほめるところはあるんじゃないか。
それを見つけられないのは、自分が、それを見ようとしていないからじゃないのかと。

否定すること簡単だ。
拒絶することも簡単だ。
だが、それをしたとたん、そこで関係は終わってしまう。
なんてシンプルなんだろう。

始めたり、つづけたりすることより、終わらせることは、ものすごく容易だ。

でも、僕は、終わらせるのではなく、つづけて体験していくことを選んだはずじゃなかったか。
そのためには、受け入れられるところ、いいところを発見して、それを伝えていかなければ。
そう思った。

ありました、いいところ。
ほめたいところ、見つかりました。

作家は、自分の痛いところについて、あえてそれに触れようとチャレンジしていました。
そのチャレンジ精神はいいことでしょう。
なかなかそういうことはできないものです。

役者たちは、自分にあたえられた場所で、全力でそれを演じようとしていました。
その方向性が、ちょっとずれていたとしても、それは彼らの責任ではありません。
まじめにとりくんでいたというのは、ちゃんと伝わってきました。
それを見てあげようとしなかった、僕のほうに、傲慢さがありました。

稽古の期間もふくめて、何カ月かの人生を、その芝居作りに捧げるわけだから、半端な気持ちではできません。
そういうエネルギーには、やはり敬意を払うべきでした。

次に、ものすごくいい作品をつくりだすかもしれない可能性を持った人たちに対しては、まず尊敬してから、話をしなければなりません。
そう未来を信じなければ。

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つきあい観劇

知り合いに演劇関係者や俳優が多い。
したがって彼らの公演への誘いが多くなる。
おつきあいの観劇。
いい作品であれば問題はない。
「よかった。おもしろかった。またがんばってください」
と、幸せに挨拶をして帰ってこられて、人間関係にもヒビが入ったりすることはない。

困るのは、どうしても好きになれない作品だったときだ。
相手は、自分の出演している作品は、基本的に良いもの考えているはずだ。
その人にむかって、「あんまりよくなかったよ」とか「面白くなかった」なんてことは、とても言いずらい。
心の中で思っていても、やはり正直に言うと、相手が不快な思いをするかもしれないと、気を使ってしまうのだ。

もちろん正直な感想を言ってあげたほうが、相手のためになるのだとは思っていても、まだ公演がつづくのに、いきなりテンションの下がるようなことを言ってしまうのは、とてもできることじゃない。

そういうときは、何も言わずにさっさと帰ることにしている。
挨拶もしないで帰るのは失礼かなとも思うのだが、自分の心に嘘をついて、お世辞を言うほうが失礼だろう。

芝居とか見にいって、僕と同じような思いをしている人は、かなりいるんじゃないかなぁ。

昨日見にいった芝居はきびしかった。
知り合いが関係しているだけに、ここにそのタイトルなんかは書けないけど、見ていてほんとにつらかった。
芝居の内容よりも、フィジカル的につらくなってしまったのだ。
まずがなりたてる声が大きすぎて、そのうえマイクを使って大きな音量にしていたので、ほんとに耳が痛くなるくらいうるさかったのだ。
どういう効果を狙ったのか、まったく理解できなかった。それとも芝居が面白くなかったので、音が耳障りに聞こえたのだろうか。いや、やっぱり音はでかすぎたと思う。

帰りに乗ったタクシーのドライバーは、いままで芝居は一本も見たことがないという人だった。
そういう人に、ぜひ芝居を見た方がいいですよとは言えない自分がいた。

ぼくは、基本的に、芝居をつくっている人に悪い人はいないと信じたいくちだ。
ひどい芝居をつくったからといって、ひどい人間ではないはずだ。
きっとみんないい人なんだろうと思う。
でも、ひどい芝居を見てしまうと、それをつくった人もひどい人のような気がしてくるから、芝居は危険だ。

ぼくらは危険物を取り扱っている。
もっとそれを意識しなければならない。
薬局で、薬を売る、薬剤師さんたちのように。

芝居は、エンターテイメントであると同時に、薬でもあるし、劇薬でもある。
人を癒す、すばらしいものだが、使い方しだいでは、毒薬にもなってしまうのだ。
劇物。

なるほど、劇だけに、劇物の取り扱いには注意してくださいってことか。
しっかりオチがつきました。

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2005年11月 2日 (水)

みんな天才だぁ

今日は、午前中六時起きして、必死で原稿書き。
長いあいだやっている作品も終盤。あと少しだ。
なんとかとりつくろって、午後からの、高校生との芝居の稽古の準備をする。
卒業公演を一緒につくるメンバーたちの個性を、一刻も早くつかんで、台本を書いてあげたいと思っているんだが、その前に彼、彼女たちの実力もアップさせながらの稽古を計画しなければならない。
今回は、口語劇に挑戦することにする。
メンバーたちの半数は、ミュージカル的なものをメインにやってきた者、あとのほぼ半分は声優志望で、アニメチックなしゃべりが癖になっている子たち。
リアルな演技は、ほとんどしたことがないはずだ。

もちろんリアルとは何かという問題はあるのだが、まずは自分の言葉で、普通にしゃべるということをやらせてみたかった。

で、どうなったかというと、彼らの潜在能力の高さに驚かされた。
初見であるにもかかわらず、台本の読みにかんしては、ほとんどまちがうことなく、セリフ化できるのだ。
芝居をしていないように芝居をするというのは、かなり難しいことである。
それを彼らは、いとも簡単にやってのけた。

もう天才たちが、ゴロゴロいる。
ぼくは、うれしくてしかたなくなってしまった。

時間の関係で、全員に稽古をつけてやることができなかったのが、心残りだったが、稽古時間が終わると、地下鉄に飛び乗って、テレビアニメの打ち合わせに行く。
自分の学校の生徒が主演の番組の、脚本を書いている講師というのは、かなり珍しいのではなかろうか。
ぼくが講師をしている学校の一年生が、オーディションに受かって、この番組の主役の声をアテレコしているのである。
その番組の打ち合わせ。
いくつか細かいところでの直しがでたが、あらかたオーケイとなる。

ギャグ物なので、あんまり理屈とか考えて書いていると面白さが薄くなると思って、ぼくは勢いだけで脚本を書いているのだが、そういう僕がおろそかにしているところを、プロデューサーたちはついてくる。
もちろん、そういう意見は素直に聞くぼくだが、勢いだけは消したくない。
コメディとかギャグは、実は本当に難しい。
緻密な計算をしたうえで、最終的な現場では、それを忘れて、本能のままに行動したほうがいい。
笑いを生み出すには、勢いは重要だと思う。

来週までには、なんとか高校生の芝居のおおまかなストーリーまでは完成させたいものだ。

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2005年10月31日 (月)

笑顔爆発

昨日は、笑顔クラブというところが主宰した、かめおかさんのワークショップに参加してきた。
かめおかさんは、中学生の演劇指導や、脚本を書いたり、さまざまなところでの講演活動などをしている人。
いぜん、東放学園の演劇を講師をしている、井上さんから紹介を受けて一度会ったことがあった。
僕は、シアターゲームとか、インプロの手法を、高校生に芝居を教えるときに使っているのだが、このかめおかさんも、同じような方法を使っていると聞いていたので、一度、どういうことをやっているのか見たかったのだ。
いつもは自分が指導をしている立場なので、純粋に参加者として、やってみたいという気持ちもあった。

笑顔クラブというのが、どういうものなのかというのも知らぬまま、会場である赤坂コミューニティセンターに向かう。
二十代から、上は七十代まで、さまざまな人が30人くらい参加してのワークショップ。
笑顔クラブとは、どうやら日本中を笑顔にしたいというコンセプトで作られた団体らしい。
いきなり、笑顔体操をやらされる。
ちょっと引いた。
主宰者の女性のリードのまま、笑顔作りの4段階とか、人指し指をくわえての、口角の上げ方などの指導を受ける。
笑えねぇヨォと思っていたが、まわりで真面目に笑顔をつくっている人を見てたら、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
笑顔大成功。
しかし、不思議なところに迷いこんでしまった感はぬぐえない。
あとでわかるのだが、僕と同じように、笑顔体操初体験の人が、実は何人もいたらしい。

かめおかさんのワークショップは、『心の筋肉強化がテーマ』。
基本的にインプロのゲームなどをベースにした楽しいものだった。
こういうものをはじめてやる人たちもかなりいたが、実にスムースに進んでいく。
演劇(特に即興)の練習につながるゲームが多かったが、そのゲームをやりながらの、かめおかさんの発する言葉が的確なので、参加者たちの集中力が切れることなく進行していく。

高校生に芝居を教えるときには、このコーチ役(ファシリテーターと呼ぶ場合もある)の人のキャラクターとパワーとエネルギーが最も大事である。
つまり、自分のことね。
これがテンション落ちると、全体のテンションも下がってしまう。
かめおかさんは、ものすごいテンションとエネルギーの人だった。
さすがだった。
見習うことが、たくさんあった。

参加者の人たちには、かなり面白そうな人が何人もいた。
脚本や小説の登場人物のキャラクターにすぐなりそうな人もいる気がした。
個人的にもう少し知り合いたかったのだが、そこまで近づく時間がなく、ワークショップが終わったら、バラバラになってしまったので、それがちょっと残念だった。
せめて名前だけでも聞いておけばよかった。

懇親会にも参加して、食事しながら、二人ほどの人と話をしながら、こういうワークショップにはどういう人が参加しているのかを取材。
いわゆるふつうの人たちが、集まっているという印象だったが、最後には、また笑顔体操でしめくくられた。
またまた、心の中では、かなり引き気味になりながらも、ニコニコピー体操をしたのだった。
うーん、今は、こういうのが普通なのか……

みんな向上心があって、笑顔が好きで、とても親切で、いい人で、前向きで……

悪いことは何もないんだけど、心のどこかで、警戒しているぼくがいる。
なぜだか知らないが、ぼくは油断するものかと思ったりしている。
自分こそ、人からは、いつもニコニコしている能天気男と言われているくせに。

笑顔一つで、いろいろ考えた。

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2005年10月29日 (土)

高校生との演劇1

僕は東放学園高等専修学校というところで講師をしている。
もう五年目。
今年は、卒業公演の演出担当。十月から十二月までは、週に二日。来年になってからは、ほぼ毎日、高校生と芝居の練習をすることになる。
公演は、来年2月の第二週の週末。IMGP2733

卒業公演というのは、高校生最後のイベントなので、演出をする僕としても責任が重大。
思春期の大事な三年間を過ごした仲間たちとの、最後の思い出作りでもあり、これから出ていく社会に向けての準備運動でもある。
とにかく彼らに、いい時間を過ごさせてやりたい。
心から、そう思っている

気軽に引き受けた高校生の演劇指導だったが、いまでは僕の人生において、かなり大きな部分を占めるテーマになってしまった。
プロの脚本家、演出家としてのキャリアという面からみると、ほとんどメリットはないように見えるかもしれない。
たしかに僕が、高校生と演劇をやっているからといって、脚本の仕事が来たり、演出の仕事が来たりすることはない。
ここで作った脚本や芝居が、僕の生活のたしになるようなお金になることは、ほとんどといってないのだ。

でも、僕はこの仕事をやめるつもりはないし、もっと本気を出して、やっていくつもりだ。
それはなぜか。
それは、僕が何かを書き始めたときの動機に、すごく近いものを、この現場に感じているからなのだ。

僕が、物語を書き始めたのがいつだったのか、はっきりと思い出すことはできないが、覚えている限りでは、小学生の時に、友達に見せたくて漫画のストーリーを考えたときだったような気がする。
最初に書いた舞台脚本は、中学2年生のときの文化祭。全校生徒の前で見せるためのチャンバラ時代劇だった。
楽しかった。
物語をつくるのは、僕にとっては何よりの遊びだったのだ。

いつのまにか、その物語作りで、お金をもらうようになっていた。
もちろん楽しい。
そして、そのいただくお金に見合う、仕事(物語)をつくることには責任を持つという自負もある。
その仕事と、その現場を、高いレベルのところまで追求していきたいという欲求もある。
高いレベルとはなんなのかというところは、また別のテーマだが、とりあえずここでは、社会的な評価もギャランティも高いところのものだとしておこう。(本当の高いレベルは、そういうものではないと考えてますが)

今の、高校生との演劇作りは、その高いレベルに向かう道とは、まったく違う道だ。
むしろ、中学二年生のときの、ぼくの原初的な物語作りの喜びに、かぎりなく近い。IMGP2744

誰かのために何かをしたい。
誰かを喜ばせてみたい。
そんて僕の中にある、本能が、いま僕を突き動かしている。

自分の深いところにあるものに触れようとすると、なんだかとりとめもない文章になってしまいました。
自分が何を書きたかったというところも、ぶれてきます。
今日は、このあたりでやめておきます。
これからもときどき、高校生との演劇作りのレポートをこのブログに書きますので、ドキュメンタリーとして楽しんでくださいね。
脚本作りについても、面白いレポートになるかもね。

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2005年10月26日 (水)

レストランシアターの距離

レストランの店内でお芝居をする、レストランシアターで、短編の芝居を見てきた。
食事をして、一杯飲んで、芝居を楽しむという企画。
今年のはじめに、僕もこの企画に役者として参加したが、それがしだいにグレードアップしてきて、場所もいいところになり、お客さんもけっこう入るようになっている。

日常のなかに、ふつうにお芝居があり、それを楽しむことができるというのはステキなことだ。
こういう形態の演劇が、もっとふえてほしいと思う。

今回の演目は、一時間のコメディだったが、脚本的にはとてもよく計算されているものだった。
登場人物たちが、自分たちが、嘘をごまかすために、さらに大きな嘘をつかなければならなくなってしまうというシチュエーションコメディ。
最後は、ドタバタのスラップスティック的にもなっていき、僕の好きなタイプの脚本だった。

これを見ながら、コメディ(笑い)の難しさについて、あらためて考えた。
脚本では、おかしいシチュエーションに書かれているのに、笑いが起きる場合と、そうでないときがある。
笑えるか、笑えないか。
これはどこで決まるのか。

これは、かなりの比率で、役者のキャラクターと演技力にかかっていると思った。
キャラクターと演技力というもののなかには、もちろん、観客との親和性というものもふくまれている。
その役者が、観客との距離を、どれだけ縮められるか。

演出は、その距離の調節に力を貸してあげることはできるけど、最後は舞台にあがっている役者がなんとかやるしかない。
レストランシアターは、観客との実際の距離はものすごく短い。
出演者の30センチ前に観客がいたりする。
大事なのは、この実際の距離ではなく、物語の世界との心の距離なのだ。
この距離を、どうやってうめていくか。
それが『笑い』を生み出すためには、ものすごく大事になる。

このことがわかっていても、なかなかできることではないのが、この『笑いの世界』。
本当に、人を笑わせる力を持った人のことを、僕は尊敬します。

笑いは、人を幸せにするし、免疫力もあげてくれます。
笑わせる力を持った人というのは、つまり人を幸せにする能力の高い人ってこと。
すべてのお笑い芸人や、コメディの役者に、レスペクトです。

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2005年10月24日 (月)

タイガースに学ぶ

野球の日本シリーズがはじまっている。
タイガース対マリーンズ
マリーンズが2連勝して、千葉は大盛り上がりだ。
スポーツ好きのぼくとしては見逃せないシリーズ。

まさに勢いの違いが出てしまった、この2試合だったと思う。
勢いとはなにか。
辞書には、運動によって生じる他を圧する力。元気。勢力。はずみ。なりゆき。などと書かれている。

そう、勢いとは『運動によって生じる力』なのだ。
つまりこのシリーズの直前まで、マリーンズはパリーグのプレーオフをやっていて、さんざん『運動』していた。
そしてタイガースは、セリーグの優勝を決めてから、長い休みに入ってしまわざるをえなくなって、『運動不足』になっていたのである。
つまり、シリーズの開始の時点で、両者の『運動量』は圧倒的に差ができてしまっていたわけだ。

ここから脚本家(または脚本家志望者)は、何を学べるか。
自分が脚本家として、『勢いのある』いい脚本を書こうと思うならば、運動(書くという行為)を続けなければならないということだ。
脚本家は、書くという行為を止めてはいけない。
たとえ、どんな状況にあったとしても、書き続けなければならない。
そうしないと『勢い』は、どんどん落ちていってしまう。

すべては、勝利(いい作品を仕上げる)するために、われわれは『運動』をしつづけるべきなのだ。

この教訓は、脚本家だけではなく、他のジャンルにかかわる人たちにも同じだろう。
自分に勢いをつけたければ、とにかく止まってはいけないということですね。
運動をしつづけること。
ぼくも書き続けます。

まだ日本シリーズは2試合しか終わっていないので、これからタイガースも反撃を開始すると思います。
タイガースファンも、運動を後押しするだろうし、走り始めれば虎は早いはずです。
ぼくは、どちらのファンというわけではないので、日本シリーズがとにかく盛り上がってほしい、そしていろんなドラマ、ストーリーを、ぼくたちに提供してくれることを期待しています。

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2005年10月23日 (日)

木滝サン

「あー、また木滝のやつ、個人宛のメールを、メーリングリストでみんなに配りやがって。なんかい同じことを注意すりゃいいんだよ……よけいなメールがくるのは、迷惑なんだって……しょうがないなぁ」
  と、ぼくは忙しいにもかかわらず、木滝に電話をかけてしまう。
  そしてジャイアンツの心配性のピッチングコーチのように、選手の指導をはじめるのだった。

木滝さん。
子持ち脚本家、年齢不詳。
十数年前からのつきあいになる……
彼女のことを、こうして言葉で表現しようとすると、ものすごく難しいことに気がつきました。

うーん、会って、体験してみないことには、木滝さんの、すごさはなかなか伝わりません。

あらゆる人間の持っている性質を、ぜんぶ少しずつ、デフォルメして体現してしまっている人物なんですよ。
ほら、また難しくなっちゃった。

ぼくは木滝さんのなかに、すべての人間を見てしまうんです。
木滝さんは、ふだん見失っている自分のなかにある、人の弱さや、強さもや、すばらしさや、おろかさなど、すべてを見させてくれるんです。

そして、人間ってすごい。すばらしいって。思ってしまう。
つまり、ぼくは、この木滝さんが大好きなんですね。

そんな木滝さんに、劇団ハイバイの岩井君が目をつけて、自分の作品に登場させてしまいました。
こんかいの『ナナイロニ』に、木滝さんは重要な役をもらって出演してしまったわけです。
ぼくも彼女には、十年以上前に一度出演してもらっていて、彼女にとっては舞台出演は、二度目。
もちろん演技の訓練など受けていない彼女は、役者としてはほとんど素人なんですが、抜群の存在感を示してくれました。

抜群の存在感。
共演者としては、『まいったなぁ、食われちゃうよ』的なフォーカス取り。
ときとしては、芝居の内容よりも、目立ってしまいそうになる危険性さえふくんだ存在。
でも、面白かった。
危険だったけど、なんとかギリギリのところで、走り抜けた。
それが今回の彼女の舞台出演だったと思います。

彼女はプロの役者ではないので、いろんな役ができるわけではありません。
ただ自分として、自分のできる限りのことをして、そこにいるということにかけては、誰にもまけない力を発揮するのです。
そして、そこにいるということにかんしては、彼女は自分を疑うことをしたりしません。
これこそが、彼女の存在感の理由です。

この事実は、すべての役者や役者を目指す人への示唆にとんでいます。

自分が、この世界にいることに疑いを持たず、自分のできること(生きること)に全力をそそぎ、ただそこに存在すること。
こんな一言で言えてしまえるようなことが、なかなかできないんですよね。
疑ったり、不安になったり、全力で生きていなかったり。

つまりは、この現実のなかで、一人の人間として、どのように存在(あり)つづけているか。
そのたたずまいが、役者として舞台にあがったときに、とても大事になってくるということ。

いい役者と呼ばれる人たちは、まちがいなく役者としての技術以上に、この人間としての力を備えています。
技術をこえるものが、そこにはあるわけです。
もちろん技術はあって当然だし、あるほうがいいに決まってるんだけど、かりに技術がなくったとしても、人間力があれば、それを十分におぎなうこともできるのです。

木滝さんに会うたびに、ぼくは、自分も人間力をもっと鍛えたいと思うわけです。
そして、まだまだここに、ただ存在しつづけようと。

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2005年10月22日 (土)

消えた人

超ベテラン俳優たちが出演する舞台を見てきた。
パニックシアター公演『ラスト・シーン』(下北沢『劇』小劇場)
作・マーガレット・ウッド。
女優の中村まり子さんが、主宰し演出もしている。

人生の大先輩である男優さんや女優さんたちが、イギリスの役者のための老人ホームの一室を舞台にして、人生の最後の一ページを、演じてくれている。
堪能させていただきました。

となりの大きな本多劇場では、若手人気劇団の『大人計画』が、売れっ子脚本家九藤さんの芝居をやっていて、賑わっている。
まさに、日本の演劇界の中心地、下北沢。
そこで、出演者たちの平均年齢が、日本一高いであろうと思われる芝居が、若者たちのエネルギーに負けない光を放っておこなわれている。
その事実に、ぼくはうれしくなってしまう。
芝居を好きでよかったと思える。

手が痛くなるほど拍手をして、劇場を出て、演出家に挨拶をして帰ろうとしたとき、ショッキングなことを聞かされてしまった。
知り合いの男優さんが、二年ちかく前に、自殺していたということ。
おどろいて、血の気が引いた。
一時期、その彼とは親しくしていた。彼は僕よりもかなり若かったので、酒をおごって、ずいぶん厳しいことも言っていた。彼のいい声と、ひょうひょうとした演劇が、ぼくは好きだった。
いつも芝居の案内をくれていたのに、ちかごろ来てないなぁと思っていたのだが、こんなことになっていようとは。

そのまま帰る気持ちになれず、酒場に行き、彼のために飲んだ。
あたまのなかでは、いろんな質問がぐるぐるまわった。
その質問をする相手は、どこにもいない。

でも、答えなんかなくったっていいのだ。
質問をするということが大事なのだと思う。
答えをもとめすぎるから、闇のなかに迷いこんだりしてしまう。

ぼくは質問をしつづけよう。
稽古場と劇場は、ぼくが世界にむかって質問をする場所。

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2005年10月20日 (木)

ウーンな映画

知人の会社の元上司が映画を作った。チケットがあるというので、渋谷に映画を見にいった。
ナイトショーである。
行く前に、地震が起きた。地震はたいしたことがなかったが、なんだか不安になる。
その映画は、若者風俗をとりあげたものだったが、その出来のひどいこと。
衝撃を受けた。
単館上映とはいえ、かりにも一般映画館で封切りしている映画である。
もう少しなんとかならなかったものか。
はじまって数分は、ツッコミ所満載なので、笑いそうになってけっこう楽しんでいたのだが、ひどい音楽とひどい映像がえんえんとつづくと、肉体的にもどんどん疲労していった。
途中で退場したくなったが、両側に人が座っていたので、迷惑をかけるわけにもいかないという気分で、眠ろうとしたが、音楽が大音量でかかるので眠ることもできない。まるで拷問にかけられてるような気分になってしまった。
トホホ。

自分のことは棚にあげて、言わせてもらうけど、やっぱり脚本は大事です。
脚本の段階で、どんな映画になるのかというのは、だいたいわかります。
プロデューサーのみなさんは、脚本の段階で、映画の出来上がりは想像できるはずです。
その段階で、なんとかできなかったものなのか。

で、その映画のクレジットを見ると、監督が脚本も書いていた。
演出する人が、脚本も書いていると、こういう独りよがりの作品になってしまうことが多々ある。
やはり演出家は、客観的であるべきだと、いまさらながらに思いました。

作演出をしている人は、自分に対して、客観的視点をどうやって持つか。
それが大事。

これは自分にたいしても鏡だと思った。
いま高校生の芝居を準備しているけど、どうやって客観的視点を保つか。
共同脚本家に入ってもらうか。
アドバイザー的な人に、読んで意見を言ってもらいながら、作業をすすめるのか。
どっちとも使うか、検討します。

もしあなたが脚本を書いているのだったら、ちゃんと意見がいえる人(プロデューサー的感覚を持っている人)に、自分の作品を読んでもらって意見を聞いてください。
そして直しましょう。
直しはつらいけど、最終的な結果は、絶対によくなるのだから。

ほんと人の作品を批判したり批評したりするのは、同じクリエイターとして、じつにつらい。じぶんにもろに跳ね返ってくるからだ。ぼくの書いたものも、おなじように、いろんな人がいろんな意見を言うだろう。それはとてもこたえることだけど、ここでふんばっていくしかないのだよね。

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2005年10月19日 (水)

アフレコ

今日は新番組の一回目のアフレコだった。
ぼくが脚本を書いている関係で、台本チェックのために、いさんでスタジオに向かう。
ところが聞いていたのより、一時間開始時間があとだった。ぼくのところまで連絡がとどいてなかったらしい。
おかげで誰もいないスタジオで、台本チェックを一人でした。
ぞろぞろとやってくる声優さんや、マネージャーさんに挨拶をして、録音監督にチェックした内容を確認して、そそくさと次の打ち合わせ現場に向かう。
一話の雰囲気を知りたかったんだけど、残念。

つづけて本読み。
何回も書き直した台本なんだけど、さらにプロデューサーたちから、さまざまな意見を聞く。
もう一回、直しだ。
ほんとうに書いては書き直しの連続。
これが脚本家の仕事。

世界中で、書き直しをしつづけている、脚本家のみなさん、がんばろう!
きっとこの先に、うれしい笑顔を見せてくれるお客さんがいることを信じて。
ぼくらは、誰かの幸せのために、今を生きているのさ。
100_0134 イェーイ!

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2005年10月18日 (火)

やればできるのに

昨日は、がんばった。
大物の直し、テレビの予告、短編ギャグ物と、たてつづけに三本を書き上げた。
三日閉じこもってたので、背中はガチガチ。
マッサージとかも、すきをみて行ってるんだけど、あんまりよくなってない。
いかなかったら、もっとひどくなってると思うけど。

ハイバイの連中は、昼打ち上げとしょうして、富士急ランドに行っちゃった。
やつらのブログとかのぞくと、すごと楽しかったみたい。
すごくうらやましい。
芝居とか一緒にやって仲良くなると、ほんとに仲間になれるんだよね。
そんな連中と、一緒に遊園地にいくなんて、まるで小学校の遠足みたいな雰囲気で、幸福感に満ちてしまうだろうことはよくわかる。
あー、そんないい体験を逃してしまうなんて、体感脚本講座の主としては、大失態。

しかし、毎回、原稿の締め切りに間に合わない。
もうちょっと早くできないものかとよく言われるが、できないんだよね。
追いつめられて、追いつめられて、ギリギリの土俵際までいかないと、原稿が書き上げられない。
ほんと反省してるんですけどね。
体にもよくないし、なんとか改善していきたいと思ってます。
まだまだこの仕事つづけたいし。

ニュースでは、首相が靖国神社に参拝したからと大騒ぎ。
中国も韓国もいきなり大批判。
なんでそうなるのと思います。
あえて摩擦をつくってしまうのね。

ただ摩擦が起きるということは、そこに意識がいくということ。
悪いことばかりじゃないと、僕は思う。
摩擦がおきれば、力ゆるめたり、油をさしたり、ローション塗ったりするよね。
そういうことに気づかないうちに、ポキッと折れたりしないようにすることができるから。

なにか人との間に、摩擦がおきたとき。
それをいいことだと、自分に言い聞かせることができるかどうか。
それ大事ね。

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2005年10月15日 (土)

第一シリーズ終了感謝

 ハイバイの公演も無事終了。
 そして、ライブ版の体感脚本講座、全12回もめでたく第一シリーズが終了しました。
 参加者のみなさん、おつかれさまでした。

 それぞれ成果があがったことを期待します。
 この参加者のなかから、一人でもプロの人が誕生したり、他のジャンルでも大いに飛躍していただければと思ってはじめた体感脚本講座でしたが、けっきょく、僕自身が一番学んでいるようです。
 毎日が、チャレンジ&学習です。
 ありがとうございました。

 次回、第二シリーズはあるのでしょうか!?
 きっとあるでしょう。
 ブログ版体感脚本講座は、これからもつづけていきますのでよろしくお願いします。

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2005年9月28日 (水)

稽古場

昨日は、まもなく本番をむかえる劇団ハイバイの稽古場に行ってきた。
白熱した稽古がつづいている。
この日は、オープニングのだんどりと、歌。それにつづいて、後半の稽古だった。
総勢二十名をこえる出演者が、けっして広いとはいえない稽古場で動きまわる。
迫力。

そこにふらりと劇団・青年団の志賀廣太郎さんが登場。
志賀さんはテレビやCMなどでもおなじみの役者さんだが、大学で講師もしているというすごい人。
この劇団には、作演出の岩井秀人をはじめとして、桐朋学園の出身者が多い。
志賀さんは、その大学の先生なのだ。
教え子の舞台の稽古場を見に来てくれる先生がいる。
いい人間関係なんだなと思う。
そんな人間関係がつくれるからこそ、演劇はすばらしいと改めて思った。

人間関係。
人と人とのつながり。
この劇団が表現したいことの本質は、そこなんだと思う。

口語劇と、ミュージカル。
ふつうはなかなか融合しないものを、一つにしてみようという新たな試みに挑戦した若き作者と俳優たち。
そのこころみは、そうとう面白いものにできあがりつつある。
ある意味、歴史的な瞬間かもしれない。
笑いもあり、不気味さもあり、感動もある。
ぜひ、この舞台を見てもらいたい。

公演は、10月6日から10日まで、高円寺の明石スタジオ。
タイトルは『ナナイロニ』作演出・岩井秀人
http://hi-bye.hp.infoseek.co.jp/

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2005年9月18日 (日)

帰ってきました

無事帰ってきました。
ナポリから、ミラノ経由で、成田着。
しょうじぎ、疲れましたァ。
座りっぱなしでも、つかれるんですね。
体はガチガチです。それなのにみょうに神経は興奮しています。
イタリアでは、ネットへのアクセスがなかなかうまくいかずに、旅行のレポートも十分に書けませんでした。
ほんとは、写真とかも載っけたかったんですけど、なかなか時間もとれなかったんです。
しかし、取材は満足のいくものでした。
きっと実を結んでくれることでしょう。
自分に期待!

東京では、ハイバイとエリートのみんなが、十月の芝居に向けて猛練習中。
高校では、生徒たちが前期の発表にむけてがんばってると思います。
後期は、卒業公演のための準備もはじまるしね。
ああ、まだ台本がまとまってません。
どうしようプレッシャーだぁ。
しかし、ぜんぶ一つずつ着実にやっていくしかないのだ。

この取材旅行をエネルギーにして、やっつけるぞ!

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2005年9月15日 (木)

ローマ取材1

順番が逆になっちゃったけど、このあとにのっけるのが、一日目です。

ネット環境がナポリでは見つからず、ようやく見つけた場所で、アップしてます。

今日はローマ市内を取材してきました。
歴史が目で見て、手で触れられるって、すごい。
今回の取材の目的は、来年の映画の設定のイメージをつかむというのが目的です。

今は、写真や動画でいくらでも見ることはできるのですが、やっぱり実際に触ったり、その場に身を置いたりして、体験することに勝るものはありません。

まさに体感することです。
物語に、微妙な触感や、リアリティをつけるためには、作家が体感したものが大きくかかわってきます。
当然のことなんですけどね。
いまさらながらに、物語は、机の上だけで作れるものではないんだと思います。
毎日、どう生きて、どう感じているのか。それが大事。

ローマといえば思い出すのは、コロッセウムです。燃えよドラゴンで、ブルースリーが戦ったあの場所。やっぱり燃えました。ここで、大昔に剣闘士たちが、すさまじい戦いをくりひろげたのかと。
巨大な劇場なんですね、ここって。こんな劇場をつくりあげた、デザイナーというか、設計士は、どんな人だったんでしょう。
グラデエイターの物語よりも、ここで働いていた職人や、奴隷や、建築家の物語のほうに、気持ちが行ってしまうのは、やはり僕が職人よりの仕事をしているからでしょうかね。

そこらにおいてある大理石の装飾物に、きざまれた溝。その溝をつけた、何千年か前の誰か。時をこえて、彼らの存在を感じます。

今日は、コロッセウム、フォロロマーノ、シーザーの墓、カラカラ浴場、パンテオン、カタコンベ、スペイン広場、トレビの泉などを見てまわってきました。
この町には、なんとか広場という場所が、たくさんあります。
それだけローマ人たちは、いつも広場に集まって、いろんなことを話し合っていたんでしょう。
広場がつくりあげた文明なんだと思います。

一日歩いて、疲れたので、同行の人たちとの夕食を辞退して、ベッドに直行しました。このところの引きこもり生活が、脚力と体力を低下させていることを実感。反省っス。
早起きして、仕事しまっス。

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ローマ取材1

ローマの道はデコボコ目指す

とにかく石畳の道である。
職人が一個一個、十センチ四方くらいの石を道に埋めてつくったものなのだ。
この作業は、根気がいる。同じ作業を、一つ一つ積み上げていかなければならないのだから。
このような作業のことを、『ジミチ』というが、感じで書いて『地道』。
まさに道をつくる作業のことを意味してたのね。
ようやくわかりました。

ヨーロッパの道は、このローマと同じように、石畳のものが多い。
よく見ていると、アスファルトでおおわれていたものを、あらたに掘り返して、石畳にもどしている場所もある。
きっとこのほうが、地球に優しいということで、石畳は復活したのだろう。
まさに地道にやって、復活したわけだ。

ただ、足にはくるよ。この道。
デコボコしているので、柔らかい靴底だと、ものに足にダメージがくる。
しかし、これも自然の足裏マッサージだどおもえば、得した気分になれるかもしれない。

二日目は、サンタンジェロ城からスタート。
だれかのお墓としてつくられたものが、中世期に牢獄となり、今はミュージアム件観光スポットになっている。
バネ式の投石機と石がおいてあったりして、かなり観光を意識した場所になっていた。そんなところを歩いていても、そこかしこにローマ時代から、そのまま残っているものというのがあちこちに顔を出していて面白い。歴史が、僕を圧倒する。

  その城から、すぐ近くに大きなドーム状になった美しい宮殿のようなものが見える。それがバチカンだ。
 ローマ法王がいるところ。
 ローマ市内に、もう一つ国があるというのが不思議だけど、これがキリスト教的社会をささえているんだよね。
 バチカン美術館は、全長が七キロもあるという。ゆっくり見ていったら時間がいくらあっても足りないので、駆け足でとおりぬけた。ほんともったいなかったが、今回の旅の目的は美術品をみることではないので、そのあたりはスピードアップだ。
 バチカンの宮殿のてっぺんまで登れるようになっているんだけど、そこにたどりつくまでの階段がものすごい。螺旋階段を、えんえん上りつづけて、ようやくたどりついたときには、完全に膝が笑っていた。こんなに狭くて、ながい螺旋階段を登ったのは、生まれてはじめてだった。巨大な建築物のなかに、こんなにも狭い空間がつづいているのが、肉体における毛細血管を連想させた。

  つづいて、聖堂の見学。
 ここには、ミケランジェロのピエタがある。そのうえの一枚の絵をのぞいて、あとの装飾はすべてモザイクでつくられている。手のかけかたが桁違いだ。ヨーロッパにくるたびに思うんだけど、宗教が文化におよぼした力の大きさってすごい。権力と宗教が結びついて、そこに時を超える美術品が残された。
 宗教の力で、それを維持してきているとも言える。
 維持していくという力が働かないと、のこされるのは廃墟だけになってしまう。
 廃墟というものには、見捨てられる理由の歴史もある。

 ナポリにバスで移動。三時間強の高速道路の旅。

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2005年9月12日 (月)

ローマの休日

ローマにきてます。
取材旅行で、昨夜、ローマに到着しましたぁ。
これから食事して、一日目の開始です。
まだまだ東京に残してきた仕事があるので、ノートパソコンは必需品。
ネットにもつながりました。
最近のホテルは、ホットスポットを用意してくれているので便利になりました。
しかし、30分5ユーロは、高いのか安いのかようわかりません。

選挙は、自民党が圧勝したみたいですね。
こっちのテレビでも、日本の選挙の様子を報道していて、かなり関心高そうでした。
今日は、ローマの市内を中心に遺跡などを見てまわります。

ぼくが脚本アドバイザーで参加している、ハイバイの公演が近づいてます。
役者さんたちは、毎日稽古をつづけて、すごく面白くなりそうな感じです。
みなさん、びせ見てやってくださいね。

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2005年9月 6日 (火)

いまできること

毎日、世界中で、嫌な事件や事故が起きている。
天変地異。戦争。差別。虐待。
テレビや新聞は、悲惨なニュースばかりを伝えている。
まわりを見まわしても、気が重くなるようなことばかり。
親しい人の病。
友人の家族の事故。
大切な人との別れ。
いつも、自分の無力感だけが、重くのしかかってくる。
なんにもできない自分が情けなくなる。
できるのは祈ることくらい。
祈りなんて、なんかの役にたつのだろうか。ただ自分をなぐさめているだけじゃないのか。そんな思いが、ぐるぐるとまとわりつく。

でも、何かができると信じたい。
信じているだけでは、何も前に進まないから、何かやらねばと考える。
それで、自分にできるのは何だと、自分に問いかけてみる。

まずは、身近にいる人を大事にすること。
あたりまえのことだけど、そういうことすらも満足にできずに、世界のことを思ったりしている自分が傲慢に思えてくる。
ああ、情けない。

もっと身近な、自分を自分は大事にしているのか?
暴飲暴食、慢性的な寝不足、運動不足、健康診断さえもやってない。
自分が、自分さえも大事にしていないことに気づく。

まったくモウって感じだ。
自分で自分を傷つけていることに、鈍感になっているのだ。

この鈍感さこそが、いろんなものにつながっていっているのかもしれないと思う。

いろんな世界の意味を知りたくて、作家を目指したはずだった。
そのためには、その意味を見つける視点が大事だと思っていた。
視点を見つけるためには、感覚を鋭敏にしていなければならないと。
そのくせ、一番身近なところには、鈍感でいつづけてきたのだ。

せめて、優しくなろうと思う。
自分にも、他人にも。

いま、自分ができること。
やっぱりそれは、物語をつくることしかない。
いい物語に近づきたい。
そして、その物語が、多くの人の心のなぐさめに、少しでもなるように。

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2005年9月 3日 (土)

ネットで韓流

ちょっと元気になりました。
いろいろご心配をかけてすみません。
夏バテもふくめて、締め切りに対応できず、苦しんでました。
まだまだ、産みの苦しみはしばらくつづきますが、なんとか対応できるはずです。
そろそろ上げ潮でいきます。

体感脚本講座も、ずいぶん休んでしまって、参加者の人たちに迷惑をかけてしまいました。
復活しますよ。

ネットテレビというものがはじまってます。
仕事しながら、息抜きがてら、韓国ドラマを見ています。
回線スピードのつごうで、まだ画像はあまりよくないですが、十分鑑賞にたえられます。
こうなってくると、放送のテレビは危機感を抱かなければならなくなりますね。
ネットでいろんな番組を、自由にダウンロードして見られるということになると、ますますテレビ離れがすすむことまちがいなしです。
番組の細分化、特殊化は、ますます進んでいくでしょうね。

なんか評論家みたいなことを書いてしまいました。
まだまだ、精神的なパワーが落ちてますね。
受け身になっている自分を感じます。

創作意欲が落ちているわけじゃないんです。
書きたいことは、たくさんあります。
エネルギーの流れがとどこおっているだけ。
原因はわかっているんですけどね。
それが解放されるように、努力していくしかありません。

いまこうして苦しんでいるのも、すべてはいい脚本や作品につながっていくと信じて、まえに進みます。

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2005年8月29日 (月)

今の状態1

状態はかわってません。
かなり悪いです。
ブログも、書けずにすみません。
もうしばらくは、こんな感じかも。
脚本講座、やすんですみません。
かならず復活します。
もうちょっと待ってください。

昨日、中学生に演劇の体験レッスンをしました。
こんな状態のときに、どうしようかと迷ったのですが、まえから決まっていたので、しぶしぶいってきました。
しかし、レッスンをやりはじめると、血流と気流がかよいはじめて、テンションもみるみるあがり、いいレッスンができました。
やはり、気、血、流ですね。
実感。

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2005年8月27日 (土)

台風と呼吸

台風が去ったけど、ぼくのほうは、いまだに嵐のなかから逃れられずにいます。
焦燥感と、喪失感と、さまざまな感情の嵐につつまれたまま、体が動けなくなってしまい、ただ床に倒れて寝ているだけの状態でした。
しかし、このままではどうしようもないので、ひたすら呼吸をすることからはじめました。

ゆっくりと吐いて、ゆっくりと吸います。少しおなかに呼吸をためて、また吐きだします。
すると、少しだけ、動きだす力が出てきました。

ああ、そうだよなぁ。
と、気づきます。

まず吐きださなければならないのだと。
大きく吐きだせば、また息は、体のなかに入ってきます。
たまったものを、まず吐きだすことから、つぎに新しいものが入ってくるのだと。
こんな基本的なことを、ついつい忘れてしまっていました。
吐きだすことから、新しいエネルギーは生まれてくるのです。

大きく吐きだすこと。
それは忘れたり、捨て去ったりすること。
新しく動きだすためには、忘れたり、捨てたりすることが必要なのだと。

呼吸をして、動いている人たちは、元気です。
そう、ぼくも、元気にならなければ。

ゆっくりと呼吸をはじめることにします。

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2005年8月24日 (水)

ふ.ーてんの寅さん

締め切りのせいで、すっかり、ブログがおやすみになってしまってます。
この体感脚本講座を読んでくださっている人たちがいるというのに、なんだか申し訳ないです。
えーと、近況ですが、まだまだ最悪の状態です。
肉体的にも。
こんなに余裕がないのは、一年ぶり。
産みの苦しみですね。
もう少し、もう少ししたら、もとの元気な、脚本家にもどります。

ほとんど外に出てないので、テレビを良く見てます。
そんなの見てないで仕事しろって感じですが、なぜかつけっぱなしにしてしまうんですよね。
BSでやってる、ふーてんの寅さんシリーズに、はまりました。

リアルタイムでは、ほとんど見てなかったんですけど、あらためて見ると、その面白さに驚かされました。
なるほど、国民的な映画になるわけです。
面白いし、芸たっしゃだし、脚本がいいし、映像もすばらしい。
勉強になることだらけ。
とくに前半の作品には、若さがあふれていて、爽快です。
寅さんも若いし、スタッフも若い。
当時の僕は、まだまだ子供だったので、そのよさがわからなかったんですね。
ずっと大人たちの作品だと思っていたんですが、いつのまにか、その当時のスタッフたちよりも、年上になっているなんてね。

あー、おれも、何年もたっても、面白いと思ってもらえるような作品を書きたい。
いや、書くぞ!

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2005年8月21日 (日)

弱音はいてもよかですか2

締め切りに追いつめられて、精神的、肉体的にかなりきつくなってます。
そのせいで、この体感脚本講座のネタも、ネガティブ系になってます。
すみません。

物語の世界にいったん入ってしまうと、なかなかそこから出てこれなくなってしまい、日常生活がほとんどできない状態になってしまいます。
いまが、そういう状態です。
これが抜けるまでは、しばらくつづくと思います。
その間、このブログも、あまりいいネタを書けないかもしれません。
まぁ、苦しんでいる作家の状態を観察するという意味では、おもしろいかもしれませんけど。
ほらね、こんな感じで、自虐的になるわけです。

こういうとき、睡眠がろくにとれなくなるのは当たり前ですけど、それプラス、食生活もメチャクチャになります。
運動不足もかさなって、さらに肉体は悪くなっていくという悪循環。
なんとか呼吸をととのえて、モチベーションを維持しようとするのですが、なかなかままなりません。
こういうときこそ、ヨガなどをやって、ちゃんと自分をコントロールしなきゃならないんでしょう。

友人の渡猛くんが出演している、インプロの集団、東京コメディストアJを先日、見に行ったのですが、まわりでみんなが楽しんでいるのに、一人、その世界にはいれこめずに苦しんでました。
この状態は、とにかく早く抜け出さなければなりません。

そのための唯一の方法は、わかっているのです。
とにかく作品を仕上げること。
それしかないのです。

わかっているのに、それがままならない。
人生は、トラブルの連続です。
ビバ、物語。

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2005年8月19日 (金)

焦りと肉体

  仕事の締め切りに追いつめられてます。
  こればっかりは、どうしようもありません。
 やろうとしているんですが、なかなかはかどらないという焦りの日々がつづいてます。
 そうするとどうなるか。
 いろんな肉体的な変化がおきます。

 とつじょとして、動悸がして、汗が吹き出てきます。
 なんだか行動がおかしくなり、急に掃除をしたり、洗濯をはじめたりします。
 そして、ジャンクフードをやたらと食べたくなったり。
 もう、あきらかに焦りが、精神に影響をおよぼしているんですね。

 こんな状態になりながら、なんとか前に進まなければならないと、気力をふりしぼります。
 そうして、ようやく仕事が進み始めるんですね。
 いろんな人に迷惑をかけてます。
 まいにち心のなかでは、これとの葛藤。

 ドラマは葛藤だと、よくいいますね。
 ドラマを書くのも、葛藤です。
 がんばりまーす。

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2005年8月17日 (水)

骨盤矯正

  ずっと腰の具合が悪く、首とか、肩とかにもしこりがたまっている。
 ちょっと前に鍼灸をためしたけど、いまひとつ調子は向上してこない。
 仕事はとどこっていて、もやもやして、なかなか集中できないでいた。
 そこで予約をしていた、骨盤矯正に行ってきました。

 予約がなかなかとれないほど、人気がある治療院。
 いったいどんなことをするのかと思いきや、うつぶせになっ、ちょこちょことあちことを軽い力でおしたりするだけ。
 えっ、こんなんで矯正できるの!? と、内心思ってしまうくらい、あっさりしたものだった。

 診断によると、骨盤がかなりねじれているらしい。
 そのせいで、背骨全体がゆがんで、湾曲がなくなっているのだという。
 首も、ストレートネックになっているのは、その歪みのせいだって。

 一時間以上かけて、骨盤のゆがみと、背骨を正常な状態にもどしていくということをやってもらった。
 すると、たしかにやってもらう前よりも、腰の痛みがなくなった。
 うーん、不思議だ。
 やはり骨のせいで、痛みになっていたのかもしれない。
 しかし、いったん正常な位置に骨盤をもどしても、生活習慣や動きの癖で、またすぐに戻ってしまうらしいのだ。
 とにかく姿勢をよくして生活しなければならないと指導を受けた。

 骨盤と背骨は、人間の骨格の基本なのだろう。
 たしかに、それをナチュラルな状態にして生活していかなきゃね。

 腰の治療にいったんだけど、おかげで首のあたりのストレスも少なくなった気がする。
 だが、ぼくの仕事は、机の前で同じ姿勢をとり続けなければならないので、姿勢が崩れがちになってしまう。
 あまり長時間、同じ姿勢をとるのはいけないらしい。
 これは脚本家にとっては職業病だよね。

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2005年8月15日 (月)

終戦記念日

  今日は、60年目の終戦記念日。
 韓国では、解放記念日。
 立場がちがえば、同じ日が、まったくちがう意味を持つ。

 同じものでも、見る角度がちがえば、まったく違う形にみえる。
 この世にあるものは、すべて形が違うのだ。
 決まった形はない。

 どんなこと、どんなものでも、見かたによってまったく変わってくるということなんだ。

 つまり、見かたさえ変えれば、悪いものでも、良く見えたり、良いものでも、悪く見えるということ。
 できれば、いつでも良い方を見ていたいもの。

 これからも、この体感脚本講座では、この視点を変えるテクニックを考えていきたいと思います。
 読者や視聴者の視点をちょっとだけ変えることのできる物語を、もっともっと作っていきたいです。

 悲惨な体験が、ちょっとだけ視点を変えただけで、自分を育ててくれるユニークな体験にかわったり、なんでもない平凡に思えていたことが、すごく貴重で大事なことに思えてきたり。
 物語をつかって、そんなマジックを起こしてみよう。
 それが、物語作りの醍醐味です。

 

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2005年8月12日 (金)

針初体験

  鍼灸院に行ってきました。
 針、初体験です。
 このところよっぽど疲れた顔をしているのか、みんなから「大丈夫?」と声をかけられてしまっていた。
 よっぽどひどい顔をしているみたい。
 こりゃ、いかんなぁと思っているんだけど、自分ではどうしようもない。
 なんとかしなきゃという気力さえも消え失せているみたいなのだ。

 そんなときに、タップ仲間のNさんから、メールで鍼灸院を教えていただいた。
 Nさんの推薦なら、いっちょ試してみるかという気になって、さっそく行ってきました。

 いったいどういうことをするのかとちょっとドキドキしながら診察用のベッドに横になっていると、いきなりあらわれた先生が、あっというまに体に針を刺しはじめた。
 気づいたら、全身針だらけ。
 ちょっと痛いと思うところもあったけど、なんのことはなかった。
 しばらくじっとしていると、なんか気が体をめぐりはじめたのが感じられた。
 なんだかホワッとあったかい感じが、体のなかを動きはじめたのが、はっきりとわかった。
 これって、もしかしたら効くかもしんないと思った。

 それが終わると、こんどはお灸。
 これも初体験。
 熱いのいやだなぁっと思っていたけど、チクッとするくらいで、あっというまに終わってしまった。

 最後に、首のあたりを、すこし針でぐりぐりされて、何カ所かに起き針というやつをしてくれた。
 それで終了。
 ぼくの鍼灸初体験は、一時間あまりで、あっさりと終わったのでした。

 直後は、ちょっと首のあたりに違和感があったけど、それほど不快なものではなく、気がめぐりはじめたせいで、悪いところが少し熱を持ったような感触。
 体感的には、けっこういい感じだった。
 家にもどって、しばらく休んでいたら、あきらかに血の巡りがよくなっているのがわかった。
 手足があったかくなって、なんか気持ちいい。
 気持ちも、すこし上向きになった気がします。

 やっぱり、なんでもやってみるもんだと思いました。
 気分は上々。
 仕事、がんばります。

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2005年8月 6日 (土)

原爆の日

今日は、ヒロシマに原爆が落とされた日。
戦後60年。
昨日見たテレビに、原爆の製造にかかわった科学者と、被爆者との対談があった。
それを見ていて、僕は激しく心をゆさぶられた。

科学者は、あくまでも『リメンバーパールハーバー』だと言い張った。

その一言を、大量破壊兵器で何十万人を一瞬に殺すことの正当化に使って信じない人間と、60年の歳月を経て対峙しなければならない、被爆者の人の心をおもいやると、やりきれない気持ちになった。

あのシーンは、人類の戦争の歴史の、象徴のように思えた。
人を殺すことを正当化してきた歴史。
われわれは、それをくりかえしてきたんだと。

人は自分のすることを正当化することで生きつづけてきたんだろうか。
自分は正しいと思わなければ、生きてこれなかったんだろうか。

正しいことなんて、どこにもない。
そのまえに、正しいことなんて、いったいなんなんだ。

すべてのものには、いくつもの面がある。
見る方向で、まったくちがうように見えたりする。

他人は、自分とは、まったくちがうものを見ているんだというところからはじめようと思う。

でも、あの対談には、すごく大きな意味があったと思う。
勇気をもって、対峙してくれた、科学者と被爆者。
両者に敬意を評したい。

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2005年8月 2日 (火)

出会いましょう

6月からはじめたライブ版体感脚本講座、全12回も、残すはあと4回となりました。
毎週木曜日に、渋谷区の施設に集まって、物語作りを体感してます。
自画自賛ですけど、かなり面白いです。
脚本初心者から、プロで仕事をしている人まで一緒になって、脚本作りに役立つ心と体の調整と、実作体験をつづけてます。
その成果は、じょじょに現れていくと思っています。

参加者の一人、コンテンポラリーダンサーのJoujoさんが、いま発売中のダンス雑誌『DDD』に登場してます。
じょじょに現れると書いたから、Joujoのことを書いたわけじゃないよ。
なんと彼女がはじめて書いた短編小説(エッセイ風)も掲載されてます。
雑誌がお目にとまったら、ぜひ読んであげてください。

このところ、仕事で追いつめられているので、ほとんど外に出ないで仕事場にこもってます。
外にでるのは、打ち合わせか、食料の買い出しか、マッサージか、芝居の稽古かです。
なんだ、けっこう出てますね。
前言撤回。
けっこう外にでながら仕事場にこもってます。

芝居の稽古は、劇団ハイバイのワークショップです。
体感脚本講座の参加者の一人でもある、岩井秀人くんの主宰している若手劇団。
注目株です。
ワークショップなので、外部からいろんな若い役者さんたちが参加して、実験的な稽古にチャレンジしています。

ぼくは、もともと劇団出身ですが、僕が若手のころには、こういうワークショップ的な稽古はあまりやってませんでした。
劇団なら、劇団員ばっかりでやる稽古がほとんどでした。
ちょっと閉鎖的だったかもしれません。
いまは、こういうワークショップ形式のものが増えて、オープンな環境のなか、さまざまな役者や作家、演出家が交流するようになってます。
これは、とてもいいことです。
だいいち、刺激がありますからね。
それに、さまざまな人と出会えるチャンスがある。

出会うこと。
これこそが、もっとも大事なことだと思います。
人と人が出会い。
化学反応が起き。
そして、まったく新しいものが出来ていく。
そんな現場に立ち会える幸せを感じます。

劇場こそは、出会いの場。
劇場を、世界におきかえても、これは同じだと思います。

出会いましょうよ、みなさん。
そういうわけで、体感脚本講座は、あと4回。
まだまだ出会いを求めてます。
これからでも遅くはありませんよ。
ぜひコンタクトして、出かけてきてください。
一緒に、物語作りを体感してみませんか。

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2005年7月31日 (日)

気分転換

いつもの壁紙じゃなくて、おどろきました?
夏向きのテンプレートがサービスされてたので使わせてもらいました。
まえのテンプレートもすごく気にいってるんですが、ちょっと気分転換。
いよいよ夏本番って感じですね。

ひまわりは、イエローですよね。
なんでひまわりが太陽のイメージなのか、あらためて考えると不思議。
太陽って、イエローじゃないのにね。

ちがう色のひまわりがあったら、どんなんでしょう。
ピンクとか、グリーンとか、ブルーとか。
そんないろんな色のひまわりも見てみたい気もします。

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続・腰痛と膝負傷

前回のブログで、息子の膝負傷の件を書きました。
体感脚本講座のメンバーの方から、はげましのメールをいただきました。
ありがとうございます。ご心配おかけしました。

息子は、完全に手術とリハビリ一年を覚悟していたのですが、どうやら手術は回避の方向に向かいました。
そして、あっさりと退院が許されて帰ってきました。
不思議なことに、痛みもほぼなくなったらしく、いまのところようすを見るということになりました。

退院のときは、膝に装具をつけて、松葉杖で出てきたのですが、家につくなり、わりと普通に動いてます。
本人は、「奇跡が起きた」と言ってます。
不幸中の幸いとは、こういうことでしょう。
またしばらくすればスポーツできるということの幸せをかみしめているようです。

それで、僕のほうの腰痛のほうですが、こっちはさっぱりよくなってません。
マッサージに行って、入念にほぐしてもらったのですが、なかなか改善されません。
深いところにコリがあるようで、なかなかマッサージではとどかないようですね。
まだ針はやったことがないのですが、一度やってもらおうかとも考えてます。
体に針をいれるのは、ちょっと怖い感じがしますが、いろいろ聞くと、かなり効果的な場合もあるということですね。

でも、痛みがあると、自然にそれを意識して、姿勢を良くしたりするという効果があります。
ストレッチとかも頻繁にやるようになりました。
自分の肉体を意識させるという意味では、痛みは重要な役割をしているんですね。

人生においても、多少のトラブル(痛み)は、生きることの意味や大切さを、われわれに自覚させてくれる、素晴らしい味方なのかもしれませんね。

今回の入院騒動で、仕事をキャンセルしたり、ライブ版体感脚本講座も休んだりしてしまい、いろんな方にご迷惑をかけてしまいました。
リカバリーするために、これからもっとがんばらねばと思います。

猛暑の夏になりました。
寝苦しい夜がつづきますが、みなさん体には気をつけましょう。

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2005年7月29日 (金)

腰痛と膝負傷

このところ腰がずっと痛い。
左の腰。
もともとここにコリがあって、たえず違和感はあったのだが、この一週間ほどかなりの痛みをともなうようになってしまった。
ちょっと同じ格好をしていたりすると、次に動き出すときに、痛みが走る。

ぼくたち脚本家は、机の前に座っているのが仕事みたいなもんだから、腰痛持ちの人は多い。
ついに僕も腰痛持ちになってしまった。
これでやっと一人前か。

左腰から、左の尻腿あたりまでに、ちょっと違和感がある。
足からきている腰痛なのか、腰痛から足にきているのか、自分ではよくわからない。
マッサージとかには前からよく行っていたんだけど、今回ばかりは、あんまり効かないみたい。
よけいに痛くなった感じさえある。

いちおう演劇人なんで、アレキサンダーテクニックとかかじってはいるし、ヨガとかやってはいるので、自分で内側からなんとか治してみようと思っている。

腰の痛みに耐えながら、仕事のプレッシャーと戦っていたら、バスケットの合宿に行っていた息子が負傷したとの連絡がきた。
左膝をやったらしい。
しかも、診断は前十字靱帯断裂。
こいつは重傷だ。

息子は、自分の状態が、さほど重傷とは思っていないらしかった。
しかし、足首から腿のつけねまで、ギプスに入れられてしまったという。
それを聞いて、早く戻ってこさせて、こっちの病院で治療したほうがいいと思った。
前十字靱帯断裂の場合、手術しか治療の方法はないと聞いていたからだ。
しかも、かためていてはまずいらしい。

知り合いに紹介してもらった膝の専門家のところに連れていくことにした。
翌日、すぐに息子を呼び戻して、そのあしで病院へ。
仕事の予定は、すべてキャンセルだ。
関係者のみなさま、本当にもうしわけない。

川崎にある病院までタクシーで向かった。なにしろ、片足ギプスに入っているので歩けないのだ。
息子は、184センチあるので、支えるだけでも体力がいる。
こっちは腰が痛いっていうのに、なんでこんなときにと、心のなかでブツブツいいながら、でっかい息子をかかえて行った。

ギプスをきってもらって、膝固定具のブレスにかえてもらい、診察をうける。
膝から60CCも血を抜いているのは、ほとんどまちがいなく前十字靱帯断裂らしい。
それを治すには、手術しかないといわれて、息子は顔面蒼白。
すっかり落ち込んでしまった。
しかも、リハビリには一年くらいかかるといわれて、ショック増大。

しかし、周囲には、同じような手術を受けたと思われる患者の人たちが、診察待ちをしていて、すごく膝の怪我をする人が多いということを知った。
とくにバスケの選手とかに多いらしい。

とりあえず入院ということになって、いきなり入院することになった。
まさかそんなことになるとは思いもしていなかったので、あたふたしてしまう。
外科病棟が満員だったので、内科の病棟に入ることになる。
なにしろ息子の前にも、同じように膝を負傷した人が3人もいたらしい。息子で4人目。
いったい毎日、何人が膝の靱帯を切っているんだ!

病室にはいってしばらくして、MRIの撮影をすることになる。
膝の断面図とかを撮影するやつだ。
そのあいだ、入院の準備。
買い物行ったり、手続きしたりして、バタバタ。

あっというまに夕方になってしまっていた。
会議室のようなところに呼ばれて、診断を受ける。
すると医者が、首をかしげている。
MRIに、断裂しているようすが映っていないらしいのだ。
えっ、じゃあ、どういうこと?
手術しないでもいいってこと?
いきなり息子の顔が明るくなった。
しかし、どこかが損傷していることにはまちがいないので、しばらく入院して様子をみるということになった。

そういうわけで、彼はいま入院している。
そして、僕の腰は、ますます痛みを増したのだった。

しかし、今回、膝のこととか、病院のこととか、少し詳しくなった。
この経験が、いつか脚本にいかすことができるんじゃないかなぁ。
そんなふうに思えば、あらゆる体験が、ポジティブに変わっていく。
そのほうがいいよね。

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2005年7月22日 (金)

ウルトラマンのヒロイン

小田急線の改札で、ウルトラマンのヒロインに出会った。

ぼくが、晩御飯のスープをぶらさげて、改札を抜けると、そこに彼女、ミズキ隊員があらわれた。
新宿南口に、怪獣が出現していたわけではない。
ウルトラマンもいなかった。
科学特捜隊の出動ではなかったようだ。

実は、この7月からはじまったウルトラマンマックスの、ヒロインのミズキ隊員を、僕の高校での教え子である長谷部瞳が演じているのだ。
すっかり大人びて、きれいになって女優オーラをはっしている彼女を見ると、女の子の十五歳から二十歳くらいって、すごく成長するんだなってことを、実感です。
まるで親御さんになったような気持ちで、彼女が女優として成長していくのを、喜びました。

高校で演劇を教え始めて、もう五年になる。
卒業生も、2学年おくりだした。
このなかには、俳優をめざして、大学や専門学校にすすんでいる子たちもいる。
もちろん俳優への道ではなく、ちがう道のほうに歩みだした子も。
みんな、どうしているんだろうなぁ。
一緒に芝居をつくっていた日々を、ときどき思い出す。
彼らにとっての青春の日の一ページのどこかに、僕を入れてくれてたら、うれしいんだけど。

今日は、高校での前期授業の最終日だった。
3年生には、いつものように、インプロの練習からはじめて、そのあと脚本講座をやった。
簡単に物語をつくれる方法を伝授する。
そして、それぞれの生徒に、物語のタネをつくってもらう。
それを、彼らがやる卒業公演の台本に反映させようと、もくろんでいるのだ。
もちろん彼らには、そういうもくろみのことは言ってはいないんだけど、物語作りの面白さを体験してもらうのはできたんじゃないかと思う。
 このなかから、いつかすごい物語作家が生まれないともかぎりません。

2、3年生のアフレコ志望のクラスでは、感情表現の練習をする。
いくつもの感情表現をやってもらって、それにたいして、何を感じたかを語り合う。
どんな感情が出しやすく、また、出しにくい感情は、なんだったのか。
そういうものに自分で気づかせるように誘導していく。
そして、そんな感情表現を、いろんなときに、採取して、自分の心の引き出しにいれてくれるように提案。
夏休みに、表現の引き出しに、いろんなファイルをふやしてくれればいいなぁ。

みなさんも、自分のなかに、いろんな感情が生まれたとき、自分がどんな顔をしているか、どんな行動をとっているか、どんな動きをしているか。
ちょっと観察してみてください。
そうすれば、その感情に捕らわれたり、しがみつかれたりすることもなくなります。
悲しみや、憎しみ、怒りなんて、いつまでもっていてもしかたないですからね。
そういうものは、さっさと引き出しにしまってしまいましょう。

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2005年7月20日 (水)

歌う脚本家

歌った!
小西真理さん主宰のミュージックノットに参加して、発声からコーラスを習ってきました。

発声練習から、一曲を選んでのコーラスまで、一時間半、たっぷり楽しませていただきました。
呼吸について、このところ考えているので、歌のための発声練習も、インスパイアされることばかりです。

やはり体の無駄な力を抜いて、リラックスして、発声することが一番大事だということは、ヨガの呼吸とも通じるもの。
喉をひらいて、ため息をする感じで、それに声を乗せていく。
スムースに、声がでるのを実感。

ピアノにあわせて、音程をとりながら、声を出す。
自分の音程があっているのかどうか不安になるが、音が気持ちのいい感じというところに集中していくと、自然と音もあっていくような気がする。
とにかくよけいな力を、体から抜いていくことに集中する。

今回、歌ったのは、ウルフルズの『バンザイ』
気持ちよく、イェー! ってな感じで、歌わせていただきました。
大声だして、歌うのは、それだけでストレス解消になります。
それにハモって歌うのは、さらに気持ちがよい。

最初のうちは、ハモるっていう意味さへもよくわかってなかったんだけど、何回かやらせてもらうちに、なんとなく気分のいいハモりがわかるようになってくる。

インプロダンスの時にも感じたんだけど、他の人の出してくるものに、あわせていくことの気持ちよさを体感しました。
芝居のなかで、インプロで歌を歌うということも可能かもしれないと思いはじめました。

また、ためしてみたいことを発見した感じです。
芝居のなかに、即興のダンスと、即興の歌がくわわったら、どんな作品になっていくんでしょう。

いま書いているアニメのシナリオにも、なんかそういうノリを活かしてみたいと思います。
作品づくりは、一つのところにとどまっていると、硬直しがちです。
たえず移動して、たえず自分に刺激をあたえ、変化しつづけることが大事だと、僕は思います。

変化すること。
それは、あたらしい機会(チャンス)を生みます。
チェンジは、チャンスになるんです。

自分が硬直してるなと感じたときは、恐れないで、どんどん変化してみましょう。

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2005年7月19日 (火)

呼吸の大事さ

ヨガをやっていると、呼吸の大事さを、あらためて気づかされる。
呼吸。
それこそが、人間にとって、もっとも原初的であり、もっとも大事なコミュニケーションだったのだと。

人は、呼吸で、世界とつながっている。
自分意外のもの(大気)を、吸いこむことで、自分の中にとり入れ、次に吐くときには、自分の内側を一回通ったもの(吐息)を、外に出すのである。
こんどは、誰かが吐いたものを、誰かが吸いこむ。

これって、空気をつかっての間接キッス。
世界中の人が、みんなで間接キッスをしてるってことだよね。
ウワーぁ。
そう思うと、なんだかこの星全体が、濃密な関係でつながっているような気がしてきます。
ラブラブだぁ。

ただ、この間接キッスは、個人の意志とは関係なく行われてしまうものだから、ときどき神経を逆撫でしたりします。

それのもっとも顕著な例は、他人のおならを嗅いでしまったときの感覚。
ただ臭いってだけじゃなく、憎しみすら感じてしまうことがありますもんね。

でも、それが愛している人だったり、親しい人のおならだったら、ぜんぜん嫌悪感を抱くこともなく、笑顔にすらなれたりします。
これはおならが、その人の体内から出てきたもの。
つまり他人の存在そのものだから起きる感情でしょう。
他人の体から出てきたものという点では、言葉と同じなんです。

目には見えない存在だけど、言葉と同じくらいの存在感をもった、コミュニケーション能力をもったものなのなんでしょうね。

なんだか変な話(シモネタ)になってしまいました。
呼吸の話を書こうとしていたら、おならの話になっちゃった。

呼吸の話にもどります。
このところ、どうして自分が呼吸のことを、こんなに気にしているんだろうと思っていました。
ぼくたち脚本家や作家は、そのとき心にひっかかっていることが、深いところ(潜在意識)で、自分がいま書こうとしている作品とつながっていることがあります。

今回、ぼくが、どうして呼吸のことが気になっているのか。
それは来年の映画のテーマの一つとして、呼吸が大事なキーワードになりそうだったからです。
ストーリー的には、まったく呼吸のことなど出てきたりしていないんですが、それがわかったとたん、いろんな要素が、一つにつながっていることに気づきました。
今回、自分は、呼吸について書こうとしているんだなということが。

呼吸についての物語。
それがどんなものになるのか。
お楽しみに。

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2005年7月17日 (日)

映画公開

IMGP2218 昨日は、ポケモン映画『ミュウと波導の勇者ルカリオ』の公開初日だった。
舞台挨拶のある銀座マリオンに行ってきました。
毎年のことだけど、この日は、いつもドキドキです。
面白さはちゃんと伝わるのだろうか?
お客さんたちは、どんなふうに映画を見てくれるのだろうか?
期待と不安で、いっぱいになってしまいます。

映画館で、映画を見ながら、お客さんたちの反応を感じます。
楽しんでくれてるかどうか。
一番後ろの通路で立ったまま。

実は、毎年、出来上がったものを見ると、あそこはこうしておけばよかった、とか、もっと面白いセリフが書けたんじゃなかったか、とか、構成はこれでよかったのか、とか、いろんな思いが胸に浮かんできて、少し情緒不安定になってしまっていました。
もちろん毎回、映画の出来には満足してはいるんですけど、作り手側としては、反省点はかならず出てくるものなんです。

今年はIMGP2212、情緒安定したまま、見終わることができました。
イメージ通り。
ぼくが脚本を書いているときに、思い浮かべていた映像が、スクリーンの上にきっちりと描かれていました。
面白かったです。

お客さんの反応も上々。
喜んでくれていたみたいでした。
本当に、ほっとしました。

あとは興行成績が伸びてくれるのを祈るのみ。
映画の出来不出来にかかわらず、興行成績が良いか悪いかで、作品作りにかかわった人たちが、満足感を味わえるかどうかはかわってきます。
もちろん成績が良くなれば、みんなニコニコになれるってわけです。
そうなるといいなぁ。

今回の脚本は、実はオーソドックスな構成を取ってはいません。
脚本のルールなんていうものが、もしあるとしたら、そこからはかなり外れたものになっていると思います。
ぼく的には、かなりアクロバット的な脚本でした。
アクロバットは、失敗をしてしまうというリスクもあります。
でも、あえて、それに挑戦してみた作品でした。

でも、そういう脚本アクロバットに、挑戦させてくれた監督に感謝です。
湯山監督の理解と、アドバイスがあったから、できた作品だと思います。
それがなかったら、僕一人では、けっしてできませんでした。

映画初日は、じっさいには、一年も前にやっていた作業のことを、昨日のことのように思い出させてくれるのでした。IMGP2229

メインの声の出演者たちのみなさんと、エンディングテーマ曲を歌ってくれたパフィのお二人の舞台挨拶も、楽しませていただきました。
楽屋におじゃまして、一緒に写真を撮ってもらってはしゃいでしまいました。
みなさん、いい人たちでした。

初日打ち上げが、近くのレストランであったので、行ってきました。
実は、8年目にして、この打ち上げに出たのは、はじめてです。
おいしい中華料理をいただきました。
関係者の人たちの挨拶も、みんな前向きなものばかりで、よかったなぁと思っていたんですが、今度はしだいに来年の作品に対するブレッシャーに感じてきて、少し落ちつかなくなってきます。

これだけたくさんの人たちがかかわっている映画という産業の起点を作らなければならない、脚本家という仕事には、こういう大きなプレッシャーがのしかかります。
でも、それをプレッシャーにしているのは、自分なのだ。
自分の中の不安が、それをプレッシャーにしているんだと、自分に言い聞かせます。
これは応援なんだ。
みんなが応援してくれているんだ。
そういうふうに思って、まずは自分が本当に楽しむこと、目の前にいる、たった一人の人を楽しませること、それを大前提にして、次の作品にとりかかることにします。

今日は、なんだか決意表明みたいなブログになっちゃいました。

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2005年7月10日 (日)

カンヅメ

仕事で、一晩、ホテルにカンヅメしてました。
もちろん寝ないで、プロット作り。
やっぱり、時間はかかります。
やっばり、眠たくなるもんです。

そんでもって、なんとか昼間までに、方向性だして、監督とプロデューサーに渡して帰ってきました。
じつは、前の晩も、テレビの脚本書いていて、4時間くらいしか寝てなくて、もう限界でしたわ。
ふつうは7時間くらい寝ないとだめなのよ。

背中はガチガチだし、体に悪いっス。
シャワーもあびてなかったし、よくやるなぁって自分で自分をほめました。

でも、こういう体験も、たまには面白いです。
なんとかなるって感じです。
なんか、文章にも力がないし、思考力が停止してる感じですね。
こういうときは休まなきゃならないんだけど。
これから芝居のワークショップだぁ。

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2005年7月 1日 (金)

ハズバナ、ナサバナ

恥ずかしい話、略してハズバナ。
情けない話、略してナサバナ。

僕の、情けない話をします。
ずっと胃のあたりに違和感があったことがありました。
これはもしかしたら、悪い病気かもしれない。
そう思うと、その不安はさらに大きくなり、ますます痛みは増してきます。
胃潰瘍? もしかしたら、胃ガン?
食欲は落ちて、仕事にもしだいに手がつかなくなっていきます。
病気で死んだ知り合いのことなども思い浮かんだりして、毎日がしょんぽり。
病院に行くのも、なんだか怖くて、忙しいのを理由にしてためらっていました。

ついに思い切って、病院に行って、検査をすることになりました。
苦しい思いをして、胃カメラまで飲んで。(ほんとにこれは苦しかった)
すると、まったく異常なし。
「えっ、先生、だってここ痛いんですよ」
すると医者は、口元に少し微笑みさえ浮かべていいました。
「そりゃ、毎日、そうやって押してれば痛くもなりますよ。押しすぎです」
「…………」
次の日から、痛みは、嘘のように消えました。

いま思い出しても、あのときは情けなかったなぁ。

で、なんで今日は、このハズバナから始めたかというと、これも脚本における登場人物作りのテクニックに使えるからなんです。

これを読んでくれているみなさん、僕がハズバナをする前と、ハズバナをしたあとで、印象ってかわりました?
たぶん、少し身近に感じられるようになったんじゃないでしょうか。
距離が少しだけ縮まったでしょ。

これを主人公の登場シーンに使うんです。
まず主人公の情けないところからはじめてみるわけです。

主人公を、お客(視聴者)の人と身近な人物にし、好きになってもらうのが、この作戦の目的です。
主人公は、われわれ作家が物語を伝えていくための、もっとも大事なパートナーてす。
彼を、お客さんにも、パートナーになってもらいましょう。

これさえうまくいけば、ストーリーの導入は大成功と言っていいでしょう。
あとは、主人公の思いのまま動いていってもらうだけ。
お客さんは、彼についてきてくれるはず。
彼と一緒に、物語を体験してくれるはず。

昨日の体感脚本講座では、参加者のみなさんに、ひとりずつハズバナをしていただいて、実際に体験してもらいました。
話をするまえと、するあととで話をした人の印象がどうかわったのかを。

この方法は、実人生でもけっこう役に立ちます。
距離を縮めたい相手がいるとしたら、その人の前で自分の恥ずかしい話をしてみてください。
恥ずかしい話をするということは、相手に、心を開かないとできません。
心を開いてくれる人を、誰も嫌いになったりしませんからね。
レッツ、ハズバナ、ナサバナ。

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2005年6月22日 (水)

今に集中すること

前回の体感脚本講座には、新しい参加者がきてくれました。
シナリオライター志望の人で、ついに現れたって感じ。
ぼくが、この体感脚本講座をはじめた理由は、本当にプロを目指す人に、すこしでも僕の体験が役立つといいなと思ったのがきっかけだったからです。

彼は、他にも脚本講座とか受けたことがあるという経験者で、じっさいにテレビ用の脚本を書いたこともあるという人。
そういう人が、このワークショップを受けて、どういう感想を抱くのかも知りたかったんです。

終わって、みんな食事に行ったんですけど、彼は面白かったと言ってくれました。
ブログを読んで、その内容的なものはだいたい予想していたらしいけど、実際に身体を動かして、即興的なことをやったりするのは、はじめての経験だったということ。
どういう即興的なことをやっているのかというのは、ここで説明するのは、少し難しいんですけど、陸上競技の選手が、ダッシュやスタートの練習を繰り返すのと同じようなものだと考えてください。
脚本を書くための、心と肉体を結びつける練習です。
時間に限りがあるので、このウォーミングアップは、毎回一時間くらいしかやらないんですが、(ウォーミングアップに一時間!? と思われる人もいるでしょうけどね)本当は、もっとやってもいいと思っていたりします。

ぼくの体感脚本講座は、実はこのウォーミングアップがもっとも大事なんです。
心と身体が、今、この瞬間、瞬間に、いかに反応できるようにしていくか。
そのための練習方法を、いつも考えています。

今、この瞬間。
ここをどう生きるか。
それが一番大事だと、ぼくは思っています。

過去のことにこだわって、くよくよ後悔したりする人は、今を生きていません。
その人は、過去に生きています。
これからのことが不安で、いろんなことを心配している人は、今を生きていません。
その人は、未来に生きています。
過去や未来に生きていると、ときどき現在(いま)を忘れがちになります。
現在(いま)の反応が、鈍くなってしまったりします。
そういうのは、あんまり心にも身体にもよくないなって思うわけです。

今に集中して生きていければ、きっと後悔や不安は消えていくはずです。
この瞬間を夢中に生きることだけに集中すればいいんです。

ぼくの体感脚本講座は、そんな瞬間を、どうとらえて、生きるかということが、テーマなのかもしれません。
いい『物語』は、きっと今を夢中に生きる手助けになると信じています。

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2005年6月19日 (日)

サガントス応援

ひさしぶりにサッカー観戦にいってきました。
J2の湘南ヴェルマーレ対サガン鳥栖戦。
炎天下の平塚競技場で燃えた。DSC00280

やっぱりサッカーは、ライブが面白いですね。それもアウェイ観戦というのは、やみつきになります。
敵地にのりこむというスリルもあるし、観客席の一体感というのが、ホームのときよりも盛り上がるんです。
サポーター同士に、最初から、『自分たちは、わざわざ敵地にやってきて、自分の好きなチームを応援するんだ』という同じ気持ちがあるから、簡単に一つになれるんです。

体感脚本講座を読んでくださっているかたたちならば、もうおわかりでしょう。
この場合、サッカーのチームが主人公なんです。
主人公が、敵地にいるってこと、マイナーチームだということ、トラブルをいろいろ抱えているということ。
そういうことをあらかじめ知っている観客(サポーター)は、最初から主人公(チーム)に共感してくれるんですね。

もうこうなると劇場(スタジアム)は、一体感をもって物語(試合)を見ることのできる最高の場所となります。
ぼくは、負け試合をみて、最後に選手がスタンドに挨拶にきてくれたとき、えもいわれぬ感動に包まれて、涙さえ流してしまいました。
しかも、この物語は、毎週連続する、大河ドラマなんです。
おもしろくないわけないですよね。

J2サガン鳥栖は、昨年は解散の危機さへあったマイナーチームです。
しかし今年、社長が交代し、チームも一新されて、いきなり大健闘。現在J1昇格も狙える位置にいます。
ファンにしてみれば、予想だにしていなかった好調ぶりなんです。
このままJ1昇格争いをつづけてくれたとしたら、まさにミラクル。

物語作りを専門としている、脚本家さへも予想してませんでした。
もし、もしですよ、このままJ1上がったりしたら、どうしますか?
奇跡です。
こんなに面白い物語はないですよ。

奇跡みたいな話って、物語のなかで描くと、リアリティがないとか言われたりするけど、現実の世界でミラクルがおきると、それは最高の物語になります。

実は、みんなミラクル好きなんだよね。
ミラクルが現実となるには、最大のトラブルを乗り越えなければなりません。
まさにそのときが、クライマックスですね。
(この脚本講座の前のほうを読んでみてください。クライマックスについてかいてます)
どんなトラブルが、最後にやってくるのか。
まさに予想だにしないことが、おきることでしょう。(なんなんだろう?)

そのクライマックスが、現実にやってくることを、いまから夢見ています。

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2005年6月16日 (木)

雨に唄えば

『雨に唄えば』
 なんか、気分がダウンしているとき、そういうとき、いくつかの切り抜ける方法がある。
 その一つは、『雨に唄えば』を見ることだ。
 1952年に制作された、MGMのミュージカル。監督兼主演と振り付けは、天才ダンサーのジーン・ケリー。
 共演は、ドナルド・オコーナーとデビー・レイノルズ。
 とりたててドラマがあるわけではなく、ストーリーは、単純なラブコメディなんだけど、おれは、この作品を何回見ても飽きない。
 なんといっても、唄と踊りのシーンが、見事で、見ているだけで、元気になれる。
 こんな映画が、50年も前につくられていて、それをすごくいい状態で、DVDで見ることができるとは、なんといい時代だと思う。
 ある意味、50年前に、ハリウッドのミュージカルは完成しているといっても過言じゃないだろう。
 いまだに、この作品を超える作品があるのかといわれれば、それを探すのが難しい。
 そりゃ、振り付けにしても、音楽にしても、レベルの高いものはいくらでもあるだろうが、この『雨に唄えば』には、ほかのどの映画よりも、幸福感に満ちているのだ。
 フィルムのなかに、幸せがつまっている。
 そんな感じ。
 おれは、この映画の、いくつかのシーンを見ているだけで、自然と身体が動きだし、やる気がわいてくる。
 こんな作品を、おれもつくってみたい。
 重厚なドラマや、人生の機微を表現した芸術もいいけど、なによりおれがみたいのは、幸福感に満ちた作品だ。
 まるで魔法のような映画。そんなものをつくりたい。

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2005年6月10日 (金)

体調と脚本

体感脚本講座は、順調に船出しました

昨日は、第2回目の体感脚本講座ライブでした。
参加者もあらたなメンバーが二人くわわり、新鮮な気持ちで物語作りを楽しみました。
みんなそれぞれの仕事をこなして、集まっているので、肉体的には全員ヘロヘロだったんですけど、いろんなゲームなどをしながら進めていくと、ついつい疲れも忘れて、笑い声があがったり、夢中になって叫んだりと、そんな脚本講座です。
今回は、キャラクターの設定と、状況設定によって、立ち上がってくるシーンというテーマでやりました。
きょうは、これから高校に演技レッスンに行かなければならず時間がないので、報告のみです。
そのあと、八王子での脚本講座。
脚本の仕事も、たまってきているので、そろそろスケジュールきついです。
でも、やるしかない。
自分で引き受けちゃったものは、しょうがないですもんね。
季節の変わり目は、体調を崩す人も出てきます。
みなさんも、体調には気をつけてくださいね。
いい脚本も、いい体調じゃないと書けませんよ。

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2005年6月 7日 (火)

寛斎さん

話したこともないけど、すごい人だなと思っている人がいる。
山本寛斎さん。
僕は、寛斎さんのデザインした服を着ているわけでも、彼のプロデュースするイベントを見たこともない。
個人的には、なんにもしらない。
ときどきテレビに出るので、顔を知っているだけだ。
でも、なんだか尊敬しているのだ。

それはなぜかというと、一方的によく会っているからだ。
それも午前六時という、きわめて特殊な時間に。

僕と寛斎さんが、夜明けの六時にほとんど毎日、密会していることは日本中の誰も知らない。(でもここに書いちゃたから、知られることになってしまうなぁ)
なんて書いたら、怒られますね。

ぼくは、この二十数年、都内にあるとある公園を、ほぼ毎朝散歩しています。
その公園で、ほとんど毎朝目撃する人が、この『世界の山本寛斎』なわけです。
朝の六時に、犬つれて、自転車で猛然と疾走している謎の男。
ときどきは、大声で何か叫んでいたりする。
そのテンションたるや、朝からすごい。
はなれていても、すぐに感じられるオーラを発しているのです。

はじめは『すごいおっさんがいるなァ』と思っていたのですが、この二十数年見続けてきて、その姿勢はまったく変わらず、体型もかわらず、あいかわらずエネルギーを発してるわけです。
それに刺激をうけて、おれも元気になるぞーと、密かに思ったりするわけですが、まだまだかないそうもありません。

こりゃもう、尊敬するしかないでしょう。

この公園では、いろんな人を目撃します。
元首相が、ゴルフクラブをかついで、ものすごい速さで歩いていたり、有名マラソンランナーがトイレでおしっこしていたりしました。
日本代表のジーコに遭遇したこともあります。
ジーコは、すれちがいざま、ぼくにむかって、何か叫びました。
ぼくは、神の声を記憶にとどめようとしたんですが、なにぶんポルトガル語がわからずじまいです。

寛斎さんとは、言葉をかわしたこともないのですが、その存在で多くのことを教えてもらっている気がします。
師匠と呼んでいいですか?

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2005年6月 5日 (日)

消えたメモ帳

  ヒーッ、八王子の帰りに、メモ帳が消えてしまいました。
 ショックです。
 どっかに落としたんですね。
 あー、なんか大事なことを書いていたような気がする。
 忘れちゃいけないこと書いていた気がする。
 ショボンです。

 『ネタ帳のススメ』ってタイトルで、ブログ書いたような気がしますが、脚本家にとってはネタ帳は命とも言って過言ではありません。
 まさに、そこにメシの種があるわけですから。IMGP2160

 バインダーノートのネタ帳は、けっこうかさばるので、ふだんはコンビニで100円くらいで売ってる小さなメモ帳をポッケに入れておいて、それにチョコチョコ思いついたものを書いてます。
 まとまったときに書き写したりしようと思っていたのですが、その前に、メモ帳が消えてしまったわけです。

 パソコンのデータなどは、わりと簡単にバックアップがとれるけど、メモ帳に直筆で書いたやつは、そう簡単に写すのってできないですよね。めんどうだし。
 なんとかいい方法がないものか。
 まぁ、落とさなきゃいいってことなんですけど。

 思い出せないようなことは、しょせん大事なことじゃなかったんだ。
 そう自分に言い聞かせてなぐさせました。
 でも、僕ッて大事なことでも、すぐにポカッと忘れてしまう、かなりヤバイ脳味噌なんだった。
 ほんとに忘れっぽいんです。
 いずれ確実にボケるんでしょう。
 大事なこと、あったかもしれないなぁ。

 忘れることも、人間にとっては大きな能力の一つ。
 そう誰かが言っていました。

 たしかにそう。
 忘れることも、能力なんだ。
 そう思えば、メモ帳落とすのも、一つの能力?

 無理やりこじつければ、落とし物も、一つの能力なんでしょう。
 メモ帳を落とすことで、今回のコメント書けたんですから。
 おお、そう思えば、すごい能力だ。

 自ら事件(トラブル)を引き起こして、ドラマを作り出すわけですからね。
 脚本家としては、かなりいい能力といえるでしょう。

 そういえば、脚本講座の生徒さんたちに、思いつくトラブルを書いてもらったとき、『財布を落とす』というのが、けっこうありました。
 もしかしたら、みんな『落とす』という能力を備えてるのかもしれませんね。

 脚本家の訓練として、ドラマのネタが思いつかないときは、とりあえず『何か落としてみる』のもいいかもしれません。
 そこから何が起きるのか?
 落とすエネルギーが、何に変わっていくのか、それを観察してみましょう。
 いいアイディアが思いつくかも。

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2005年6月 2日 (木)

開講2

いよいよ、今日から体感脚本講座開講なんですけど、いままで参加をためらっている人も、直接会場にきてくれてもいいですよ。
会場は、参宮橋のオリンピックセンター。時間は7時から。
ELITEの名前で、部屋がとってあるはずです。
また、今回これなくても、次回からとか、スポット的に参加する人も受け入れる準備はあります。
ウェルカムよ。
会いにきてくださいな。

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2005年5月30日 (月)

クラウン・エフェクト

クラウン・エフェクト

  な、なんと! パーティのショーの出し物に出演した。
 パリからやってきたパントマイムの芸人親子『ジャン&ルイ』という設定。
 僕はは、親父のジャン。ルイ役は、渡猛くん。

 おまえ、パントマイムできるのかって?
 あたりまえじゃないですか。
 レッスン5回も受けてるんですぞ。
 はっきりいって、壁しかできません。

 それが、いきなりショーをやるなんて。
 しかもリハーサルもなしで。
 無謀といえば、無謀だけど、猛くんがうまいので、なんとかやれると思い挑戦することにしました。

 僕は一応、プロの脚本家なので、自分がドヘタでもばれないのような構成台本を書き上げて、本番前に、ちょこっと打ち合わせ。
 笑いのネタをいくつかしこんで、本番へ。

 顔は、白塗りの、ニセクラウン。
 シャツは、ボーダー。パンツは、ぴちっとしたダンサー物。

 ところが不思議なことがおきたんです。
 僕が、クラウンの格好で出ていったとたん、観客の視線はこの異質な人物にくぎづけ。
 何をしても、好意的な目線で見てくれているのが、はっきりわかりました。

 おお、これぞクラウン(道化)効果。
 クラウン・エフェクト。(僕がいま名付けました)

 お客さんは、僕を園田英樹としてではなく、どこからかあらわれた一人の謎のクラウンというキャラクターで見てくれているのです。
 そこに、園田は存在せず。
 一人の、道化者のクラウンがいたのです。

 クラウンは受け入れられている。
 そう思ったら、もう恐怖はなくなっていました。
 あとは、人前でビビッているクラウンの気持ちのまま、必死で行動するだけ。
 クラウンは、ドジで、ビビリで、おろかしいことばかりする存在。
 だから、ドヘタのマイムでも、ぜんぜんオッケイなわけです。
 かえって本当のクラウンだったら、それがうまいマイムなんかできないほうが当然かもしれません。

 そういうことだったのか。
 目からうろこでした。

 クラウンは、あまり言葉をしゃべりません。
 だから言葉をつかわずに、なんとか客とコミュニケーションをとるためには、なんとかお客に近づかなければなりません。ぼくは、そのことに集中したせいで。へたなマイムをしなければならないという恐怖からも解放されていました。

 即興のマイムショーという、とんでもない挑戦でしたが、僕的には大成功だったと思いました。
 お客さんたちの反応も、なかなかよくて、爆笑、爆笑。
 短いショーのなかに、いろんな気づきをさせてくれる、密度のこいものになりました。

 今日のブログは、脚本講座とはあまり関係ない内容になりました。
 このところちょっとブログを見てくれる人が減ってしまいました。
 やはり、連続物で、けっこう専門的なことを書いたのが原因だったのかなぁ。
 テレビ番組でも、連続物だと、視聴率が落ち込んでしまうことがあります。
 それは、やはりその内容が引き延ばしだったりするとき。

 よく一話完結で書いてくれとの依頼を受けます。
 一話完結とは、たとえ続き物のシリーズでも、その回のストーリーは終わらせるということ。
 これからは、できるだけ一話完結で書いていくつもりです。

 さて、ライブ版、の体感脚本講座スタートまで、あと三日になりました。
 まだ参戦できますよ。

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2005年5月29日 (日)

ダンスイベント

タップをはじめてから、ダンサーの知り合いがふえた。
  踊る人たち。
 実は、ずっとこの踊る人たちの気持ちが、わからずにいたんだ。

 子供のときから、踊るのは苦手だった。
 幼稚園のお遊戯会では、蜜蜂のダンスをやらされた。
 ベアの踊りだったのに、おれの相手役だけ、男の子だった。

 町の盆踊りでは、はなれて見ているばかりだった。
 おふくろが踊るのを、照れながら見ていた。

 中学の時のフォークダンスは、好きな子と手をつなげず、がっかりだった。

 高校、大学と、ディスコブーム真っ只中の時代だったにもかかわらず、自分はその輪の中に入っていけなかった。
 ディスコにいく友達を横目で見ながら、ダンスよりも、ナンパが目的なんだろうと、冷やかな態度をしていた。

 今思えば、本当は、自分も踊りたい、輪のなかに入っていきたと心の奥では思っていても、それを表に出すのが恥ずかしくて、わざとみないふりをしていたんだと気づく。

 自我がじゃまして、自分の心の欲求のままに、踊るのを止めていた。
 自分は、本当はずっと踊りたかったんだと、今なら言える。

 最近になってわかったことがある。
 ぼくは、多動症の子供だった。
 程度の差はあるだろうが、あきらかにADHDってやつだ。
 知的障害はともなっていないので、わかりずらいADHDだっただろうと思う。

 幼稚園のときに、あまりにも動きすぎるということで、椅子に足をしばられてご飯を食べていたという、悲惨な思い出がある。
 いまでも、それをはっきりと覚えているということは、よほどの心的ストレスをそのとき感じたにちがいない。
 幼児体験とは、なかなか根深いものである。
 おそらくそのころからの深い抑制意識が、踊りの楽しさに、身をまかせることに対しての恐怖を抱かせたにちがいない。

 ぼくは、踊るのが、怖かったのだ。
 本来の自分が解放されるのを、ためらっていたのだ。
 それに気づくのに四十年かかった。

 いまなら踊る人の気持ちが、少しはわかる。
 踊りは楽しい。
 体のなかには、リズムがあり、それが命とつながっているのがわかる。
 リズムが命だ。
 それを表に出したとき、人は真に解放される。

 タップ仲間の誘いで、ダンスのクラブイベントに行ってきた。
 こういうイベントにいくのは、生まれてはじめて。
 ディスコブームのときに、青春まっさかりを過ごしていたにもかかわらず、ディスコには2回しかいったことがなかったんだから。
 ましてやヒップホップダンサーが、ステージで踊るイベントなんて、自分の生活の範疇にはなかった。
 でも、誘われたときが、その殻を破るチャンスと思い、いそいそと出かけたよ。

 ついつい脚本家家業にしみついた癖で、やはりここでも人間観察。
 いやー、面白かったなぁ。
 いろんな人がいるもんです。

 今回は、たっぷりとダンサー人種を見させていただきました。
 写真をとりたかったけど、撮影機材持ち込み禁止だったので、断念。
 みなさんも、ぜひ普段自分のいかない場所にいってみてください。
 海外旅行の時みたいに、新鮮な気持ちになれますよ。

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2005年5月28日 (土)

脚本の極意5回目

脚本の極意5回目

  14001050 昨日は、締め切りだというのに、高校での授業もやらなければならず、かなり焦った。
 でも、人は目の前で起こることに、フォーカスを当てて生きるしかないのです。
 まだ書けていない原稿を置き去りにして、高校生たちの待つ稽古場に向かったのでした。

 僕が、必死の思いで稽古場に来ているというのに、生徒たちは、半分ほどしか集まっていない。
 これが劇団の稽古場だったら、とんでもないことなんだけど、まだまだ高校生、そのあたりの意識はかなり低いです。
 中学などで不登校とかやってた子が多いせいもあるけど、授業をさぼるということに抵抗がないんですね。
 演劇の稽古といえども、高校の授業の一環なので、まだ授業に出るっていう意識なわけ。
 だから、平気でさぼってしまう。
 このあたりの意識を、なんとか変えようと毎年がんばるんだけど、それがなんとか変わったころで卒業ってことになっちゃうんだよね。

 しかし、ここでこっちがイライラしたら、ここで終わりになっちゃうんで、僕はじっくりと耐えて待つことを覚えました。
 相手が、こちらの言葉を受け入れる準備ができるのを、待つんです。
 けっしてあきらめず。

 高校で演劇を教えるようになって、もう5年目だけど、僕のほうがずいぶん学んでいる気がします。

 anh3 さて、四回にわたってつづけてきた『スターウォーズの第一作』を題材につかっての、脚本極意講座ですが、いよいよ最終回です。(この体感脚本講座の最終回じゃないよ。あくまでも、このシリーズ)
 今回は、クライマックスの部分の分析と解説です。
 さぁ、いってみましょう。

 いままでの部分が、舞台の脚本でいうところの一幕と、二幕としたら、ここからが第三幕になります。

 全体の起承転結でいうところの、『転』の部分。
 この中にも、小さな起承転結があります。

○オビワンが死んだと思っておちこむルークをなぐさめるレイア。

○そこに追手がくる。(トラブル)空中戦になる。

○ハンソロとルーク、大活躍で、敵機を打ち落としていく。(爽快感の提示)
 チューを毛嫌いしていたレイアも、思わず抱き合ってしまったりする。
 オビワンの死という暗い場面のあとに、空中戦闘に勝つという爽快感のある場面を持ってくるあたり、脚本の構成が見事です。
 脚本家は、観客の心理を見事にコントロールしていると言えるでしょう。

112分
○レイア姫の救出作戦は成功したと思ったが、実は、敵はわざと逃がしたのだった。
 しかし、レイアは、それを読んでいた。
(レイアのキャラの立て方が見事。ただのおてんばキャラではなく、姫としての知性もあるいということろをちゃんと見せている)

○ハンソロとレイアは喧嘩するが、お互い、引かれあっていくのが、観客にはわかる。
 ここで、ルークとレイアとハンソロの三角関係の成立。(トラブル)

○反乱軍基地に到着するファルコン号

○R2から、デススターの情報を取り出す、反乱軍。
 しかし、デススターは、基地を発見していた。(トラブル)

○反乱軍は、小型飛行機で、敵の弱点を突くという作戦を立てる。

○デススターが、反乱軍の基地に迫ってくる。

anh12 ○ルークは、反乱軍のパイロットに加わって、攻撃に参加することにする。
 (主人公が、自分の意志をはっきりと見せて、変化を見せていることに気づいてください)

 ハンソロは、金を受け取ったら、オサラバという感じ。しかし、なんとなく釈然としていない。

○ベンがいてくれたらと落ち込むルークに、またレイアがキスをしてくれる
 落ち込んだ男の子が、女の子のはげましで元気をとりもどすのは、万国共通の行動原理ですね。(わかりやすい性格の主人公)

○ここで、ビッグスというパイロットと再会するが、そのまえふりは、まったくないので、なにかルークに関してのエピソードがカットされているということが推測できる。
 (ルークが辺境地域では優秀なパイロットだったということの説明にはなっているが、そのためだけかもしれない!? 脚本では書かれていたが、フィルムになったときにそのシーンがなくなっているということは、よくあります。演出上の理由とか、いろんな理由です)

○ルークには、オビワンの声が聞こえる。
 しかし、どういう理由で、そういう現象がおきているのか、物語の展開が急転直下なので、そういうところは観客は気にならなくなっている。
 (最大のトラブルを切り抜けるために、登場人物たちが必死に動けば、観客は、もうそれについていくしかないって感じになってしまうわけです)

○デススターへの攻撃開始。敵も小型機で応戦してくる。

○この3幕の中での、『転』の部分に入っていきます。つまり、クライマックス。

anh16 ○空中戦の連続。(いわゆる見せ場です)
 やられていく反乱軍のパイロット。

○デススターの攻撃まであと数分。(トラブル。タイムサスペンス)
 (タイムサスペンスというのは、エンターテイメントの脚本では、よく使います。みんなサスペンスが大好きなんです)

○反乱軍の攻撃機は、ダースベイダーたちに、次々にやられていく。(トラブル)

脚本極意12……クライマックスでは主人公を徹底的においつめること。
 いったい、どうなるんだと、観客に思わせることができれば大成功。主人公が最大のピンチを切り抜けた時、観客は、主人公といっしょに、カタルシス(解放感)を得ることができるのです。

○ついにルーク一機だけとなる。
 フォースをつかえととの、オビワンの声が聞こえる。
 機械に頼らず、自分の力で、切り抜けようとするルーク。
 ここも、大きなプロットポイントの一つですね。
 R2もやられてしまう。(トラブル)

○デススターの射程に入り、時間がなくなる。(究極のピンチ)

○そこに、ハンソロが現れて、ベイダーを追いやってくれる。
 (ハンソロのおいしいところ取り)
 ダースベイダーは脱出していっているので、次の物語への、引きになっている。

○ぎりぎりのところで、デススターの爆破に成功するルーク。
 宇宙に花火があがって、カタルシス(解放感)を得る。

ここからが、全体の起承転結の『結』です。
○基地に戻るルークを迎えるレイア姫。そこにハンソロもきて、三人抱き合う。

anh5 ○表彰式
 絵に描いたようにハッピーエンドだね。故障していたR2のピカピカに直っています。

脚本極意13……エンディングは、気持ちよく。あー、よかったと観客に思わせること。終わりよければ、すべてよし。

○脚本上達のためのチェックポイント

 この物語を通じて、主人公は、何を得たか?
 何が変わったかを、考えてみてください。

 成長。友。恋。メダル。称賛。仲間。
 そんなものを、主人公が得ていることがわかりますね。
 主人公は、物語の最初と最後で、どう変わっていたでしょうか?

 こんな感じで、いくつかヒット作品を分析してみてください。
 それだけで、あなたの脚本術は、グーンと上がるはずです。
 やはり、なんでも自分で体験し、発見したことにまさるものはありません。
 体験してください。
 そして、感じてください。

 それこそが、体感脚本講座の極意なのだ。
 ヌーン。

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2005年5月27日 (金)

脚本の極意4回目

脚本の極意4回目12801024

  ウワー、大変だぁ。
 トラブルだぁ。
 トラブルをいかにつくれるかが、脚本のおもしろさだって、いい過ぎたのかも。
 って、脚本家にとって最大のトラブルは、締め切りでしょう。
 それさえクリアできゃば、おれは成長できるのだぁ。
 クライマックスを迎えることができるのだぁ。
 そんなことを、ブツブツいいながら、焦ってます。

 そんなときに限って、予定がはいっていたりして、ドタバタしてます。
 昨日は、芝居を見に行く約束を、仕事していてど忘れしていて、劇場に遅れていくという失態を演じてしまいました。

 でも見た芝居は、当たり!
 脚本家仲間の、土屋くんが、脚本演出の『円』の舞台。
 『梅津さんの穴を埋める』(円スタジオ)
 おもしろかったです。
 29日までやっているので、みなさんぜひ見に行ってあげてください。
 円の役者さんは、声優さんとかやっている人も多いので、アニメとかたくさんやってる、ぼくとしては何となく親近感がありました。

 で、昨日につづいて、『脚本の極意4回目』でーす。
スターウォーズの第一作の分析と解説だよ。

経過時間47分(テレビの特別編をもとにしてます)
○悪の巣窟といわれる港町に行くルークたち。
 テレビで放送された特別編では、この宇宙港町の点描風景は、あとから追加されたもの。
 CGの技術が27年前の製作当時にはまだ未熟だったわけ。
 今は、いろんなことができるようになった。監督のイメージを忠実に再現するのに、CGはすごく便利。

○なんで、港にいくのかの理由が、このテレビ版では、抜けてしまっていた。
 宇宙に旅立つために、船とパイロットを探しにいったはず。

○酒場で、オビワンのすごさを紹介。anh18

極意その10……映画は、映像で説明するメディア。キャラクターの説明は、セリフではなく、行動で見せること。ここでは、老人がライトセーバーで悪人を切って捨てるという意外性を使っています。

52分30秒
○ハンソロ登場
 金のために動く、自由きままな凄腕パイロット。
 いわゆるアウトローキャラ。
 ジャバザハットに賞金をかけられて、命を狙われているというところを、西部劇風のパターンで紹介。(ハンソロのトラブル)
 サブキャラ作りの極意を思いだしてください。

○ソロとジャバのシーン(ハンソロのトラブル)
 ここは、テレビ版で追加されているもの。
 ジャバをCGでつくり、合成している。
 このあたり、ちょっとたるいのは、そのせい。監督は、新しい技術を使ってみたかったんだと思う。

60分
○ハンソロの船で飛び立つルークたち。
帝国軍は、R2を追っていて、攻撃してくる。(トラブル)

63、50秒
○帝国軍の戦艦に追いかけられるハンソロの船。(トラブル)
 しかし、ハイパースペースに逃げ込む。

64、40
images2 ○デススター登場(真打ち登場って感じ。ためにためて、いよいよ出てくる、大物悪役ってとこだね。)
 ダースベイダーのバックにいる、黒幕ターキー総督。
 見せしめに、オルデラン星をデススターで破壊すると宣言する。
 大ボスの力のすごさを観客に見せておく。(最大のトラブル)
(敵が強ければ強いほど、それを倒した時に、ヒーローは輝くことができるのである。これは、プロレスの演出でも、よく使われてますな)

○宇宙船で、目的地オルデランに向うルーク、ハンソロ、オビワンたち。
 ルークとハンソロは対立する。(葛藤、トラブル)
 ルークは、フォースの練習をして、その才能の片鱗を見せる。
 ハンパースペースを抜けて、オルデランが破壊されていることを知る。
 デススターと遭遇して、主人公たちは、敵の大きさを知る。
 デススターに、とらえられてしまう、ミレニアム号。(トラブル)
 レイア姫を処刑しようとしていた、総督とダースベイダーは、姫にまだ使い道があると判断する。(トラブル)

76分30秒
○船に隠れているルークたち。(トロイの木馬作戦!?)
 ダースベイダーは、長い間忘れていた何かを感じると言う。(次の作品へのふりですね。実は、ダースベイダーは、ルークの父親だったという事実が次回作でわかるわけだから)

79、30
anh10 ○作戦成功。デススターの制御室に入り込むことに成功。
 オビワンと別行動することになる。トラクタービームの電源を破壊に向かう、オビワン。
 ルークは、R2を守って、反乱軍にとどける目的を優先。

○対立するルークとハンソロ(葛藤)
 R2がレイア姫がいることをつきとめる。
 一目惚れしている、ルークは、すぐに助けにいこうとするが、ハンソロは関係ないと断る。(トラブル)
 ハンソロを金でつって力をかすようにしむけるルーク。

 ここにも、大きなプロットポイントがあります。
 今まで、自分の意志では行動していなかったルークが、はじめて、自分の意志だけで行動を開始します。(姫を助けに行くという自発的行動)
 ここをさかいに、前半のルークと、後半のルークとは大きく変わっていくわけです。

極意その11……主人公は、自らの意志で、事件を解決に導かねばならない。

83分
anh14 ○チューバッカを捕まえたふりして、姫のもとにいそぐ、ルークとハン。
 喧嘩しながらも、同じ目的のために突き進むという、いわゆるバディ物のバターン。
 しかし、敵に見破られて、戦闘になる。(トラブル)
 ムチャクチャやって、切り抜ける。

86、30
○姫を発見するルーク。
 なぜか、姫は、挑発するようなポーズで寝そべっている。
 このあたり、監督の狙いがわかるよね。(どういう狙いなんだよ!?  主人公の下心をくすぐるつもりか……その通り。人間は、高尚な目的だけでは、行動しないということを、観客の多くは、知っています。主人公が、正義のためとかいう、高尚な理由で動いているのではなく、レイア姫への恋心という、下心で動いているのがわかるから、観客は、このルークの一連の行動を、本能的に理解できるわけです)

○ダースベイダーが、ベンケノービがきていることを、フォースの乱れで感じ取る。ここで、ダースベイダーがジュダイの騎士の生き残りであることを説明。(トラブル)

90分
○姫を連れてにげるルーク、ハン、チューたち、追手と戦闘。(トラブル)
○勝気なレイア姫のキャラクターの説明。
 ハンと口げんかして、脱出の手口を指導する。ダストシュートに飛び込む。
○ダストシュート内に、モンスターがいた。(トラブル)
 壁にプレスされそうになる。(トラブル)
 C3に連絡しようとしても、通じない。(トラブル)
 R2が、プレスをやっととめる。C3とのいきちがいで、ちょっと笑わせる。
100
○オビワンは、電源を止めるための、工作をしている。すごく、高さのある場所。
○レイア姫と、ハンソロは、喧嘩する。(トラブル)
 脱出するために、ファルコン号に向かう。しかし、発見されて、銃撃戦になる。レイアは、おとりになったハンソロの行動力に、ちょっと見直す。
○通路の橋がわたれないルークとレイア。しかも、発見されて撃ち合いに。(トラブル)
anh4 ○姫にキスしてもらうルーク。
 姫は、お守りよと言うけど、あんまり説得力はない。なぜ、レイアがキスをしたのかは不明。少年を働かせるために、色気を使ったとも、とれる。あなどれんぞ、このレイア姫は。男を振り回すタイプなのかも。
105
○ダースベイダーとオビワンが対決する。
 ダースベイダーは、かつては、オビワンの弟子だったと、自分で言っちゃったりする。そして、オビワンは、たとえ倒れても、永遠の力で、よみがえると、自分で宣言。ダイアログとしては、かなり強引な展開だ。
○オビワンが、敵を引きつけている間に、ルークたちは、船に乗り込んでいく。
 ルークの目の前で、オビワンは、自らダースベイダーの剣に倒れる。
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○脱出に成功するファルコン号。

  このスターウォーズの分析も、次回の5回目で終了です。
  最後まで、おつきあいしてくださいね。
 さて、いよいよライブ版体感脚本講座の開始が近づいてきました。
  六月二日が、第一回の予定。
 どんなメンバーが集まるんでしょう。
 どんなことをやりはじめるんだろう。
 その報告も、ここで書きたいと思ってます。
 お楽しみに。

 そのまえに29日は、ELITEのパーティ。
 みなさん、どしどしコンタクトしてください。

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2005年5月23日 (月)

パソコンダウンだヌーン

040720_026 トラブルは、思いもかけないところからやってくるもんです。
いきなりパソコンがシャットダウンして、再起動しなくなってしまいました。
サポートセンターに電話したら、リカバリー用のディスクが必要だって。
そんなのどこにしまったか忘れてるヌーン。
メインでつかってるデスクトップが、いまは使えない状態です。
まいったぁ。

書きかけの原稿や、いろいろ使いやすくしていた、ソフト類なども、ぜんぶパーって感じ。
最悪の気分になりました。
バックアップの大切さを痛感。
いままで、パソコンにかんしては、こういうトラブルにあってなかったから、全部人ごとだったんだけど、まさか自分の身にふりかかろうとはね。

でも、こういうときこそ、『トラブル・イズ・マイビジネス』を思い出すのだ。ヌーン。
これも、自分にあたらな体験をさせる機会をくれているんだ。
トラブルを楽しむんだぞと。
それでこそ体感脚本講座のヌシなのだ。(と、自分をメチャはげましてます)

いちおう、数日前までの文書データは、メモリースティックに入れておいたので、仕事のほうは、なんとかなります。
でも、ここ数日のは、無理かも。

こういうときは、あきらめがかんじん。
気分を変えて、前にすすまなきゃね。

そういうわけで、このブログは持ち出し用のノートパソコンで書いてます。
あらためて、デスクトップのほうが、文書を打ちやすいのを実感してます。
とくにぼくは、親指シフトという、きわめて少数派のキーボードを使っているので、ノートの方は打ちにくいのです。
この悩み、親指シフトを使っている人になら、わかってもらえると思います。
ノートは、無理やりに、親指シフトにしたやつなんで。

このブログを、約一月近く書いてきました。
体感脚本塾への申し込みも、何人かしていただきました。
じつは予想していたよりも、少ないです。
そのぶん、みっちりと密度の濃い塾ができそうなので、楽しみです。
開始まで、あと約一週間、なんかドキドキするなぁ。
どんなメンバーが集まるのか。
どんな物語が、新しく生まれるのか。

入塾希望のかたは、まだ受け付けてますので、ぜひコンタクトしてみてください。
脚本家になりたいわけじゃないけど、一度ジャッキーの話を聞いてみたいという人、見学してみたいという人も、かまいませんよ。

ブログを読んでもらっていれば、よくわかってもらえると思いますが、ぼくのまわりにはみなさんに紹介したい面白い人がたくさんいます。
そういう人たちに、一度あってもらいたいんです。
そして、いろんなことを感じてほしい。

この体感脚本塾の企画をサポートしてくれている、ELITE主催のパーティが5月29日に新宿であります。050520_011
なんと無料で、ダンスパフォーマンスが見れたり、サルサを習えたり、爆笑のショーが見れたりするというもの。
もちろんぼくも参加します。
参加したいという人は、このページからELITEのページにジャンプしてね。
そのパーティが、この体感脚本講座ライブ版の、第1回目になります。

何を感じて、何を書くか。
それは、参加するあなたの物語。

今回パソコンの不調で、写真とかも、ノートに残ってるやつしかつかえず残念。

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2005年5月11日 (水)

銃弾か天使の指先か

 脚本会議では、脚本家は毎回窮地においこまれる。
 昨日も、かなりおいこまれました。

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 自分の書いたストーリーにたいして、プロデューサーたちが、それぞれの意見をぶつけてくる。
 それがたいていの場合、否定的なニュアンスのものばかり。
『要素が多い』『テーマがわかりずらい』『これはやらないほうがいい』『新鮮味にかける』『焦点がしぼりきれてない』『主人公の目的があやふや』などなど。

 もちろん言い方はソフトになっているのだが、それらの言葉は、まるで弾丸のように脚本家の胸に突き刺さる。
 あまりにも銃弾を受けすぎると、生死にもかかわってきます。
 それらの銃弾は、いくら脚本家が防弾チョッキを身につけていても、そのうえからグイグイとくいこんでくるからだ。

 規模ちがえども、みなさんにも、おなじようなピンチが何度も訪れると思います。
 こういうときの切り抜けかたを、教えましょう。

 まずは、自分のなかのよけいな感情をおさえて、じっと彼らの言葉に耳をかたむけること。
 そして、
 この場所にいる人たちは、みんな自分の味方なんだ。みんな僕のファンなんだ。みんな、ぼくのことが大好きで、ぼくにプレゼントをしてくれてるんだ。

 そう思うのです。
 とにかく、そこにいる人たちの背中には、みんな羽がはえている。彼らは天使なんだと思いこむのです。

 するとどうでしょう。
 いままで銃弾に思えていたものが、とたんにやらわかい天使の指先にかわってきます。
 天使の指先が、やさしく自分をマッサージしてくれているのです。

 天使たちは、まだまだ未熟なぼくを、もっといい場所に導いてくれようとしているんだ。
 どこかすばらしいところに連れていってくれようとしているんだ。

 そう思えてきたら、もうしめたもの。
 会議は、前向きな、楽しいものにかわってきます。

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 そんなにうまいこといくかなぁ。
 そんなのできっこないよ。
 そう思われるのも当然でしょう。
 かくいうぼくも、なかなかうまくはいきません。

 脚本家が、自分の書いたストーリーにこだわるのは、あたりまえのことです。
 何時間も、または、何日もかかって、背中の痛みと、睡眠不足にたえて書き上げた原稿なのですから。
 自分では気に入って、会議の席にもってきたのですから。
 自信作なのですから。

 しかし、それにこだわりすぎると、いい作品にするためのチャンスを失うことになってしまいかねません。
 脚本は、共同作業(演劇にしても、映像作品にしても)を前提してして書かれるものなのです。
 みんなでいいものを作り上げていくための道具です。

 会議では、脚本家は窮地におちいると書きました。
 ここでドラマの基本を思い出してください。

 主人公は、窮地におちいる。(トラブルにある)
 そして、それを一つずつのりこえていくことで、成長し、自分の目的を達成する。
 それがドラマです。

 いいドラマをつくるためには、無数のトラブルが必要なのです。

 窮地のときこそ、チャンス。
 おいこまれたときこそ、自分にシメシメと言い聞かせるのです。
 天使があらわれた。
 自分にチャンスがおとずれたと。
 トラブルを、よろこんで受け入れるのです。

 受け入れることができたら、どんなにかいい状態で、仕事ができるようになるだろうと、ぼくは思うのです。

 ですから、いつも、受け入れたいと思いつづけているわけです。
 みなさんは、どうですか?

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2005年5月10日 (火)

作家の執念

 入院している脚本家の田中浩司を、お見舞いに行ってきた。
 蕨市民病院。
 ワラビという、なんだかおいしそうな町の名前。
 友達のお見舞いというのに、はじめて降り立った町だったので、いきなり観光気分になってしまった。
 タクシーに乗ると、ワンメーターで病院についた。これなら歩けたなと思う。
0559_002  
 ぼくは町をゆっくりと歩きながら、観察するのが好きだ。
 どんな人たちが、ここでは生活しているんだろう。
 どんなドラマがここでは毎日おきているのだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると飽きることはない。

 病院の近くに、すこし大きめの神社があるのが見えた。
 神社も好きだ。
 神社のなかは、いつも空気がきれいに澄んでいる気がする。
 いや、まちがいなく、その土地で、もっとも地脈のいい場所に神社は建てられている。
 ぼくは、神社の境内で、土地のエネルギーを体で感じるのが好きなのだ。

 テレビドラマのセットにでてくる、明るすぎる病院とはちがい、本物の病院には、なんだか沈殿したような暗さがただよっている。
 そりゃ、そうだよなと思う。
 病気や怪我をかかえた人たちの、重い雨雲のような気分が、そこらじゅうにたちこめているのだから。
 あちこちに、いらだちや、かなしみや、あせりや、いたみや、くるしみが、かたまりのようになっているのを感じる。
 ぼくら、外からきた訪問者は、それらにできるだけ触らないように、慎重に歩かなければならない。
 胃のあたりが、ちょっとと重くなる。
 自分が少し緊張しているのがわかった。

 田中くんは、予想していたよりも、元気そうに見えた。
 ベッドのうえで起き上がって、ぼくを迎えてくれた。
 それでも数日前までは、トイレに行くのも禁じられていたというほどの重症だったらしい。
 すでに入院して二週間以上もたっていると彼は言った。
 病院にくるまで、自分の状態が、そんなに悪くなっていると気づいていなかったらしいのだ。
 喘息の具合が悪いと思って病院にきたら、それは実は心臓が原因で、あやうく心臓が止まりそうになっていたのである。
 そのまま入院。
「もう運動もできなくなっちゃったよ。……エッチもね」
 と、彼は冗談めかして笑いながら言ったが、ぼくは、どう答えていいかわからなかった。

 しかし、作家は、死ぬまで作家なのだ。
 さすがだと思ったのは、彼がベッドのうえで、書きつづけていた、ノートを見たときだ。
 そのノートには、入院してノートをつけられるようになってからのことが、びっしりと書きつけられていた。
 毎回の食事については、詳しいイラスト付きである。

「このまま死んじゃったら、これが遺作になると思って、書いてんだ……いや、一日中ベッドからでられなくて、なにもすることないしね」
 作家魂だ。
 おれは、はじめて田中くんを、尊敬した。
 ごめん、はじめてで、田中くん。

 実は、この田中くんには、ぼくはこっそり嫉妬していたことがある。
 なんせあの寺山修司の弟子を名乗れる男なのだ。
 ぼくが一度はあこがれた寺山に、かわいがられた男なのである。
 そりゃ、嫉妬してもいいでしょう。
 しかし寺山さんにその才能を買われていたにもかかわらず、ぼくの知っている田中くんは、どちらかといえば、どんくさいタイプの男で、純粋であるがために、生きかたが不器用に思えていた。
 だが、やはり、この男は立派な作家だった。

 人間、自分が死ぬとわかったときに、なにをするかは、大きな問題だ。
 この男は、作品を書いていた。
 しかも、懇切丁寧な食事のイラスト付きで。
 そこには、なんともいいようのないユーモアがあるではありませんか。
 おろかしくも、真剣なユーモアが。

 ほんとに、尊敬したよ、田中くん。
 きみがいいというから、ここにきみの記念写真をのっけます。
 きっと、このブログを見た人は、みんなきみを尊敬するよ。

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 でも、あのなんだか不思議なイラスト付きのノートは、遺作にはならないと思う。
 まだきみは、しぶといよ。

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2005年5月 8日 (日)

踊りまくるのだヌーン2

 このブログは、6月からはじまる、体感脚本塾のためのプレ講座のつもりだったけど、なんだかこれを書くのが楽しくなってきた。
 脚本の書き方を、あらためて自分に問い直している感じ。

 体感脚本講座の申し込み、どしどし待ってます。

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 脚本家というのは、人との共同作業が好きな人に向いてます。
 一人で作業するのが好きな人は、小説とかのほうがいいでしょう。
 脚本家が組むのは、演出家や役者などの場合が多いけど、脚本を書き上げるまでの過程にならば、相談に乗ってくれる人、全員が相手になります。

 共同作業って、じっさいはけっこう難しいもんです。
 一人一人、自分のエゴをもってるし、自分の書いたものに、他人が意見を言ったり、批評をしたりするのって、最初は、自分自身についてなにか言われてると思いがちですから。

 そういうとき、相手の意見や批評を受け入れる耳を持つというのは、とても大事なことになります。
 他人の言葉に、しっかりと耳をかたむけましょう。
 どんな意見も、自分を客観的に見るための手助けになるものなんです。

 人の話に耳をかたむけるということの訓練方法ですけど、いくつかまえのタイトルでも書いたけど、会話のスケッチって役にたちます。
 ただじっと聞いて、それを再現してみるのです。
 声に出して、プレイバックします。
 リズムや音の高低はどうだったか、どんな省略や、流行り言葉が使われていたかなどにも気をくばってやってみてください。

 いかに自分が、正確に聞いていないかがわかります。
 ましてや、文章に書き起こすと、どうしてもしゃべりそのものではなく、書き言葉になってしまう傾向がでます。

 声に出してみると、そのことによく気がつくことでしょう。
 いいアイディアを人から、もらうために、いい会話が書けるようになるために、人の話には耳をすませてくださいね。

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 昨日はタップのレッスン。
 いい汗かいたよ。
 このクラスには、ぼくよりも年上の先輩がいる。
 Nさんは、IT関係で働いていたが、いまはダンサー。
 もう50近いはず。
 ほんとまじめな人で、バレエとかも習ってるらしい。人生半ばもすぎて、踊れる人生って、幸せだと思います。
 Nさんは、マンションの管理組合の総会の準備があると言って帰っていった。
 すばらしき生活感。ビバ、ダンスマン。

 かたや43歳の脚本家、K・田中からメールで、心臓病で入院したとの知らせがくる。
 もともと不健康そうな生活していたから心配はしていたんだけど、心臓にきたかって、感じ。
 この男は、あの天才、寺山修司の最後の弟子。
 師匠の寺山さんは、享年47歳だった。
 いくら弟子だからって、病気癖まで師匠のマネしないでもいいのにと思ってしまう。
 ちょっと意地悪い書き方しちゃったけど、マジで心配してます。

 同年代の友人が、病に倒れたりすると、自分の運のよさに感謝です。
 ここまで病気らしい病気したことないもんね。
 このまま、踊りつづけるぞ、倒れるまでは。ヌーン。

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仮面のすすめ

 土曜日の原宿を、少し歩いた。
 明治神宮の前の橋のうえに、コスプレした少女たちがたくさんいる。
 フリル系や、きぐるみ系など、衣装はさまざまだったが、みんなメイクが、ゾンビだった。
 目の周りや、ほっぺとか、黒々と縁取りみたいなをしていて、それはまさに死霊、ゾンビそのもの。
 どうやら、死霊メイクが流行ってるらしい。
 これって、いつから?

 彼女たちは、じつに楽しそうに、それぞれかってきままに地べたに座りこんで、歩道を占拠しつづけている。
 コスプレゾンビに、明治神宮は占拠されているのである。

 これってじつに象徴的だなと思った。
 もとより神社は、霊的なものが集まる場所。
 地脈にくわしい人の話では、明治神宮あたりは、エネルギーの出る場所があるらしい。
 そこに死霊たちが集まるのも、当然のことか。

 現代の巫女たちは、わざと死霊の格好をして、生きていることを忘れがちな日本人たちに、生きる実感とはなにかを教えようとしているのかもしれない。(ちょっと持ち上げすぎかヌーン?)

 奇抜なメイクで、素顔がわからないようにしてしまうと、とたんに少女たちは、大胆になる。
 ふだんの日常ではおさえつけている、感情や、本来もっている傾向を、あらわにして動きはじめたりする。
 彼女たちは、メイクをしているから、地べたを占拠することができるし、じろじろみられてもへいちゃらでポーズをとったりできるのだ。
 日常(現実)の自分は、けっして危険にはさらされないと、どこかで思っているから。

 これって演劇で、仮面をつけるのと同じ効果なんですね。
 役者は、役柄という仮面をつけたとたんに、舞台のうえでなんでもできるようになります。
 モラルに反することも、犯罪さえも、役でやるのならば、平気でできるわけです。
 そこでおこなわれるのは、フィクションで、現実の自分はけっして危うくなることはないとわかっているから。

 自分を虚構化してしまう、装置がここにあります。
 フィクションに同化することが、仮面(役柄)だけで簡単にできるのです。

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 脚本家や作家の場合においても、同じような効果を発揮するものがあります。
 それはペンネーム。
 ペンネームをつかえば、日常の自分とはちがう者に、簡単になることができます。

 作品を書くんだというモチベーションをあげるためにも、自分にペンネームをつけるというのは、けっこういい効果をもたらしてくれます。
 あなたも、ひとつペンネームをつくってみませんか。

 かくいうぼくも、このブログをつくるにあたり、ジャッキーという、名前を使ってみました。
 とたんにジャッキーというキャラクターが、ぼくのなかで立ち上がり、一人で動きだしています。
 もうジャッキー、大活躍です。
 ジャッキー・チェンの腹違いの弟の、ジャッキー・そのだは、日本で脚本家をやってます。

 ジャッキーは、ふだんのぼくよりも、かなり元気なようです。
 ブログ作りにかんしても、エネルギーをおしんでません。
 もうしばらくジャッキーには働いてもらうつもりです。

(写真は、この話とは、まったく関係ありません。)

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2005年5月 7日 (土)

踊りまくるのだヌーン

 一気にコメントがふえてうれしいなぁ。
 なつかしい人が、コメントくれた。
 フジヨシ、立ってるかぁ?(ワハハハ)
 イワイくん、ヌーンつけてみました。
 くらみさん、いい脚本書いてね。
 はるなちゃーん、稽古いきます。
 いたがきさーん、ラウですか?

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 演劇のワークショップをやっていると思いきや、たちまちダンサーに変身!
 ルイスのラテンダンスのレッスン受けてきました。
 ほんとうは、まだ4回目なんだけどね。(けっしてしゃるうぃダンスに影響されたのではありませんぞヌーン)
 このクラスは、生徒さんの人数がまだ少ないので、生徒の立場からするとじっくりと教わることができるので、すごくいい。
 きょうは、女優の星野マヤさんもきてくれて、レッスンは華やかになっちまったヌーン。

 ドミニカンの体にしみついたリズム感を、うらやましがりつつも、自分なりに汗かきを楽しむのだヌーン。(そろそろヌーンやめていいよね)

 脚本家は、いつも好奇心旺盛でなければなりません。
 いたるところにアイディアのタネはころがっているものですから。
 こうやってダンスのレッスンをしていたら、いつか、しゃるうぃダンスの二番煎じを狙うプロデューサーが、ダンスにくわしいシナリオライターを探して、ぼくのところにやってくるかもしれないでしょ。
 脚本の取材もかねていると思えば、毎日が、もう仕事モードよ。
 遊びのときこそ、次の仕事の準備をしてるようなもの。
 毎日が、真剣勝負だヌーン。(あっ、くせになっちゃった)

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2005年5月 6日 (金)

ボイストレーニング

 昨日は、日テレの生田スタジオに行って、7月からの新番組に出演する子役(といっても11歳から14歳)の人たち相手に、ボイストレーニングのしかたを教えてきた。

 なんで脚本家が、ボイストレーナーなのと驚かれるかもしれないが、ぼくは劇団主宰者で、19歳のときから劇団でさんざん鍛えられた役者でもあるのです。それにこの五年間、東放学園高等専修学校という芸術系の高校で、演技指導もしてきたので子供のあつかいにはかなりなれている。ポケモンの脚本家ということもあり、子供の受けは相当いい。ある意味、理想的な子役の指導係なのですよ。その番組の関係者が、振り付けの金丸さんを通して、ぼくに依頼してきたのでした。(ちなみにこの番組はぼくの脚本ではありません)

 子供といっても、子役としてのキャリアがあるので、彼らの態度や飲み込みはすばらしかった。こちらとしてもやりやすいことこのうえなし。
 やはり、こういうワークショップ的なものは、教わる側の質によって変わるんだなと痛感。
 教えてる側も、生徒がいいと、がぜん乗ってくるもんです。

 子供たちは、可能性のかたまりというオーラをみんな発していて、一緒にいると自然と楽しくなってきます。
 できるものなら、この子たちの未来を見てみたいと思いました。
 彼らにどんな輝く未来が待っているのか。
 この輝きは、どこまでつづくのか。
 無邪気さと、計算高さと、不安と、自信と、そんなものがいろいろまじった彼らの気持ちをあびながら、数時間を楽しみました。

 ボイストレーニングでもっとも大事なのは、呼吸と姿勢なんですね。
 声も筋肉をつかって出すものなので、ウォーミングアップも大切。

 それってじつは、なんにでもあてはまるものなんです。
 もちろん脚本を書くことにかんしても。

 脚本を書くのに、呼吸と姿勢が大事だとは意外かもしれません。
 あたまを使うためにはエネルギーのコントロールが必要でしょ。
 そのためにもっとも大事なのが、呼吸なんです。

 ぼくは執筆の前に、複式呼吸(丹田を意識した呼吸法)をおすすめします。
 あるきながらでも、座ってもかまいません。
 おへそのしたあたりの丹田を意識して、ゆっくりと呼吸しましょう。

 ようはリラックスすること。からだの余計なところに力がはいらないようにすること。
 そのための呼吸なんです。
 自分のからだの状態をととのえることで、脚本を書くための集中力が生まれます。

 体もストレッチとかやってウォーミングアップするほうがいいです。
 よけいな緊張感を抜きましょう。

 ものを書くという行為は、とくに背中のあたりの緊張状態がつづきます。
 何時間も執筆していると、背中がガチガチになってしまったりします。
 そういう状態がつづくと、集中力も持続しなくなります。
 緊張と脱力(リラックス)。
 これが大事です。

 これってまさにドラマの構成にもあてはまるでしょ。
 緊張状態ばかりがつづいても、観客はつかれてしまいます。
 緊張のあとには、脱力をもってくること。

 ぼくの場合は、脱力が多すぎて、締め切りにまにあわなくなってしまったりするわけですけど。
 反省。

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2005年5月 5日 (木)

切り抜けろ

切り抜けました。
昨日は、そうとう追いつめられてたんだけど、なんとか窮地を切り抜けました。
原稿できたのは、打ち合わせにいく、三十分前。
ほんと、脚本家としては、最低だなぁって、いつも思います。
どうして、こんな状態になる前にできないのか、二十五年間も思いつづけてます。

ほんと、締め切りが守れる脚本家の方を尊敬してます。

それで、また直しの日々です。
きょうも、昨日の原稿の直しをしなきゃなりません。
それがおわったら、子役の人たちの演技指導にいきます。
こどもの日だからってわけじゃありませんが、思わぬところからの依頼です。
このことについては、また報告します。

体感脚本講座については、また帰ってきてから書きます。
このブログ、けっこう一生懸命書いてるんだけど、リアクションが極端に少ないんだよね。
もしお暇でしたら、コメントくださいね。

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2005年5月 4日 (水)

脚本家の日々

もがいてます。

打ち合わせまで、あと数時間。
しかし、原稿はまったくできてません。

やればいいのに、なぜ書かないのか。
それはまだ、なにかが自分のなかでひっかかっているから。
机のまえに、なにもしないでじっとしているので、体はガチガチになっています。

仕事のときは、だいたいいつもこんな感じです。
まるで修行僧だね。

脚本家のほとんどは、こういう感じに、何年もたえつづけなければなりません。
みんな、がんばろう。

ただ、こうしてがんばっていれば、かならず前が見えてくるという確信があるので、この苦行にもたえられるわけです。

明けない夜はないのだ。
もし、明けないとしたら、自分の心が闇をつくりだしているだけのこと。
夜明けがきたと思えば、そこは夜明けになるのです。

よーし、やるぞ!

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2005年4月30日 (土)

座付き作者

 昨夜は、『魔豆奇譚・パンダリアン』の打ち上げだった。
この作品は現在MXテレビで放送中のアニメ。
26話までの2クールが完成したため、音響制作会社が音頭をとってくれての飲み会となった。
アニメーションの場合、スタッフと声優さんが会うのは、こういう場合がほとんどだ。

 自分たちのつくっている番組に声という命を吹き込んでくれる俳優と、なかなか顔をあわせることがないのは、実際寂しいもんです。
 状況的にそれはしかたのないこととはわかっているものの、もっとコミュニケーションがとれるようになったらいいのになぁと思う。

 とくに脚本家にとっては、俳優さんの個性がわかると、自分のつくるキャラクターにそれを反映したりできるもの。アニメといえども、実際、そうなんですよね。俳優さんも、そのほうがうれしいだろうと思うし。

 舞台の脚本の場合は、出演する役者さんの個性が、脚本にいい影響をあたえることが多い。とくに劇団の座付き作者の場合は、役者のことを作家がわかっていればいるほど、おもしろいものになる。

 座付き作者。
 ぼくは、この言葉が好きだ。
 ぼくは、できうれば、この世界の座付き作者になってみたいなぁ。

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2005年4月25日 (月)

教わるということ

きょうは、菊地剣友会のレッスンを受けにいった。殺陣である。

いぜん菊地先生のレッスンを受けたとこがあり、今回で二回目。演劇を仕事にしているくせに、殺陣の練習はほとんどしたことがなかったということもあり、以前から興味しんしんだったんだ。

ダンスやったり、殺陣やったり、ちかごろぼくがいろいろ習い事をしているのは、もう一度、他人に教わるということを体験して、その教わる気持ちを、もう一度感じたかったということもある。

人にものを習うということは、ちょっと怖いことだったということを、あらためて思いだした。

見も知らぬ人たちのなかに飛び込んでいき、そこで、もっともステイタスの低い人間にならなければならないというのは、恐怖の体験だ。

もうけっこう長く生きてきていて、社会的なステイタスとかもあったりすると、その恐怖感というのはさらに強くなるもの。新たに習い事をはじめるということは、けっこうハードルが高いものなんだなとおもう。

ぼくの体感脚本講座は、敷居を低くして、だれもがはいってこれる場所にしたいもんです。

帰りに、ゲルマニウム温浴の店に飛びこんでみた。

これがなかなか気持ちよかった。じつは殺陣の練習中に、膝の痛みがぶりかえして、リタイアしてしまっていたので、汗をあんまりかいてなかった。それがこの店でたっぷり汗をかいたので、さっぱりした。やっぱり人間は、汗と涙やね。

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